火を知らぬ偶像は弟子から得た光で新たな境地を開く
二人はコインの表裏
半身は天使で半身は悪魔
その物語は、逃走から始まる。
『はあっ、はあっ、はあっ』
後方を気にしながら、少女は雑踏を駆ける。歳の頃は10代後半といったところだろう。真白の髪は肩に届くかどうかという長さ。紫紺の瞳はまっすぐな輝きを放ち、均整のとれた肢体は赤と白で彩られた巫女服に包まれている。少女の手には一振りの刀が握られている。その可憐な見た目からはあまりに不似合いな持ち物だった。
『もう少し!ここを抜ければ……!』
草原を走り抜ける。路地へと入り、分岐をいくつか曲がると、三メートルは高さのある壁が聳え立っていた。一見行き止まりに見えるが、レンガを数回叩くと、壁が独りでに動き出す。開けた視界の先には和装の屋敷が幾つも並んでいた。
『ここが、東京!』
足を踏み入れようとする。しかし、止まった。新たな東京への侵入者が持つ刀に、雑踏の視線が集中したのだ。
『なんだ、女?こんなところに一人で来るとかバカか』
『おい、あいつが持ってるのって……』
『マジかよ!使えなくても売れば──!』
『───っ!!』
身を翻す。思ったより治安の悪い所に出てきてしまったようだ。既に追われてる身だが、相手は一人。複数人に迫られそうな今の方が状況は悪い。
再びレンガを数回叩く。壁が閉じていくのを待たず、来た道を引き返した。
『───でも、引き返しても』
『見つけただぁ!』
最悪の声が聞こえる。そう。自分が野原から……いや、故郷の里から刀を抱えて走らなければいけなくなった元凶が、遂に追いついてきた。
『安心せれ!おらは女子を斬る気はねぇよ!その盟刀さえ置いてってくれりゃあそんで良い!だが置いてかねぇってんならぶった斬る!』
自らも刀を振り回し、田舎者口調で迫ってくるのは鬼人と呼ばれる種族の少女。身体的特徴はほぼ人間と変わらないが、頭部に一、二本。人にはない角を持っている。彼女が持つ刀もまた、盟刀と呼ばれる剣であった。
『貴女も剣主の一人ですか』
『応とも!ウチこそが盟刀【燕雀】が剣主つるぎ様だ!その盟刀を捨てて逃げるか、ウチと戦うか、選びな!』
彼女の名はつるぎ。鬼人の少女にして、極東に散った盟刀と呼ばれる特殊な21工。全ての盟刀に最強と認められた剣主は國盗の力が手に入ると言われる伝説の刀。そのうちの一振りを手にする剣主である。
『申し訳ありませんが、私の刀も、この盟刀も、仕えるべきお方はもう決まっているのです』
巫女の少女が剣を抜く。すると東京から彼女を追ってきたゴロツキ達も追いついてきており、巫女は挟み撃ちにあう形となってしまった。
しかし、一人の少女がよってたかって囲まれている場はなんとも目立つ。草原の野原のような遮蔽物がない場所では尚更だ。最悪の状況だからこそ、その光景は運命を引き寄せた。
『おうおう。か弱い女の子一人相手に鬼人とゴロツキ沢山かよ。随分不細工な事やってんじゃねえか』
絶体絶命の場面に現れたのは長い黒髪を髷に結った美少年。彼こそがブレイド。そして背を合わせ、盟刀を少年に捧げる巫女の名はシース。この物語の主人公とヒロインである。
『ブレイド様!コレを!』
『なんだ、コレ……光って……!』
託された剣から輝きが漏れる。風が舞い上がり、周囲を揺らす。その異様にゴロツキもつるぎも近づくことができなかった。
『貴方様こそ神託の剣主。盟刀【風丸】の所有者。私の主様でございます』
少年と少女、そして一本の太刀によって、東京ブレイドの物語は始まった。
▼
───凄い
ミヤコは戦慄していた。アクアの演技を直接見るのはあのPV以来。もちろん今ガチの動画は見たが、あの時は炎上対策として素人にもわかる演技で抑えていた。真剣ではあったけど本気ではなかった。彼女からしてみれば、10ヶ月ぶりの、アクアの本気だった。
ヒロインの危機に颯爽と現れた壇上のブレイドは快活に笑い、ゴロツキ相手に躍動し、剣主のつるぎに追い詰められても、主人公然とした勝ち気な態度を崩さなかった。
