選択を間違えた星をなくした子を眺める少女は思い悩む
神と呼ばれるモノは慈悲深いのか残酷なのか
答えはきっとその顛末に
地元から離れた観光名所。通常移動手段は大きく分けて三つに絞られる。
公的交通機関
タクシー
レンタカー(アクアの場合レンタルバイク)
この三つのどれかだが、あかねが「どうする?」と聞くよりも早く、アクアはタクシーを捕まえようとしていた。
「アクアくん、わざわざタクシーじゃなくても…」
「オレはガイドブックってのは基本的に信用してなくてな」
あの手の本に載っているのは大抵制作会社に金を払って載せてもらっている。制作会社のスポンサーや金出してる神社などを悪く書く筈がないし、メジャーどころはこのご時世、わざわざガイドブックを読むまでもなく調べられる。
「それに今は年末。長期休みで混雑に巻き込まれるのは避けられないが、タクシーの運転手なら抜け道とか知ってることもあるし。やっぱ知らねー土地で観光するなら地元の知識と経験持ってるタクシー使う方がいい」
「でも、お金……」
あかねが躊躇う最大の理由。確かにタクシーは早くて地元の情報も聞けて、便利だが、その分公的交通機関やレンタカーなどとは比べ物にならないほど費用がかかる。ただでさえ便乗させてもらって、旅費や宿泊費等最低限しか払っていない。あかねが気にするのは当然と言えば当然だった。
そんな心配りをよそに、蜂蜜色の髪の少年はヒラヒラと手を振った。
「金なら気にすんな。前にも言ったが、オレは取り分8:2の女優よりは金持ちだぜ?オレの通帳残高見る?」
スマホに登録してる銀行アプリをチラつかせる。あかねは慌てて顔を逸らし、ブンブンと手を振った。
「アクアくんっ。そういうの他人に気軽に見せちゃダメ!」
「別にあかねになら構わねーけど、まあ誰の目があるかわかんねーし、この辺にしておこう」
携帯を仕舞う。あかねの手を引いた。
「あかねなら、いずれオレの通帳残高なんて遥かに超えるだろうが、今はまだオレにカッコつけさせろ。行こうぜ」
「…………うんっ」
観光案内所に停まっていたタクシーを捕まえて、夕方まで貸切にすると、アクアとあかねは観光地を巡り始める。車の中であかねはハンドバッグのポケットに入っていた翠色のバレッタを取り出し、ハーフアップに髪をまとめた。
「───えへへ」
隣に座るアクアと目が合い、照れくさそうに笑う。ルビー達の前では着けていなかったアクセサリー。大事にしてるし、普段使いもしないけど、二人きりの時は特別ということらしい。
「似合うよ。綺麗だ」
「んふふっ。ありがとう」
満面の笑みを浮かべる。あかねの心の底から溢れた笑いはちょっと気持ち悪い。そのまま腕を組まれた。
「近い」
「アクアくんに触るの、好き」
「一応人の目気にしろ芸能人」
「大丈夫だよ。公式彼女なんだし、それに私たちのこと知ってる人なんて宮崎にはいないよ」
「悲しい現実だな」
「これでも遠慮してるんだから」
「遠慮しなくなったら?」
「知りたい?」
「遠慮しとく」
あかねのブレーキが効いている内にやめておく。腕一本自由にさせてやればいいのなら安いモノだ。
あかねに捧げる一日だけの観光旅行。最初は山間の巨大な滝などの自然風景の鑑賞から始まった。貸切にしたタクシーの運転手は初老の男性で、目的地を告げると今年の冬ならここが一番良いというスポットへ案内してくれた。
高千穂峡。阿蘇火山活動による火砕流が五ヶ瀬川に沿って流れ出し、急激に冷却されて出来上がった、柱状節理の断崖となった渓谷。まさに自然が作り出した芸術と言える場所だ。
「綺麗…」
眼前の絶景に見惚れ、うっとりと呟くあかね。アクアもまた冬の寒さを忘れ、目の前の光景の美しさに圧倒されていた。
「お客さん達。良ければ写真でも撮りましょうか?」
「良いんですか?」
「もちろん」
「アクアくんっ」
「ああ」
今日一日はあかねに付き合うと決めている。否などあるはずもない。嬉しそうに携帯を運転手に渡すあかねは可愛らしかった。
「撮りますよ〜。はい、チーズ」
「なんでおじさんって写真撮るときチーズって言うんだろうね」
