悪魔の契約も天使の祝福も微笑む相手を選ばない
しかしそのどちらでもない者の愛は救う相手を選ぶだろう
なくした愛の形を代償に
誰かに期待というものをしてこなかった人生だった。
持って生まれたものが人より多い事は、幼い頃から自覚していた。学校のテストはいつも満点だったし、体力テストでも常に上位。運動会ではリレーのアンカー。美術や音楽でも一位の座を譲った事はなかったし、クラスの女子は大抵オレのことが好きだった。
健康な体、卓越した頭脳、運動神経、身体能力、センス、コミュニケーション、そして……美貌。他者より優れた要素を多く持つことに気づくのに時間はかからなかった。
しかし、自分一人が優れていても上手くはいかないのが集団生活。
いつだっただろうか。生徒同士で班を組み、グループワークをする事があった。あの頃から「やるからには勝つ」の精神と「つまらない事はやらない」の完璧主義を併せ持っていたオレは、普通の子供と比べ、異様だったのだろう。
班内で割り振った仕事。時間も手段も伝えてあり、あとは実行するだけでいい状況までお膳立てをした。その後は自身の役割を果たすことに没頭した。進捗も聞いてはいたのだが、子供の大丈夫ほど信用できないものはない。
発表当日、まともに役割をやり遂げたのはオレ以外誰もおらず、上がってきたのは手抜きの上に手抜きを重ねたような、オレなら30分で終わらせられる程のクオリティのモノだった。
案の定一位は取れなかった。生まれて初めて負けたと思わされた。
「別にいいじゃん、先生にも怒られなかったし」
「そうそう。マジになるだけ馬鹿らしいって」
最近のおませな子供たちは本気になるのがカッコ悪いとか思っていて、完璧なんて求めてる人間も、やるからには勝つとか思ってる人間もほとんどいなかった。
ここで誰もが納得するような理由を考え出して彼らに述べる事もできた。口八丁で適当な美辞麗句を並び立てて彼らにやる気を出させることも、多分出来たと思う。
けど、オレは何も言わなかった。
他者の奮起を促すまでするには、オレは賢過ぎたし、熱くもなかった。人間ってのはこんなもんなんだと冷めた頭で諦めた。
この辺りからオレは他人に期待するのをやめた。
勿論人と関わるからには頼み事をする事もあるし、ハッパをかける事もあった。お前ならできる、と奮起を促す事も。けれど、それとは別に、常に失敗する可能性を計算に入れるようになった。
上手く行けばよし、もしダメでも、リカバリーを考える。成功より失敗を前提に、常に最悪のケースを想定して計画を立てる。人を見て、人を知り、長所と短所を見極め、何ができて何ができないかの底を測る。してもいいミスとしてはならないミスを周知する。そうすれば大事故は起きず、物事は収束すると知った。
しかし当然、自分の想定を超える事もなかった。
想像通り。予定調和。百点満点中の八十点。悪くはないが、何か小骨が喉に引っかかる。予想通りの過程と結末。満足感もあったが、同時に湧き上がるモノがあった。
『つまらない』
オレが最も嫌うことだった。けど、ここでオレが何かを言えば余計な波紋を呼ぶ。丸く収まっていた事態が面倒になる。だから黙った。個人でやる時はともかく、グループでやる時はつまらないを受け入れることにした。
周りに合わせて、波風立てずに生きていく事の難しさを、あの時知った。あのハルさんとナナさんとさえ、合わないと感じたことがあった。
しかし、芸能界に来て、2回だけ、オレの想定を超える事態に出会う。
一度目はフリルのドラマの撮影。想像を現実に還元し、実際には動いていないのに滝のような大汗を流し、涙の一雫を紛れ込ませた、あの時。
