【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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貴方に配られた3枚のカード
一枚はエース、一枚はクズ、一枚はフラット
星をなくした子にカードの捌き方を習うといいだろう
エースで揃った手札の持ち主であろうと捌き方は存在するのだから



63rd take 持たざる者のカード捌き

 

 

 

 

 

「別に悪いことじゃなくね?ナメられるって」

 

稽古が始まってから二週間近くが経って、鳴嶋メルトから質問をされた時、アクアはこの答えを返していた。

 

アクアがまだ何にも報われてないと知った頃。メルトはできるだけアクアの近くで、アクアから演技を学ぶようにしていた。わかんない事は質問し、アクアと一緒に走ったりするようになった。簡単に質問に答えてくれなかったり、問題を投げかける形で返す事も多かった。今日も日課のランニングを一緒に終えた後、本番まで日が差し迫ってきて、尻に火がつき始めた頃、どうすればいいか教えて欲しくて質問した。しかし、「共演者にも観客にもナメられないようにするためにはどうしたらいい?」という問いに対し、アクアは端的に答えを返してきた。

 

「別にいいんじゃね?ナメられても」

 

と。

 

───そんな…

 

正直ショックだった。アクアは俺がどんな質問をしてもバカにしたり、突き放したりした事はなかった。俺が答えを見つけられるよう導いてくれていた。それなのに、今日初めて突き放された。

 

「そんなアドバイスがあるかよ!もっとまともな事言ってくれよ!」

「オレは常に大真面目だ」

「俺のせいでまた作品がダメになったらどうすんだよ!」

「そうならないために指導をしてるつもりだ。オレが信用できねーなら他の人を頼ればいい。オレの言葉を聞く価値があるかないか、判断するのはお前だ」

 

グッと黙り込む。星野アクアの才能は自分が誰よりも高く評価しているつもりだ。才能は不知火フリルに匹敵し、頭の良さはこの舞台の役者の中で随一と言える。演技というものに関して、彼ほど理性的に言語化できる人間は他にいないだろう。それはわかってる。だけど……

 

───安易に人に縋ろうとする人間を、温かく迎えてくれるほど、甘い男じゃない。

 

才能ある人には結構甘いが、そうでない人間には厳しい……とまでは言わないが、耳に痛い正論を突きつけてくる。喰らいついてくるなら良し。現実から目を逸らすなら、それまでのこと。それがアクアの自分に対する態度だと気づいた時、この舞台で演技について教わるのは、この男しかいないと決めていた。全身を耳にして、言葉を拾う。言葉を糧にする。アクアの言葉に質量を感じ、食らいつき、呑みくだす。それが今の俺の最善だと信じている。

 

「聞かせてくれ、全部」

「わかった」

 

冷や汗混じりの汗を拭きながらアクアへと向き合う。星の光を放つ青い瞳は直視し続けるには強すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15分間の幕間。観客達の休憩時間。しかし演者にとっては幕間も仕事の真っ最中。化粧直し。ステージのスタンバイ。やる事はいくらでもある。事実モニターの奥にいる演者並びに関係者は忙しく動いていた。

 

中でもダブルキャストを務める4人は息を吐く暇もない。今までの装いを脱ぎ捨て、全く別のキャラクターに一からメイクをやり直す。無駄にできる時間などない。姫川とフリル、アクアとあかねは衣装を脱ぎ、裏方へと手渡しながら、駆け足でメイクルームへと向かっていた。

 

「アクアくん、また後で」

「心労は察するけど、メイク中に疲労の色は顔から抜いておきなさい。まだ折り返しなんだから」

「わかってる」

 

異常な没入。人格丸ごとブレイドへと憑依し、風雨舞い、雷鳴轟く超常現象のイメージの中に没頭し続けていたアクアからは滝のような汗が滴り落ちていた。歩きながら水をあおり、タオルで拭いているが、後から止めどなく吹き出してくる。もう季節は冬。劇場内は暖房が効いているとはいえ、上着を脱げば肌寒い環境の中で、アクアだけはまるで真夏の炎天下に晒されているかのような状態だった。