「ググれよ」
「冷たいっ」
シャッター音が鳴る。画面には会話からはまるで想像できないような笑顔で身を寄せ合う二人が写っていた。
しばらくその写真を見続けていた二人だったが、ほぼ同時にクスッと吹き出し、笑い合った。
「次行こうぜ」
「うん」
アクアの左腕に自身の両手を絡めて、また次の目的地へと向かう。山間から平地へ戻った時、ちょうどお昼時だったため、運転手におすすめの店を尋ねると、地元民も観光客も評判のいいという蕎麦屋へと連れて行ってもらった。
「凄い!ここのお蕎麦の中のお肉、宮崎牛だって!──ごめん、アクアくん、お肉…」
食べられないのに、と申し訳なさそうな表情を浮かべたのに対し、蜂蜜色の髪の少年は店員さんを呼び止め、『肉入り蕎麦二つ』と注文した。
「無理しないで」
「ちゃんと火を通してるなら大丈夫。ありがとう」
程なくして二人の注文が同時に運ばれてくる。アクアの予想通り、蕎麦の肉はしっかりと醤油などで煮しめられていたモノだった。
「───美味しいね」
「普通の肉と違いがよくわからん。美味いけど」
「…………もー!そこはそうだねって言っておけばいいの!」
肉を飲み下してもアクアが顔色を変えたりトイレに駆け込んだりしないのを確認すると、あかねは文句を言いながらも、安堵の感情を溢れさせた。
「わかんねーもんはわかんねー」
「アクアくんって食レポとかの仕事向いてなさそうだよね。美味しくないって感じたら全部そのまま言っちゃいそう」
「ダメなの?」
「ダメだよ!?PRなんだから!嘘でも美味しいって言わないと!」
「あかねはそういう仕事やったことある?」
「ないけど、いずれ私達にそういう仕事をやる日が来る可能性は高いよ。特にアクアくんは。今ガチであれだけトークスキル高いことアピールしちゃってるから」
郷土料理に舌鼓を打ちながらも、結局仕事の話になってしまうのは職業病だろうか。
軽い議論はありながらも、なんだかんだ楽しく昼食を終え、食休みをした二人は、今度は自然ではなく、人の手で作られた芸術を鑑賞するために、神社や仏閣を見に行った。
まず最寄りの高千穂神社。約1900年前、垂仁天皇によって建てられた高千穂郷八十八社の総社。神社本殿と鉄蔵狛犬一対は重要文化財に指定されている。
「アクアくんは寺と神社の違いって知ってる?」
「まあ、最低限。寺は僧侶とかの仏門の人間が住む場所で、神社は読んで字の如く神の社。神が住まう場所っていうのが定説だな」
「さすが。神様信じてないっていう割にはちゃんと知ってるんだね」
「知識は必要だ。特に芸能にはな。演技の起源は神楽って説もあるくらいだし」
「そうそう。だから私は神話とかオカルトとか結構好きなの。面白いし、本当にあったのかもって考えると演じる時ワクワクする」
「神様、ねぇ」
眉唾ここに極まれり、という表情で石畳を歩く。知識はあっても、やっぱり信じてないのか、それとも他に何か理由があるのか。アクアはやはりそういうのが嫌いらしい。
「アクアくん、昔何かあった?家族が宗教とかで騙されたり……」
「そういうのじゃねーけど……ならあかねはさ」
一瞬躊躇う。一度天を仰ぎ、息を吐くと、続けた。
「何の罪もない人間が理不尽な暴力で潰されたり、人を殺したような悪人がのうのうと生きてたりするこの世界に、本当に神様なんてモノがいると思うか?」
アクアが何のことを言っているか。誰のことを考えているのか。あかねにはわかる。わかってしまう。あかねも躊躇いながら、言葉を口にした。
「アクアくんの、お母さんのこと?」
気遣いが多分に含まれたその声色を聞いて、アクアの口元に笑みが浮かぶ。石で作られた階段を登りながら、皮肉げに眉を歪めた。
「母さんは何の罪もないと言えるほど清廉潔白な人ではなかった。世間から見たら怒られるようなことをしたし、非難されるようなこともした」
あかねの推理が正しければ、アイは16歳で妊娠している。その後子供の存在を隠し、4年間アイドルとして活動している。確かに世間から見れば良くないことはしてるし、何も知らない大衆がこの事を知ればそれはもう凄まじいバッシングの嵐が巻き起こるだろう。身をもって知っている。
