【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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不吉を運ぶ羽が貴方を導く糸車
糸に引かれる先で待ち構えるのは自殺か蘇生の二択
星をなくした子を吸い寄せる死神の手
振り払う力があるとすれば、それはきっと



76th take 貴方を救うのはいつだって

 

 

 

 

 

 

 

「えーーっ?こんなのも撮るんですか?」

 

お昼ご飯を食べている時、カメラが回っていることに気づいたルビーが、照れくさそうに質問する。mvの撮影とは歌ったり踊ったりしているシーンのみを撮るわけではない。大きく分けてドラマパートとミュージックパートの2種類で構成される。無論メインはミュージックパートだが、間奏部分や所々の演出で、メンバー個々の個性が出るシーンを撮影することで視聴者に楽曲だけでなく演者のアピールも行わなければならない。

 

「だから各々の可愛さを切り取ったカットも必要なのよ。ほら、かなちゃんも。このカメラを大好きな人と思って振り返って」

 

清涼飲料水を口にしていた有馬に声がかかる。口元を拭いて一度目を閉じた。

 

───カメラの先にアイツがいると、イメージする

 

役者にとって想像力。イメージする力というのは非常に大事だ。自分にない感情。あったけど忘れてしまった感情。そういったものを思い起こし、想像し、虚構を現実に呼び寄せることによって、役を作る。アクアもあかねもこの力に長けている。自分の内に潜り込み、感情を掴んで引っ張ってくる。自分にない感情であれば虚構を作り出し、その中に飛び込んで表現する。憑依型のメソッド演技。有馬かなは俯瞰型。だが彼女もイメージの力が乏しいわけではない。むしろ想像力は豊かな方だ。

同じ事務所で、再会してから同じ時間を過ごすことも多かったアクアをイメージするくらい造作もない。

 

───カメラの向こうに、アイツがいる。

 

いつものように澄ました綺麗な顔つきで。ポケットに手を突っ込み、壁にもたれかかり、後方理解者ヅラして私を見ている。

 

私だけを、見つめている。

 

自然と頬が緩む。口元が綻ぶ。アイツに向かって、笑いかけてやる。目に映らない星の瞳の少年と視線が合う。アイツは皮肉げに口角をあげ、目を閉じた。

 

「…………へぇ、良いカオ」

 

演技だけじゃなかった。気持ちが入っていた。本物の好意がカメラ越しでも伝わってくる。アネモネの感性に強く訴えかけられる笑顔だった。

 

「かなちゃん、好きな人いるんだ?」

「!!」

「どんなひとー?なにしてるひとー?どういうところ好きになったのー?」

 

MVはコンセプトとざっくりした流れのみを決めてどんなものを撮るかはその場の判断に任せられることが多い。故にカメラマンに求められるのは被写体の可愛さをいかに引き出すか。瞬間最大風速をいつでも引っ張れる才覚が必要になる。有馬を揶揄うように質問を重ねるアネモネだったが、今度は焦る有馬かなというジャンルの違う可愛さを引き出している。

 

───この場にアクたんが居たならアネモネのこと褒めただろうなぁ

 

今ガチで知っている。アクアは映像も撮れる人で、ノウハウもテクニックも持っていた。時に煽り、時に褒め、フリルを除いて演じることは素人であるメンバー達の感情を上手く引っ張り出していた。

 

「おう、やってるか」

 

噂をすればなんとやら。時計を見るとそろそろ日も傾いてくる時間だった。観光を終えたアクアとあかねがスタジオに入ってきた。

 

 

 

 

「アクたんおかえりー」

「どの辺まで進んだ?」

「ルビーとかなちゃんのドラマパートはあらかた終わってこれからダンスパートを撮る感じ」

「メムはまだか」

「うん、後回し」

「18歳以上だもんな」

「そゆこと」

「どういうこと?」

 

ピンときていないあかねにアクアが耳打ちする。一気に暗い顔になったあかねはメムに頭を下げた。

 

「メムちゃ……メムさん、じゅうはちさい、だもんね…………………………知らなかった」

「あははははは!そういうことなのだよ!日本の成人は18歳で私はちっとも未成年じゃないからねぇえええ!!ド深夜でも労働できちゃうんだよぉおおー!あはははははぁーー!!」

「思ったより立派なスタジオとセットだな」

 

狂気の笑いとごめんなさいごめんなさいと何度も頭を下げるあかねを尻目に、ダンス用の撮影ステージを見て回る。スタッフの数も多い。カメラマン一人にそれぞれ助手二人。照明三人。美術に衣装、メイクに監督etc.