 

───まだ身体中がずぶ濡れになっているトリップから抜け出しきれてない

 

汗を引っ込めなければとわかっているのに止まらない。風雨の中に晒される空想に没頭する時間が長過ぎた。雨の中の決闘。信じていた鬼人に裏切られたショック。それらの強いイメージの残光は15分で払拭するには難しい。

 

────落ち着け。目を閉じて深呼吸を……

 

「脈拍を計れ」

 

男子化粧室。オレの隣でオレと同様に、全ての衣装を着替えなければいけない、後半の主演が短く言い放つ。驚きで少し汗がひいた。

 

「トリップってのは興奮状態で起こる。そして人間は興奮状態にある時、心臓の鼓動が早くなる。まずは心臓を落ち着かせろ。脈拍を計って落ち着きを客観的に把握するんだ」

 

返事はせず、自身の手首に指を添える。確かに早い。通常の倍近い早さで脈打っている。脈拍に集中し、深呼吸する。脳内に強く残っていたイメージが鼓動の音で上書きされていった。

 

トクッ、トクッ、トクッ、

 

徐々に、けれど確実に鼓動が落ち着いていく。吹き出していた汗も止まり始め、体は冬の寒さを知覚し始めた。

 

「焦らなくていい。第二幕は匁とキザミの戦いから始まるし、そのあとはしばらくブレイドが盟刀を復活させるシーンが続く。刀鬼の出番までは間がある。ゆっくりトリップから抜け出して、キャラクターを切り替えておけ」

「姫川さん」

 

立ち上がり、メイクさんがスタンバイしている部屋へ向かおうとする。脈拍を計る姿勢のまま、その背中に声をかけた。

 

「稽古の時から思ってましたが……なんでオレにアドバイスじみた事をしてくれるんですか?」

 

稽古が始まってから、アクアは姫川の気遣い的な言動を何度か受けていた。ありがたい事だったが、同時に少し不思議だった。今回アクアと姫川は対立関係。アクアの不調は彼にとって好都合のはずなのに。敵に塩を送る、とまでは言わないが、本番でまでアドバイスをしてくれるとは流石に思わなかった。

 

「───なんでだと思う?」

「───この舞台と成功のため、ですか?」

 

振り返らず、立ち止まったままの姫川に、最も現実的で可能性の高い答えを返すと笑われた。正解とも不正解とも取れる笑いだった。

 

「───この舞台、俺が満足いく形でお前が終わらせられたら、教えてやる」

 

部屋から出ていく。今教えろと思ったが、口にはせず、呼び止めることもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二幕。それはブレイド側の視点でも、刀鬼側の視点でもないところから始まる。

 

ブレイドらが【嵐峰】で修行している最中、新宿クラスタの仕切りはキザミが行っている。そして盗賊上がりで、お山の大将をやっていたキザミに戦略などは存在しない。元配下達を中心に、考えなしに暴れ、クラスタを拡大させていた。

 

故に東京最大クラスタである渋谷クラスタとぶつかるのは必然だったのだろう。

 

第二幕はキザミと匁。二人の剣主の戦いから始まる。

 

「どうなってる?」

 

舞台袖。アクアより早く出番がある有馬はいつでも出れる位置にスタンバイしている。休憩時間15分丸々と、第二幕が始まってから今まで衣装替えとメイクに時間がかかっていたアクアは、ステージを見つめる有馬に現状の説明を求めた。

 

「───っ」

 

振り返った『つるぎ』を務める赤みがかった黒髪の美少女は息を呑む。アクアは普段顔半分が隠れるアシメヘア。ブレイドも黒髪ロングのセンター分け。ある程度顔が隠れる仕様となっている。対して刀鬼はオールバック。眩い蜂蜜色の髪を纏め、顔は完全に曝け出す形。