しかし、殺されなければいけないほどの悪かと問われれば、それは断じて否だった。
「因果応報は全自動じゃない。人の手で最善を尽くし、証拠を揃える必要がある。それはいい。そうじゃないと無実の人まで罪を背負うことになってしまうかも知れないからな。だがそれを制度として認めるなら、神様なんて何もしてくれねー存在を頼る気にはオレはなれない」
今までの人生で、目に見えない何かに縋ったことは一度もなかった。ステージの上ではレッスンと仲間との連携を頼りに。舞台の上では稽古と12年間で積み上げてきた経験をバックボーンに。時に亡霊のような何かに助けられたこともあったが、少なくともその何かに縋ったことはなかった。勿論神様なんてモノにも。
「頼る
「…………そっか」
隣を歩くあかねの表情から感情を推し量ることはできない。少し下に伏せた目は悲しそうにも、辛そうにも見えた。
「あかねはどう思う?オレとは違う考えか?」
「ううん。そんなことないよ。私だって舞台の上で神様に成功をお願いしたことなんてないし。アクアくんとほぼ同意見。たった一つ、違うことがあるとすれば──」
言葉を切ると、足早に階段を駆け上がる。ひと足先に頂上へ辿り着くと、そこでクルッと回り、柔らかな笑顔をアクアに向けた。
「私の神様は、アクアくんだよ」
予想外の言葉に、星の瞳の少年は呆気に取られたように自身の彼女を見上げる。陽の光を背負って泰然と笑う、青みがかった黒髪を翠のバレッタでハーフアップにまとめた少女が、やけに神秘的に映った。
───神なんてもの、信じちゃいないが、人やモノに神聖が宿るってのはあることなのかもしれない
だから大衆は一皮剥けばただの一般人と変わりないアイドルや俳優を、常識では考えられないような、巨匠と呼ばれる人物の美しい絵やスポーツマンのファインプレーを、神と呼んだりするのだろう。
超常現象を起こすだけの才能を、人が神格化する何かを、星野アクアと黒川あかねは、確かに持っていた。
一度目を瞑る。あかねに続くように階段を駆け上がり、隣に立つ。左腕に自身の両手を絡め、そっと身を寄せるあかねは、もういつものあかねだった。
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その後、アクアとあかねは順路に沿って高千穂神社の中を歩いた。手水で手と口を清め、境内を歩き、参道を行く。神社の敷地内のお堂なども見学し、多くの観光客と共に人気スポットを眺め、観光を楽しむ。
そして次に向かったのが───荒立神社だった。
「多分最終日にまた来るぞ?」
あかねがこの神社に行きたいと言った時、アクアは一応確認した。
2泊3日のMV収録を兼ねたこの旅行。最終日は元旦。撮影も終わりで、ルビー達にもフリータイムが与えられる。今日のアネモネさんが話してくれた流れで、芸能の神を祀るこの神社に参拝に来ないとは思えなかった。
この忠告をアクアから聞いた時、あかねはプクーッと頬を膨らませる。言わなきゃわからないのか、と恨めしそうに見つめる上目遣いが語っていた。
「アクアくんと二人で、行きたいんだよ」
「なんで?」
「…………荒立神社は縁結びの神社としても有名なの」
猿田彦命と天鈿女命が結婚して住んでた地としての伝承がある荒立神社は芸能だけでなく、夫婦円満・縁結び・子宝にもご利益があるとされている。
また、猿田彦命は天孫降臨の道案内をした神であると言われており、道開きの神として祀られている。
「通りでカップルや女性観光客が多いわけだ」
神話に興味のないアクアは知らなかったが、ここを訪れる多くの観光客、特に女性陣は知っているのだろう。そしてあかねも。アクアの腕に絡めた両手を一層強く握りしめていた。
「みんなの道も大事だよ?けどそれと同じくらい、私たち二人の道も大切だと思わない?」
「わかったよ。行こう」
あかねがアクアの肩に頭を預ける。腕に絡みついたまま、本殿や縁結びの社などにお参りをする。といっても神様を信じていないアクアは賽銭を入れて祈るフリをするだけだったが。
