【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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望んで業火に焚べられ続けた貴方
火の中で身につけた光は数多の人を惹きつけるだろう
星達が集い、舞台という名の星座を作る
死神となくした星が鑑賞する中で


59th take 出会い、別れ、集う

 

 

 

 

 

 

「ん」

 

舞台東京ブレイド公開前日。最後の仕上げのため、ソファで台本を読み込んでいる兄の前に、妹が満面の笑みを浮かべ、大きく手を広げて立っている。胡乱な顔をしながら星の瞳の少年が顔を上げた。

 

「なんだ。小遣いならミヤコにねだれ」

「違うよ。東ブレのチケット。お兄ちゃん持ってるでしょ?ちょーだい」

「ねぇよ」

 

笑顔のまま、妹がピシッと固まる。ため息をつきながら兄は台本に目を落とした。

 

「嘘でしょ持ってないわけないじゃん!」

「オレの手持ちの分は欲しがってた友人知人に渡した。もう手元には残ってない」

「普通家族の分くらい取っとくモノでしょ!…………え?マジで言ってる?私マジで観れないの!?」

「知るか。前日にねだるお前が悪い。観たきゃ金払って観に来い。あ、もうとっくの昔にソールドアウトか。ザンネン」

「アクア、意味のない意地悪するんじゃないわよ」

 

やりとりの一部始終を見ていた二人の保護者、斎藤ミヤコがヒラヒラと指を振る。人差し指と中指に挟まれた間には細長い紙片が揺れていた。

 

「ミヤえもーーん!!」

「チッ、ネタバレが早すぎる。もうちょっとコイツに後悔という感情を植え付けさせたかったのに」

「なんでお兄ちゃんはこういうイジワルするかなぁ!」

「社会の厳しさとお前の見通しの甘さを教えてやってんだよ。ったく、チケット用意してもらうのが当たり前だと思ってんじゃねぇ」

「とか何とか言いつつ、結局用意してるじゃない」

 

ミヤコの指摘に眉が動く。相変わらず痛いところをつく人だ。デカい恩があるこの人には強くも出にくいし、こっちの思考回路も知り尽くされている。まったく、やりにくい事この上ない。

 

「アクアってホントめんどくさいなー。妹にまでツンデレしないでよねー」

「誰がツンデレだ。文句あるなら観にこなくていいぞ」

「コレが舞台東京ブレイドのチケットかぁ。この席ってどの辺なの?」

「真ん中後列。舞台だけじゃなく客席全体も見える場所よ」

「ふーん。もっと前の方の席かと思ってた。やっぱお兄ちゃん程度じゃVIP席は確保できないか」

「やっぱ返せそれ」

「そうでもないわよルビー。この手の劇場の後方の席っていうのは大体関係者用。演劇は観客まで含めて一つの作品。評価を適切に下すためには客の反応まで見る必要がある。ならやっぱり後ろの席じゃないと。アクアはかなり頑張ったと思うわ」

「おお。なんか偉い人になったみたいで気分良いね!」

「なんでお前がドヤる。何もしてねーだろうが。いい加減オレに寄生して生きるのやめろ」

 

アイドル活動から今日に至るまで、ルビーの芸能活動でアクアが関わらなかった事やアクアのコネを使わなかった事などほとんどない。無論アクアとていやいややってる訳ではなかったが、それでもそろそろ自立してほしいと思うのは無理ない事だろう。アクアだってこの演劇の結果次第ではルビーになどかかずらう暇はなくなる。いい加減自分の力で芸能界を生き抜く術を身につけてほしい。

 

「ルビー、お礼くらい言いなさい」

「お兄ちゃん、ありがとう」

「フン」

「ところでアクア。コレ以外のチケット、誰にあげたの?」

「昔のバンド仲間。それと五反田監督」

「へぇ、あのカントクさんに。らしくないことするじゃない。知人に演技見てもらう事、あまり好きじゃないでしょう」

「そんなんじゃない。自主練の時、タダでスタジオ使わせてもらった礼だ。それにこういうの見せとけば、あのこどおじ監督が映画撮る時、オレのこと使ってくれるかもしれねぇだろ。メインは営業だ」

 

台本を閉じる。もう落ち着いて本読みができる状態ではない。あとはシャワー浴びて身体休めて寝ようと決めた。

 

「アクア」

 

浴室へ向かう背中に声が掛かる。足を止めて背中越しに振り返った。

 