『盟刀も持ってねぇオメェが私に勝てると思ってんのか!』
『負けるかどうかは、やってみなきゃわかんねぇ!』
───なんて繊細な、それでいて異常な没入…
役の内面に深く潜り、そして戻ってくる。既に人格からして別人と化しているのが、この距離でわかる。
───いや、違う
この距離でもわからされている、というのが正しい。ブレイドが手にする刀が光っている、というのはモニターで映し出されているから分かる現象。当たり前だが実際にアクアが手にする刀は光ってはいない。ただの一振りの太刀だ。漫画やアニメのようにはいかない。
けれど、観客たちはあの刀から光が放たれているように見える。あの刀から風が舞い上がり、彼の髪や服をたなびかせているように見える。
刀を見つめるアクアの目が、まるで太陽を直接見ているかのように歪む事で。
ステアラの装置によって巻き起こっているはずの風が、絶妙のボディバランスと着物のたなびき、髪の揺れによって、まるで刀から巻き起こっているかのように魅せる事で。
表現力を水面の上に留まらず、環境まで影響を及ぼすレベルまで昇華している。だから観客と演者の距離が近くなる。距離感が曖昧になる。
『一ノ刃・疾風迅雷!!』
轟音が鳴り響き、つるぎが打ち倒される。刀から放たれる風と雷。音響とモニターによって表現されているはずのソレが、まるでアクアが放ったかのような支配感があった。
無論錯覚だ。実際は音がいつ出るか、どのように振動が観客へ伝わるか、事前に知っているアクアが、環境に身を委ね、刹那先を動いているに過ぎない。
───だけど、早すぎても不自然になるし、遅すぎては観客も冷める
早すぎず、かつ遅すぎない。経験と読み、そして没入によって誤差ワンフレーム以下に抑える。コレがどれほどの神技か、理解している人間が、このホールに一体何人いるだろう。
つるぎとの戦いを勝利で終えたブレイドが鞘へと刀を納める。聞こえないはずの鍔鳴りの音がホール中に響き渡った気がした。
表現力という点のみでいうなら、もはや姫川大輝に匹敵する。
───あの子、舞台は今回が初めてでしょ
舞台経験なし。稽古期間約1ヶ月。つまりたった1ヶ月であの姫川大輝に並ぶ表現力を身につけた。
───選ばれてる……導かれてる……
芸能の神か、偉人か。それとも全く別の何かか。とにかく明らかに常人とは異なる。次元を画する成長速度。本人の努力と才能だけで説明できる範囲を超えている。目に見えない何かに、あの子は導かれてる。手を引かれてる。
「何者だ、あれは…」
関係者が多く座る後方の席。その中のどこかから、声が聞こえてくる。劇場では静かにするのがマナーだが、まああのくらいの独り言は許されるだろう。許されなければあまりに酷だ。そう言いたくなるのも当然だから。自分が同じ立場なら、間違いなく同じ感想を抱くから。
「…………ずるい」
隣に座る義娘の呟きが聞こえる。何がずるいかは聞かない。わかる。私からすれば、ルビーも十分持つ側だが、それでもこの異才と比べられたら、その感想を抱くのは自然だ。
兄が天才であることくらい、とっくの昔に知っていた。才能に溺れない努力をしているのもわかっている。
わかっているけど、それでも。
「どうして
こんなにもあの人になりたいと願っているのに。そのためだけにこの16年を費やしてきたのに。あの人の全てを受け継いでいるのは、私じゃない。
私はあのステージの上で、あんなに眩しく輝けない。
【お兄ちゃんの部屋って殺風景だよね】
いつだったか、そんな話をしたことがある。兄の部屋にあるのは演技の本などの資料が入った本棚と机、ベッドくらいしかない。赤ちゃんの頃は私に匹敵するドルオタだったくせに、いまやその手のポスターもCDすらない。ママのあの事件をきっかけにアクアはその手の活動などから完全に縁を切った。ストイックに、自身の向上のみにその才能と情熱を傾けた。
