【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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幻想の夜が終わり、星座を作った星達は朝日に隠れる
しかし星の光を求める者達は、休息の間も輝きを磨くだろう
星をなくした子は輝きの代償に名声と真実の一部を得る
安楽の光か、疑心の闇か、選択を迫られながら


68th take 呪い呪われ、繰り返す

 

 

 

 

 

 

 

舞台袖。真っ暗な片隅。普通に歩いているなら視界にさえ入らない場所。そんなところに、ほんの数分前まで誰よりも光り輝いていた人間が壁にもたれかかって佇んでいた。

 

星野アクア。今は刀鬼のメイクをしており、煌びやかな金髪はオールバックに纏められている。ぐったりと力なく座り込むその姿はいつもの凛として美しく、一部の隙もない星野アクアとは思えないほど弱々しかった。

 

「さすがの貴方も、グロッキーって感じね」

 

黒い影の前に座り込むのは白い衣装で身を包む美少女。白髪のウィッグを被り、巫女装束。戦いやすいようにアレンジされており、そこかしこにスリットが入っている。白と赤のコントラストは綺麗なバランスの上で成り立っており、覗く素肌は目に眩しい。東京ブレイドメインヒロイン【シース】に相応しい美しさだ。少女の名前は不知火フリルと言った。

 

「…………まだ、泣いてるの?」

 

暗闇の奥で雫が光る。無言で、静かに、星野アクアは涙を流していた。

 

「…………止め方が、わかんなくてな」

 

びっくりするほどか細い声が返ってくる。さっきまであんなに。聞く者全ての心を震わせるような声だったのに、今は目の前にいる一人がなんとか聞こえるくらいの声量だった。

 

「…………マジで泣いたのなんて、多分生まれて初めてだから」

 

12年。誰かに弱みなんて何一つ見せてこなかった人生だった。演技の涙を流したことはあったけど、それは自分の美しさを引き立てるためだった。本気で泣いたことなど、家族にすら見せた覚えはない。強く、美しい、完璧な星野アクアであり続けた。

 

けれど今、12年で初めて、アクアは心から涙を流していた。なんの打算も計算もない。ただ心のあるがままに、感情を溢れさせていた。タガが外れたと言い換えてもいいかもしれない。そしてその外れたタガを元に戻す手段が、わからない。

 

───コレが、星野アクア。

 

現実と幻想の狭間で、異常な没入を見せる役者。素晴らしい。だが同時にとてつもなく危うい。観客を虜にする芝居を超えた芝居。しかしその才能は、幻想の世界から戻れなくなる片道切符の特急券かもしれない。

 

───けど、それでこそ私の憧憬(カムパネルラ)

 

一眼見て感じた。同じ星を見ている人だと。自分じゃない自分を常に演じてて、唯一無二を目指して生きている。

 

けど、自分というものがあまりに希薄だから、生きながらにして死んでいるようにも見える。

 

死に向かって生きている。私と同じ。私たちは同じ銀河鉄道に乗っている。

 

───なのに今、貴方は私と違うモノを見ている。違うものしか見ていない

 

気に入らなかった。ムカついた。引っ叩いてやりたい。この私が目の前にいるというのに、こいつは私を見ていない。

 

───アクア、私も多分生まれて初めてだよ。やきもち妬いたのなんて

 

貴方の心を捕らえている何かに、嫉妬している。役者の顔を殴りたくなるほどイラついてる。あの時、あかねとアクアがキスしてるのを見た時でさえ芽生えなかった感情だ。私は今、星野アクアを縛る何かに嫉妬している。

 

「アクア。貴方は、一体何を見たの?」

 

回りくどいマネはせず、直接聞く。もうそれ以外に方法は思い浮かばなかったし、私を妬ませる何かに遠慮してやる気も起きなかった。

 

「…………愛してるって」

「……………………」

「オレは愛してないって言ったのに。嘘だって言ったのに。オレには、愛してるって言った………言ったんだ」

 