「頑張りなさい。見守ってるからね」

「ファイト!お兄ちゃん!」

「…………ああ」

 

笑みが溢れる。あの日から肩にずしりとのしかかる重さと柔らかさが、少し和らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは!私はモブブチョー。東京ブレイドを題材に二次創作に勤しむ素人絵師です。今日は東京ブレイドの舞台を観に、人生初のステアラにやってきました。観劇した後はレポ漫画とか描きたいと思ってます。

推しのカップリングは王道のブレイド×シースのブレシスと刀鬼×つるぎの刀つる。といっても私は基本原作・アニメ派で、漫画の実写化舞台化は造詣が浅く、ちょっとなぁ、とか思っちゃうタイプでした。

 

しかしキャスト発表と各キャラクタービジュアル公開を見て手のひら返し。

 

キャスト陣みんなイケメン・美少女勢揃い。特に主演級は私のようなガチオタが見てもピッタリ。まるでこの役やるために生まれてきたの?ってくらいです!

 

主人公とヒロインを務めるのはそれぞれ2人ずついるみたいです。コレはダブルキャストという演出で、アニメやドラマではありえないですが、演劇では珍しくないそうです。でも名前が売れてる役者さんほどやりたがらないらしい。白黒優劣ハッキリ着いてしまうから。

 

そしてそんな有名どころはやりたがらない演出をやってしまう辺り、姫川大輝と不知火フリルらしいなぁ、なんてこと、私は思ってしまうのです。

 

姫川大輝。私のような二次元派の人間でも知っている俳優さん。普段はぬぼーっとしたカンジだけど、一度カメラが回ると黄金に輝き出す。まさに磨けば光るイケメン!たくさんの賞も受賞してて、まさに実力派俳優!って感じの人。ブレイドと刀鬼って、性格真逆なんだけど、この人ならなんとかしてしまうんだろうなって思います!

 

不知火フリル。これまた今の日本で知らない人はいないんじゃないかと思うほど有名なアイドル。歌って踊れて演技もできるマルチタレント。この方をテレビで見ない日はないんじゃないでしょうか。最近は熱愛報道とかもされてちょっと人気落としてたけど、私はしょうがないと思う。だって16歳の女の子に恋愛禁止なんて思春期禁止って言ってるようなものだし。それでもNo. 1の座を譲ってないから凄い。千年に1人の美少女と言われるこの人を生で見れるだけでも今回の舞台には価値がある。

 

姫川大輝と不知火フリル。現在日本の若手で人気、実力共にNo. 1と言っても過言じゃない。こんな2人と対決しなければいけない相手は可哀想だな、と思ってた時期が、私にもありました。

 

ダブルキャストの相手の役者さんのビジュアルが公開された時、私は灰になりました。

 

黒川あかねと星野アクア。

 

ネットのなんとかいう恋愛リアリティショーで炎上し、話題になり、私も名前だけは聞いたことがあった。けど役者さんかどうかさえ私は知らなかった。多分ほとんどの人がそうだろう。知名度だけで言えばあの姫川大輝と不知火フリルとは格が違いすぎる。

 

けれど、少なくともビジュアルでは2人とも負けていない。特に星野アクア。

 

太陽の光が反射しているかのような黄金のアシメヘア。青みがかった瞳の奥には光があり、まるで星が輝いているかのよう。本当にフォトグラフィックから抜け出してきたかのような狂気で凶器な顔面。彼の発表直後、ブレイド推しと刀鬼推し界隈がざわついた。この爆イケ人間国宝、どっから出てきた、と。この子はこれから間違いなく来るだろう。てゆーか来る。私が推す。

 

黒川あかねもビジュアルだけなら負けてない。特に星野アクアと付き合ってると宣言してからは可愛さに磨きがかかったと思う。SNSにアップされてる写真をいくつか見たが、星野アクアと付き合う前と後では明らかに目の輝きが違う。やっぱり恋する乙女は美しくなるというのは本当のようだ。

 

主演級以外のキャストもみんなイケメン・美少女揃い踏み。特に目を引いたのは有馬かな。昔ドラマで観てたよ〜!ちょっと見ない間に大きくなって……(ほろり)。今はアイドルもやってるみたい。頑張ってるなぁ。

 

などと色々考えてるとステアラに到着する。流石は覇権ジャンル東京ブレイド。たくさんの人がもう集まってる。私もよくチケット取れたなぁ、と思う。

 