二度目はあかねの復帰。アイのキャラクターを憑依させ、今ガチの中心に舞い降りたあかねを見た時。
あの時の衝撃は今でも忘れていない。背筋が寒くなり、恐れを覚えた。自分が一生敵わないかもしれない才能に身がすくんだ。けれど同時に胸が熱くなった。鼓動が早く強く脈打った。強烈な光に照らされ、オレの中の火も燃え盛った。
そして今日、先の2回を超える衝撃と、出会う。
▼
場面転換。前座達の戦いが終わり、戦場は再び主演組へと戻ってくる。まずはブレイドと刀鬼。嵐の決闘以来の再戦。あの時は実力差があまりに大きく、ただ圧倒されたブレイドだったが、新たな盟刀を得て、修行を終え、力をつけた今、二人は互角の戦いを繰り広げている。
互角の理由は、幾つかあった。
一つはこの戦いが、敵味方入り乱れる乱戦になったという事。
刀鬼の【盟刀掌握・千鳥雷切一両筒】は雷霆の一撃。その威力は四方千里を巻き込む。密室でも乱戦時でも使えない。まして今、同じ部屋の中には鞘姫がいる。自分の命を賭してでも守らなければいけない姫がこの場にいるのだ。使えるはずがない。
『刀鬼ぃ!!』
『ブレイドぉ!!』
火花が散る。二人の表情に血相が変わる。刀を撃ち合わせるたびに二人の表情が歪む。まるで相手を斬るたびに自分自身が傷つけられているかのように。
眉間に皺を寄せながらも、ブレイドは笑い、刀鬼は口の端を食いしばっていた。
「二人の動作、一つ一つに感情が乗ってる」
舞台袖で殺陣を見る共演者達は、二つの異才のぶつかり合いに魅入っていた。ある者は感嘆し、ある者は焦り、ある者は笑う。感じ方は人それぞれだ。けれど共通していることが一つだけあった。
───舞台経験ゼロの星野アクアが、あのララライ看板役者、姫川大輝と渡り合っている。
「対比構造……しかし無感情ではない、ですか」
「対比?」
「辛いながらも強敵との戦いを楽しむブレイド。感情をむき出しにし、熱い炎のような演技をする姫川に対し、アクアくんは眉を顰め、歯を食いしばり、暗い感情を必死に押し込めてみせている。まさに情念の炎の演技。二人の闘争心が真逆である事を表現する事で、お互いを引き立て合っているんですよ」
姫川大輝が主人公らしい、明るく熱い真っ赤な炎とするなら、星野アクアは暗く冷たい青い炎。
───というよりは、炎の形をした水、という方が近いかもしれませんね
炎と水。お互いがお互いを消滅させる、真逆の演技。しかしだからこそぶつかり合えば多大なエネルギーを生み出す。
「ですがその分、リスクも大きい」
真逆の演技。対比構造によるぶつかり合い。対消滅エネルギーによる相乗効果は確かに大きい。先の不知火フリルと黒川あかねのスケールアップバージョンだ。見ている者は手に汗握るだろう。
しかしこれは感情演技という舞台役者が得意とする土俵で姫川大輝と真っ向勝負をするという事。彼の水が押し負ければ、ハッキリと格付けは完了してしまい、少なくともこの舞台において、星野アクアは姫川大輝より下であると衆目に晒す事となってしまう。
───それでも良い、とアクアくんは思っているのかもしれませんが…
この舞台におけるアクアの役目はかませ犬。前半は劣勢のブレイドを演じ、後半はブレイドに敗北する刀鬼を演じる。主人公の引き立て役だ。負けても問題ないといえば問題ない。
───しかし、彼の演技からはそんな頭の良い計算は聞こえてこないんですよね
役者同士は動作だけで語り合える。今、アクアは壇上で高らかにこう語っていた。
オレはもうアンタと対等だ、と。
───面白いじゃん
