【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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聖人が生まれる前夜祭
星をなくした子は夕焼けを冠する少女を奏でる
聖人が生まれた生誕祭
魔法使いは12時を過ぎたシンデレラに夢を見せる


72nd take 前夜祭と生誕祭

 

 

 

 

 

 

 

女の身体は楽器と似ていると気づいたのは、いつの頃だっただろうか。

 

神が創造し、与えた設計(デザイン)。基本的な構造は同じ。鳴らし方も。しかし、この世に完璧に同一の楽器というものは存在しない。一つ一つに微妙な差異やクセがあり、それぞれで特徴がある。

 

たとえ使い慣れた楽器であっても毎日同じ状態という事もありえない。その日の温度、湿度、空気の流れ。様々な要素によって弦の張り。ハコの鳴りが微妙に変わる。だから毎日メンテナンスしなければならないし、時に調律やチューニングも必要となる。その日、その場に応じて、最も適した状態にアジャストしなければ最高の演奏は不可能だ。

 

それと同じ事が、セックスでも言える。

 

神が作りし設計。基本構造は誰もが同じ。鳴らし方も。しかし全く同じということはありえない。身体にも千差万別の特徴があり、感度の高いポイントもまた違う。同じ身体であっても日によって状態は変わる。

 

だからこそまず初めにしなければならないことは状態のチェック。楽器でいえばメンテナンスやチューニング。セックスで言えば前戯に当たる。

どこが強く、どこが弱いか。力の具合は?正しいラインは?触れ合いながら探る。初めて触れる身体(がっき)であるならば特に入念にする必要がある。

 

故にアクアは前戯には時間をかけるタイプだった。賛否両論あるだろうが、ただ闇雲に弄っても、力任せに動いても、お互いにとって気持ちの良いまぐわいにはならないことをこの年齢で知りすぎるほど知っている。

 

正しい力で、正しいラインを、正しいタッチで触れれば、(楽器)はいい音で鳴る。正しいリズム、正しいタイミングで緩急つけて叩けば、お互いにとって気持ちの良い演奏(セックス)になる。

 

それは今、この時も変わらない。

 

「アクアくんっ……好きっ……大好きっ」

 

腕の中で喘ぐ黒髪の少女。初めてにも関わらず、その恍惚とした表情は女の悦びを全身で味わっており、うわごとのように紡がれる睦言は噛み締めるように男の耳元で囁かれる。

 

───この瞬間が、好きだ

 

才能ある女が。強い輝きを宿す目から光が消える瞬間が。オレのことしか見えていない。オレのことしか考えられないとわかるこの目が見られる一瞬が、好きだ。

 

そんなオレが嫌いだ。

 

こんな事でしか生きている実感を得られないオレが。こんな事で興奮を、高揚を、愉悦を、感じてしまう自分が、大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、アクアくん」

 

情事が終わり、誰もが寝静まる時間。シングルベッドの上でアクアと身体を重ね、肩に頭を預ける少女が不安そうに名前を呼ぶ。返事はせず、視線だけをあかねに向けた。

 

「私ってエッチな子なのかな」

「どうした突然」

「だって私……初めてなのにあんな……あんな…ぁあああぁぁ…」

 

恥ずかしそうに顔を埋める。こういう反応はなんか久しぶりで、少し笑ってしまった。

 

「笑わなくてもぉ……どうせ私はアクアくんみたいに経験も余裕もありませんよ」

「ごめんごめん。あかねがおかしくて笑ったんじゃない。かわいくってついな。ニヤけただけだから」

 

プクーっと膨れた頬を軽くつつく。眉間に皺を寄せながらもあかねは心地良さそうに目を細め、アクアの手に頬を擦り寄せた。

 

「それよりあかね、身体大丈夫か?痛くない?」

「…………」

 