目を手で隠し、空を仰ぐ。なんの話をしているのか、フリルには分からなかったが、アクアにとってはそれは涙を流し続けるに値する事なんだろう。これ以上を聞く気にはならなかった。

 

「アクア」

 

頬に手を添え、顔を隠す手を取る。至近距離に、お互いの息が触れ合う距離に、彼がいた。吸い込まれるような青い瞳に星の輝き。それらを涙で潤ませながら、その美しさに一切の翳りはない。目を閉じる。柔らかな感触が伝わってくる。そういえば、アクアとキスするの、久しぶりだな、なんて思いながら、彼によって上達した技術で師匠の口内を蹂躙した。

 

「……え、急に何?」

「いや?」

「いやとかじゃなくて、オレかの─っ」

 

何か言おうとする口を塞ぐ。真っ直ぐに彼を見据える。まだ涙が止まらない彼が憎い。愛しい。引っ叩きたくなる。抱きしめたくなる。愛憎全てを込めて、胸にたぎる想いを告げた。流れる涙をなめとる。身体の中に震えが走った。

 

「───どこでスイッチ入ってんだ変態」

「黙って」

 

唇を合わせる。もう抵抗はされなかった。

 

───この人の傷は、想像以上に深いみたい

 

アクアのフラッシュバックはアクアだけのもので、アクアをこんなにも泣かせるなにかに、私は何もできない。悔しい。

 

───けど、この人の傷を暴いてみたいとも思ってしまう。

 

大切なのに。親友なのに。心から愛しているのに。貴方がひた隠す何かを暴きたい。その傷に手を突っ込んだらどんな顔をするか。その傷を舐めたら私のことを好きになってくれるのか。見たい。知りたい。だけどやりたくはない。きっとこの人を苦しめることになってしまう。

 

───大事にしたいのに、どうしていいかわからない

 

「アクア」

「…………」

「難しいね、恋って」

 

再び口を啄む。労わるような、傷を舐めるような、優しいキス。アクアの涙が止まるまで、二人は闇の中でお互いの傷を舐め合い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いいの、アレ」

 

少し離れたところで、二つの影が壁にもたれかかる。一人は赤みがかった黒髪をボブに切りそろえた、活発な姿の美少女。もう一人は十二単のような豪勢な衣装を纏った美姫。有馬かなと黒川あかね。先ほどまで「つるぎ」と「鞘姫」を演じていた女優だ。

 

二人とも出番を終えた後、彼がどこへ行ったか分からず、見つからなかったアクアを心配して探していたのだ。そしてフリルに先を越されていた。

 

二人とも緞帳に隠れていて、何をしてるかは見えないが、時折水音がわずかに響く。男と女がいちゃついてるのは明らかだった。

 

「…………私は俳優星野アクアの彼女だもん。キスくらいなら、見逃してあげる。コレから彼はお芝居の恋もキスも、沢山するだろうし。一々気にしてたらキリがない」

「芝居じゃないでしょう。アレは」

「抵抗する気力のない所を襲われてるだけだよ。アクアくんは被害者。強姦魔はフリルちゃん」

「強姦て……」

 

───それにフリルちゃんの気持ちも、わかるから

 

あかねも壇上で涙するアクアを見て、抱きしめたくなった。キスをしたくなった。けれどプロとして我慢した。あのパニック発作を見て、アクアくんの内情を知っているなら、彼に恋する女として、彼を慰めたくなるのもわかる。立場が逆なら、私も同じ事をしただろうから、責められない。トリップ中で心身喪失のアクアは尚更だ。今の状態のアクアが殺人を犯したとしても法では裁けないだろう。責任能力のない犯罪は罪に問えない。法さえ裁くことのできない者を、あかねが裁けるはずもない。

 

「私は三千人のお客さんの前で抱きしめてもらったし?誰も見てない片隅で二人きりくらいなら許してあげる。あの二人は親友なんだし」

 

───だけど、いつまでも許すわけにもいかないから

 

二人が隠れている緞帳へ足音を立てて近づく。誰かが来ると気づいたのか、二つの塊が離れる気配がした。

 

「アクアくん、フリルちゃん、こんなところにいた。もう、二人とも何やってんの」

「疲れてるのは分かるけど、後もう一仕事残ってるわよ。二人とも、立って」

「わかってる。アクア、ほら」

「いいよフリルちゃん。私が」

 

座ったままのアクアの手をあかねが引く。ふらつく彼の肩を抱きかかえた。

 

「…………最悪の初日だった」

「でも最高の初日だったよ。あの光景がそれを証明してる」

「…………あの光景?」

「アクア、笑って」

 

───っ!?