あれから12年。自室の家具やインテリアには性格が出るというが、まさにクールで合理的で無駄を好まない兄を表しているかのような、殺風景な部屋と化した。
【お兄ちゃんって憧れてる人とか、目標にしてる人とかいないの?】
【いねえよ全然。スゲーと思う人はいるし、手本とする人はいたけど、お前みたいにその人になりたいなんてことは思わない。だって、その人とオレは違うし、オレはオレにしかなれないから】
兄は私を否定したりしたことはない。アイドルを目指すのだってリスクリターン考えて行動しろ、とかの忠告はしょっちゅうされたけど、目指すこと自体をやめろと言った事はない。
ママみたいになる。子供の頃から事あるごとに口にしてきた私の夢を、否定したこともない。
でも一度だけ、こんな事を言っていた。
【何かに夢中になるのはいいが、自分の人生から逃げる現実逃避の手段にだけはするなよ】
イラっとした。ムカついた。自分だって昔はママのオタで、男がいる事実から逃避してたくせに、と。絶対いつかママみたいになって、見返してやると思っていた。
でも、現実は、コレだ。
アイドルと役者。ステージの種類は違う。オーラだって真逆だ。だけど今、この瞬間、アクアは誰よりも輝き、視線を集めている。眩しさに目が焼かれる。それでも見てしまう。暴力的な引力。人を狂わせる何かを持つ者だけが放てる光。
あの事件からすっかり脱オタして、ママのことなんて忘れちゃったみたいに、自分の道のみを追求している。そんなあの人が今誰よりもママに近い。あの光を手に入れたのは、こんなにもあの光を求めている私じゃない。ずるいと思わずにはいられなかった。才能とはここまで理不尽なものかと妬まずにはいられなかった。
「ついに至りやがったか」
壇上を見つめる五反田監督が呟く。才能はあった。努力もしていた。けれど何かが拒んでいたあと一歩。何がきっかけかはわからないが、その一歩をついに踏み出したと五反田は確信する。
そう、アクアは至った。かつての天才『アイ』と同じ領域に。16歳というアイと同じ年齢で。
───決まりね
舞台袖で、十二単衣のような分厚い着物を纏う美少女は確信した。この男は、あの天才の息子だと。
───流石……!
最も近くで、彼に侍る少女は歓喜した。コレが星野アクア。稽古の時とは比較にならない、本気で憑依った時の演技。自らの彼氏に置いていかれないよう、自身も役への深度を深めた。
───凄い……
打ち倒され、腰を抜かし、両手をついてへたり込む少女。彼と戦い、倒された後の今なら演技の流れからして、ごく自然な態度だったが、もし演技でなかったとしても同じ挙動をしていただろう。それほどまでに有馬かなは魅入っていた。
『さて、コレがコイツの盟刀か。とりあえずぶち折っとくか』
『ま、待ってくれだぁ!!』
つるぎが落としてしまった盟刀に向けてブレイドが大上段に刀を振り上げる。そこに慌ててつるぎが平伏しながらブレイドへ詰め寄った。
『やめてけれ!おらの盟刀を折らねぇでけれぇ!』
『ったく。命だけは勘弁っつったり、刀折るなっつったりワガママだな。もうめんどくせぇからコイツから斬っとくか』
『ひぃっ』
『主様。剣主が屈服した盟刀は既に主様の配下です。折るのは勿体無いかと』
『じゃ、刀だけもらってコイツは斬る』
『いいですね。それでいきましょう』
『ま、待ってけれ!おらもアンタの配下になる!それならいいだろぉ!』
『………どうする?』
『刀だけもらって行きましょう主様』
『待ってけれぇ!必ず役に立つだぁ!』
『弱い配下いらねぇんだよな』
『おらもアンタと強くなるからよぉ!』
『アホも主様には不要なのです』
『アホ言う奴がアホなんだぁ!』
ドタバタしながら3人は共に旅をする事となる。つるぎとシースが揉めたり、ブレイドが呆れたりする一幕をコミカルに演じ、劇場内に笑いが起こる事もあった。
───アクアの深さに引っ張られて、二人の演技も深くなっていく。