黙り込む。メンテナンスとチューニングは充分やったし、丁寧にほぐした。事中の反応から見ても痛みはそこまでなかったはずだが、こればかりは本人でないとわからない。そこそこ久々だったし。沈黙が少し不安だった。

 

「正直、凄く痛いの、覚悟してたんだけど……」

 

躊躇いながらポツポツと言葉を口にする。顔は胸元に埋められていて、よく見えなかった。

 

「私の中がアクアくんでいっぱいになって、私が知らない感覚で全身が震えて。あったかくて、幸せで。痛いより嬉しいが勝っちゃって、気づいたら溺れてた」

 

胸元で華奢な手を握り込む。爪にはオレの血が少しついていた。

 

「ご満足いただけたようで何より」

「…………いじわる」

「まあ、あかねは結構エッチな子だとは思うが」

「うぅ…」

「オレは好きだよ。あかねが好きだ。昨日よりもっと好きになった。あかねが彼女で良かった」

 

一瞬が呆気にとられた後、ボフッと湯気が立つ。ただでさえ赤かった顔がさらに真っ赤になり、ベッドから跳ね上がった。

 

「も、もう朝だし!シャワー浴びた後ご飯作ってくる!アクアくんはゆっくりしてていいから!」

 

毛布一枚身体に纏い、部屋から出る。ドタドタと何かが崩れ落ちた音がまだ朝日が上りきっていない薄暗い部屋に響いた。

 

「…………大丈夫か?」

「だっ、大丈夫!!大丈夫だからアクアくんは私が迎えに行くまでじっとしてて!でもあんまり部屋の中見ないで!直立不動で一点集中してて!」

 

バタンと扉が閉まる音が聞こえる。部屋の中物色してやろうかという悪戯心も芽生えたが、流石にやめておいてやろうとベッドに倒れ、あかねが身支度を整えるまで、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の寒さに締め付けられたバスルームで冷水側にコックを回す。頭から冷たい水が降ってきたが、茹で上がった頭が冷える気は全くしなかった。

 

────っわぁあああああ!!かっこよかったーー!かわいかったーー!どっちもできるなんてアクアくんズル過ぎない!?最中はあんなに雄々しくて獰猛だったのに、終わった後は不意打ちであんな笑顔……わぁああああっ

 

生まれたままの姿でしゃがみ込む。目を閉じれば昨夜から今までの思い出が鮮明に脳内で再生された。

 

───アクアくん、笑ってた…

 

デートの待ち合わせ場所に来た時から、何か元気がない感じだった。メイクで誤魔化してたけど、疲労感は伝わってきたし、春先よりなんとなく痩せた気もする。いつもの綺麗な笑顔に、なんとなく陰があった。

 

理由は昨日の夕食でわかった。

 

今まで食べられていたものが食べられなくなっている。嘔吐するほど拒否反応を示したのはローストビーフだけだったけど、それ以外の料理も決して食が進んでいる感じではなかった。軽い摂食障害になっていたのかもしれない。

 

昨夜の行為が終わった後、私はいろんな感情に支配されて眠れる気がしなかった。だから寝たふりしてずっとアクアくんの横顔を見ていたのだけど、彼が眠っている様子はなかった。たまに目を閉じていてもすぐうなされて、目を開いていた。多分ちゃんと睡眠も取れていない。

 

食事も取れず、眠れもせず、一ヶ月間あのハードな公演をこなし続け、トリップを繰り返すほどの没入に取り憑かれた続けた。痩せもするし疲労も取れないだろう。デート中も穏やかだったけど、平気なふりをする仮面のようなものを感じずにはいられなかった。

 

でもあの笑顔は違った。心から溢れたものだとわかった。

 

───私も、やっと少しはアクアくんの支えになれたのかな

 

そうだと良いな、と思いつつ、立ち上がり、シャワーのコックを閉める。あまり彼を待たせるわけにもいかない。時期に両親も帰ってくる。バスルームを出て最低限髪を乾かし、衣服を纏うと足早に2階の部屋へとアクアくんを迎えに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