 

手を引かれた先で、眩い光が叩きつけられた。音が全身を震わせる。終始薄暗かったホール内の照明は今は全て点灯しており、観客たちは何の遠慮もなく音を発していた。歓声、拍手、喝采、笑顔。多大な情報がアクアに叩きつけられた。

 

「…………そうか、カーテンコール」

「ほらアクア。泣いててもいいけど、笑顔笑顔」

「いつの間に観客席全部埋まってたんだ……」

「最初から満員だったわよ。何言ってんの」

「私は分かるなぁ。憑依っちゃったら観客席とか視界に入ってこないよね」

「没入型あるあるだね。それも二人の才能だよ」

 

アクアの手が握られる。左はフリルに。右はあかねに。あかねの隣には有馬がいた。

 

『ありがとうございました!』

 

出演者が全員頭を下げた後、手を繋いだまま全員両手を上に掲げ、観客たちの拍手に応える。アクアは相変わらず涙を流し続けていたが、ようやく笑顔を取り戻していた。

 

「…………私、この舞台に出ることを選んで、本当に良かった」

 

美しい笑顔で観衆の拍手に応えながら、フリルはアクアにだけ聞こえる声量で呟く。続いた。

 

「段違いに成長した貴方を隣で見られた。覚醒した貴方を壇上で見られた。涙と笑みで彩られた、こんなにも綺麗な貴方の手を取ることができた。もし観客席にいることしかできなかったなら、無理やり壇上に上がって貴方の隣にいる人突き飛ばしてその手を取っちゃってたかもしれない。本当に良かった」

「なんて恐ろしいこと言い出すんだお前は。今後どうすんだよ。お前と一緒に仕事できない時だって絶対あるんだぞ」

「この思い出があれば、多分大丈夫」

 

多分という言葉が引っかかったが、追求するのも怖いので黙っておくことにした。

 

「貴方と画面越しに出会ってから十ヶ月。こうして一緒の舞台に立つことをずっと夢見てた。その夢がやっと叶った。私の期待を超える輝きを貴方は見せてくれた。本当に夢みたいな時間だった。嬉しかった。だから私はもう大丈夫。この思い出だけで、あと一年は貴方が誰と共演しても、生きていける」

「大袈裟なヤツだな。知ってたけど」

「だからね、アクア。貴方は今日で私の弟子は卒業。私は貴方を守らないし、貴方も私を守らなくて良い。これからはお互いの道を行きましょう。今度は私の意図とか、策略はなし。それぞれの道の先で偶然交わることを祈って」

 

観客に向いていた笑顔がこちらへ向く。視線を感じて、目線だけフリルの方を見てみると、今まで見たことのないような、慈愛の溢れる顔でこちらを見上げていた。

 

「バイバイ。私の最初で最後の親友(カムパネルラ)

 

大きく振った手は観客に応えるためか、それともアクアへの挨拶か。判断できる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

公演初日の後、少しが経ってから芸能雑誌に特集が掲載される。

 

【舞台東京ブレイド。大盛況の末幕を下ろした傑作舞台。主演は若手4名が務めたダブルキャスト。驚嘆の幻想をもたらした新生俳優、星野アクア】

 

特集を飾る最も大きな写真は、涙を流しながら笑顔でカーテンコールに応えるアクアのアップだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいっ、苺プロダクションです。ええ、星野アクアのことはこちらで……はい、次の仕事はまだ決まっておりませんが……いえ、まだ公演中ですし……舞台という大仕事を終えた後は少し休ませたいと……はい、待っていただけるのであれば検討させていただきます。それでは」