 

故に有馬かなは、星野アクアと再会してからほぼ初めて、完全に曝け出したアクアの顔を見た。

 

───綺麗

 

切り立った顎の形。筋の通った目鼻。綺麗に整えられた眉。双眸には僅かに疲労感が滲んでいるが、それもまた色香を引き立てる。何よりも目を惹く、星の輝きを放つ青い瞳。全てが美麗だった。惚れた弱みもあるのだろうが、それでも思う。いつもと違うメイクが施されているとはいえ、思ってしまう。こんなに綺麗な男の人、初めて見た、と。

 

「有馬?」

 

反応のなさに怪訝な顔つきを見せ、ようやく現実に戻ってくる。一度大きく咳払いすると再びステージへ視線を向けた。

 

「大丈夫。まだ始まったばかりよ。キザミと匁の対決。アンタの出番はしばらくないから、安心なさい」

「オレの話じゃなくて、メルトの話」

「やっぱり弟子の様子は気になるの?」

「弟子じゃねーし。演技についてはほとんど何も教えてねーし。オレが教えたのは気構えくらいのモンだよ」

「ま、1ヶ月で演技力自体の底上げはできないわよね。あの頃よりは多少マシだけど、やっぱりヘタよ」

 

有馬に続いて、ステージを見る。丁度鴨志田とメルトが向き合っているところだ。

 

鴨志田が演じる【匁】渋谷クラスタ重鎮の家柄。故に盟刀を親から譲り受けたが、本来戦い向きの性格をしていない匁。クラスタの抗争も自分はほぼ巻き込まれたと思っている。しかし血筋の良さから才能は遺伝しており、強さだけなら【キザミ】より遥かに上の剣主。

 

───匁って……というか、刀ブレの主要キャラってみんなどことなくアクアに似てるのよね。

 

戦いたくないのに、その才能だけで充分強い【匁】

 

自身の役割を心得ており、その役割にふさわしい強さを持っていながら、何かが欠けている【刀鬼】

 

明るさと前向きさを持ち合わせ、人々を巻き込み、良い方向へと導くリーダーの器を持つ。けれどどこか影がある【ブレイド】

 

それぞれで違う個性を持つキャラクター達でありながら、特徴を列挙すると星野アクアの共通点が浮かび上がる。

演技など好きじゃないくせに、その才能はたっぷりと持っている。

自分の役目は心得ている。けれどいつもそれ以上の何かを求め、行動する。

人の輪の中で強く輝き、そして周りを活かすこともできる。けれどそんな誰かに必要とされる自分を演じることに嫌気がさす。

 

刀ブレの主要キャラはみんなどこかアクアと似ていた。バーナム効果かもしれない。誰もが持つ多面性の一つなのかもしれない。けれど有馬かなは彼らからどことなく星野アクアの匂いを感じ取っていた。

 

───鮫島先生のキャラ作りって……いやいや。流石に考えすぎよ

 

確かにアクアと鮫島先生は舞台前から知り合いだったみたいだけど、そんな漫画にまで影響を与えるほどの付き合いな筈はない。

 

───本当に?

 

有馬の中で不安がもたげる。鮫島先生は男性にほとんど免疫がないと言っていた。なら男性キャラを作る時は全て想像でやっているのだろうか?そうは考えにくい。免疫のない、ほとんど知らない男という生き物を想像だけでこんなに面白く具体的に描けるものだろうか。モデルがいても不思議はない。

 

けど、鮫島先生にそんな漫画のモデルにまでするほど親しい人間がいるとは思えない。

 

───いるとしたら……

 

隣でステージを見つめる男の横顔に視線を向ける。真剣そのものの表情で舞台を見るその顔は綺麗で、かっこよく、少し蠱惑的だった。

 

「───やっぱり上手いな、鴨志田朔夜。2.5舞台で重宝されてるだけはある」

 