ブレイドに尽くすシース。命乞いしつつもシースと対抗するつるぎ。二人の演技に生の感情が吹き込まれていく。観客が演技を忘れ、見入り、笑っている。大衆に上手いと思わせる役者は二流。一流は演技を感じさせない。3人とも完全に一流の域に踏み込んでいる。踏み込んだ上で、さらに潜在能力を引き出している。アクアが光ることで周りも輝き、周りが輝くことでアクアがさらに光る。最高の循環が今、舞台にはもたらされていた。
『仕方ありません。新たに剣主を見つけるのも面倒と言えば面倒です。同行を許可しましょう。しかし主様の足手纏いにはなりませんようご注意を』
『おらから逃げ回ってただけのおめえに言われたかねえな!』
『私の【戦乙女】は守りの刀なのです。仕える主あればこその盟刀。あと主様に気安くされませんようにも』
『喧嘩するなら二人とも置いてくぞ』
『あ、待ってけれ!』
『申し訳ありません、主様。どうかご容赦を』
『てゆーかこの剣、そんな特殊な刀なのか。盟刀、だっけ?』
『はい。中でも【風丸】は風神の力を宿すと言われる21工の中でも上位の盟刀でございます』
どんな武器であろうとその力は使い手次第。だが國中に散らばった盟刀の中にも序列というモノは存在する。こと戦いに関して、【風丸】はかなり高い位置にいる。
『全ての盟刀に最強を認められた剣主は、國盗りの力がもたらされる、か』
『伝説ではございますが、それを絵空事と思わせない力が、盟刀にはあります』
『面白い。俺が最強になって、この東京を統一する唯一のクラスタを築き上げ、俺が王になる』
『私は主様の王道を支える盾となりましょう』
『ならこの「つるぎ」はアンタの王道を切り開く剣となるさ!その代わりアンタが王様になった際には私を大臣にしてけろ!』
『アホに大臣が務まるとは思えませんが』
『ああ!?』
『なにか?』
『置いてく』
『待ってけれ〜!』
『主様、お赦しを』
以上が物語の冒頭。東京ブレイドの骨格となる設定。ここからはブレイド・シース・つるぎの3名が首都・東京で快進撃を進めていく。次々と敵を打ち破り、仲間を増やすブレイド一行。新興勢力の存在に最も敏感に反応したのは古くから渋谷に拠点を置くクラスタだった。
『【風丸】が目覚めたか』
『はっ。剣主の名はブレイド。近頃新宿で話題の小僧です』
『ならばいずれ戦う運命にあるだろう。俺が【雷斬】を手にする限り』
【風丸】と対をなす21工上位の盟刀【雷斬】。剣主の名は刀鬼。渋谷に拠点を置く一大クラスタのNo.2である。
『戦いが恐ろしいですか、刀鬼』
闇の奥。御簾が下された座敷から声が響く。豪奢な髪飾りに十二単衣のような和服。濃い色の紅を差した威圧感のある美女。彼女が渋谷クラスタトップ。【
「綺麗…」
観客の中の誰かが思わず呟く。その言葉を肯定するかのようにほうっと息が漏れた。そしてそれを最後に再び無音がホールを支配する。マナーではない。誰もがその美しさに目が離せず、押し黙り、意識を持っていかれた。
『まさか。俺は貴女の懐刀です。刀に感情はありません。無論、恐怖も』
『…………そうでしょうね』
───えっ
芸能関係者、中でも審美眼に肥えた人達から、声が出そうになった。そしてアクアからも。
意外なことをしたというわけではない。刀鬼の答えに微笑を返しただけだ。それだけのはずなのに。
───なんて哀しそうな、儚い笑み
恋人に隠し事をされているのが。嘘をつかれているのが。強がっているのが哀しい。説明されなくてもダイレクトに伝わってくる。そんな笑い方と声だった。演技とは思えない震え方だった。
何より不知火フリルらしさを感じない。
───いつも強く、凛として、美しいのが不知火フリル。だけど今の彼女は女が持つ特有の弱さを曝け出してる
メソッド演技。経験から芝居を作る。アクアやあかねの演技手法。没入型の役者の演技。それをあの不知火フリルがやっていた。俯瞰型の極みにいるはずの彼女が、だ。
───オレに言ってたのはこの事か?