アクアの演技を受けて、姫川の心中で笑みが漏れる。さっきから黒川がノってる。役の内面への没入が深まり、鋭さがどんどん増している。対する不知火も観客を味方につける事で渡り合ってはいるが、演技力の面でいえば不利なのは間違いない。それにここからは盟刀を持つ者達がメインとなる戦場。シースはブレイドの守りに回り、前に出ることは少なくなる。となると黒川に対抗するのは有馬かなになってくるわけだが…
───調整役に徹するままでは、キツい
しかし自分では有馬かなの意識を変えられないことはわかっていた。彼女が執着を持っているのは自分ではない。感情を引っ張り出せるのは一人しかいない。
だから、このアドリブは全てアイツに託す。
もうすぐ刀鬼とつるぎの初めての会話のシーンに入る。現在東京ブレイドで熱いカップリングであり、後々長い因縁になる二人の馴れ初め。星野と有馬が演技で語り合うならここを置いて他に無い。
───頼んだぜ、兄弟
『避けろ「つるぎ」!!』
有馬の肩を思いっきり押し込む。身体が流れた先で、星野アクアが有馬かなを受け止めていた。
▼
突然強い力で肩を押される。こけはしないが、それでもその場で踏ん張ることはできなかった。身体が流れる。立て直さないとと思った時、意外に柔らかな弾力が私を支えた。
見上げた先には冷たい目でこちらを見下ろすアクアの姿があった。
───アドリブってこっちに全振りかい!!
アドリブを挟むという話はついさっき聞いていた。本来ならもっと事前に段取り決めてやることだが、黒川あかねの本番のノリがここまで凄くなるとは私も思ってなかった。だから仕方ないことも理解していた。それに…
「お前ならどんなアドリブだろうと合わせられるだろ?」
「私を誰だと思ってるの?」
挑発込みのセリフだったのだろうが、少し嬉しかった。その程度には信頼されてると思えたから。
───合わせてやるわよ、どんなアドリブでも!
そう思って臨んでいたが、流石にこれは予想してなかった。てっきり姫川が何かするものだとばかり思っていた。こんな自分とアクアにぶん投げてくるとは思ってなかった。
───アクっ、むぐっ!?
アイコンタクトで意思疎通しようとする間もなく、アクアがアクションを起こしていた。こちらの頬を片手で鷲掴みにされる。至近距離にある星の瞳の美しさに、思わず息を呑んだ。
『女、お前何がしたくてここにいる?』
───アドリブ…
台本にない、しかし刀鬼が口にして不自然ないセリフ。私がフォローを思いつくよりも早く創り出してみせた。
───流石に役の内面への没入が深い。並の憑依系は唐突なトラブルに弱いタイプが多いけど…
この男は並の秤など遥かに超えている。これぐらいはやるだろう。姫川大輝の全振りは私だけでなく、アクアも信頼した上での行動だと気づいた。
『男に守られなければ戦場に立てないのであれば、今すぐこの場を去れ』
『わ、私は戦える!』
『あんなに重くてこんなに柔らかい身体でか?もう少し痩せて、もう少し鍛えたらどうだ?』
振り払おうとした腕を掴まれ、そのまま揉まれる。カッとなって、思わず飛び下がった。
『ちょ、あんだ!乙女の魅惑のボデー捕まえてなんて事いうだ!』
『貴様、本来の喋り方それか。一体どこの田舎出身だ?それと魅惑のボディーだろうが重いものは重い。鍛えるのが無理ならせめて痩せろ』
『殺すぞマジで!』
『今まで殺す気がないとわかるのが問題だと言ってるんだ。戦士だなんだと言ってもやはり所詮女だな』
つるぎの烈火の勢いが止まる。続いた。
『男は女を命を賭して守るものなのだろう。オレの背中には決して傷つけてはならない方がいる。俺は絶対に負けられない。そのためなら手を汚す覚悟はある』
───台本に合流した!!
