【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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己を焦がし、仇を焦がす復讐歌(ヴェンデッタ)
その歌を唄える条件は二つ
一つは暗い情念が持てること
一つは冷たい思考ができること


69th take ヴェンデッタが歌える男

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。舞台東京ブレイド一ヶ月間の公演。その中の幾つかが終わったある日のこと。

 

「ふぃぁああーー」

「つかれたーー」

 

メイクを落とし、衣装を脱ぎ捨てたキャスト達は疲労困憊の様子でそれぞれ脱力していた。無論アクアもその例に漏れない。汗だくの状態でタオルを頭に被り、両膝を立てて地べたに座り込んでいる。あかねはその隣でアクアにスポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出していた。

 

「ありがと」

「お疲れ様。アクアくん、今日も良かったよ」

「この舞台消費カロリー高いのよねー」

 

受け取ろうとしたペットボトルをひったくられる。暴挙の犯人を突き止めようとタオルを頭から下ろした時、赤髪の美少女はすでにキャップを外し、ドリンクを口にしていた。

 

「…………かなちゃん、それ私がアクアくんにあげたヤツ」

「あらそうなの?何も言ってなかったからわからなかったわ。ゴッメーン。アクア、コレ飲む?」

「お前が口つけたのなんか飲めるか」

「そっ。お詫びにあんたには私がドリンク奢ってあげる」

「いらねーよ」

 

持参していたドリンクの方を開ける。中身はアクアがCMを務めている清涼飲料で、見本品はまだいくらでもあった。

 

「そういえばあかねが今持ってきたのも、アクアくんがCMやってるヤツだよね」

 

言われてみて初めて気づく。確かにあかねが持ってきて、今有馬が持っているのは、自動販売機にオレの写真が貼られているメーカーのスポーツドリンクだ。

 

「はっ、すっかり飼い慣らされてるわね。黒川あかね」

「一途で健気って言ってほしいな。あ、彼氏もいないかなちゃんにはまだわかんないか」

「はいはい。ワタシの為に争わないで。喧嘩止めんのもカロリーいるんだから」

 

また始まった、と周囲の誰もが思った時、星野アクアが2人の間に割って入る。お互いまだ不服そうに眉間に皺を寄せていたが、とりあえず矛を収めた。

 

「そうそう。そういう喧嘩は舞台裏じゃなくて飲みの場で発散すべきだ。そーゆーわけで飲みに行くか!!」

「ええっ、今日も!?」

「好きだよな、舞台人って飲み会」

 

初日から今日に至るまで毎回開催されている。まあ舞台の反省会やグチの会も兼ねているので参考になるといえばなる集まりだが。それにしても開催頻度が高い。

 

「予約は任せてください!この辺りで当日団体OKの店のデータは幾つか押さえてあります!」

 

そしてせっせとスマホを動かしながら店を検索する自身の彼女もまた舞台人だった。普段おとなしいやつがこの手のイベントの出席率高いのはまあある事だ。

 

「姫川も行くよな?」

「んー、まぁ……オッサンも行く?」

「オッサンが居たら気ぃつかうだろ?若者だけで楽しんでこい」

「気なんて使いませんよ。一緒に行きましょう!」

「んー、なら行くか」

「やった!」

 

なんだかんだといつも断っていた金田一監督が出席を決める。汗を拭くとアクアは帰り支度を整えた。

 

「アクアくん、行かないの?」

「悪いな。オレはパス」

 

バックを背負う。今日の公演でもトリップはあった。一番酷かったのは初日で、それ以降オレを背中から抱きしめる何かを感じることはなくなり、アレと対話するほどの夢中はなくなったが、それでもリアルな死の光景は公演のたびに襲いかかってくる。何かを食べる気にも飲む気にもとてもならない。むしろ今にも吐きそうだ。

 

「私も今回は遠慮させてもらいます」

「今回もって、不知火さん毎回じゃない。たまには──」

「すみません、仕事なんです。ごめんなさい」

 