さあ、いざ抜刀───

 

「アビ子先生?」

 

どこからか衝撃の名前が聞こえてくる。それも当たり前と言えば当たり前。東京ブレイドファンなら神も同然の人だ。衝撃を受けない方がおかしい。音源を思わず振り返るとパンフを両手に持った黒髪癖っ毛の可愛らしい人が緊張した面持ちで立ち尽くしていた。

 

「どうしたの?緊張してる?」

「しないわけないじゃないですか……私が散々口出しして、しかも前半影打編でブレイドを演じるのはアクアさん……コレで失敗したら全部私のせい……アクアさんの評価も地に落ちる……比喩抜きであの人の人生がかかってます。緊張の一つや二つしますよ」

「コレばっかりは慣れないわよねー」

 

当たり前のように神とお話ししてるのは誰かと思ったらもう1人も神だった。少女漫画の名作『今日は甘口で』作者、吉祥寺先生だ。

 

「脚本は納得いくものに仕上がったんでしょ?」

「先生は自信満々で出したものがボツくらった経験ないんですか」

「───あるわねぇ」

 

深い共感の言葉が心の奥底から漏れ出る。私など神と比べるのも烏滸がましいが、それでも絵師の端くれとして非常に分かる事柄だった。私も最高傑作のつもりでアップしたイラストが何度酷評でボコにされたことか。

 

「演劇という構成上、ストーリーは原作と変えざるを得なくて……勿論キャラの性格は守りましたし、舞台の脚本も面白いと思ってますけど、もし自分の作ったものが、自分しか面白いと思わないものだったら……」

 

創作とは食べられないごはんのようなものだ。甘い味が好みな人、辛い味が好みな人。受け取り方、感じ方は十人十色で千差万別。万人に刺さる作品などない。私にとって美味しくても、他の誰かにとっては不味いのではないか。この不安を抱えたことがないクリエイターはいないだろう。

 

「大丈夫ですよ」

 

そう言いたい。でも私如きが言えるはずがない言葉を、目の下にホクロがある男の人が事もなげに言い放った。

 

「僕もあの脚本の出来には満足してます。創作に賛否両論はあって当たり前ですが、少なくとも世界に二人は面白いと思ってる人はいますから」

 

話しかけられた男の人からアビ子先生は距離を取り、吉祥寺先生の背中に隠れる。その様子を見た壮年の男性は空を仰いだ。

 

「割と仲良くなれたと思ってたのに」

「気にしないでください。この子青春の全て漫画に費やして男性への免疫ないだけなんで。気にせずグイグイいってあげてください。ホントはそうされるの嬉しい子なんで」

「ははは…」

「───免疫ないわけじゃ……私もう処女じゃありませんし」

 

乾いた笑いが冬の空気に響く。吉祥寺先生の肩越しに呟かれた言葉は木枯らしにかき消されてよく聞こえなかった。

 

「この舞台の成功は脚本は勿論ですが、何より役者の方々にかかってる。でも皆様実力ある演者さんなので、良い舞台になると信じてますよ」

 

その言葉にアビ子先生は頷いたが、吉祥寺先生だけは少し不満そうに下唇を突き出していた。

 

 

 

 

「MEMちょおひさー!」

 

ステアラのホールに入ると女の子の元気な声が聞こえてくる。声に釣られて振り返るとそこには若いイケメン・美少女達がグループを作っていた。

 

───MEMちょって…

 

絵師の私でも聞いたことがある。確かそこそこ有名なユーチューバーだ。彼女達はその友達だろうか。それとも芸能人の卵か。あのルックスなら納得してしまうメンツだった。

 

「ゆきちゃん!あとその他ども」

「その他言うな」

「アクアとあかね凄いねー!こんなおっきな舞台の主演やるなんて!マジで役者さんだったんだなぁ。SNS見る限り二人の交際も今のところうまくいってるみたいでよかったよかった!当て馬になった甲斐があったってもんよ」

「なになに?そっちは上手くいってないのー?」

「あはは、まあまあかな?」

「まあまあ、ねぇ。同じブレスレット着けて匂わせお揃っちしてるくせにー?」

 

その指摘をされた少年少女は手首を隠す。しかしもう遅い。少なくともあそこで屯してるメンバー達は全員バカップルのバカ行動を目撃してしまった。

 

「やってんねぇ」

「こ、これは!ちがっ…!」

「なんで、芸能人と付き合ってるやつって綱渡りしたがるのかな」

「芸能人っても恋すればただのアホな女の子だから」

「たっ、たまたまだから!」

 

