重なる真実は死神の元へ近づく道標になるだろう
血の宿縁に頼り過ぎてはいけない
愛の真実をなくしている限り
『ふぅ』
場面転換。舞台の上は長屋の簡素な一室。そこに正座で佇むシースの姿から始まった。彼女の前には一脚のテーブル。その上には冊子と墨が置いてある。
【風丸】の剣主を探す旅が始まって以来、シースは手記をつけていた。路銀や宿代など、当面生活に困らないためのお金は里から支給されていたが、その代わり定期的に旅の内容を報告する義務がある。そのため、頭以外に記録しておくことは必要だった。
それにシースには一つ夢があった。ブレイドはいつか必ず東京を統一し、この国の王になるお方だと信じている。ブレイドの名は歴史に刻まれ、それまでの足跡はいずれ伝説になる。ブレイドがなした偉業は数多くの人に知ってもらわなければいけない。全ての戦いが終わった時、この手記を主として紀行文を書き、後世に伝えようと決めていた。
『───今日はこんなところですかね』
墨が乾くのをしばらく待って、ページをめくる。この旅が始まってしばらくが経つ。最初は真っ白だったページも、今はそれなりに埋まっていた。気がついた時、ページは一番前まで捲られていた。
《───弥生の十壱。【戦乙女】の修行も終わり、とうとう剣巫としての旅が始まります。里の社に奉納されていた盟刀【風丸】を持って、いよいよ神託の旅に出ます。なんだろう。ずっと待ってたはずなのに、いざこの日が来てみると不思議な感じです。身体がふわふわして落ち着きません。不安なのか、緊張なのか……とにかく、神託の剣主。我が主様に相応しい巫女として、全霊を尽くす所存です》
クスリと笑ってしまう。我ながら固い字だ。そのくせところどころ震えている。この時はこんな気持ちだったなぁと文体から生々しく蘇ってきた。昔、というほど時間は経っていないはずなのに、シースにはこの頃がひどく懐かしく思える。それほどまでにブレイド様との旅は密度が濃く、刺激の連続だった。
ページを捲る。その後はしばらく旅の楽しみや苦労などが綴られている。そしてとうとう運命の日。ブレイド様と出会った時について語られていた。
《───卯月の参。ついに神託の剣主と出会えました。お名前はブレイド様。心根は優しく、明るい。この乱世には珍しい明朗な方でした。元々剣の心得はあるらしく、初めて握った盟刀にも気後れされることはなく、早くも刃術の一を会得されました。敵だった剣主も部下として遺恨は残さず、受け入れられた、広い器を持った方です。この方を支えるべく、私も奮励努力いたします》
この時の自分に少し苛立ちが募る。当時はまだブレイド様の事を品定めしていた部分も大きかった。自身の傲慢が今となっては腹立たしい。
《───皐月の五。東京の新宿へと訪れた私達は襲撃を受ける。襲撃犯は近隣の住民で驚いたことに市政の民でした。この辺りに拠点を構える盗賊に迫害され、窮した彼らは旅人などを襲い、なんとか生計を立てているらしい。盗賊の親玉は盟刀の剣主だそうです》
ここでブレイド様は盗賊団を倒すべく剣を取り、村の若者を纏め上げ、戦いへと挑んだ。あの時の感動を私は一生忘れない。
《───皐月の七。私は今日という日を忘れないでしょう。ブレイド様に倒され、盗賊にも逆らえない若者達は新宿を捨て、逃げようとしていた。つるぎは怒っていたけれど私は仕方ないと思いました。誇りのために命を張って戦える人間なんてそうはいないものです。逃げる者を責めることはできない、と思っていました》
しかしコレは彼らへの諦めであり、侮蔑だったと気づきました。
《───ブレイド様は違った》
主様は彼らを諦めなかった。見捨てなかった。侮ったりなどしなかった。
『心に火を灯せ!新宿クラスタの勇士達よ!』
あの瞬間、鳥肌が立ちました。人が生まれ変わる瞬間を、光に照らされ輝く人を、初めて目の当たりにしました。
《この方しかいない》