ざっと数えても15人以上。思った以上に多い。

 

「随分張り切ったじゃないか、ミヤコ」

「…………言わないで」

「幾らぐらい掛かってるんだろう。アクアくん、わかる?」

「安く見積もって、ざっと500」

「500!?」

「───いいとこ突くわね」

「採算取れんの?」

「言わないでってば」

 

本当に張り切ってる。カントルのMVなんて初期は50いくかどうかだった。アイドルは搾取される職業だが、金のかかるところはガッツリかかる。ミヤコの愛の深さが感じられる。

 

「あんま言いたくないけど、オレとの差が激しすぎじゃねーか?」

「…………悪いとは思ってるわよ」

「いや責めてはねーよ?オレよりルビーを見てやれっていつも言ってたのはオレだし。でも結局一番わかりやすい愛の形って金の掛け方だよなぁと改めて認識しただけ」

「…………わかった。45510号室よ。23時。待ってるわ」

「オレが悪かったからそういうマジっぽいのやめろ。しまいにゃ本気で夜這いかけんぞ」

 

耳打ちしてくる義母の肩を掴んで遠ざける。こっちはミヤコのバツの悪い顔が見たくてからかっただけのつもりだったのだが、本人はそうもいかなかったらしい。囁かれた声音からはかなり本気の色気を感じた。思ったよりオレへの負い目はデカいようだ。チラッとあかねを見る。どうやら聞こえてない様子で、胸を撫で下ろした。

 

「ちなみに満13歳に満たない子役は行政の許可を得て21時までの労働が認めれてるわよ。それでも紅白とか未成年が出られない時間帯の生放送があったりはするけどね」

「さすが。詳しいな子役のベテラン」

 

会話に入ってきた赤い髪の美少女はかつて全国の児童が踊った代表曲で紅白の出場経験を持っている。この辺りの芸能事情に関して有馬以上の事情通はそうそういないだろう。

 

「しかしまたガーリーな衣装だな。いかにもアイドルって感じで可愛いけど」

「ふふん、いいでしょ?みんなで話してデザイン決めたんだから」

「だが首元のリボンの締め方緩すぎ。それじゃあ踊ってる時プラプラになるぞ。あと逆にウエストは締めすぎ。全体のバランス悪くなってシルエット壊してるし、シワもよってる。細く見せたいのはわかるがな」

「うるっさいわねぇ!素直に褒めなさいよ!」

「あかねはどう思う?」

「ほぼアクアくんと同意見。あと踊る前に髪とかちゃんと櫛で手入れして。服にもいくつかホコリついてるから落とす。あと衣装さんにも迷惑だから着替えたんならあんまり歩き回らない。ちょっとこっち来て」

 

ハンドバッグから常備しているのであろう身だしなみを整えるブラシが取り出される。アクアが指摘した所を直し、ブラシを通すことで赤みがかった黒髪は艶やかな美しさを取り戻す。わずかな差だが、明らかに全体のクオリティが上がった。

 

───しかしあかねって面倒見良いっていうか、お姉ちゃんタイプっていうか……めんどくせぇなぁ

 

クオリティの上がった有馬かなを見て興奮してる。舞台上でも見た、憧憬と好意の目。オレにすら多分向けたことのないキラキラがあかねから見える。元ファンの反転アンチってマジでめんどくさい。愛と憎悪は表裏一体だ。

 

なんやかんやあったが、始まったダンスパートの撮影。アクアとあかねはスタジオの奥のパイプ椅子に座って見学していた。チラリとあかねがアクアの横顔を見る。

 

───プロの目だ

 

鑑賞の目とは少し違う。暖かく、冷たく、優しく、厳しい目。良いところも悪いところも全て見逃さない、プロフェッショナルの目。アクアは身内には甘いが、こと仕事となれば妥協を許さない。それは妹たちにも同じだった。

 

「かなちゃん、本当にアイドルなんだね」

「…………そうだな」

 

つぶやかれた一言には否定の色が強く混ざっている。まだまだだと目の奥の光が語っていた。

 

「厳しいなぁ、アクアさんは」

 

いつのまにかアクアの隣に来ていたアネモネが笑い声と共に息を吐く。彼女もアクアの言葉の裏の真意を読み取っていた。

 

「みんな良いカオしてるよ。特にかなちゃん。元々表情作るのは上手い子だったけど、ダンスパートになってから格段に良くなってる」

 

───コレなら最初からアクアさんに居てもらった方が良かったかもしれないね

 