───疲れた…

 

イブの夜が終わり、一度家に帰った後、アクアはいつものバーでだらけていた。事務所では恐らくクリスマスのホームパーティーをやっている。もし昨日外泊したオレが参加していればルビーと有馬にそれはもう質問責めを喰らっただろう。流石に参加する気力も起きなかったアクアはこっそり自宅へ帰り、着替え、抜け出していた。一応ミヤコにだけは昨日はあかねの家に泊まったことと、今はマスターのバーで時間を潰していることは連絡してある。

 

「クリスマスに1人なんて寂しい男ね。貴方なら誘えばいくらでも女は来そうなものだけど」

「男には1人で飲みたい時間もあるんですよ」

「お酒、頼む?」

「マスターのことは信頼してますけど、周囲を信用してないんでやめときます」

「まったく、貴方たち親子は2人揃ってウチで酒飲まないんだから。定食屋じゃないのよってミヤコにも伝えておいて」

「はいはい」

 

机に突っ伏して今日あったことに思いを馳せる。

 

あの後、あかねが作った朝食をとって、2人で洗い物をし、しばらくのんびりしていたら、インターホンが鳴った。どうやら黒川家の主人とその妻が帰ってきたらしく、カメラには壮年の夫婦が映っている。

 

「アクアくん」

「ああ」

 

流石に2人で一晩過ごしたことを知られたくなかったオレとあかねは2人が帰ってくる頃合いに裏口から出る事となっていた。中途半端に出かけて見咎められたらまずいし、これだけ大きな家なら出口は幾らでもある。バレないようにこっそり抜け出す程度は容易だ。

 

───なんか、こういうのも久しぶり…

 

ハルさんと付き合いがあった頃、こういうことは何度かした。あの人複数名と同時に付き合うとか普通にやってたから。靴とウエストポーチを持って外に出るとなんとなくかつての哀愁が蘇った。

 

それからしばらくブラブラ歩いて時間を潰し、黒川家のインターホンを今度はオレが鳴らす。3秒も掛からず、あかねの声がマイクから響いた。

 

「お邪魔します。アクアです」

「いらっしゃい、アクアくん。上がって上がって」

 

一度だけ病院であったあかねの母親が娘と一緒に玄関から出迎えにくる。「お久しぶりです」と頭を下げると、破顔してオレを歓迎してくれた。

 

「その節は娘が大変お世話になりました。アクアさん、よく来てくれましたね。さ、どうぞ」

「ありがとうございます」

「あんまり硬くならないで。アクアさんとは本当に仲良くなりたいと思ってるんです。舞台も拝見しました。素晴らしかったですよ」

「恐縮です」

「イブはどうでした?至らないところもたくさんあったでしょう?この子男の子と付き合うなんて初めてだから。許してあげてね。あっ、そうだ。あかねのアルバムご覧になりますか?こんな機会もいずれ来るだろうと思って準備して───」

「お母さん!やめてーー!!」

 

タンスに嬉々として向かう母親を娘が必死に止める。夢中になったら突っ走ってしまうところは母親譲りなのかもしれない。

 

「あかねのアルバムはちょっと見たいな」

「そうですよね!えーっと確かこっちの棚に──」

「見せなくていい!アクアくんも!お母さんが味方だからって調子乗ってると私がそっちの家に行く時同じ目にあってもらうよっ!」

「おっと、藪蛇だったか。この辺にしておこう」

 

そんな親子の一悶着が終わった後、リビングへと通される。ソファには1人の壮年の男性が腰掛けていた。真面目で実直そうな人だ。顔立ちにはそれまで歩んできた人間の人生が滲み出るという。あかねの生真面目さはこの人の影響が大きいのだろうとなんとなく思った。

 