この荒れ果てた東京を統一し、この国の王となり、戦乱の世を終わらせられる人は、主様だけだと、私は心の底から確信しました。
しかし、そんな王の器を持つ人でも、この課題にぶつかるのはある意味必然だったでしょう。
《───水無月の十七。盟刀の修行として影打を鍛治職人の方から渡されました》
主従の契約を交わした盟刀と剣主の間にはパスが繋がっている。盟刀がもつ超常の力が剣主と繋がり、馴染み、深度を深めることで剣主は刃術を会得していく。盟刀使いなら誰もが行う基本にして奥義へとつながる修行。
《 私は里で似たような修行をやっていたため、身体に馴染んだ盟刀の力を影打で握るのは難しくなかったですが───》
『ぬふぁああああっ』
主様は盟刀使いとしてはまだ半年のキャリアもありません。刃術の一を会得するだけでも本来なら半年近くの修行が必要。主様と風丸の繋がりはまだまだ薄い。コレばかりは一朝一夕ではいかないだろう。
《───お手伝いしたいところですが、盟刀と剣主の繋がりは十人十色で千差万別。下手に私の感覚をお伝えしても余計な先入観を与えてしまうかもしれません。心苦しいですが、今はただ見守ります》
そして主様単独の修行が始まって少しが経った頃、一度食事を用意してご様子を伺いに行った。
───えっ
影打を前に座禅を組み、剣と向き合う。【盟想】と呼ばれる盟刀と剣主の繋がりを深める対話の儀式。小川を支配する主様は衣擦れの音すら躊躇われるほど静謐なオーラを溢れさせていた。
───まさか、自力で盟想を?
『ふぅっ』
【盟想】を終えたのか。目を開き、大きく深呼吸する。同時に流れ出す滝のような汗。相当の集中を持って挑んでいたのだろう。静謐さは霧散し、ようやく周囲の時が動き始めた。
『主様』
『…………シース』
『お食事をお持ちしました』
『ありがとう』
竹筒に入った水を一気にあおり、葉で包まれた握り飯を口にする。美味い、とブレイドが一言もらし、シースはホッと胸を撫で下ろした。
『主様。先ほどは【盟想】を行っておいでのようでしたが、自力で辿り着かれたのですか?』
『まさか。教えてもらったんだよ。刀との対話が最初の一歩だって』
『どなたに?』
『とある鬼人の兄さん』
それから主様はその鬼人について楽しそうに語られた。無愛想な人なんだけど、なんだかんだ優しくて面倒見も良くて、若干ツンデレ。パッと聞いた印象では主様と正反対な方のように聞こえたが、よくよく考えると似ている部分も結構ある。そんな人だった。
『しかし大丈夫なのですか?それだけ盟刀の事を知っておられるという事はその方も恐らく剣主でしょう。いずれ敵対するかもしれません』
『大丈夫だよ。少なくともこの場でやる気ないって言ってたし』
『ですが……』
『俺も聞いたんだよ。なんで教えてくれるのかって。そしたら───』
「箒と塵取り使って風呂掃除してるようなマヌケが目の前にいれば俺のストレスになる」
と、言われたそうだ。
『───失礼な方ですね、主様に向かって』
『まあこちらは教えを乞う身だ。多少の無礼は仕方がないさ』
おにぎりの最後の一口を呑みくだす。米粒がついた口元には笑みが登っていた。
『楽しそうですね』
『ああ。鬼人の友達って初めて出来たし、こんな風に人に教えてもらうのも初めてだから』
その一言にシースの胸がずきりと痛む。この人と出会って、旅をして、色々な事をしてきたが、私はいつも守られてばかりだ。主様を守るのが剣巫の役目のはずなのに。つるぎもキザミも主様に頼ってばかりで頼られているところはあまり見ない。クラスタのトップなのだから当然と言う者もいるだろうが、支える従者としては情けない。
───私も、もっと強くならなければ…
いつか主様に心から頼っていただくため、決意を新たに拳を握りしめた。
▼
再び場面転換。今度は和装の邸内。天守閣と呼ぶべき頂上の一室。二人の男女が佇んでいた。盃を傾けながら膝を立てて座るのは3本ツノの鬼人。そして乾いた盃に酒を注ぐのは十二単衣のような荘厳な着物を纏う、艶やかな黒髪を背中まで伸ばした美女。