こっちに全振り。しかもアクアは事前に聞かされていなかったアドリブ。フリーズしてもおかしくない場面で、完璧に対応して見せた。刀鬼が口にして不自然ないセリフで、台本にない不自然な行動を自然に見せた。後々長い因縁となる【刀鬼】と【つるぎ】の初の会話。そのシーンにキレイに繋げて見せた。
───アクアが、こんなに周りに合わせた受けの演技ができるなんて…
今日あまの時からコッチ。アクアは捕食者の演技ばかりしてきた。強烈な没入。圧倒的なオーラ。歯向かう者、己に馴染まない者。全てを取り込む演技。先にあかねとフリルがやっていたような演技ばかりをやっていた。共演者を無自覚に振り回す、調整役とは程遠い、傍若無人な主人公。それが星野アクアの本気だった。
【そんな大振りばっかしてたら、いつかカウンター喰らうわよ】
【お前から小技を盗みたい】
あの時、打ち上げパーティでアクアにした忠告。その忠告に対して返ってきた答え。私を苺プロへと勧誘した時の言葉。おべんちゃらもあったのかもしれない。けれど嘘ではなかった。アイツは私から、ちゃんと受けの演技についても盗んでいた。
───やりやすい……
立ち位置。視線誘導。声の調子。全てにおいて演じやすい。私を中心に、私に視線が集まるように立ってくれてる。そしてさりげなく、あかねやフリル、姫川さんの立ち位置も調整している。
【見てくれる人は、やっぱりいたのよ!】
貴方もまた、私のことを見てくれている人の一人だった。
───でも、なんで?
「なんで貴方は、私にスポットライトを当ててくれるの?さっきまであんなに楽しそうに姫川大輝と演技してたじゃない。見てて私も楽しかった。なのになんで今は打って変わって、私を引き立てる演技をしてくれるの?」
目線で問いかける。いつもと変わらない、冷たささえ感じる青い瞳。クールな視線が私の質問に答えた。
「今はお前に目立ってもらわなきゃオレも困るんだよ。つるぎのキャラクターは天真爛漫な戦闘狂。お前が楽しそうに戦うことで、今まで楽しさなんて見出せなかった刀鬼が、戦いに楽しみを覚え始める。刀鬼にとってつるぎが普通の敵じゃなくなるシーンだ。縮こまった演技じゃ映えねーし、オレのクライマックスが引き立たない」
「…………まあ、それもそうなんだけどね」
アクアの言っていることはわかる。楽しさから叩き落とされる絶望感。その落差があのシーンを引き立てる。それはわかってるんだけど…
「…………私が好き勝手やったら、周りの迷惑に───いたっ」
演技途中。不自然に見えない範囲で刀の柄が私の頭に当たる。観客にはわからなかっただろうが、明らかにわざとぶつけられた。
「なにをっ」
「上から目線でモノ言ってんじゃねーぞ、元天才子役」
ズキっと胸の奥が痛くなる。今まで幾度となく耳にしてきたセリフだが、アクアから「元天才子役」と言われると、思ったより傷ついた。
「今日あまの時とは違う」
あの時は確かにお前が本気出したら現場が壊れた。だからお前はオレが来るまで、本気は出せなかった。
「けど、今は違う。演劇も終盤。クライマックスに差し掛かり、舞台上には主演級の役者しかいない。どいつもこいつも腹立つほど天才ばっかだ。お前一人の本気程度、余裕で飲み込める連中だって事くらい、お前だってわかってんだろう」
「それは……」
「周りの迷惑を、言い訳に使うな。今まで紡いできた経験を、免罪符にするな」
───どうして、この男は、いつもこう……
どうしてこうも的確に見通すのだろうか。私の誰にも見せてこなかった心の内を知っているのだろうか。
何も考えず好き勝手に演技をしてきた。故に仕事を失い、人気を失い、それに焦った母親はちょっと大変になった。
母親は昔、芸能人になりたかったそうだ。だけどなれず、子供に自身の夢を託した。
お母さんは、売れてる「有馬かな」が好きだった。