アクアの呟きで袋小路に入りかけた思考が戻ってくる。ハッとなって、一度軽く頬を叩いた。

 

───いけない、集中しなきゃ

 

今は本番中。それも撮り直しは絶対効かない舞台の最中だ。余計なことを考えるのはカーテンコールが終わってから。今は仕事に集中しなければ。ステージを、客席を見て、その空気と雰囲気を感じなければ。アクアが今そうしてるように。

 

「普段の性格とは真逆。だが原作リスペクトが高いんだろう。よく再現されてる。2.5のノウハウを学ぶ上で、この人ほどふさわしい教本はなかっただろう」

「その辺りはララライの役者達はほとんど気づいてたわね。私もあの人から学んだ2.5の作法は多いと思う」

「誰かさんは完全にゴーイングマイウェイだったけどね」

 

アクアの肘に手が添えられる。いつのまにか隣に来ていたのは十二単のような装束に着替えた黒髪の美少女、黒川あかねだった。

 

「あかね、メイク終わったのか」

「さっき、なんとかね。舞台袖に来てみたらアクアくんが見えたから。オールバック素敵だよ。いつも髪上げてれば良いのに」

「全部曝け出すより、ちょっと隠してる方がミステリアスだろ?」

「アクアくんはこれ以上ミステリアス要素増やさなくて良いと思うけど」

「それにオールバックじゃピアス隠せないし」

「本音はそっちか」

 

笑みを見せながら話す二人の姿にイラッとする。そしてもう一つ気に入らないこと。アクアがピアスを開けていること、有馬かなは今まで知らなかった。今もメイクでピアスホールは見えないようになっている。髪型だけでは気付けないアクアの秘密をあかねが自分より先に知っていたことが気に入らなかった。

 

「黒川あかね。アンタの出番はしばらく後でしょ。こんなところにいないで。邪魔よ」

「アクアくんだってそうじゃない」

「こいつはいいのよ。まだ身軽な格好だし。けどアンタみたいな十二単がこんなところにいたら演者達の出に差し障るでしょ。裾踏まれても知らないから」

 

舞台袖は確かに役者達の出入りが激しい。あかねのような衣装は確かに気を使うと言えなくもない。さて、どうするかと思っていると、意外に素直に、そして穏やかにあかねは有馬の意見を認めた。

 

「しょうがない。アクアくん、ちょっと下がって映像で見よ?助監さんが撮ってるの、控え室でライブで観れるから」

「そうするか。オレも一度俯瞰で観ておきたい」

「やっぱり私も下がる」

「なんで?かなちゃん私達よりも出番早いでしょ?スタンバイしてないと」

「演劇は観客まで含めて一つの作品。全体が見れる所から見るのも必要だわ」

 

理由になってるような、厳しいような、そんな動機で三人は動き出す。周りの共演者達は「またか」と心中で溜息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控え室、簡素なテーブルと机。そして小さなテレビが備え付けられてある部屋。出番がまだ先の役者や、メイクさんなどの裏方が主に利用する場所だ。テレビにはもちろん舞台の様子が映し出されている。鴨志田とメルトのバトルシーン。セリフも交え、動きの中でセリフと感情を発する場面。格好の見せ場と呼べるシーンだ。演者達も全力を尽くさなければいけない正念場。

 

だというのに、ステージから届く熱量は思ったほどではなく、観客からはどこかシラけているような冷たさが感じられた。

 

「───やっぱり、ダメか」

 

有馬から呟かれた一言が全てを表現していた。

 

ここは原作にもあるシーン。実力的にはキザミの方が匁より下だけど、この場面は無知ゆえの強者感があった。ブレイドに負けるまではお山の大将で、負けたことのなかった彼は、今まで自分が強いと信じていた。根拠のない自信を持っていた。

 

───けど、今のキザミに強者感はない

 