「─────」
チラリと横目で隣を見る。あかねは目を閉じ、真剣そのものの表情で熱心に何かを祈っていた。
───神様なんて、信じちゃいないが…
目に見えない何かはあると思っている。だから神か霊かその他の何かか知らないが、コイツの願いを聞くぐらいはしてやれよ、と心の中でひとりごちた。
そして一通りの参拝が終わり、待たせているタクシーの元へ向かっていると、アクア達はとある一団に遭遇する。
先頭を歩くのは神職の男性と巫女。二人のすぐ後ろに先導されているのは紋付き袴の新郎と白無垢の新婦。
「結婚式…」
あかねのつぶやきの通り、目の前で行われているのは結婚式だ。縁結びの神が祀られている神社で、厳かな神前式が行われていた。
「綺麗だね…」
「───ああ」
新郎新婦を見つめる青みがかった黒髪の美少女は、アクアに身体を預け、うっとりと呟く。女性が最も憧れ、最も美しくなるその瞬間に、常人ならざる才能を持つ俳優は、少女そのものの憧憬をもってその神事を見つめていた。
「羨ましいね」
「…………そうだな」
正直なところ、結婚などまだとても考えられないアクアだったのだが、ここで本音を吐露する野暮をやる必要もない。
───やっぱりちょっと変わったな、あかね
肌を重ねたあの夜から、あかねの態度は明らかに変わった。両親へ挨拶しに行った時もオレとの距離を近くし、オレを庇った。今まではオレとの交際関係を弄られたら、恥ずかしがったりすることも多かった。だが空港でルビーにその辺りのことを言及されても堂々としてて、オレへの好意を隠すこともなかった。そしてオレと二人になると手を繋いだり、身を寄せ合ったり、接触を伴うスキンシップが激増した。
───勿論嫌じゃないし、不満も全くないけど
正直よくない傾向だとは思う。今までずっと作ってきたあかねの逃げ道をあかね本人が自らの手で潰している。
「すごく綺麗。私じゃ服に負けちゃいそう」
アクアの葛藤に気づいているのか、そうでないのか、わからないが、少なくとも今この瞬間、あかねは白無垢を纏った新婦に釘付けになっていた。否定して欲しそうにチラリと横目でこちらを見上げる。一度息を吐き、呆れるような口調で答えた。
「東ブレであんなに美しく十二単着てたヤツが何言ってんだか。謙遜も過ぎれば嫌味だぞ」
「私はアクアくんみたいにいつも自信満々じゃいられないんだもん」
「オレだってそうだよ。自信あるように見せてるだけだ」
人前に立つなら、堂々と胸を張っていなければならない。人間なんだかんだ言って自信のある人が好きなんだ。自信があって、泰然としていて、余裕のある人間が魅力的に映る。カメラの前に立つことを仕事としている以上、オドオドしたり、動揺したりする姿を見せてはいけない。少なくとも星野アクアはそういうキャラではない。
クールで澄ましてて、頭の回転が早くて、正論で人の傷口にいい感じに塩コショウを塗りたくる皮肉屋。けれど仲間や大切な人の危機となると熱い。それがこの一年で売り出した星野アクアのイメージであり、キャラクター。
世間一般が勝手に持っているこのイメージと異なることをすれば大衆は一気に手のひらを返す。日和ったとか、人や立場で態度を変えるとか、普通の人間であれば当たり前にやっている事が批判の火種になる。だからアクアは常に自信を持っているフリをする。いつだって完璧を求めてて、完璧を実現する。完璧でなければ生き残れない世界だと誰よりも知っているから。
「私は、アクアくんみたいにはできない」
絞り出されたその一言は、どこかオレを責めるような色が感じられた。
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私は、アクアくんみたいにはできない
白無垢を纏う花嫁を見つめながら、私の脳裏には恋リアでの失敗が鮮明に蘇っていた。今ガチで思い知らされた、自身の心と行動が乖離する現象。追い詰められれば簡単に心は乱れ、みっともなく動揺する。舞台の上で、役を与えられたならその役に没頭し、徹することはできるが、一度舞台から離れたら大衆と何も変わらない、17の小娘に成り果てる。