「君が星野アクアくんか。初めましてだが初めて会った気はしないな。あかねから色々話は聞いてるし、舞台も拝見させてもらったからよく知ってるよ。まあ、かけたまえ」

「失礼します」

 

勧められた椅子に座る。表情は柔和で、特に怒っている様子は見受けられなかった。

 

「あかねから聞いている。頼みがあるそうだね」

「あ、はい。実はですね───」

「娘を嫁にください、というならまだ時期尚早だと思うよ」

「言いませんよそんなこと」

「そんなこと?」

「…………失言でした。申し訳ありません」

「ふむ、謝罪を受け入れよう。しかし安堵するとともに少し残念だね。あかねに何か不満でも?」

「不満なんて───」

「お父さん!」

 

お茶を持ってきたあかねがテーブルにお茶を置き、慌ててオレの隣に座る。庇うように父親を睨んだ。

 

「私が来るまで話をするのは待ってって言ったのに!」

「軽い雑談程度だよ」

「ははは……」

 

アレが黒川家で軽いならそりゃあかねも重い女になるわけだ

 

というセリフは流石に飲み込む。心象悪いでは済まなくなる。

 

「それで?あかね。何か頼みがあるとのことだが」

 

お母さんもリビングへと入ってきて、父親の隣に座ってから、ようやく本題を口にする。怒りで歪んでいたあかねの眉は一気に緩んだ。

 

「…………お父さん、お母さん。ごめんなさい。私、今年の年末年始は旅行行けません」

 

目を伏して、軽く頭を下げる。アクアも同時に頭を下げた。

 

「アクアくんが家族で宮崎に行くの。2泊3日。妹さんの仕事も込みで。東ブレの慰安旅行も兼ねてるらしくて、私も誘ってくれた……だから、今年はアクアくんといたい。お願いします」

「あらあらまあ」

「2人きり、というわけではないのかね」

「はい。メインは妹のMVの撮影です。オレと、妹のアイドルグループメンバー三名、保護者一名。あかねさんを入れて六名での旅行になります」

「宮崎。良いですね。あの辺りは温泉とかも豊富そうですし」

「しかし、仕事も兼ねての旅行とは……あかねもついていって大丈夫なのかね?」

「仕事といっても本当にオレは関係ありませんから。個人的には完全にオフです。旅行中はあかねさんの側から離れません。自分の力が及ぶ範囲で、あかねさんの安全は守ります」

 

ここで身を挺して、とか言ったら女受けは良いんだろうが父親受けは悪そうだからやめておく。もちろん心意気はそのつもりだ。

 

その誠意が伝わったのか。真っ直ぐこちらを見つめる父親の視線を真っ向から受け止め続けたアクアに、最後には笑ってくれた。

 

「星野くん。一つだけ聞かせてくれ」

「はい」

「君は、あかねのどこが好きなのかな?」

 

一拍。息を吸い込む。頭に浮かんだことを瞬間的に口にした。

 

「オレの醜さや弱さに寄り添ってくれるところです」

 

隣で何かが熱くなる気配が伝わる。視界の端に、赤くなったあかねの耳がチラリと見えた。

 

「……………あかねを、私たちの愛する娘を、よろしく頼む」

 

一度だけ頭を下げられる。微力を尽くします、とアクアも頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───て感じで、あかねの同行許可は貰えたが……

 

舞台並に疲れた。たかが旅行の許可を貰うだけであんなに心労を伴うとは。世の中の夫と呼ばれる人たちはみんなあれ以上のことを盆と正月、毎年やっているのだろうか。想像するだけでゾッとしてしまう。

 

───旅行前にはルビーと墓参り行く約束もしちまったし……全然オフになってねぇ

 

せめて旅行先では羽を休めたいものだ。今は家でも休めないから、マスターのバーでクダを巻いてるわけだが。

 

ヴー

 