フリルも手早く荷物を纏めると楽屋を後にする。後に続こうかとも思ったが、こいつと一緒に出るとなんか余計な詮索されそうだったのでしばらく時間を置くことにした。

 

「アクアが行かないなら私も行かな──」

「星野、お前は今日は逃がさん。別に仕事あるわけでもねーだろ。付き合え」

「姫川さん、パワハラですよ」

「お前が気にしてた話、してやるから」

 

後半は耳打ちされる。オレが気にしていた事。なぜこの人がオレにアドバイスじみたことを何度もしてくれるのか。舞台をよくしたい以外の、何か事情がありそうだとは思っていたが、やっぱりあるらしい。降参するように両手を上げる。流石に無視はできなかった。

 

「わかりました。付き合います」

「よし」

「やっぱり私も行く」

「かなちゃんってさ。絶対自分を曲げないみたいな空気出してるけど、実は直角に曲がるよね」

「一途で健気って言ってくれないかしら。あ、ビジネスでしか彼女してないアンタにはまだわかんないか」

「争うなっつーに」

 

2人の頭を軽くこづく。「有馬さん、だいぶ隠さなくなってきたね」とヒソヒソ話し合う女性陣の隣で、三人の様子を見た姫川が「絶望しかねえわ」と小さな声で呟いたのは誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

「だからね!?役者も1人の作家であるべきなのよ!」

 

ジンジャーエールを飲み干した有馬かながテーブルにジョッキを叩きつけながら持論を説く。役者の飲み会となればいずれは演技の議論になることは避けられないが、シラフのはずの有馬が誰よりも早くハメを外していた。

 

「その場その場をミスしないように演じるんじゃなくて!作劇的な盛り上げに加担しなきゃいけないわけ!」

「それは演出家の仕事だろ」

「そうだけど!一人一人その意識は持ってなきゃいけないって話よ!自分がストーリーを作ってるって自覚がないとアドリブとか咄嗟のトラブルとかに対応できないんだから!」

 

───ソフトドリンクで酔えるのは安上がりで羨ましいなぁ

 

ウーロン茶を口にしながら議論の様子を眺めている蜂蜜色の髪の少年は息を吐く。ただでさえ公演後の疲労でだるいのに。たとえ酒が入ってたとしても、今あの熱量の中に入れる気はしなかった。

 

「アクアくん大丈夫?ちゃんと食べてる?」

 

アクアの隣でせっせと肉を焼いているのは青みがかった黒髪を背中まで伸ばした美少女、黒川あかね。こういう場では、彼女はいつも黒子役というか、周りのサポートに徹している。今ガチの打ち上げとかでもそうだった。

 

「今あんまり肉食う気にならなくてな……」

 

───というか、あの時以来、肉が苦手になりつつある

 

初めてトリップを体験し、倒れたあの日。人の血を、臓物を見てしまって以来、アクアはどうも肉が食べにくくなってしまった。火を通したヤツならまだいけるが、ユッケとかの生肉系や、ローストビーフなどの血の味が強い肉料理はダメ。あの時の感触が蘇ってしまう。

 

「オレのことは気にしないで、あかねも議論に混ざってきたらどうだ。演技の話なら無限にできるタイプだろ?」

「気にするよ。さっきからアクアくんずっと元気ないんだもん。やっぱり来たくなかった?」

「少なくとも有馬ほど盛り上がる気にはならねーな」

「ごめんね、無理矢理連れてきたみたいな形になっちゃって」

「あかねが謝る事じゃない。無理矢理連れてきたっていうなら姫川さんだろう」

 

あの人の耳打ちがなければオレは今日来ていなかった。サッサと帰って風呂入って寝てただろう。そう思うとちょっとだけムカついた。

 

「…………ね、アクアくん」

「ん?」

「もしアクアくんが良かったらなんだけど……」

 

アクアの耳元に口を寄せる。鼓膜をギリギリ振動させるその声は、緊張と不安で少し揺れていた。

 

「抜け出しちゃう?2人で」

 