だから舞台外でもキャラを貼り付けた。アクアが理想とする女性像を、才能があって、自信の光を放つ強い瞳を持つ女を演じると決めた。今のところそれは上手くいっている。
けれどアクアの前で、その仮面を身につけたくはない。ワガママかもしれないけど、この人にだけはありのままの私を好きになってもらいたい。人間誰しも綺麗であろうとするものだ。男の子は女の子の前ではカッコつけるし、女の子だって男の子の前では綺麗であろうと努力する。
でも綺麗なだけの人間なんているわけがない。どんなに美しい人であろうと、醜い部分、見せたくない部分は必ずある。
綺麗な所も、穢い所も、全部見せ合って、受け入れて、愛し合うことが出来て初めて、男と女は真実の愛に出会ったと言えるのではないだろうか。
イブの夜は限りなくそれに近かったと思う。嘔吐するアクアくんなんてモノをこの一年で初めて見た。他人から見ればそれは穢い行動だったのだろうけど、私のために頑張ってローストビーフを食べようとしてくれたあの姿は私にとってはかけがえのないものだった。
クリスマスプレゼントを用意してくれた。私が今身につけている黒翠のバレッタ。血の気の引いた顔で似合っていると言ってくれた笑顔は胸が高鳴りすぎて心臓が壊れると思うほど美しかった。
抱きしめずにはいられなかった。この人と一つになりたいと思わずにはいられなかった。衝動のまま、彼の手を引き、押し倒し、デートのために2時間かけて厳選した服を脱ぎ捨てるのになんの躊躇いもなかった。
その後少し問答はあったけど、アクアくんは私を受け入れてくれた。正直最初は痛かった。でも痛みを塗りつぶすようにアクアくんは手を尽くしてくれた。アクアくんの舌が、指が、手が、体温が。触れるたびに体が跳ねた。弓なりにしなった。気持ちよかった。
そして、来る。今までの私が死ぬ瞬間。
とても尊い行為だったと思う。人によっては穢らわしいとか言うのだろうけど、少なくとも私にとっては神聖な行為だった。アクアくんの裸は綺麗な部分も穢い部分もあった。けど私はその全てを受け入れた。アクアくんも多分受け入れてくれたと思う。
人の綺麗なところも醜いところも、それを隠そうとする行為すらも、全て愛しかった。真実の愛に限りなく近かった。
アクアくんも、そうであって欲しかった。
私の全てを愛してほしい。その代わり私もそうする。どんな星野アクアだろうと、愛すると決めたし、その自信もある。けど、私がそうしてもらえる自信はないから───
「私、アクアくんの彼女だよね」
「何を今さら」
「彼女だよね?」
「あかねだけがオレの彼女だよ」
こういうことを確認したくなってしまう。確認せずにはいられない。私だけが彼女だと言ってくれたことに胸がキュッと締め付けられる。嬉しくて、大声で叫びながら跳ね回りたくなる。けど、そんなことはできない。いくら宮崎で私たちのことを知っている人は少なくても、今は一億総カメラマン時代。なにが炎上の種になるかわからない。
「ごめんね、こんなめんどくさい事言い出して……もっといい彼女になるね」
「どうしたんだよホントに。なんかあったか?」
「…………クリスマス、かなちゃんとバーでデートしたんでしょ?」
ピクっと眉が動く。アクアくんはなんでもない人には息を吐くように嘘をつくが、親しい人には意外と素直だ。アクアくんにとって自分がそういう人間になれた事が嬉しいと同時に悲しい。やっぱりかなちゃんが言ってた事は事実だったんだ。
「───誰に……」
「かなちゃんから自慢された。アクアくん、タキシード着てピアノも弾いたんだって?私も聞きたかったなぁ」
「……あいつ意外と口が軽いな」
「役者畑の人はそういうの緩いんだよね」
ガシガシと頭を掻く。流石にバツの悪そうな顔をしていた。
「言っとくがデートじゃねーぞ。元々はオレが馴染みの店で一人で居たところにアイツが押しかけてきたんだ。まあ、あそこは同業者も多いし口は堅い店だけどな」
「でもアイドルって一度の炎上が致命傷だから。次からはアクアくんが気をつけてあげてね」