 

昼夜を問わず苺プロダクションの電話やミヤコさんの携帯にコールがかかってくる。舞台の初日が終わってから数日。お兄ちゃんの周りは一気に騒がしくなり始めた。

 

「芸能界は常に才能を求めてる」

 

いつかお兄ちゃんが言っていた。芸能界とは常に才能を求めていて、常にアンテナを張っている。噂は一日で千里を走り、悪い噂は一瞬で共有される、と。ネットのレビューやSNSをあさることは彼らにとって立派な仕事なんだ、と。

 

そしてどんな業界でも才能とは奪い合いなんだ、と。

 

そしてアクアはもう奪い合いをされる側になってしまっていた。

 

「いえ、まだ次の仕事については考えておりません。まだあの子は学生なんです。少し休ませてあげたいな、と。はい、はい」

 

ひっきりなしに電話がかかってくる。内容全部は聞こえないけど、それでもわかる。全部オファーだ。舞台、テレビ、インタビュー。ジャンルを問わず、「星野アクアを出せ」という依頼で、苺プロは溢れかえっていた。

 

「ミヤコさん、なんで断ってるの?」

 

雑誌を片手に問いかける。会話全部が聞こえてはいないが、受け答えでわかる。ミヤコさんはアクアへのオファーを全部断っていた。せっかくのチャンスなのに。少し不思議だった。

 

「ルビーだって見たでしょう。舞台の初日が終わった後のアクアを」

 

その言葉に何も言えなくなる。あの後、控え室に先輩とアクアを迎えに行った時、驚いた。心から動揺した。

 

憔悴していたというわけではない。先輩ですら「疲れた」と言って座り込んでいたのだから、疲労していたくらいじゃ驚かない。お兄ちゃんは2本の足で立って、背筋を伸ばして、凛としていた。

 

『…………ああ、ルビー。迎えにきてくれたのか』

 

泣き腫らした目元と、私でも仮面とわかる笑顔以外は。

 

───お兄ちゃん、泣いてたの?

 

壇上でも涙を流していたのは見た。カーテンコールの時も泣いていた。けどアレはお芝居の涙で、アクアの演技だと。いつもの強くて美しいお兄ちゃんの一部だと思っていた。

 

けれど違った。舞台上で少し泣いていたというような目の腫れ方ではない。多分控え室から出てくる一瞬前までアクアは泣いていたのだ。

 

そして、それを隠しきれていない。見せまいとはしている。口元に笑みを浮かべ、優しく甘い声で私に話しかけてくれている。

 

それでも、隠しきれていない。これは初めてのことだった。子供の頃ですら完璧に隠し通してきた弱みを、弱点を、アクアは見せている。その事に驚き、動揺し、そして辛かった。

 

「今あの子に無理させたら……いえ、本人は無理じゃないっていうかもしれないけど、いざ仕事となればあの子は手加減できない。妥協できない」

 

そしたら、壊れてしまうかもしれない。人には見せず、笑顔を張り付け、仮面を纏い、完璧をやり遂げてしまう。それがわかるからこそ、今アクアにこれ以上負担を増やすわけにはいかないとミヤコさんは判断した。

 

「とにかく、一ヶ月の公演が終わったらアクアは少し休ませるわ。今のあの子なら多少仕事断っても消えはしないわよ。知名度はむしろコレから上がっていくだろうしね」

 

私の手元にもある雑誌をミヤコさんが手に取る。そこには舞台東京ブレイドについて大々的に書かれていた。

 

驚愕の夜

若き才能達が集いし傑作舞台

 

[国民的大ヒット漫画『東京ブレイド』]

 

[その舞台化は公演前から大きな話題を呼んでいた]

 

[話題の始めは一ヶ月以上前。舞台稽古に入る直前の時期だ。公演の主役を担う4名が一堂に会し、取材に来ていた雑誌記事はこう銘打った]

 

【次世代を担う若手達の直接対決か】

 