あまりに想定外の言葉にアクアは思わず目を剥く。振り返った先にいる青みがかった黒髪の少女は顔を真っ赤にして彼氏の腕に顔を埋めた。

 

「ご、ごごごごごごめんっ。わ、私もちょっと酔っ払っちゃったっていうか空気に酔ったっていうか取り敢えず正気じゃなかったかもごめんねそんなことできるわけないよね私みんなの分のお肉焼かなきゃいけないしアクアくんにだって食べさせてあげたいし大体私と2人で何するんだって話だよね私アクアくんみたいに面白いトークできるわけでもないし演劇オタクだから結局演技の話ばっかになっちゃって退屈させちゃうだろうしあはは何言ってんだろごめんねできれば聞かなかったことにしてくれたらありがたいっていうか──んむっ」

「あかねって嘘つく時いつも饒舌だな。心配になるくらいだ」

 

人差し指であかねの唇に触れる。烈火の勢いで捲し立てていたあかねの言葉が強制的に止められた。

 

「本当に?」

「っ……」

「本当に無かったことにしていいのか?」

 

口を指で封じられてなくても、あかねは何も言うことができなかった。至近距離にある星の瞳と耳元で囁かれた甘い声があかねを金縛りにする。十数えるほどの間、見つめられ続ける。アクアの口元がフッと緩んで、あかねはようやく呼吸ができた。

 

「悪いが、少なくともオレは聞かなかったことにはできねーな。可愛かったから」

「アクア、くん…」

「行こうか、あかね。2人きりで」

「…………はいっ」

 

身体を起こすことなく、ひっそりと席を離れる。オレは監督に。あかねはララライの女優に、この場を離れることを告げると2人とも別々の出口から店を出る。

 

喧騒の中、誰も気づかなかったはずの2人の行動を、1人だけが眼鏡の奥で捉えていた。

 

 

 

 

 

 

「アクアくんっ」

 

別々の出口からタイミングを外して出た2人は携帯で連絡を取り合って合流する。駐車場からバイクを拾ってきたアクアの元へあかねが足早に駆けつけた。

 

「ごめん、お待たせ」

「全然待ってねーよ。大丈夫」

「それじゃあどこ行く?今からだともう予約できるようなお店は…」

「オレの知ってる店で良ければ紹介する。マスターが馴染みだから予約なしでも大丈夫だろ」

「予約が大丈夫でも未成年2人で繁華街うろつくのは大丈夫じゃないな」

 

2人同時に音源を振り返る。夜の街灯に照らされながら現れたのは黒縁眼鏡でぱっと見は冴えない。けれどよく見たら端正な顔立ちをした美青年。

 

名前は姫川大輝。ララライの看板役者だ。

 

「ひ、姫川さん」

「黒川もやるようになったな。こっそり抜け出して男と2人で夜の街へ、か。ど真面目なヤツほど悪い男に染まり始めたら早いものだけど」

「誰が悪い男か」

「お前だ」

「違うんです!そんなんじゃないんです!ちょっと2人でお疲れ様、みたいなことをやろうってなっただけで!」

「あかねやめとけ。言えば言うほど立場を悪くする。こういう時は逃げるが勝ちだ………あ、もしもし?タクシーお願いします。場所は──」

 

狼狽えて言い訳を続けるあかねとは対照的に、アクアは落ち着いた様子でタクシーを呼んでいる。抜け出しが上手く行った時も失敗した時も両方多く経験しているからこその落ち着きだと姫川大輝は見抜いていた。

 

「お前らの付き合いに文句言う気はないし、そういうのするのも構わないとは思うが、こんな夜の繁華街を顔晒して歩くのはやめろ。いくら公式カップルでも今のご時世、色々叩かれるぞ」

「…………はい。すみません」

「星野、タクシー呼んだな?」

「はい」

「じゃあ黒川はそれで帰れ。星野はもう少し俺に付き合ってもらう」

「え?……なんで…」

 

てっきり2人で帰されると思っていたあかねは不安そうに顔を上げる。自分のせいでアクアくんはもっと怒られるんじゃないか、と。そしてあかねの不安は的中した。

 