よくあることだ。甲子園に行けなかった父親が、子供に夢を託す。宝塚に行けなかった母親が、子供に英才教育を施す。親の夢のニューゲーム。あの時失敗して、できなくて、後悔したことを、今度はもっと上手くできるはず、と子供に押し付ける。よくあることだ。芸能界に限らず、世界中に溢れかえっている。よくあることだ。
そして親から押し付けられた期待に応えるために、子供が己を押し殺してしまうことも。
【もう少し周りとうまくやらねえとこの業界長くやれねえぞ】
曲がりなりにも12年。消えずになんとかやってこれたのは、カントクの言葉のおかげだ。私は天才じゃないと教えてくれた、
好き勝手振る舞ったことで得た失敗。周りに合わせることで生き延びられたという事実。間違ってなかったと思ってる。けれどこの経験は、私を縛る鎖になっていたのも、今気づかされた。
あの時迷惑をかけてしまったから。
あのおかげで、なんとか生き延びられたから。
失敗を言い訳に。成功を免罪符に、私は私を誤魔化し続けていた。
ホントは、ただ我が身が可愛かっただけなのに。
傷つくのは嫌だ。見放されるのも嫌だ。誰からも見られなくなるくらいなら、お母さんから愛されなくなるくらいなら、私は主役じゃなくていい。そうやって自分を守り続けていた。
「できる事とやりたい事は違うよな。わかるよ。オレもそうだ」
別に役者なんてやりたかないけど、家族のため、そして守りたい人たちのためにやらざるを得なかった。だって、できるから。それに…
「オレはお兄ちゃんだから」
記憶を失おうと失うまいと、それは変わらない。兄は妹を守るモノ。そして男は女を守るモノだ。
『今一度、問う』
現実に戻ってくる。二人の視線と演技のみの会話は終わった。刀鬼がつるぎの眼前に刀を突きつけ、問いかける。
『お前、何がしたくてここにいる?』
できる事とやりたい事はちがう。人間やりたい事だけやって生きる事はできない。けどできることだけしかやってはいけないというのも、また違う。
「───オレは演技が好きじゃない。この世界でやらなきゃいけない事はあるけど、やりたい事なんてない」
でもお前は違う。
お前はちゃんと演技が好きで、演技に執着持ってて、やりたい事があるんだろ?ならやってみせろよ。ビビって小さく纏まってんな。
「夢を見ろよ、12時を過ぎたシンデレラ。魔法はオレがかけてやる」
───もう………もうっ!
腹が立つ。何もかもわかったような顔して上から目線で語りかけてくるコイツにも。口元に浮かぶ笑みを抑えきれない自分にも。
アクアが本当の自分を見てくれていた事実に、私の心臓は跳ね回っていた。
───どうしようもないくらい好きだなぁ、星野アクア
綺麗で、賢くて、かっこよくて、強くて、美しい。気づけばいつだって貴方のことを目で追っていた。気づけばいつも目を奪われていた。誰よりも輝く星を宿している貴方の光の虜になった。
貴方の魔法に、私はいつだって溺れてきた。
───私を見て
私と同じ目で、私を見て。私だけを見て。私以外何も見ないで。
今までは貴方が私を導く星だった。けどこれからは私が貴方を照らす星になってみせる。だから───
「私を、見て」
満面の笑顔で刀鬼へと斬りかかる。金属音と共に火花が散る。その眩さは青い炎を飲み込んだ。
▼
舞台上の空気が、一変する。
少し引いた、地味な演出をしていたつるぎと暗い雰囲気の刀鬼。二人の殺陣は刀鬼の心の暗さが押し出されており、迫力もあったが、怖さの方が色濃く浮き出ていた。
しかし、今は眩いばかりの明るさで舞台全てが塗りつぶされていた。
天真爛漫に笑顔を見せるつるぎ。刀がぶつかり合う度に踏むステップは、まるで躍り上がっているかのよう。彼女の全身から明るさが、楽しさが、愛が溢れていた。
「───楽しそう」