言葉にはしないが、そう思う。彼女の好きな人はおそらく星野アクアなのだろうと推察する。彼が居るいないで、明らかにモチベーションが違っている。メンタルがパフォーマンスに与える影響は大きい。今あの三人の中で最も輝きを放っているのは有馬かなだろう。

 

───だからこそ、良くねぇんだ

 

アクアも言葉にはしないが、有馬に高評価をつけない理由がコレだった。自分が見ていることでパフォーマンスが上がってしまうのなら、不在時は当然下がることになる。プロとして、特にアイドルとして、そんな理由のパフォーマンスの上下はあってはならない。

 

「かなちゃんの演技が良くなった理由がわかった……『私を見て』って、ずっと叫んでる」

 

───アクアくんに向かって…

 

あかねが心の中で付け加える。カメラへの目線は外してないし、不自然に視線をこちらへ向けたりもしてない。だけどわかる。自然にこちらが見える瞬間、誰を見ているか。誰に自分を見せたいのか、わかってしまう。

 

───楽しそう…

 

一挙手一投足が、楽しいと叫んでいる。彼が自分を見ていると分かる瞬間、明らかに輝きが変わる。

 

───あの時と同じ。舞台でかつての輝きを取り戻した、あの時と。

 

アクアの存在が。自分を見つめる目が。彼女の光を強くしている。

 

見て

 

私を見て。

 

もっと私を見て。

 

私だけを見て。

 

そしたら私はもっと輝けるから。

 

溢れる笑顔が。輝く瞳が。躍動する所作の一つ一つがそう語っていた。

 

「私、アイドルとかあんまり詳しくないから、評価とかはできないけど、アクアくんは違うよね?歌もダンスも上手で、コーチもやってたくらいだし。どう?かなちゃんはアイドルとして売れそう?」

 

あかねはちょっと緊張しつつ、口にする。一年に満たない付き合いだが、星野アクアの予想が外れていたことはあまりない。どんな言葉が出てくるか、緊張した。

 

「今のままじゃ、厳しい」

 

出てきたのは否定の言葉。あかねもアネモネも息を呑みながら、次の言葉を待った。

 

「ファーストステージに比べればアイツらは上手くなった。技術を身につけ、経験を重ね、実力をつけた」

 

アクアから見ればまだまだ文句つけるところは無限にあるが、それは置いておく。

 

「でもアイドルの『説得力(かわいさ)』は技術じゃねーんだよ」

 

有馬は自分をアピールしている。自分の魅力を見てもらうために、『何かする』が出来ている。可愛さに説得力がある。だから彼女のことを何も知らない大衆も「顔が良い」ではなく、「可愛い」と思える。

 

───だが、そのアピールの対象が一人じゃ不安定過ぎる

 

自惚れかもしれないが、アイツはオレのためにアイドルをやってる気がする。オレが誘い、オレが望み、オレが可愛いと言ったから、アイドルをやってる。

 

そしてオレは多分、アイツの好意には応えられない。

 

そうなった時、あの輝きは消え失せるだろう。可愛さの説得力は無くなり、モチベーションも下がり、酷評も増え、「やっぱりアイドルなんて私には合ってない」って思いだすだろう。不安定だ。モチベーションを自分以外のところに置いている人間は。

 

「メムはなんか一歩引いてるっつーか遠慮してるっつーか。せっかく面白いキャラしてんのにB小町ではそれを売りにしてねーし。ルビーは慣れかなんなのか知らねーが、悪い意味でアイドルの教科書通りっていうか、誰かの真似してるっていうか。見ててつまんねーと思うのは本性知ってるからなのかねぇ。有馬は今のところ悪くないと思うが、一人のエースに支えられてるグループっていうのは不安定だ。軋轢も生みやすいし、やっかみも出てくる。今のままじゃ、厳しい。慣れてきた頃にやらかして解散。もって3年ってとこだな」

 

───きっびしー

 

───容赦ない……

 

アネモネとあかねの心の声が一致する。言ってることは的確だ。徹頭徹尾、非の打ち所がない。メンバーへの評価はアネモネもほぼ同意見だったし、グループ全体の未来予想図も鮮明に想像できるものだった。しかし仮にも妹が所属しているアイドルグループ。もう少し手心というか、贔屓目とかがあっても良いだろうに。そういうのはまるでなかった。現実的で、冷徹で、客観的だった。

 

誰も何も発言しないが、空気というのは伝わるもの。ちょっとアクアを責めるような沈黙が三人を支配する。居心地悪くなったのか。大きく息を吐いたアクアはパイプ椅子にもたれ掛かり、ギィと音を鳴らした。

 