「…………いいのか?」
何が?とは聞かない。わかってる。
「才能も、努力も、コネも、生まれ持った美貌も、使えるものはなんでも使うのが星野アクアのやり方だってことくらい私だって知ってる。そんな貴方も好きだから私は貴方の彼女をやってる」
これから貴方はいろんな人と関係を持つだろう。芸能界は貸し借りで成り立ってて、コネクションが何よりも大切なことも知っている。男女の感情を利用することも、売り込みの際に美しさを武器にすることだってある。私だっていつそういう立場になるかわからない。男性として愛してるのもアクアくんだけだと断言はできる。が、何かのパーティで異性に声をかけられたり、食事したりは私も多分する。アクアくんほど器用でもなければ多才でもない私に使えるものなんて限られてるだろうけど、世間一般の彼氏持ちとしてはよくないことだってきっとする。
「アクアくんが誰と食事しても、デートしても、それが目的あってのことなら私は何も言わない。ヤキモチは多分妬くけど、めんどくさくなった妬いてる私を受け入れてくれて、慰めてくれるなら、それでいい。だから、一つだけ約束して」
彼の腕を抱き寄せる。縋るような目で、少女は愛しい人を見上げた。
「誰とどんな嘘の関係を築いたとしても、彼女って呼ぶのは私だけにして。星野アクアの彼女って公然と名乗れるのは私だけにして。それさえ守ってくれれば、私は、私だけは、ありのままの君を愛し続けるから」
▼
「好きだよ、あかね」
答えの代わりに耳元でアクアがそっと囁く。あかねが求めていた言葉を、その先を、先回りで言われてしまう。その事があまりに嬉しくて、頭から湯気が出る。顔も心も熱くなる。まるで火でもついてしまったかのように。
「ごめん。オレがあかねを不安にさせたせいで、そんなことを言わせてしまった。本当にごめん」
「アクアくん……」
「あかねだけだよ。オレの彼女は。あかねだけが、オレの人生で初めての、唯一の彼女だ。それだけは間違いない」
「ごめんね。私、重いね。めんどくさいね。ごめんなさい」
「好きだよ、あかね」
「───私も、好きだよアクアくん。愛してる」
彼の肩で、噛み締めるように呟く。これが精一杯。だからこそ呟き続ける。いつかこの人の隣であの衣装を着るまで。あの衣装を着た後も、言い続ける。
この人を支える。多分、一生。
新郎新婦を先頭とした一団が見えなくなるまで、二人は小さな声で、謝罪と愛を囁き続けた。
「神様はきっと優しくて、残酷だね」
冬の寒さは生命から力を奪う。葉っぱ一枚ついてない枯れた大木。命のほとんどが失われてしまったそれにもたれ掛かる白髪の少女が呟く。身を寄せ合う若い男女を見下ろしながら。
「真の意味で母を得られなかった二人と、魂のない子を産んだ母親を導いておきながら、一人はそのままに。一人は本来吹き込まれるはずだった魂を蘇らせた。あったかもしれない魂に生まれ変わらせた──とても残酷。彼にとっても、その周囲にとっても」
復讐に取り憑かれるはずだった魂を解放した。楽にしてあげた。その代わり吹き込まれた魂には祝福と呪縛の両方を与えた。容姿、才能、やり残し、負の遺産。
継いで良いもの、継いではいけないもの、全てを受け継がせた。
「天恵は解放。天災は天才」
カラスが少女の周囲を舞う。まるで彼女に付き従うかのように。
漆黒の羽が舞う。不幸を撒き散らすかのように。
「一体どういう意味があるのかなぁ。特に彼。父と母、祝福と呪縛、両方の全てを受け継いでしまった、あの少年は」
少女の目からはまるで蜂蜜色の髪の少年を中心に漆黒の羽が空を舞っているかのように見えた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
いかがだったでしょうか。メンゴした事によるあかねの依存度マシマシ回。そしておそらく宮崎編唯一の平和な回。多くは言えませんが、厄ネタガンガンぶっ込みます。果たしてアクアは耐え切れるか。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。