そのやりとりが聞こえた私はついホッコリとしてしまう。うんうん、存分にアホになりたまへ若人よ。そんなアホなことができるのは今だけなのだから。アレ?おかしいな?なんか涙出てきた。

 

「うわ、めっちゃ可愛い子いる」

 

マッシュヘアの少年の言葉にグループ全員の目が寄せされる。視線の先にいたのはパンフを持った女の子。真っ先に目に入ったのは眩い金髪。そして宝石のような紅い瞳。特に左眼が強く輝いている。確かに超絶美少女。しかしどこかで見覚えのある、てゆーか一目であの人の血縁と分かる容姿だった。

 

「あの子がアクアの妹だよ」

「マジでか!噂の!実在したんだ!」

「妹いるって話は本人から聞いてたけど、実物見せてくれなかったしな!」

「でもその気持ちわかるね。アレだけ可愛い妹ならわるい虫がつかないか、ふつう心配するよ」

 

噂の女の子はステージの後ろの方に腰掛ける。周りも雰囲気のある人が多い。あの辺りは業界人スペースなのだろう。

 

───えっと、私の席は…

 

もう少し前の方、と歩き始める。お目当ての番号を見つけ、座った時、目の前の空席二つも同時に埋まった。

 

「なんでアンタが此処に、しかも私の隣の席にいるの」

「それはこっちのセリフよ」

 

背中越しのため、顔は見えないが、おそらく女の人だろう。どちらも髪が背中近くまで伸びている。一人は黒髪で一人は桃色がかった茶髪だった。

 

「あーあ、やっぱチケットもらうんじゃなくて自分で買えば良かった。そうよね。彼が用意したチケットなら連番になっててもおかしくないよね」

「お金出して買うって言ったのに、頑として拒まれて。彼らしいと言えばらしいけど。こういう事になるのも考えて欲しいわ」

「もしかしたらワザとかもよ。私とあなたの関係、羨ましがってた時あったし。覚えてる?『オレもハルさんとナナさんみたいな友達欲しかったです』って言ってたの」

「言ってたわね。まったく、何が羨ましいんだか。彼、コミュ力高いんだから友達多いと思うけど」

「にゃはは。ウソばっかりついてるからねぇ。あのお顔の良さと口の上手さにヤられてる友達もどきは沢山いるんだろうけど、私たちみたいな本音で話せる相手は少ないんだろうね」

「女子の格好でバンドやらせた私達にそのセリフを言う資格はないけどね」

 

聞こえてくる話から判断するに、どうやら彼女達の友達がこの舞台に出演してるらしい。しかも女装させてバンドやってたような、イロモノが。

 

───美形多いから、女装できる子はいるだろうけど

 

パンフを見ながら誰なら女の子の格好ができるか考える。姫川さんは無理だ。もう成人男性で女子として振る舞うには男性フェロモンが出過ぎている。同じ理由で鴨志田さんもない。となると鳴嶋くんか、星野くんだが…

 

 

ブー

 

 

警告音が鳴る。舞台の始まりを告げる汽笛。雑談していた人達のざわめきが一気に収まる。そう、コレからは余計な物音は厳禁。スマホも電源を落とし、私語も慎まなければならない。今から私たちは現実ではなく、東京ブレイドの世界へ潜り込むのだから。開いていたパンフを閉じる。さっきまで考えていたことはもう頭の中から吹き飛んでいた。

 

───始まる

 

ホールが暗くなる。劇場マナーのアナウンスが響く。通り一遍の約束事が終了し、いよいよ舞台の幕が、今回の場合はモニターが開く。ゆっくりと確実に広がっていく世界が、非常にもどかしく、少し惜しかった。

 

さあ、楽しもう!