「あくまで今のままなら、だ。見方を変えれば下地はできてきたとも言える。ならキッカケ一つで化ける可能性はある。全てはここからだ。アネモネさん、よろしく頼みます」

「まっかせてー!」

 

サムズアップと共に軽く拳を合わせる。ようやく少し平和な空気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

22時を回り、未成年組が宿へと戻る時間となる。メムはアネモネと共にまだスタジオに残り、ドラマパートの撮影。18歳以上である彼女は今からが労働時間だ。

 

「私は今日あかねおねえちゃんと同じ部屋がいいなー!」

「えー?いいよー」

「私はもうちょっと残るわ。アクアはどうする?」

「女二人夜道歩かせるわけにもいかねーだろう。一緒に戻るよ」

「ありがとう」

「えー、お兄ちゃんがボディガードぉ?たよりなーい」

「そんなことないよ!アクアくん見かけによらず力持ちだし、鍛えてるし、運動神経も良いんだから!」

「フォローありがとう。まあ盾くらいにはなりますよ。ほら、行くぞ」

「はーい」

「失礼します。お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたー!」

 

三人揃ってスタジオを出る。「お泊まりお泊まり」と外泊に小躍りする妹を眺めながら、アクアとあかねは少し引いたところで歩いていた。

 

「可愛いね、ルビーちゃん」

「身内だとアホにしか見えねーけどな」

 

あははと笑いながら夜道を歩く。時折こちらを振り返って手を振っていた。

 

「アクアくん」

「ん?」

「ホントはもっと早く渡そうと思ってたんだけどね…」

 

ハンドバッグから小さな包みを取り出す。ルビーがこちらを見ていないかを確認した後、中身を取り出した。

 

「ちょっと遅れちゃったけど、クリスマスプレゼント。アクアくんに」

「マジか。よかったのに」

「ダメだよ。いつも私もらってばっかりだもん。返せる時にちゃんと返さないと。アクアくんの彼女って胸を張って言えなくなっちゃう」

「開けていいか?」

「もちろん」

 

包みを開く。出てきたのは花があしらわれたピアスだった。スタッドタイプで派手ではないが、夜の暗闇にあっても煌びやか。宝石のような石に小さなチェーンが下がっている。花はそのチェーンに飾られている。花の名前はわからなかった。

 

「花のピアスか……綺麗だけど、オレには合わなくないか?」

「人前ではつけにくいかもね」

 

えへへと笑うあかねに疑問符が湧く。わざわざ使いにくいアクセサリーをプレゼントにした意図がアクアにはわからなかった。

 

あかねが髪を指でかきあげる。左耳にはアクアに渡したピアスと全く同じデザインの色違いのアクセサリーが下がっていた。

 

「だからね、アクアくんがこのピアスを着けるのは私と二人の時だけにして。あなたがコレをつけてる姿を見れるのは私だけにして。このピアスをつけあってる時だけは、私だけのアクアくんだって思えるから」

 

花の名前は、茜。

 

花言葉は『私を思って』

 

「お前──」

「えへへ、開けちゃった」

「開けちゃったじゃねーよ。いつの間に…」

「舞台稽古の合間。アクアくんのピアス穴を見た次の日くらいに」

「いいのか?あかねの学校、偏差値ど高い結構な名門だろう」

「普段は髪で隠してるから大丈夫。家でも何にも言われなかったよ。お母さんだって開けてるし、お父さんもそこまで堅い人じゃないから」

「…………」

 

憤然と鼻を鳴らす。ならいいか、と思うことはできなかった。あかねは恐らくオレが関わらなければやらなかったことをやってしまっている。コレからどんどんやるだろう。ピアスくらい、と思うかもしれないが、最初の一歩を踏み出して仕舞えばそこからはあっという間の下り坂だ。男の好みに染まるため、やってしまう女子を何人も見てきた。

 

『ど真面目なヤツほど悪い男に染まるのは早いんだよな』

 

いつかの飲み会の時、姫川に言われた言葉が脳裏をよぎる。あの時は反論したが、今はもう反論できる立場になかった。

 

「今度からそういうのやる時はオレに一言言ってくれよ」

「うん、次からはそうするね」

「お兄ちゃーん、あかねおねえちゃーん。何やってるの?早くー」

 

いつのまにかルビーと結構距離が開いていた。自然な動作であかねは髪を直し、アクアも包みの中にピアスを落とした。

 

「お兄ちゃん、なにそれ」

「あかねからもらった」

「えー?プレゼント?いいなー!なにもらったの!?」

「内緒」

「えー!なんでー!?」

「こういうのは彼氏彼女だけの秘密って決まってんだよ」

 