そう、有馬かなは本来、この演技で一世を風靡した。
商業的にわかりやすく、大衆にも凄さが伝わりやすい泣き演技がクローズアップされがちだが、人を魅了するのは悲しみなどの陰の感情ではなく喜びなどの陽の感情。目を焼くほどに眩い
「まだ枯れてなかったか」
いや、枯れてなかったは少し違うのかもしれない。実際枯れていた。引くことを覚え、使い勝手のいい役者に馴らされる道を選んでいた。けれど、変えられた。枯れかけていた水源を掘り起こし、水脈を見つけ、爆発させたことにより、再び蘇ったという方が正しいだろう。
───そして、巨星に照らされた星は、更なる輝きを魅せている
ステージ上にはもう一つ、衝撃を超える衝撃があった。
眩さを取り戻した有馬と斬り結ぶ少年に視線を送る。並の役者ならその光に焼き尽くされ、飲み込まれ、食い尽くされてしまうだろう。
しかし、一番星の光をその身に宿す少年は、並の測りなど遥かに超えている。
「刀鬼も、楽しそう…」
つるぎから一太刀受ける度に、刀鬼から笑みが溢れる。つるぎとやりとりする度に、瞳から輝きが溢れる。明るく、楽しく、巨星の演技をする有馬と全く引けを取らない……いや、それ以上と言ってしまっても過言でない。舞台上は今、二つの太陽が世界を照らしていた。
───そう、ここは刀鬼も陽の気で満たされていなければならない。天真爛漫に戦うつるぎに引っ張られ、今まで戦いに楽しさなど見出せなかった刀鬼が、初めて戦いに悦びを見出す場面
今後の刀鬼とつるぎ、長い因縁の源となる重要なシーン。つるぎの明るさに呑まれるだけではダメだ。二人は拮抗し、喰らい合い、高め合わなければいけない。
───星野アクアが呼び覚まし、有馬かなはその期待に応えた。
何をきっかけに有馬かなが目覚めたか。誰と関わったことでかつての輝きを取り戻したか。玄人の目で見れば明らかだった。
───星野アクアの哲学、分かったかもしれない
半年間、家族よりも密な時間を過ごし、誰よりも間近で見つめ続けた泣きぼくろの少女は、星野アクアの愛の形を理解する。
不知火フリルは、大衆を愛する星
黒川あかねは、役そのものを愛する星
有馬かなは、脚本や監督の意図を愛し、そして自らの光を愛する星
そして、星野アクアは───
「役者を……共演者を……才能を……
観客でも、役柄でも、裏方でも、自分自身ですらない。壇上で一つの星座を作り合う星たちを愛する。才能を育て、引き立て、目覚めさせる。
───考えてみれば、今日あまの時からそうだった…
感情のまるでこもっていない鳴滝に、殴られてまで感情を込めさせたように。全力で演技できない有馬のため、周囲丸ごとのレベルを無理やり引き上げたように。
今ガチの際は、不知火フリルという巨星にメンバー達が潰されないよう間を取りもち、あかねが炎上した際は、二流の演技をする事であかねを救った。
そしてこの舞台でも、一人取り残されている鳴滝に戦略とカード捌きを教え、見せ場を作り出した。
姫川大輝とは真逆の炎で真っ向勝負し、お互いを引き立てあった。
そして今、有馬かなにはかつての光を取り戻させた。
───勿論ただの献身というだけじゃない。それなら有馬かなのような、馴らされた役者と変わらない。そうじゃないから、凄まじい
その献身の結果、自分にも利益が出るよう立ち回っている。自分が最も輝くようになっている。
自分が活きる事で他者を活かし、他者が活きる事で自分が更に活きる。周囲の輝きを強くする事でその光を取り込み、自分のモノにする。最高の潤滑油にして、最高の
星のための役者。
役者に寄り添う役者。
それが星野アクアの哲学。今までありそうでなかったアプローチ。
それも当然と言えば当然。共演者は役者にとってライバルだ。蹴落としあいこそすれ、寄り添うことなどまずない。