刀鬼と鞘姫。東京最大派閥渋谷クラスタのトップツーである。
『───渇く』
刀鬼の独白。酒盃を傾けながらホールに響き渡る声の迫は、観客を震わせるほどの圧があった。
『───幾ら酒を飲んでも、姫を抱いても、返り血を浴びても、渇きが癒えない。姫の懐刀であることに不満はない。戦いに飽いてもいない。全てにおいて、俺はそこそこに満ちているはずなのに』
観客だけではない。共演者にすら、俺を見ろと強制するかのような引力。
『誰だ……俺の渇きと飢えを満たすのは』
独白が終わった瞬間、チラリと脳裏に浮かぶ。あの山の中、【影打】で修行をしていた小僧。いかにも初心者という感じだったが、僅かなアドバイスで驚くほど飲み込みの早い男だった。アレほどセンスのある剣士は渋谷クラスタでもお目にかかったことがない。久々に少し面白いヤツと出会ったと思った。
『楽しそうですね』
無言で酒盃を口にする刀鬼に向かって、鞘姫が柔らかく微笑む。評された刀鬼は怪訝な目を主人へと向けた。
『最近の貴方は楽しそうです。新しいオモチャを見つけたような。秘密基地を探索してるかのような。そんな目をしています』
『お戯れを…』
『懐かしいですね。昔を思い出します。まだ貴方も私も子供で。クラスタなんて背負ってなくて。ただの男の子と女の子だった………私の手をいつも引っ張ってくれた、あの時を』
あの頃、刀鬼と鞘姫に序列はなかった。親が引き合わせた二人ではあったが、婚約者であるなどまるで知らず、仲の良い男女として過ごしていた。
昔から鞘姫は誰かを引っ張る、というタイプではなかった。いずれ上に立つ者としての教育は受けていたし、引っ込み思案というわけでもなかったが、積極的に何かと関わろうという事はしなかった。
手を引っ張ってくれたのは。いろんな場所に冒険へ連れて行ってくれて、私を守ってくれたのは、いつだって刀鬼だった。
今も彼は私を守ることに全力を尽くしてくれている。こうして二人きりで過ごす時間だって作ってくれている。彼が婚約者であることに不満はない。
けれど時間が経つに連れて。自分がいずれ渋谷クラスタのNo.2になることの自覚が強くなるに連れて。感情を表に表す事をしなくなった。子供な頃に見せてくれた、天真爛漫な笑顔を見せてくれなくなった。強くなればなるほど、彼の心が凍りついていくような気がした。
人に弱みを見せないために、感情を封じ込める。私の懐刀であることに徹している。それは渋谷クラスタNo.2としては至極正しい。
しかし昔の、本当の刀鬼を知る鞘姫から見れば、その変化はとても悲しかった。
───だけど今、刀鬼の心の氷が、少し溶けている気がする。相変わらず顔には出さないけど、纏う空気が変わった……いえ、戻った気がした。
『何か良い出会いでもありましたか?女性であるなら私もぜひ挨拶したいものですが』
『そのようなものはありません。まあ、ストレス解消の道具みたいなものを見つけただけです』
そして刀鬼から語られる。ブレイドとの出会い。【嵐峰】の山の中で【盟想】に努めていると、唸り声が聞こえてきた事を。
『ほどほどに弱く、根性もあり、打たれ強い。実によいサンドバッグです。ストレス解消にはちょうど良い』
『やり過ぎないであげてくださいね………しかし貴方がそこまで評価するのも珍しい。その者の名前は───』
『失礼します』
鞘姫の言葉が遮られる。扉の奥から現れたのはいつも黒のフードを目深に被った、覇気のない青年。名前は【匁】。彼もまた、渋谷クラスタの剣主である。
『───あっ、申し訳ありません。取り込み中でしたか』
『構いません。何用ですか?』
『はっ、どうやら新興クラスタが渋谷のシマを荒らしているようです』
『渋谷を?』
渋谷が鞘姫達の支配領域であることは東京に長く住む者なら誰でも知っている。それを知った上で荒らしているのであれば確かに問題だ。