「こいつにはまだ説教が必要と判断した」

「あの、姫川さん。アクアくんをあんまり責めないでください。今回は私の方から誘って……」

「ちょっと話するだけだ。男同士でしかできないアドバイスもあるから」

「男同士…」

 

あかねの頬が若干紅く染まる。繁華街のネオンや夜の香りに酔っていたのもあるんだろう。思春期女子高生の脳内はちょっとピンクに染まっていた。

 

話しているうちにタクシーが到着する。あかね1人がそれに乗り、ウィンドウを開いた。

 

「ごめんね。こんな筈じゃなかったんだけど」

「謝るのはオレの方だ。確かにオレ達が顔晒して歩いていい時間じゃなかった。誘われた時ちゃんと断るべきだったよ。ごめんな」

「そんなっ。アクアくんは───っっ」

 

フォローしようとするあかねの唇を塞ぐ。あかねの顎を掴んだ時、タクシーの中に軽く押したため、外からは2人の顔は見えなかった。

 

「今夜はここまで。おやすみ、あかね。続きは夢の中で」

「───おやすみなさい」

 

色香に酔った目で虚空を見つめたあかねは指で唇を抑えながらほとんど無意識にその言葉を口にした。

 

「────ほんと、絶望しかねぇわ」

「何がですか?」

「知らねーぞ。いつか別れるってなった時刺されても」

「ははは」

 

星の瞳の少年は笑ったが、笑い事ではないことは本人もわかっている。深みにハマりすぎて、依存しすぎて、彼がいないと生きていられないなんて言い出して。別れるという段になった時、貴方を殺して私も死ぬ、などと言い出す女はロックの界隈には何人かいた。あかねはそこまでメンヘラとは思わないが、それでもウブで真面目な分、ハマる時はハマるタイプだ。

 

───オレに尽くさせつつ、後腐れないような関係を維持する……難しいが、やるしかない

 

「じゃあ行くぞ」

「どちらへ?」

「ヤサ変えて飲みの続き。お前の話はそこでしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして連れられた先はバー。モデルやアイドル、役者などが副業として働く店。六本木辺りには結構多く、アクアも何度か来たことがある。

そんな口の堅い芸能関係者しか訪れないような場所で見せられたのは私的DNA型鑑定書。物的証拠と共にオレと姫川さんの父親が同じと告げられる。疑いたいところだが、先に証拠を提示された以上、否定はできない。世界が歪むような感覚になんとか耐えつつ、頭を持ち直した。

 

「………やっぱあるんですね。芸能界って、こういう事」

 

芸能界は美が集まる。オレも10年以上この世界にいて、何度か耳にしたことはあった。一昔前。規制も規範も今ほど厳しくなかった頃。この手の耳を塞ぎたくなるような話がゴロゴロある、というのは。

 

───売れるための枕営業。それは男だって例外じゃなく、男娼紛いのことをやっていたという話も聞いてはいた。

 

その結果、望まぬ妊娠などに繋がる事も山ほどあったのだろう。闇の中に葬られた存在もそれと同じだけ。もしかしたらそれ以上に。

 

「いつから目星つけてたんですか?DNA鑑定までやったってんなら確証はあったんでしょう?」

「第一幕のクライマックスの稽古やった時」

 

第一幕のクライマックス。オレがブレイドで姫川が刀鬼をやっていたシーンだ。確かにあの場面、刀鬼とブレイドが異母兄弟である事をシースが物語に乗せて語っていた。

 

「アレ聞いて、お前と稽古して、刀を合わせた時から、どうも他人事みたいに思えなくてな。一度気になるとハッキリさせるまで追求したくなるタチなんだ」

「オレもです」

 

何事も中途半端は嫌いだった。ダメならスッパリ諦めるが、可能性があるならとことん追求する。完璧主義の完全主義。2人の共通点だった。

 

「この話、まだ聞きたいってんなら話すけど?」

「…………」

 

正直、話を聞くのは億劫ではあった。知らない方が幸せなんじゃないか。他人の墓なんて暴くものじゃないなんてこと、言われなくてもよくわかっている。けれど。

 