───少なくとも、これほどのメンツ相手に、こんなレベルで実行している人間は初めて見る。
今この時、星野アクアは成ったかもしれない。代えの効かない唯一無二の一等星に。
▼
ブレイドを演じていた時でさえ見せなかった光に観客たちも圧倒される中、演じている星野アクア自身も戸惑っていた。
───なんで今オレ、こんなに嬉しいんだ
有馬が本気でやれるようにハッパをかけた。その檄に応え、有馬はオレの期待以上の光を見せてくれた。
一太刀交える度に、嬉しさが溢れる。一つやりとりを交わすだけで楽しさが抑えられない。
胸の中から湧き上がり、表現せざるを得ないこの感情を、なんと呼べばいいか、わからない。けれど目の前のこの女に、一つだけ抱く感情があった。
───愛しい
オレの期待に応えてくれたコイツが。覚醒するオレと有馬を見て、興奮しているあかねが。少し引いたところでオレたちを見守るフリルが、愛しいと思う。
───こいつらの美しさも、醜さも、色々見てきた。それを隠す行為も、何度も見てきた。
その全てを見ても、こいつらを嫌いにはなれなかった。見捨てることも、切り離すこともできなかった。
期待を止めることもできなかった。およそ人に期待するということをしてこなかった、このオレが。この三人には期待をし続けた。信じ、心を許した。
期待以上を見せてくれるこいつらに、愛しさが込み上げた。
───楽しい、嬉しい、愛しい。一つ一つの動作から感情が迸るのがわかる。愛が溢れる!
ああ、そうか。そういうことか。
見返りなんて求めていない。今だって失敗の可能性を考慮した上でオレは計画を立てている。けれど期待せずにはいられない。そのために行動する。誠意を尽くす。
打算を超えた無償。利己の対極にある真心こそが、愛なんだ。
『違うよ』
オレの首を後ろから抱きしめる何かが耳元で囁く。オレの意識が持っていかれる。目の前に広がる世界は眩いステージの上などではなく、真っ白な。オレとその何か以外何もいない世界へと飛ばされた。
真っ白な世界で、黒い影が形を成す。少しずつ人のような形になり、輪郭もはっきりとしていく。
『嘘だよ、アクア。嘘こそが愛なの』
オレの記憶にない紫がかった黒髪の女が。大人になったルビーのような美女が、オレに向き合う。真っ白な世界が、一変する。どこにでもあるマンションの一室。リビングから繋がる廊下で二人は向き合った。
『ブレイド!今よ!』
戦いの楽しさに溺れすぎた刀鬼。つるぎが作り出した一瞬の隙。その隙を突いて一騎打ちに乱入したブレイドが斬りかかる。斬られることを覚悟した刀鬼が突き飛ばされた。割って入り、婚約者を庇うように両手を広げた美女の胸元から鮮血が舞う。そのまま鞘姫は力なく愛しい男の腕の中に倒れ込んだ。
その人は自分が誰よりも守らなければいけない人だった。
守らなければいけなかった人を守れなかった。
守らなければいけない人に護られた。
誰より愛したその人が腕の中で体温を失っていく。
薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞って、鞘姫は刀鬼の頬に手を添える。
星の輝きを放つ瞳と、目が合った。
『愛してる』
「あ、あぁ……あぁあアああアああ!!!?」
最後のトリップが、始まる。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
アクアの愛の形、判明しました。役者に寄り添う役者というのがアクアの哲学でした。一応序盤からこの形に収束するように伏線張ってるつもりでした。いかがだったでしょうか?
次回舞台東京ブレイド。クライマックス。スタンドアイとアクアの対決が始まります。一応次話で終幕予定。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。