[この記事を掲載した時、正直リップサービスもあったと思う。しかし彼ら彼女らはこの誇大広告を決して誇大でなくしてみせた。不知火フリルを筆頭に若き演者達は舞台の上で躍動し、我らを狂喜の渦に巻き込んでいく]

 

[今回の舞台、主演組はダブルキャスト。という一つの役に対して2人の俳優を立て、交互に出演させる上演方法。前編後編で分けて実施される舞台という長丁場。観客を飽きさせないようにする。舞台演劇ではよく見られる、だからこそ難しい演出を、4名の役者は完璧に務めきった]

 

ララライ看板役者に相応しい演技を見せる姫川大輝。

新境地を切り開いてみせた不知火フリル。

キャラクターがそのまま現実に現れたかのような没入をする黒川あかね。

そして深さと伝わりやすさ。その両面において最も眩い輝きを放っていた星野アクア。

 

[この4名による、それぞれが持つ個性を遺憾無く発揮したパフォーマンスが、鮮やかなコントラストを作り出していたのは間違いない。特に星野アクアが演じている時は全体のレベルを2段も3段も引き上げていたように感じた]

 

[際立っていたのがクライマックス。最愛の人を死なせてしまった絶望。そして蘇った歓喜の叫びは、観ている者の心を鷲掴みにするかのような、暴力的なほどの迫力を星野アクアは演じて魅せた。昨今、平均的な、感情の昂まりが少ない演技が主流とされる中で、あまり観られない大胆不敵な、型にハマらない個性は、新たなスターの出現を我々に予感させた]

 

───って感じで大絶賛してる記事もあれば……

 

スマホをタップする。ネットに上がっている記事の方には、まるで違うことが書かれていた。

 

異色の東京ブレイド

危うい均衡の下、若さが暴走してしまった舞台

 

[若い演者が集った舞台東京ブレイド。ストーリーからして原作と乖離している部分が多く、演者達にとって難しい舞台であったことは間違いないだろう]

 

[しかもその上で若手達、特に主演を務めたダブルキャスト4名と1人はその才能のまま、好き勝手暴れ回っていた]

 

[序盤から憧憬的な感情移入が多すぎる。姫川大輝は相変わらずだったが、不知火フリルもらしくない感情移入が多かったように思う。特に第二幕の終盤はデコボコ。黒川あかねと有馬かな。そして星野アクアの3名が主観的表現を爆発させまくっていた。調整役がステージ上に誰もいない舞台は奇跡的に収まりを見せたが、ぶち壊しになっていてもおかしくはなかっただろう]

 

[コレは【東京ブレイド】かもしれないが、ファンが望んだ【東京ブレイド】ではなかったように思う。彼らにこの舞台は時期尚早だったのではないか。姫川大輝。不知火フリル。黒川あかね。有馬かな。星野アクア。この5名の才能が確かなものである事は本誌記者も認める。だからこそ時間をかけて大事に育ててほしいと願う]

 

創作なんて賛否両論あって当たり前。批判されている事に関して、アクアはなんとも思っていない様子だった。

 

しかし、世間は違う。

 

絶賛と批判。そして写真やテレビで強烈に印象に残る演者達のルックス。特に星野アクアの美しい涙と笑顔は大衆の興味を引くには充分すぎた。

 

「この舞台ウチの生徒が出てるらしいよ」

「大絶賛されてるんだって!」

「そうなの?私は批判されてるって聞いたけど」

「えー?!いいの?悪いの?どっちなの?ますます気になる〜!!」

「観に行かなきゃ!」

 

噂が噂を呼び、人々を集め、舞台東京ブレイドは連日賑わいを見せている。

 

そして、芸能界はそれ以上の騒ぎが水面下で起こっている。

 

「星野アクア」

「新人だけど凄まじい芝居をするらしい」

「今のうちになんとか繋がりを作っておけ」

 

関係者はアクアに一気に目をつけ始めていた。その結果がこの問い合わせの嵐だ。

 

「あー、もうコード引っこ抜いちゃおうかしら」

 