舞台袖で見ていたアクアは思い出す。本番が始まる直前に、自分に言っていた言葉を。
『私が何をしても、貴方は私を好きでいてくれる?』
不知火フリルがメソッド演技。意外性はある。大衆もすごいと思うかもしれない。だが言い換えれば今まで成功を収めてきた手法を捨てたと言える。それは今までのファンを蔑ろにしたも同義。
───諸刃の剣……どころの話じゃない。このダブルキャスト。勝っても負けてもアイツは今までの立場は失うかもしれない
そこまでして勝ちにきた?意外とまでは言わないが腑に落ちない。フリルらしくない。らしさの押し付けなど、あまりしたくないが、それでも思う。らしくない。
───コレはまるで……
「アクアくんみたいな演技だね」
隣に侍るあかねの呟きはアクアの心を代弁した。
そう、コレはまるでオレの演技。
メソッド演技のことではない。メソッド演技自体は驚くには当たらない。アレは別にオレやあかねの専売特許というわけではない。訓練次第で誰でもできる。オレとフリルは互いが師であり、互いが弟子。オレがアイツから学んだようにアイツもオレから学んでいるはず。メソッド演技ができること自体は何ら不思議ではない。
腑に落ちないのは、驚愕させられたのは、アイツの行動の指針だ。
完璧か崩壊か。120点か0点か。勝つか死ぬか。後先を考えていない、破滅的行動。完璧主義の負の側面。観客にはわからないだろうが、オレには伝わってしまう。今のフリルの危うさが。
───お前はそういうタイプじゃねーだろ
鞘姫を演じるには確かに効果的だ。自分の魅せ方を誰よりも心得ていて、演技力も充分あり、演劇という舞台で通用する表現力にまで昇華している。その上で役の内面に潜り込んだ。このシーン、台本には特別な感情表現の指示はない。稽古でも平坦な演技を、と言われていた。
───気持ちを押し殺しているという感情を表しながらも、悲哀を込めた…
台本にはない。しかし刀鬼の婚約者としては妥当な反応。経験から作り出した演技。僅かな差だが、あの哀しげな微笑があるとないとではキャラの深みに雲泥の差が出る。鞘姫は基本無表情で端的、それでも決して冷徹な氷の姫ではない。外見の美しさ。そして内面の葛藤が観客に伝わる。
───フリルの真骨頂は上手い下手じゃない。本人の美しさ、カリスマ、外連味。生まれ持った存在感で大衆を虜にする。今もそれらの武器を捨てたというわけではない。あくまでも演じ分けという形で女の弱さを乗せてるだけ。今のフリルが演じる鞘姫は魅力的だ
だが、内面を汲み取った演技をするということは、不知火フリルらしさを薄めるということ。そしてメソッド演技という土俵で争うことになる。オレと、何よりあのあかねと。
内面に潜り込む。その点においてはあかねはオレを超える才能を持っている。深い考察力。分析力。洞察力。それらを踏まえて作り上げた役を完璧に演じきる、この怪物と同じ土俵で戦う。しかも大衆が望まないであろう弱い不知火フリルを乗せて。
この方針でいくということは、もうフリルに残された道は二つに一つ。完璧に勝つか、完膚なきまでに負けるか。どちらか。
確かに勝った時のリターンはデカいだろうが、負けた時のダメージは計り知れない。ハッキリ言って分は悪い。
────っ、
壇上のフリルと目が合う。その瞬間、ゾクリと背筋に寒気が走った。オレを見た時、フリルが確かに笑った。
一流の役者は動作や視線で演者の意図がわかる。
今舞台に立つ美女は紛うことなき超一流。そしてもはやアクアもその域に踏み込んでいる。だからわかった。今のアイツが何を言いたいか。今のアイツが何を言っているか。
刹那に消えたが、ハッキリと見えた。聞こえた。
『貴方を活かすのも殺すのも私がいい』