『基本的に渋谷の実情を理解しての行動とは思えません。何も考えていないと言う方が正しいでしょう』
『その者達の名前は?』
『新宿クラスタと名乗っていました。攻めてきたのはキザミという鬼人でしたが、奴らが口にしていたトップの名は──』
▼
『───よしっ』
鍛治職人のオッサンに、今日から盟刀で修行することを許可された。その足でいつもの小川のほとりにいき、風丸をグッと握る。俺を中心に風が強く舞い上がった。やっと力のパスが繋がった実感が湧く。刀の特性を理解し、盟想を重ねて刀と対話することで、風丸の力の流れが自身の生命エネルギーの流れと同調した。柄を通じて流れ込む力を握る。これが【掌握】の基本にして奥義。《盟刀を握る》という感覚がようやくわかった。
『影打でも力の流れは感じてたけど、やっぱ盟刀は格が違うな』
内在するエネルギーの量が影打とは段違いだ。その分握るのは難しいけど、知覚だけなら遥かにやりやすい。コツを掴んでしまえばブレイドにとって、風丸は影打よりも握りやすかった。
『───雨、降りそうだな』
どこか遠くで雷鳴が聞こえた気がする。空を見上げると分厚い雲が山の上を覆っていた。
『───ブレイド』
名前を呼ばれる。振り返ると予想通りの人がいた。曇天にあっても眩い金色の髪に三本ツノの鬼人。
『刀鬼の兄さん』
ここ数日、ブレイドに盟刀の扱いの基本を教えてくれた鬼人だった。
『見てくれよ。今日は盟刀使って修行してたんだけど、結構上手く握れてさ。この分なら刃術も一だけじゃなくその先まで──』
『それがお前の盟刀か』
固い口調のまま、こちらへと近づいてくる。この人の砕けた口調など想像もつかないが、それでもどこか頑なな雰囲気が感じられた。
『盟刀・風丸。雷斬と対をなす上位の一工』
『なんだ、兄さん。知ってたの──』
『貴様が始めからそれを持っていれば、俺も貴様に【掌握】など教えはしなかっただろう』
どういう意味か、聞こうとする間もなかった。反射的にブレイドが飛び下がる。気づいた時には刀鬼の鞘から剣が抜き放たれており、頬には赤い筋が走っていた。
『…………良い反応だ。剣主としてはまだまだだが、剣士としては優秀だな』
『兄さん、なんで!?俺は、貴方を信じていたのに!!』
▼
背景が消える。照明も。ブレイドと刀鬼を照らすための、最小限の明かりだけが残った。音響も消え、立ち込めるのは雨音のみ。真っ暗な舞台。雨音だけが支配するステージの上で、少年と鬼人が向かい合う。
マイクの音が聞こえてくる。ステージ上の誰でもない音声。声の高さからして女性だろう。透明感のある声はよく通り、ホール内を埋め尽くした。
『むかーしむかし。そのまた昔。まだ盟刀を作る技術が失われていなかった太古の時代。一人の少年と鬼人がいました』
ステージ上、切り結ぶブレイドと刀鬼の傍らで、語り部の声だけが強く、虚しく響く。
『生まれも育ちも違う二人はそれぞれの運命によって、それぞれの盟刀に選ばれます。少年は風丸。鬼人は雷斬の剣主となりました』
聞いているうちに東京ブレイドの読者は気づく。それは物語の中でも語られる、東京に古くから伝わる伝記の一つだった。
『少年と鬼人は、それぞれの目的のために旅をします。しかし二人の目標は同じ。世界を平和にするために剣を取った者達でした。故に二人が出会うのも必然だったのでしょう』
少年より長い時を生きる鬼人は少年より盟刀の扱いに長けており、まだ若い剣主である少年は鬼人に教えをこう事となる。
『生まれも育ちも違う。性格も表面的には正反対。けれど二人は何故か気が合い、友達になっていきます』
しかし目標を同じとする二人、しかし目的が違う二人。袂を別つのは必然だったのかもしれません。
決闘をすることになってしまった二人。戦いながら、少年の目からは涙が溢れました。そして鬼人も、彼を傷つけるたびにまるで自分が斬られているかのような痛みを心に感じていました。
『少年と鬼人は、兄弟だったのです』