少しイラつきながらミヤコさんが受話器を置く。どうせ断るとわかっているのにいちいち応対するのはストレスだろう。

 

「当の本人はなんて言ってるの?」

「受けるも断るも私に任せるって。信用してくれてるのかどうでも良いのか。多分両方ね。まあアクアの状態抜きにしてもコレからはアクアの大売り出しはしないつもりだったけど。もうあの子は売り出し期間は終わった。コレからは露出を抑えて希少価値高めて単価を引き上げていくわ」

 

その言葉に、まだまだ大売り出し中のルビーはやっかみを覚える。もうアクアは仕事を選ぶ側に回っていた。

 

───才能の差って、残酷だなぁ

 

ルビーの脳裏に蘇るのはとある会話。初日の公演の後、アクアと先輩を迎えに行くため、楽屋へと歩いていた時だ。盗み聞きするつもりはなかったが、聞こえてしまった。

 

『私なんかまだまだだって、改めて思い知らされた舞台だったよ』

 

黒川あかねが、楽屋裏に来ていた今ガチメンバーに囲まれて、チヤホヤされているのが目に入る。褒められているのに、その声はとても弱々しかった。

 

『良い演技は、できたのかもしれない。でも、本物っていうのは自分以外の何かに働きかけることが出来てしまう……その光で、自分以外の誰かを照らすことができちゃうんだ。姫川さんや、フリルちゃん。アクアくんに……有馬かな』

 

[ああいう人たちを本当の天才って言うんだよ]

 

その一言を絞り出したあかねちゃんはボロボロと大粒の涙を流していた。

 

『もっと上手くなりたい……フリルちゃんにも、かなちゃんにも負けないくらい……アクアくんの隣に並んで、恥ずかしくないくらい、上手く』

 

あんなにすごい演技ができる人に、コレほどのコンプレックスを抱かせるのが、自分の兄と、アイドルをやらせてしまっている先輩だと思うと、ルビーの胸の中に罪悪感のようなものが湧き上がった。

 

『素材のままの私の消費期限なんて、多分あと2年もないんですよ』

 

誰かが受け答えしている声が聞こえてくる。視線を向けると、取材陣に囲まれている美少女の姿があった。公演が終わって間もないというのに、取材がやってくるのは流石は不知火フリルだと感じた。

 

『先ほど演じ方が変わった、という意見を仰られました。確かに今回は今まで私がやってきたことと、少し違うことをやりました。その事に気づいていただけたのは嬉しいです。ですが、それは私の今までを蔑ろにしたというわけではありません。ここまでただ不知火フリルでしかなかった私を好きだと言ってくれる人がいる事に、感謝しかありません』

 

しかし、何もしなければ自分の全盛期は今。ここから跳ね上がりはせず、ゆっくりと下降し、そして消える、と。

 

『だから私は私の味付けを変える必要があった。消費期限を更新するために……そして、あの人に食い尽くされないために』

 

今回の彼女の演技には真摯な想いがあった。仮面を思わせないリアルがあった。

まるで本当に自分に遠慮や隠し事をする愛しい誰かを悲しく、心配したことがあるかのように。

まるで本当に愛しい誰かのために自らが全てを捧げたことがあるかのように。

観ている者の心に迫るリアルな演技。それでいて不知火フリルらしさは残していた。リアルと幻想を両立させていた。

 

『なーんて言ったら戦略的でカッコ良さげですけどね。ホントはただのマネなんですよ。私に美しさの中の醜さを。醜さの中の美しさを教えてくれた、本当の天才の』

 

それが誰か、私には分かった。分かってしまった。あの不知火フリルが誰を天才と認めているか。

 

なぜかそれ以上は聞きたくなくて、ルビーは有馬かながいるであろう控室の部屋へと入った。

 

『つっかれたー!早く家に帰って靴下脱いで寝っ転がりたーい!』

 

ソファに座り込んで天井を仰いでるのは艶々の赤い髪が綺麗な少女。かつての天才子役にして、同じアイドルグループに所属する先輩が、全力で脱力していた。

 