 

 

 

 

 

 

 

 

メイクを終えた役者達が、スタンバイルームへと集まる。前半は刀鬼の姫川大輝。眼帯の鬼キザミ役の鳴滝メルト。他にも続々と準備に入っていく。

もちろん有馬かなも黒川あかねも例外ではない。有馬はつるぎの姿で。そしてあかねはシース。巫女ベースの服装だが、戦いやすいようアレンジが入った衣装で集中力を高めていた。

 

「…………かつて、天才だとか持ち上げられた私と、今天才と呼ばれてるアンタ……悔しいけど意識はしちゃうのよね。こんなこと言うのも癪だけど、アンタとまた演るの、楽しみにしてたのよ」

 

隣にいる人間に届くか届かないか、ギリギリの声量。独り言のようにも聞こえる。しかしその内容はとても独り言には聞こえなかった。

 

「ここでアンタに勝って、誰にも私を、元天才子役なんて呼ばせなくしてやるから」

 

言いたいことは全て言い終えたのか。スタンバイルームから出て、舞台袖へと向かっていく。その背中を眺めながら、健気な巫女服の少女は嘆息した。

 

「私も、かなちゃんとまた演るの、楽しみにしてたよ……ずーーっと、ずーーーーっと」

 

でも、ごめんね

 

「今はもう私、かなちゃんのこと、どうでも良いんだ」

 

スタンバイルームの扉が開く。ああ、彼がいる。待っていた。待ち望んでいた。この日を待ち焦がれていた。有馬かなと同じ舞台に立つ日より、ずっと。

 

長い黒髪を髷に結い、前髪はセンター分け。服装も着物に袴。当たり前だが、いつもの格好とはまるで違う。

 

けど分かる。一眼で感じる。あの星の輝きを放つ瞳を、生物全てを引き摺り込むかのようなオーラを、見間違えるはずがない。

 

「アクアくん」

 

星野アクア。私の星。私の命の恩人。私の全てを捧げられる人。私の彼氏。

 

やっと彼と同じ舞台に立てる。

 

今ガチの救済動画を見たとき、一緒にいられなかったことを心の底から後悔した。一緒に演じられなかったことを心から悔やんだ。あの時からずっと焦がれていた。ずっと夢見ていた。この人と一緒に舞台に立つことを。この人に私の演技を直接見てもらうことを。この人の演技を直接見ることを。

 

貴方はきっと、鑑賞と呼ぶに相応しい態度で、私のことを見るのだろう。私に思いを馳せるのだろう。美術館でデートしたあのときのように。

 

「行くぞ」

 

一瞥もしない。ただ前だけ見据えて簡潔に一言つぶやく。しかしその一言だけで充分過ぎるほど分かる。もう彼は星野アクアでなく、ブレイドになっている。

 

なら、私もなろう。

 

「行きましょう、主様」

 

一度目を瞑り、見開く。もう言葉は必要なかった。

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。まだメイクをする前の控え室。一人の少年が佇んでいた。

 

───聞こえる。

 

もうイメージなど考えなくても。トリップなどしなくても。あの『声』が聞こえる。初めて聞いた時はあのPV。次は今日あま。その他にもオレが集中力を最大限に引き出し、自身の最奥に潜り込んだ時、あの声は聞こえてきた。

 

そして今、その声はオレの周りを常にまとわりついている。多分それは今までもずっとそうだったんだろう。ただ、オレが無意識のうちに押し込め、聞こえないようにしていただけだ。

 

目を閉じる。もう自己暗示などしなくても瞼の裏に浮かぶ、あの光景。どこにでもあるマンションの一室。暗い廊下。開く扉。潰れる水音。血の海に沈む女。あの夜、オレが倒れたあの時から、何度も思い起こし、その度に昏倒し、嘔吐し、そしてまた思い起こした。

 

何度繰り返しても慣れるどころかやる度に情景は変化した。空想はリアルを帯びた。無音の静寂。鉄の匂い。滑らかな肌。消えていく体温。どんどんリアルに、艶かしく、そして生々しく感覚に蘇る。いつしか毎晩夢に見るようになった。うなされ、飛び起き、ぐっしょりと全身を冷や汗で濡らした。

 

その頃にはあの『声』がいつもオレの周りにまとわりつくようになっていた。両肩にずしりと。しかしどこか柔らかく暖かい重さがのしかかるようになっていた。

 

そう、もちろん今も。

 

 

『愛してる』

 

 

耳元で囁かれる。振り返るが、もちろん部屋には誰もいない。肉眼で見ることは決してできない。だけど、見える。聞こえる。感じる。そこにいる、と。

 

控え室に備え付けられた大きな鏡を見る。そこにはテーブルに両手をつき、息を荒げる男がいる。

 

───はは、ひでぇツラ

 

頬はこけ、目の下にはクマができ、肌も荒れてる。いつも完璧な体調管理を心がけていたこのオレが、美しさを損ねている。まったくプロ失格だ。

 

───だが、それよりも問題なのは……

 