携帯がなる。無料LINK通話の相手が有馬かなと認識する。思わず盛大にため息が出た。無視しようかとも思ったが、この後の年末年始の旅行で嫌でも顔を突き合わせる。無視は下策と理解している蜂蜜色の髪の少年は躊躇いながらも通話をタップした。

 

『アクアぁあ!!アンタ昨日から今まで一体どこで何してんのよバカやろー!お仕事デートから一回も帰ってきてないらしいじゃない!まだ黒川あかねと一緒にいるの!?イブはあかねと過ごす代わりにクリスマスは戻るって言ってたじゃない!こっちは今日のために色々───』

「あー……【bulls eye】にいるから文句があるなら直接言いに来い。場所はミヤコに聞けばわかる」

 

それだけ言って電話を切る。あと僅かとなった自由な時間を有意義に過ごすため、アクアはスマホの電源を切った。

 

 

 

 

 

 

 

苺プロ事務所のクリパがひと段落ついた頃、私は何度目かの電話をアクアにかけた。イブはあかねとデートするというのは聞いていた。だからこそその代わりにクリスマス当日の予定は空けさせたのに、いつまで経ってもヤツは帰ってこない。会えない時間で、無駄に想像力豊かな役者の頭脳はよからぬことばかり連想してしまう。妄想の圧に潰されそうな1日半をすごし、流石にもう我慢の限界だった。

 

「アクアぁあ!!アンタ昨日から今まで一体どこで何してんのよバカやろー!」

 

ようやく出た電話で思いっきり罵詈雑言叩きつける。辟易したかのようなアクアの声が、今自分がいる場所を告げてきた。

ため息吐きたいのこっちだと怒鳴ろうとしたところで、切られる。掛け直そうかと思ったが直接言いにいった方が早くてスッキリしそうだった。

 

「社長!ブルズアイってどこですか!」

「───六本木の〇〇だけど、なんでそんなこと……ああ、アクア今あそこで呑んだくれてるのね」

「呑んだくれてる?まさか居酒屋ですか?」

「バーよ。マスターが古い馴染みでね。アクアも子供の頃から付き合いあるし、バイトもしてたから。あそこは会員制じゃないけど、ガードは固い。羽を伸ばすには良いところよ」

「行ってきます!」

「日が替わる前には帰ってきなさい。2人とも」

 

タクシーを呼んで、教えられた住所を告げる。十数分ほどで目的には到着した。

お店はぱっと見シックで、知らなければバーとは気づかないようなオシャレなお店だった。

 

───っ、

 

ドアを開けた瞬間、眉が歪む。換気はしているし、空調も効いていたがそれでも強く香る、お酒とタバコ、そして香水の匂い。店全体は薄暗かったが、だからこそ僅かに光る電灯が艶やかで、官能的に映る。夜の香り、ネオンの灯りとはこういうものなのか、と思い知らされた。

 

───あまり長居はしない方が良さそうね。

 

そういうことに未経験の有馬かなだが、だからこそこの空気に長く晒され続けては、妙な気分になってしまう。ただでさえ自分は空気だけで酔う自覚があるから、尚更だ。変な事故が起きかねない。

 

───アクアは…

 

訪ね人を探す。比較的年配の客層が多い中、明らかに1人平均年齢を下げている少年は明らかに目立つ。程なくして、蜂蜜色の髪の美少年は見つかった。

 

───っ、

 

バーに備え付けられたダーツゲームの機械。その前には何人かの人間がたむろしている。店のウェイトレスや客と見られる女性たち。一緒にゲームをしている男の人達にすら囲まれて、星の瞳の少年は笑顔でその人垣の中心に佇んでいた。

 

───あいつはいつでも人の輪の中心にいるわね

 

ダーツをやりながら笑顔を見せ、周囲も笑っている。そんな姿がまだなぜか誇らしくて、こちらも口角が上がってしまった。

 