彼なりに一生懸命やってるのはわかる。けどそれは誰もがそうだし、プロなら褒められることではない。むしろそういう意味では世の中ナメくさっていた『今日あま』の頃の方が強者感は出ていたかもしれない。けど今、彼は中途半端に懸命で、中途半端に謙虚で、中途半端に卑屈だ。だから懸命さが自信に繋がっていない。

 

───直前にアクアのブレイドを、あのオーラを見てしまったせいかもしれない。

 

オーラを形作るのは自信と自ら積み重ねることで練り上げられる努力という名のバックボーン。自分の才能への自負。12年かけて作り上げた星野アクアの重厚なバックボーンによって生み出された、万人を惹きつけるオーラ。それがキザミからは……鳴嶋メルトからはまるで感じられない。

 

「さっきまで凄かったのに……」

「キザミの人って……」

「あんまし──」

 

テレビから観客の話し声は聞こえてこない。けれど表情は見える。何を言っているのか。どういう感想を持っているのか、大体わかった。

 

観客に上手いと思わせる役者は二流。ならば観客にヘタと思わせる役者は論外だ。

 

「アクア、このままじゃ──」

「「大丈夫」」

 

有馬もあかねも不安そうにアクアへと振り返る。しかし星の瞳の少年は真っ直ぐに映像を見据えていた。そして少年の肩に肘をかけた白髪の美少女も真剣な面持ちで画面を見つめる。いつもの光にすかせば薄く翠がかる黒髪ではない。けれど自身が生まれ持つ人間離れした美貌と目元と口元の泣きぼくろは変わらない。シースに扮した不知火フリルだと気づくのに時間はかからなかった。

 

「「ここからだ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に悪いことじゃなくね?ナメられるって」

 

あの時、アクアに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。演じながらわかる気配。伝わる空気。第一幕ではあんなに魅入っていた観客達の冷めた視線。この空気を作っているのが誰か、嫌でもわかった。

 

───わかってるよ、俺がヘタクソなことくらい

 

 

あの演技を見た時から。

 

 

星野アクアの演技を。生まれて初めて本物の才能に触れたあの時。アクアのオーラに触れた事で有馬かなが光り輝いた、あの瞬間を見た時から、気づいていた。

 

彼女が俺に合わせて下手な演技をしてくれた事。

 

俺が番組を台無しにした事。

 

「俺にもっと才能があれば───」

「道具の性能に頼っているうちは三流だぜ」

 

ほとんど愚痴に近い、そんな弱音をアクアに聴かせてしまった時、アイツはバカにするわけでもなく、かと言って突き放すわけでもなく、端的に答えた。

 

「現実ってゲームは配られたカードのぶつけ合いだ。勝負を決めるのはカードの切り方。捨て札の選択。切り札の出しどころ。捨てカードにも戦略を纏わせなきゃ、オレ達凡人は天才と普通に勝負したら配られたカードの差で、普通に負ける」

 

───俺たち、凡人?

 

何言ってんだこいつ、と思うと同時に言っている事自体には納得する。

 

「人間やろうと思えばボールペンでも人は殺せる。どんな道具も使いよう。まして役者ってのは全員ハッタリ使いだ。何もないところに何かあるように見せる。ミミズを竜に。沼地を花畑に錯覚させることができて初めて役者は三流」

「さ、三流?」

 

そこまでできれば一流だろ、と言いたい。それを三流と言うのはお前ら天才だけだろと胸ぐら掴みたい。けれど黙って最後まで聞くと自分で言ってしまった以上、何も言えない。言ってること自体の理もわかる。

 

「お前に配られたカードは、主に三つ。一つは容姿。もう一つは演技力。最後の一つは稽古時間。何を捨てカードにするか、何を切り札にするかはお前次第だが、無意味にカードを切ることだけはしちゃいけねぇ」

 

全ての行動にストーリーを持たせろ。説得力を持たせろ。

 