鏡に映るオレの背後に、何かが見えること。

 

いつからだろう。この肉眼では決して見えない幻影が鏡に映るようになったのは。

 

顔は見えない。黒髪だろうか。とにかく何かで隠れていて誰かはわからない。男か女かさえも。モヤのような人影がオレを背後から抱きしめ、オレの耳元で囁く。

 

『愛してる』

 

物語、音楽、果てはゲームにまで、溢れかえってるありふれた文言。くだらない平凡な五つの音が囁かれる度に身体が震える。膝から崩れ落ちそうになる。愛ほど歪んだ呪いはないと誰かが言ったが、言い得て妙だ。

 

───愛って、なんなんだろうな…

 

あの病院で目覚め、今日まで約12年。それなりに懸命に生きてきた。同年代の男子と比べ、多くの人間関係を構築してきた自負はある。

 

その中で特別な人はいた。好きだと断言できる人も何人かいた。けれど誰かを愛したことは、多分なかったと、思う。

 

オレは、恋愛がよくわからん

 

今ガチでゆきに、そして吊し上げられた時、全員に向かって言った事。オレにしては珍しく、嘘ではない言葉だった。恋も愛もよくわからない。人並みに性欲はあるつもりだし、何人か女性と関係を持ちもした。オレに愛してると言ってくれた人もいた。

 

だがオレからそのありふれた言葉を口にしたことはなかった。

 

『あはっ』

 

声が聞こえる。楽しそうにも、嘲笑ってるようにも聞こえた。

 

『おんなじだね。貴方と私は』

 

たくさんの人が貴方を愛してる。誰もが貴方に目を奪われる。完璧で、嘘つきで、天才的な偶像(アイドル)様。一番星の生まれ変わり。

 

『でも貴方は愛がわからない』

 

愛したいと思ってる。愛を理解したいと思ってる。でもわからない。理解できない。心から誰かを愛したことなんて、貴方にはない。

 

『だから(ウソ)を捧げるしかない』

 

その笑顔を。才能を。愛してるを振る舞って。誰も彼もを虜にしていく。完璧を装って、完璧を振る舞って、完璧以外を許さない。そんな自分しか(ゆる)せない。

 

『貴方の()が本当になる時は、死ぬまで来ない』

 

「うるせぇっ!!」

 

部屋全体が揺れる。テーブルを殴った振動で、幻影を掻き消そうとする。しかし何も消えた気はしなかった。寧ろより嘲笑われてるような気がした。手に残った痛みだけが徐々に虚しく消えていく。

 

───アンタを思い出せば、わかるんだろうか。母さん

 

思い起こす度に克明になる光景。しかしたった一つだけ、一番最初が最も鮮明だったモノがある。オレの腕の中で倒れる女の顔だ。コレだけは何度思い返してもハッキリとは見えなかった。あの夜が最も鮮明だった。大人になったルビーが見えた、あの時が。

 

オレの腕の中で血の海に沈み、そして今もオレの首に腕を回し、背後から抱きつく女。アンタの顔だけが、わからない。

 

大人になったルビーなのか。

 

あの嵐の夜、オレが抱いたフリルなのか。

 

オレを演じるあかねなのか。

 

 

『それとも、貴方自身か』

 

 

胃の奥から何かが競り上がる。慌てて口を手で塞ぎ、天を仰ぎ、喉を鳴らした。

 

「…………アクア」

 

ノックの音が響く。一度大きく深呼吸し、競り上がりかけた内容物を呑みくだす。「どうぞ」と答えるのも億劫だったため、自分の手で扉を開けた。

 

「………フリル」

 

扉の前で立っていたのは泣きぼくろの美少女だった。

 

「メイクさん、呼んでる。行こう」

「ああ」

 

そろそろだと思っていた。用意したミネラルウォーターを一口煽ると、そのまま部屋を出て、廊下を歩く。フリルもそのままアクアの隣に続いた。

 

「アクア、大丈夫?」

「何が?」

「弱み見せないのは立派だと思うけど、私にまで強がるのは気に入らない」

 

思わず笑ってしまう。そして笑えたことに少し驚く。さっきまで笑うことなどとてもできる気がしなかった。それなのに。

 

───流石は妖怪。こっちの状態なんてお見通しってか。

 

ここ最近ろくに話すらしてなかったはずだが。まあ驚きはしない。いつものことだ。

 