母親は違う。ブレイドの母は人間で、刀鬼の母は鬼人。しかし同じ種から生まれ、身体には半分同じ血を宿している。腹違いの兄弟。それがブレイドと刀鬼。本人さえも知らない事実だった。
『少年は鬼人の兄が好きでした。鬼人も人間の弟が好きでした』
だからこそ、兄は弟を殺せなかった。
語り部の声が止まる。ステージ上に残ったのは劣勢ながら戦う意志を見せるブレイドと、とどめを指す事を躊躇う刀鬼。
『ブレイド。お前に教えたのは盟刀の扱いの基礎に過ぎない。見せてやろう。刃術の最高峰を』
盟刀を立てる。カチリと鍔鳴りの音が響いた。
『【盟刀掌握】』
[千鳥雷切一両筒]
甲高い鳥の鳴き声のような音が響く。その音に付き従うかのように雷霆が轟き、ホール中を真白の光が支配した。あまりの眩さに思わず観客達は目を瞑り、轟く雷鳴に身を竦ませる。音が止み、雷光が収まった時、観客達はゆっくりと目を開く。
視界の先に広がっていたのは、刀を振り下ろした状態で静止する刀鬼と、真っ二つになった盟刀を抱え膝をつくブレイドだった。
『…………残念だ、ブレイド。貴様も所詮、俺の糧に過ぎなかった』
雷斬を腰へと納刀する。何も答えず、呆然とするブレイドに背を向けた。
『風丸が破壊された以上、殺す価値もない。クラスタを解散して、せいぜい日陰で生きろ。拾った命を噛み締めながらな』
舞台から刀鬼が出ていく。残されたのは雨音と、膝を折ったまま動けないブレイドのみ。
『兄さん……!兄さぁああああんっ!!!』
絶叫が木霊する。ブレイドの悲痛な叫び声のエコーが収まってから数秒後、全ての照明が落とされ、少しずつホール全体が明るくなっていく。モニターが閉じていく音と同時に警告音が鳴った。
〈これより、15分間の休憩になります。席をお立ちの際は手回り品にご注意を───〉
無機質なアナウンス音がスピーカーを鳴らし始めて、ようやく観客達は現実の世界に帰ってくる。姫川大輝、そして星野アクア。二人の神がかりが、観客達をトリップに誘っていた。前半が終わったことへの拍手が起こったのはアナウンスが終わってからだった。
「すごかったねー」
「うん、鳥肌立っちゃった」
「まだ夢の中にいるみたい」
一般客が休憩に席を立つ。今の間にトイレなどを済ませるために外へ出ていくのだろう。まだ後半の長丁場が残っている。今のうちに済ませておくものは済ませなければいけない。
しかし、芸能関係者は席を立つことができなかった。
「………圧巻だったな」
「まったく引けをとっていなかった」
「主役を際立たせるため、姫川大輝が加減してた可能性もあるが……」
「星野アクア、か」
圧巻だった。まるで引けをとってなかった。この劇を観ている者で、星野アクアの才能を認めていない関係者はいないだろう。
しかし
「あまりに不安定。危うい才能」
フリルの事務所社長はまだ星野アクアへの評価を決めかねていた。
今のところは文句なし。徹頭徹尾非の打ち所がない。この戦い以降のブレイドは初めての敗北を経験したことにより、持ち前の明るさを失うことはないが、それでも少し影を落とすようになる。そのための説得力を持たせるのが第一幕の役目。それは完璧にこなしていた。ここから先、ブレイドを観る観客達はどこかに星野アクアの影を幻視してしまうだろう。この舞台の主役はオレだと主張するには満点の演技。
そう、あくまで満点を与えられるのは主役という役割についてのみの話。
主役は誰かを慮る必要などない。作品の理解と解釈の範疇であれば、自分本位に、衝動的に、大胆にできる。そういう分野はメソッド演技で誰よりも深く潜る星野アクアの独壇場だ。ただ自身の感情を、暴力的なまでのオーラで表現すれば良いだけだった。
しかし後半から彼が演じるのは刀鬼。トップでなくNo.2。思うがままに暴れるだけではいけない。主役を喰うことなどもってのほか。明朗で快活でなく、複雑な情念と捩れた崇拝を併せ持つキャラクターを演じなければならない。その衝動を理解しなければいけない。