『私を活かすのも殺すのも貴方がいい』
───懐かしい感覚だな
首筋を撫でる。『今ガチ』の序盤で味わった、首元にナイフを突きつけられる感覚。ついてこなければ焼き殺すと脅され続けた、あの感覚が生々しく蘇る。あの時と違うのはオレもナイフを持っていて、お互いに突きつけあっているということ。もう一方的に殺される関係ではない。刃を交える関係だということ。
───お互い既に背水。そこまでやっても勝てる保証はないのもお互い同じ……
全てわかっている。わかった上であの場に立つと決めた。アイツと戦うと決めた。
相手は天才。自分は凡人。少し人より器用で、経験を積んでいるだけ。持って生まれたと言えるのは恵まれた容姿のみ。互いが師で互いが弟子。
───オレは凡人
───貴方は天才
お互いがお互いに持つ印象もまるで同じだった。
違いがあるとすれば、相手に抱く想いの差。
『愛してる』
壇上に立つ鞘姫から伝わってくる、刀鬼への愛情。偽物ではない。作り物でもない。本当の真心。
愛があるから彼が戦いに身を落とすことが哀しい。愛があるから彼に嘘をつかれるのが辛い。愛があるから虚勢を張る彼が愛しく、憎らしい。
今のフリルからはそんな鞘姫の感情が、リアルに、生々しく、迫を伴って伝わってくる。
───フリル……
叶うならこのまま舞台へ飛び出したい。飛び出して、肩を掴んで、聞いてみたい。
お前は愛を理解しているのか、と。
少し前までアイツはオレと同じだった。アイツも愛とか恋とか理解してなくて、でも理解したいと思ってて。だからオレに近づき、リアリティショーに出て、オレと関係を持った。
全く同じ経験を積んだはずなのに。リアリティショーだけじゃなく、あの頃は仕事からプライベートまで共にし、家族以上に密な時間を過ごしてきたはずなのに。
それなのに、オレは未だわからず、フリルは理解した。だからアイツは今、刀鬼に愛を捧げる演技ができている。同じ過程の中で、まるで異なる結果を手に入れている。
───なあ、フリル、知ってるなら教えてくれ
お前が掴んだ愛は、いったい何なんだ。
「アクア」
舞台を食い入るように見ていたアクアの肩に手が触れる。つるぎに扮した有馬だった。わかってる。もうすぐ場転。刀鬼と鞘姫にスポットを当てていた場所から、ブレイド一行へと戻る。旅の中、鬼人の剣主キザミと戦い、仲間になるシーンが始まろうとしている。
「───メルト」
小道具の刀を握り締め、刀の柄を額に押し当て、何かに祈るように目を瞑っていた眼帯を付けた少年の肩がビクリと震える。メイクを施されてなおわかるほど青い顔色でこちらを振り返った。
「行くぞ」
「…………ああっ」
わかりやすく緊張している。良くも悪くも『今日あま』の時にはなかった精神状態だ。この1ヶ月。やれるだけなことはやったつもりだが、1ヶ月で演技力そのものが向上するはずがない。緊張が悪い方向へ転がれば、あの時の悪夢の再現となる可能性は普通にある。
───まったく、いろんな意味で心身に悪い、この舞台
溜息を吐きそうになるのを何とか堪える。今から弱音を吐いていてはこの先思いやられる。
後に演劇界で伝説と語り継がれる舞台『東京ブレイド』
まだまだ始まったばかり。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ついに始まりました東京ブレイド。原作では第一幕はサクサク進みましたが、拙作はダブルキャストの前後編。第一幕はもうちょっとだけ続くんじゃよ。オリジナル展開も入れる予定ですので展開遅いかもですがお許しを。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。