「体調的には絶不調。だが演劇的には絶好調だ。問題ない」

「そうだね。今の貴方はかつてないほど潜ってる。怖いくらいに。誰よりも貴方を見つめ続けてきた私にはわかる」

 

日を追うごとにやつれていきながら、背筋を震わせる美しさは増していった。その変化が泣きぼくろの親友は嬉しいと思うと同時に少し怖かった。

 

「なんだ、優しいな。オレのこと避けてたんじゃなかったのか」

 

その一言でフリルの顔が一気に沈む。コレは珍しい。初めて見たかもしれない。落胆、とは少し違うが、褒められても悪口言われてもいつも飄々とした態度を崩さないこの妖怪が、明らかにテンションをオとしている。

 

してやったりと思うと同時にちょっと後悔した。本番直前に共演者のテンションを落とす言動をするなど、プロ失格だ。

 

「…………アクアは、私のこと、好き?」

「はぁ?」

 

なんかめんどくさい彼女みたいなこと言い出した。オレも人の心とか感情とか読むのは得意な方なのだが、この女だけはさっぱり読めない。

 

「私達、出会ってから結構経つよね」

「え?なに?なにこれ?なんの話」

「色々したなぁ。良いことも、悪いことも。私の人生でいちばん刺激的な数ヶ月だったと思う」

「マジでなんなんだよ本番前に。真面目な話か?」

「私はアクアのこと、好きだよ」

 

遂に足を止めてこちらを見上げてくる。有無を言わせぬその強い目にアクアも足を止めた。

 

「貴方が何者でも。その仮面の下に何を隠していても。私は星野アクアが好き」

「…………ありがとう、でいいのか?」

「アクアは?」

 

最初の質問に戻る。星野アクアは、不知火フリルをどう思っているか。

 

「貴方が好むのは、才能。容姿という才能。技術という才能。努力という才能。光るモノを持つ非凡な何かを貴方は愛する」

「それは、お前もだろう」

「私はもう違うよ。貴方が天才だろうが、凡人だろうが、もう関係ない。貴方が歳をとって醜くなっても、何かのきっかけでその才能をなくしてしまったとしても、私は貴方のことを好きでい続ける。その自信はある」

 

そう、才能とはいずれ衰える。明日なのか、10年後なのか、死の間際なのか、それはわからないが、衰える日は必ずくる。そうなった時、オレはその人を好きなままでいられるのか。好きでいられなくなってしまうのなら、そんなものは愛じゃないのではないか。そう思うからこそ、愛がわからない。

だからフリルが羨ましく思う。自信があると断言できる彼女を、凄いと思う。コイツが口先だけの女だと思ったことは一度もない。この妖怪が断言するなら、恐らくそうなのだろう。

 

「アクアは?」

「……………」

「アクアは私が何をしても。貴方が好きになってくれた才能をなくしても。私がどうなっても。私を好きでいてくれる?」

「怖いな。この舞台で何する気だお前」

「答えて」

 

手を握られる。相変わらず冷たい手だ。この冷たさが少し心地よかった。

 

「わからない」

 

適当な美辞麗句を言うことはできた。嘘で煙に撒くことも。けれどその気にはならなかった。真心を持って来るなら真心を持って返す。それがオレのスタンスだ。

 

「お前がオレにとって嫌な奴になるなら嫌うと思うし、悪いことしたなら怒ると思う。その辺りを感情でなあなあにしたくはない。対等でいたい。オレがお前を愛してるかはわからないけど、少なくとも親友だとは思ってるから」

 

嘘偽りのない言葉だった。心からの本音だった。相手の望むセリフではないのかもしれないけど、フリルが望む心構えで返すことはできたと思っている。

 

「…………わかった。ありがとう」

 

いつの間にか扉の前に立っていた。男子と女子のドレスルーム。ここで二人は別れなければいけない。親友ではある。互いが師であり、互いが弟子であり、この半年、切磋琢磨してきた戦友でもある。けれども同時に男と女でもある。故に訪れる、分岐点。

 

「星野さん、不知火さん、入られます!」

「じゃあね」

「ああ」

 

背を向ける。もうお互い振り返ることはなかった。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
今回ちょっと長くなりました。でもここまで書き切りたかったので。後半の『』で囲われてるセリフは全て幻想のアイが言ったセリフです。原作ではアクアのスタンドはゴローでしたが、拙作ではアイです。最後フリルとのフラグが折れたみたいな書き方になってますが、一応違います。詳細は、今後をお楽しみに!
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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