「あら、来たわね。貴方が有馬さん?昔見てたわよ。大きくなったわね」

「あっ、どうも、えっと、私その、客じゃなくて…」

「ええ、アクア担でしょ?あの子もついに担当つく立場になったのね」

「アクア、担?」

「迎えに来てくれる人のこと。ジュニア」

 

ジュニアと呼ばれ、アクアがこっちを振り返る。どうやらアイツはここでジュニアと呼ばれているらしい。まあ、安易に人前で本名を使っていると厄介なことになりかねない。この辺りの配慮や警戒はアイツらしいな、と思ってしまう。

 

「来たか」

「えー、ジュニア。やっぱり女の子連れてきてたの?今日は1人って言ってたじゃない」

「少年、このゲームが終わるまでは帰らせねーよ?」

「アクア。帰るわよ」

 

人垣を割って入り、アクアの手を掴む。そのまま引っ張ろうとしたが、抵抗される。キッと睨みつけるが、私の怒りなどどこ吹く風で、アクアはいつもと同じ澄まし顔だった。

 

「アクア」

「そんなに焦らなくてもいいだろう。有馬、夕食取ったか?」

 

その一言に忘れていた空腹感が蘇る。ディナーはプレゼント交換の後の予定で、その前に抜け出してきたから、まだお昼から何も食べていなかった。

 

「このバー普通に軽食も出してるんだ。ジェノベーゼは絶品だぞ。食べていけよ。迎えにきてくれた礼に奢るから」

「…………食べたら帰るわよ」

「ああ。マスター」

「はいはい。ジュニアは何か飲む?」

「ペリエを」

 

しばらくして料理が届く。カウンターで隣に座り、限りなくお酒に見えるドリンクを口にするアクアの横顔に思わず見惚れる。実年齢より大人びて見えることが多いアクアだが、今夜はそれだけでない色気を感じた。

 

───黒川あかねは知ってるのかしら。こいつがこういう店の常連なこと

 

多分知らないだろう。アクアがこの手の大人な遊びにあかねをつき合わせるとは思えない。SNSを見る限り、2人は踏み込み過ぎず、離れ過ぎず。世間一般が理想とする高校生のカップルを演じている。いくら口の堅い同業者が多く働く場所でも、無駄にリスクを冒す事はしてないはずだ。

 

───なんか、優越感あるわね。蝶よ花よで育てられて、箱入りお嬢のまんまでビジネス彼女してるアイツじゃできないデートでしょ。ざまぁみなさい

 

図らずも思春期男女が憧れる、あかねすらしていないであろう、大人のクリスマスデートをしている気分になって、思わず笑みが溢れてしまった。事務所でパーティをする事はできなかったが、考えようによっては今はそんなものより遥かにロマンチックなデートをしてしまっている。ニヤけるのを抑えられなかった。

 

「マスター。オレンジソーダ、もらえますか」

「はいはい」

 

普段はカクテルを注いでいるであろうグラスに100%オレンジジュースを炭酸水で割ったドリンクを注がれる。ぱっと見はオレンジ系のカクテルにしか見えない。差し出されたグラスを手に取り、アクアへと傾けた。

 

「アクア、メリークリスマス」

「………メリークリスマス」

 

チャンっという可愛らしい乾杯の音が2人の間でだけ聞こえる大きさで木霊した。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
アクアがセックスのコツを掴んだのは楽器との共通点からでした。一応実体験です。なんかジャンルが違うことでもコツが一緒って結構ありますよね。筆者一応ピアノを齧っており、大学時代サックスもやっていたのですが、「アレって、なんか似てね?」とマウスピースの手入れとかしてる時に思いました。

イブから一夜明けて本祭。重曹ちゃんタイムに突入。ブラジリアンバーベキューデートが無い代わりのご褒美です。もうちょっと続きます。続きは次話で。

あとミヤコさんがやっぱり鬱くしくて、美しすぎる。美人って泣き顔の方がクるのはなんでなんでしょうね(筆者はSではありません)

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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