───その衝動の元は、愛
後半において主要となる五人の役者、それぞれの演技への愛──哲学と言い換えても良いかもしれない。アクアを除いた主演組全員が演技についてそれぞれの哲学を持っている。
不知火フリルであれば、大衆に寄り添うこと。どんな役を演じるとしても、大衆が求める不知火フリルであり続けることが彼女の哲学。
有馬かなであれば、監督などの裏方に寄り添うこと。監督や脚本家が自らに求める意思や内容に寄り添い、使い勝手の良い役者であり続けることが有馬かなの哲学。
黒川あかねであれば、演じる役に寄り添うこと。与えられた役の内面を徹底的にプロファイリング、考察し、自らに還元する。どんな役にも憑依し続けることが黒川あかねの哲学。
姫川大輝であれば、自分に寄り添うこと。自分に与えられた役割も、大衆が求めるものも、役の内面も、全て理解している。それらを汲み取った上で自分がやりたいように演じる。欠けた何かを埋めるように、自らのモチベーションを高め続けることが、姫川大輝の哲学。
───けれど、ここまで観ても、まだ星野アクアの哲学は見えてこない。星野アクアの愛の形が、わからない
どちらの方面へも中庸なのだ。
大衆への想いも、監督や脚本家への配慮も、役の内面への没入も、自分自身のエゴも。どれも中庸。どちらにも傾いていなければ、どれかに特化しているというわけでもない。
一見没入が深く見えるけれどそうではない。アレはできるからやっているだけ。そのレベルがあまりに高いから偏っているように見えるが、どれも100%を尽くしていることは変わりない。普通はもっと偏る。没入を100にする代わり客観視が軽くなったり、エゴを優先する代わり、裏方への配慮が雑になったりする。その偏りこそが人間臭さに繋がる。星野アクアにはそういった偏りがない。人間臭さがないのだ。
───不気味ね…欠落している。人としての何かが欠けてる。だから彼は美しく、危うい
俯瞰型なのか、没入型なのか、気配り上手なのか、エゴイストなのか、わからない。
持って生まれた多才さと、培ってきた技術によって作られた美しく強靭な
───未だ哲学を持てていない貴方が、この先一体どうやって愛を表現するのか……
彼の演技に愛がないとは思わない。けれど他の四人のように、哲学として表現できる説得力はない。なんとなく、感覚でやっていることを言語化し、再現性を見出す。そうでなければ彼の才能は不安定なままで、役者としての商品価値は今がピークになってしまうだろう。そうなってはもう彼をフリルと関わらせるわけにはいかなくなる。
───全ては第二幕。まだまだここから。
期待はしている。どうか応えてくれと切に願う。これからのフリルは、彼なしではキツくなるだろう。隣に居させてやりたい。事務所社長としても、一個人としても心からそう思っている。
しかしその為には資格を伴っていなければ話にならないのも、また事実。才能だけではダメだ。彼の成功がまぐれでないと大衆を納得させるための実績が要る。
「一体どんな形をしているのかしら。貴方の愛は」
警告音が鳴り響く。次第に暗くなっていくホール。幕間が終わり、第二幕のモニターが開き始めた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
第一幕終了です。影打編のクライマックスは刀鬼とブレイドの兄弟バレで締めくくろうと決めていました。オリジナル設定盛り込みまくりですが、いかがだったでしょうか。【盟刀掌握】は領域展開みたいな感じで、[千鳥雷切一両筒]は卍解みたいな感じでイメージしてくださるとありがたいです。
さて、次回からは第二幕。未だ愛の形を掴めていないアクアは一体どのように刀鬼を演じるのか。そして愛の形を掴めるのか。筆者も皆様と一緒に観劇しながら描いていきたいと思います。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。