『…………私は天才なんかじゃないわよ』

 

私が先輩のことを凄い役者だって。天才だって言うと、先輩は違うと呟いた。

 

『本当に難しいのは、難しいことを難しくみせないこと』

 

あの時の黒川あかねとアクアは、異質だったと先輩は言った。

 

『異常な没入によって表現される、尋常じゃないクオリティのメソッド演技という技術。生まれ持ったとてつもない存在感。他者の演技さえ振り切らせてしまう魔性の影響力(オーラ)

 

私には真似できない、と先輩は言った。いくら努力しても、どれだけ時間をかけても、決して辿り着けない。生まれ持った差だと。

 

『凡人の積み重ねや努力をきっかけ一つで一瞬で飛び越して、難しいことを難しく見せず、サラッとやってのける。ああいうのを才能っていうのよ』

 

あかねさんも、フリルちゃんも、先輩も、自分は天才じゃないと言った。けれど三人とも天才と評する人は同じだった。

 

もう一度雑誌に目を落とす。不知火フリルを差し置いての、どセンターで写っているのは煌めく蜂蜜色の髪をオールバックに纏めた星の瞳の美少年。カーテンコールに涙ながらの笑顔で応えている兄は、妹の目で見ても、まるでフォトグラフィックから抜け出したかのように美しく、幻想的だ。

 

だからこそ、我が兄が、愛しく、誇らしく、憎らしい。

 

三人の天才が、共通して天才と形容した男の写真を指で撫でた後、パチンと弾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───どうしてこうなった…

 

六本木。とある隠れ家的バーで、星野アクアは世の不条理を嘆いていた。

 

「ジュニアぁ。久しぶりぃ」

「ジュニアが中学生だった頃以来ぃ?お姉さん寂しかったぁ」

「………ははは」

 

頭を撫でたり、胸元に抱き寄せてきたりする見目麗しいお姉さんを押しのけながら、乾いた笑いを返すので精一杯。下手なことを喋るとオレの過去諸々がバレる。ここにオレを連れ込んだ人をチラリと見る。呆れたような、けどどこか納得しているような。

端的に換言すると、ゴミを見る目で姫川大輝はオレのことを見ていた。

 

「こういう店、よく来るのか」

「むかーし、事務所社長に連れ込まれて何度か……そのツテで中学の頃に内緒の食事とかでも時々使わせてもらいました……」

 

相手はレン先輩やハルさんやナナさん。オレがマリンでない状態でデートする時、こういう店をよく使わせてもらった。たまに1人で呑みたい時とかにも来てたが。その時は店のお姉さんにアフターしてもらったこともあった。

 

「…………結局俺らは口の堅い同業者としか遊べないもんな。カジュアルに遊ぶならこういう場所しかないよな。わかるわかる」

「姫川さんも、結構通い慣れてる感じみたいですけど」

 

人の事は言えないが、せめてもの反撃を一応してみる。確かこの人もハタチになったばかりだ。それなのにこの慣れてる感は明らかに未成年の頃から通い詰めている。

 

「ま、俺も可愛い女の子好きだし」

 

隣にいた美女の頭を撫でる。そのまま席に招くのかと思ったが、少し離れているよう頼んでいた。

 

「嫌になることも多いんだけどな。人間の嗜好の殆どは身体に染み込んだDNA。女好きは遺伝くさい。俺も、お前も」

 

パサリ、と何かがテーブルに投げられる。乱雑に広がったのはA4用紙数枚だった。

 

───私的DNA型鑑定書……

 

最も大きなフォントで書かれた文字が真っ先に飛び込んでくる。そしてそのまま次に大きなフォントで書かれた内容が、脳に染み込んでいった。

 

 

「俺たち、父親が同じらしい」

 

 

世界が歪んだ音が聞こえた気がした。

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
舞台も初日が終わり、新星の登場に芸能界は揺れています。そして突入しましたプライベート編。異母兄弟の発覚は兄からでした。賢明なる読者様には予想されていたと思いますが。詳しい経緯は次話以降で。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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