───事実に目を背ける事で、オレはともかく。ミヤコやルビー。あかねやフリルに危害が及んでしまうのは…

 

それは耐えられなかった。アイツらにはなんの罪もない。幸せに生きる権利がある。その為に力を尽くす義務がオレにはある。

 

「聞かせてください」

「んじゃ店変えるか。聞きたくないってんならここで解散だったが、話すとなると、ここではな」

 

いくら口の堅い同業者しかいないと言っても、絶対ではない。漏れる可能性は1%でも減らしたい。アクアも賛成だった。

 

「俺んちでいい?」

「オレの家でなければどこでも」

 

 

 

 

二段オートロックの高級マンション。その高層階のウエハラと書かれた表札の部屋へと案内される。姫川……いや、本名上原大輝の自宅だった。

 

「星野、母親の名前は?」

「内緒で」

「やっぱお前もタレントか」

 

スマホをタップする。テーブルの上に出された液晶に表示されていたのはとある昔のネットニュース。

 

姫川愛莉と上原清十郎の心中事件だった。

 

「俺の母親がこの人。父親がコレ。売れない役者ってヤツだったらしい。俺が5歳くらいの頃、夫婦共々で心中してる。もうこの世にいない」

「………………」

 

記事を見つめたまま、アクアは黙り込んでいた。現実を受け入れるのに時間がかかっているのか。それとも他のことを考えてるのか。姫川大輝にはわからなかった。

 

「親父は才能のあるタレントを引っ掛け回してたみたいだ。自分に才能がないコンプレックスを、才能のある女を抱くことで誤魔化そうとしてたのかな」

「同じ凡人の役者として、気持ちはわからなくもないですね」

「…………まあ、お前がお前をどう評価してるかはいいや。俺も子供ながらに親父は嫌いだった」

「だから芸名は姫川なんですか」

「そそ。本名は上原大輝」

 

アルミ缶のプルトップが開く。炭酸の音が部屋中に響いた。

 

「女をたらすのも才能なのかねぇ。お前見てると俺も遊びとマジは使い分けなきゃなって改めて思うわ。この事実発覚してからお前と黒川と有馬と不知火の四角見るたびに絶望してた」

「アレはオレも不本意なんです」

 

あかねはともかく、有馬やフリルは結構雑に扱ってる自覚さえあるのに、なぜアイツらはああもオレに好意を抱いてくるのか。結構不思議だった。

 

「そうだろうな。黒川には露骨にやってるけど、不知火や有馬への態度は普通。寧ろぞんざいにさえ扱ってる。けどな、覚えとけ。ああいう人生の大半チヤホヤされて育ってきた顔のいい女ってのは、雑な扱いされるのが珍しくて、面白くなっちゃう事があるんだよ」

 

日常で見られない人。自分にとって特別な人。人間とはそういう何かが興味の対象となる。

フリルも有馬も基本は誉めそやされて育ってきた。もちろん批判に晒される事もあっただろうが、トータルで言えば賞賛の方が上回る。

そんな中、普段と違う人間が唐突に現れ、興味を惹かれた。出会ってみると顔は文句なく美形。性格も多少捻てはいるが、なんだかんだ悪くなく。話をしても面白い。そして才能は芸能界でも特級。自分を上回ると思わされるほど。それは好意も抱くだろう。芸能関係者なら誰だって星野アクアは魅力的に映るだろう。彼女がいながらあの2人がアクアを諦められない気持ちは上原大輝にもわかる。

 

だからこそ、ハッキリとした態度が必要になる。

 

「そういうの、早くちゃんとしろよ。心中されてからじゃ遅いぞ」

 

この話をする為に、腹違いの兄は弟に真実を話した。突然半分とはいえ血が繋がった存在がいると知った時は大輝も戸惑った。しかし懸命に舞台の稽古に挑み、どんどん輝きを増していく少年の姿は脅威でありながらも、なぜか誇らしくもあった。

 