「1ヶ月という稽古時間。演技力そのものをアップさせることは不可能だ」

「でっ、でもアクアは一ヶ月でめちゃくちゃ上手くなってるじゃん!」

「なってるか?四苦八苦の毎日だぞ」

「…………これだから天才は」

「なってるとしても、オレは12年の積み重ねがあるんだよ。なんか掴んで唐突に伸びるやつってのは演劇の世界にもいるが、そういう人たちはちゃんと地力を持ってんだよ」

 

それを言われてしまうとぐうの音も出ない。立ち上がりかけたメルトは再び座った。

 

「地力のないお前の場合、1ヶ月というカードはたった一つのシーンの向上に向けて切れ」

「たった一つの、シーン?」

「今日あまの時を見たろ。日本にはな、終わりよければ全てよしというありがたい言葉があるんだよ」

 

つまりはクライマックス。各々のキャストに存在する一番の見せ場に懸けろということ。

 

「そうすれば観客はここからの演技のために今まではわざと下手にやってたかもってストーリーを勝手に作ってくれる」

 

演技力がないというなら、それすらも利用する。カードパワーが10しかないなら、ハッタリと戦略で120にする。それが勝負の世界におけるカード捌き。ブラフと戦略。

 

「キザミの見せ場は第二幕初っ端。匁との対決。それ以外は特別なことをしなくていい。その結果下手だと観客にナメられてもかまわない。だが、ナメられっぱなしの空気のままじゃ上手くなってもフィルターかけられて適正な評価はされない」

 

つまりここからは違う、と観客に思わせなきゃいけない。

 

「ナメられてるってことは言い換えれば油断してるってこと。油断してくれるのは役者にとって悪いことじゃねぇ。オレなんか常に相手には油断してくれるよう力を尽くす。まあオレの敵は基本油断してくれないウサギばっかなんだけど」

 

けど、お前は違う。実際に下手だから下手に説得力があるし、演技経験も少ないモデル上がりだから、下手にストーリーが生まれる。

 

「ここからは違う、と思わせるために必要なのは、驚愕。印象に残るものならなんでもいい。とりあえず度肝を抜いておけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

───度肝を、抜く!

 

 

舞台上、匁との対決。舞台東京ブレイドは原作と差異のある場面も多いが、原作準拠のシーンも勿論ある。中でも一番見てくれで派手なのはこのシーン。キザミが刀を空中に投げ、高速回転する刀をキャッチすることで余裕と強者感を纏わせる演出。

 

正直この原作シーンの再現をすることに勇気はかなり必要だった。だって現実でこれをやるのはかなり難しい。多分原作者だって出来ると思って描いてないと思う。

 

それにもし失敗したらダサすぎる。この一ヶ月、空中キャッチの練習は死ぬほど重ねたが、それでも成功率は7割に届くかどうか。10回のうち3回は失敗する。そんな大技を本番前にする。怖い。

 

───だけど!

 

【凡人は天才と普通に勝負したら配られたカードの差で、普通に負ける】

 

なら普通じゃないことをするしかない!

 

意を決し、冷や汗を押し込めながら、天高く刀を空中に投げる。高速回転する刃を見極め、掴むべく手を伸ばす。

 

【練習は本番のように。本番は練習のように。全てに通じる基本だ。覚えておけ】

【面白いことやってるね。出来たら激アツだよ】

 

特訓を見ていたアクアと、偶然稽古風景を目にしたフリルの声が脳裏によぎる。メルトは一瞬、自分が舞台の上に立っているということを忘れていた。

 

成功したんだと気付いたのはホールを揺るがす歓声が湧き上がってからだった。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。第二幕スタートは原作準拠。メルトの心情にスポットを当てました。いかがだったでしょうか。アレやるの絶対緊張しただろうなと思いました。めっちゃ難しいし、ミスったらマジ激ダサだし。ほんとよくやったよメルトくん。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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