この弟が理不尽な死に晒されるのは、出来れば見たくなかった。あの才能を腐らせ、父親のようにはさせたくなかった。だから稽古でも公演中でも何かとアドバイスをしてきたのだ。

 

兄から弟への最後のアドバイスを受けて、星の瞳の少年は不満そうに鼻を鳴らした。

 

「オレはハッキリさせてるでしょう。今ガチ終わって以来、あかねだけが彼女だって公言してます」

「それだけで諦めねー連中だってわかってんだから、もっと直接的になんとかしろ」

 

喉越しのいい麦の炭酸を飲み干す。不満そうに肘をつく弟の姿がなぜか可笑しくて笑ってしまった。

 

「あ、あとコレも大事なことだった。俺のこと兄さんなんて呼ぶなよ。きしょいから」

「呼ばねーよ、オレだってきしょいわ」

「んじゃ、乾杯。兄弟」

「呼ぶなっつの、鳥肌立つ」

「ははっ」

 

本当に怖気で顔色青くする弟にグラスをぶつける。なぜか悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。バイクを駐車場に停め、自宅の扉を開ける。階段を上がり、事務所を通り抜け、扉を開く。すると「私怒ってます!」と顔に書いてある妹が、枕を抱き抱え、寝巻き姿のまま待ち構えていた。

 

「お兄ちゃん!朝帰りとか不良じゃん!信じられない!何やってたの!?」

「姫川さんのところで宅飲み。変な勘違いすんな」

「あ、ブレイド役の人?」

「オレもブレイド役だっつーの。忘れんな」

 

一晩過ごした相手が男だと知り、ルビーの怒りは一応収まる。「安心したなら早く着替えろ」と頭を撫でた。

 

「お兄ちゃん、朝ごはんは?」

「ああ、食べるよ。頼む」

 

「サインはB」を鼻歌で歌いながらキッチンに立つ。最初の頃を思えば随分上手くなったものだ。まあひとえにオレのおかげだが。音痴は不治の病ではないのだ。

 

───なぁ、ルビー。オレ達の父親は、もう死んでるんだってよ。

 

殺人教唆をしたと目されていた男は、もう死んでいた。ならアイの子供で、そいつの秘密を握っているかもしれないオレ達は、もう殺される恐怖や、理不尽な暴力に怯える必要はない───

 

───なんて、短絡的に考えられる単純な頭なら良かったんだがな

 

姫川大輝の話を聞いた後でも、アクアは全く楽観視はしていなかった。アクアは計画を立てる時、常に最悪の可能性を想定する。もちろん今回もその例に漏れない。アクアの明晰な頭脳は冷徹に、客観的に、真実へと辿り着く道を選んでいた。

 

───抜け道は幾らでもある。姫川愛莉を妊娠させた相手が上原清十郎とは限らない。夫が不倫してたなら妻が不倫してても不思議はないし、托卵の可能性だって充分にある

 

真実に近づいたのは確かだろう。姫川愛莉と星野アイ。2人の人生を遡って、共通項を見つけ出せば、きっとその中にオレたちの父親はいる。客観的に数値で見積もれば今は30%程度の確度だが、取っ掛かりさえ掴めれば残りの70%を埋めるのは難しくないだろう。

 

───あの事件は、まだ何も終わっていない。

 

殺人があってから12年。窮地を逃れる為に犯罪を選び、成功した人間は同じ窮地に陥った時、同じ犯罪を繰り返す可能性は高い。けれど高いだけで絶対ではない。刑事事件の時効は15年。もしヤツがこの12年、何もしてないとすれば、最短であと3年しか残っていない。楽観などできるはずがない。

 

───取り敢えず舞台が終わるまではまだ何もできないか。オレも余計な事実知って、平常心を失って、本業を疎かにするわけにはいかないし。千秋楽を迎えてからララライにおける姫川愛莉とアイの共通点を……

 

そこまで考えて、我に返り、苦笑いが漏れる。まったく、我ながらなんて冷徹で容赦のない思考ができる事か。母親を殺した人間のプロファイル。もっと私情や願望が入ってもいいだろうに。思考回路は適切で、客観的。実行手段は現実的で、具体的。もしオレが復讐に囚われていたとしたら、さぞ向いている男だったのだろう。執念深い情念と冷酷な思考の両方を持ち合わせている、醜悪なオレは。

 

───っと。

 

携帯が振動する。ディスプレイには有馬と表記されていた。

 

「もしも──」

『やっと出た!LINK見なさいよ!何度もメッセージ送ったのよ!!アンタ飲み会の最中どこに消えたの!?ルビーに聞いたら帰ってないっていうし!黒川あかねも消えてるし!もしかしてアンタまさかっ!!』

 

そこから先を口にするのは憚られたのだろう。耳をつんざく怒声がやっと止まる。キーンと反響音のする耳穴を指で揉みながら答えた。

 

「あー、違う違う。姫川さんに別の店で説教されてただけだから」

『…………あー、そういう?もう!紛らわしいことしないでよバカ!このバカ!おやすみ!!』

「…………朝ですけど?」

 

切られた通知音に向けて呟く。あいつ、もしかして一晩中起きてたのだろうか。んでようやく安心して、今から寝るのだろうか。メッセージを見てなかったことにちょっと罪悪感が湧いた。

 

「………あかね」

 

LINKを開くと、有馬の他にあかねからもメッセージが来ていた。2人のパーティが流れてしまったことへの謝罪。無事に帰れたかの確認。酒を飲むなという注意。そして……

 

『おやすみなさい、アクアくん。夢の中で私が貴方に会えますように』

 

───たぶらかしてる、か。

 

オレの目的のためにあかねやフリルを利用し、ルビーのために有馬を利用している。どんな関係にも利害はあるものだが、客観的に見れば確かにオレはそうなのだろう。

 

───だからこそ、責任は取らねーとな。

 

オレのせいで、アイツらを死なせることはしない。オレに巻き込んで、アイツらを不幸にはさせない。それまでオレは決して油断はしないし、楽観もしない。100%の確証を得るまで喰らいつく。あの三人の100%の安全が保証されるまで守り抜く。

 

───そういえば、最近フリルのやつ、メッセージよこさないな

 

三人のことを考えていたからか。唯一何の連絡もなかったフリルの事が気にかかる。少し前まで大事なことからくだらないことまで色々と送ってきてた。あの夜。オレがなくした記憶の話をして以来、私的なLINKはほとんどなくなっていた。

 

───距離取ることを選んでくれたのならありがたいが…

 

何か引っ掛かる。ここのところ、というか結構前からアイツは体調良くなさそうだった。今度また弁当でも作って………とまで考えたところで一度頬を叩く。押してダメなら引いてみろの術中にハマってると気づき、軽い痛みで思考を一度クリアにした。

 

───考えても仕方ない。もし何かあったとしてもアイツがオレに話したくなるまでは待とう。その代わりオレはオレで勝手に守らせてもらう。それがあの夜、オレがなくした記憶の概要を話してしまったことへの責任だ。

 

「お兄ちゃーん、朝ごはんできたよー、テーブル運んでー」

「ああ」

 

ルビーに呼ばれる。ソファから立ち上がった時、もうフリルのことは頭から抜け落ちていた。

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?兄弟バレの発端は舞台でした。天才同士が舞台上で語り合った結果、兄の方が勘づいた形です。そして拙作のアクアは常に最悪を想定するので、簡単に楽になる仕様になってませんでした。だから人の心無いって筆者は言われるんだろうなぁ。
以下本誌ネタバレ






やっぱこうなったかぁ〜。いや激アツだとは思うしちょっと予想はしてましたよ?してたけどね?不幸に突き進む本誌のアクア……ゴローではみんな泣かせる未来しか見えないっていうか。悪手が過ぎるっていうか。また読者の心グシャにされそうっていうか。人のことは言えないですが赤坂先生もなかなか人の心が……ゲフン。拙作のアクアは基本最善手しか打ちませんがその結果、果たしてどうなるのか。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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