わーわー言いながら兄から包みを取ろうとするが、体格差がある兄妹は兄が天に腕を伸ばすだけで妹は手も足も出せなくなる。一通り騒いだ後、妹が諦めた。

 

「いいなー。私も好きな人が彼氏だったらなー」

「ああ。そういや言ってたな。初恋の人いるって。まだ片想いしてんの?」

「片想いってなに?!決めつけないでよね!」

「違うのか?」

「…………違わないけど!!」

 

兄妹のやり取りを見て、あかねから笑みが漏れる。二人の気のおけないやり取りが見ていて楽しい。そしてちょっと羨ましい。私もこんなお兄ちゃん欲しかったな、と思わずにはいられなかった。

 

「でもルビーちゃんみたいな可愛い子が片想いする相手って凄いね。どういう人か聞いていい?」

「すっごく優しい人!」

 

兄の前で恋バナはさすがに無理かな、と思ったのだが、あかねの質問に間髪入れずに答えてきた。もう喋りたくて仕方なかったのだろう。聞いてないことまで話してくれた。

 

「私がずーっと一人だった時に、そばに居てくれて、いつも励ましてくれて。せんせがいなかったら、頑張って生きようなんて思えなかったし、アイドルになろうとなんて、思わなかった」

 

目を瞑り、噛み締めるように一言ずつ言葉を紡ぐ。胸の前で両手を握り、祈るように呟いた。

 

 

「生きる意味をくれた人」

 

 

その言葉を、あかねは微笑ましく聴いていた。身に覚えもあることだったからだ。アクアと出会い、好意を持ち、一度は憎み、けれど救われた。

 

───誰もが死ねと言ってきたあの時に、私に生きていいと言ってくれた人、私の神様はアクアくん。ルビーちゃんにとっての神様は、その先生なんだろうな

 

「分かるよ……いいよね、好きな人がいるって」

 

同意を求めてアクアの方を見てみると、ずいぶん訝しげに眉を顰めていた。妹の好きな人が気に入らないのか。それとも別の理由か。わからないが、眉間には深い皺が刻まれていた。

 

「…………どうしたの?」

「…………心当たりが全くない」

 

あかねの質問に対し、答えが返ってくる。ルビーが述べた人物像にも、環境にも、思い当たる節が兄にはなかった。

 

「ルビーが一人だった時なんてオレが知る限りほとんどないし、そんな側にいたっていうならオレも面識くらいあるはずだが心当たりはまるでない。学校の先生か?でもアイツが知っててオレが知らない先生なんて……」

「まあ、女の子はそういうの家族に、特に男の人には隠すからね。アクアくんが知らなくても不思議はないと思うよ」

「…………なら、いいんだがな」

 

眉間によった皺がほぐれることはなかった。たった一つ、心当たりがあったからだ。

 

───12年前、母さんが殺され、オレがなくしてしまったあの空白の時間…

 

そうだとするなら、もう少し聞いておきたい。なくした情報のかけらでもアクアにとっては貴重だった。

 

「あかね、その人今どうしてるか、聞いてくれ」

 

耳打ちすると、急に真面目な顔になって、一度頷く。アクアが過去をなくしている事はルビーには秘密だと彼女は知っている。聡明な青髪の少女はその一言でアクアの懸念する心当たりにたどり着いていた。

 

「今どうしてるの?その先生」

「今はどこにいるかわからないんだって。突然職場から消えちゃって、そのまま消息不明……どうせ女性トラブルでトンズラこいただけだろうけど!!」

「えぇ……いいの?そんな人で」

「思わせぶりな人だったんだよ!私が何度好き!結婚して!って言ってものらりくらりかわしてさ!」

「…………なんか、アクアくんみたいな人だね」

「失敬な。オレはちゃんとハッキリさせてる」

「思わせぶりな態度で女性トラブル起こした事ないの?」

「ねぇよ」

 

嘘ではない。トラブルにはなってない。うるさくならない相手を選んでたし、ちゃんと精算してる。

 

「もう一度、会いたいよ…」

 

夜空を見上げる。澄み切った冬の空は星が美しい。あの人も同じ空を見てるだろうか。見てるといいな、とルビーは白い息を虚空に放った。

 

 

カァ

 

 

意外と近くで鳴き声が聞こえてくる。三人が振り返ると、夜の暗闇の中にあって、さらに黒く沈む鳥が佇んでいた。

 

「カラスだ。かわいー」

「可愛いか?」

「あぶないよー?」

「お兄ちゃんもまだまだだね。鳥目って言ってね、鳥は夜だと全然目が見えないんだよ」

「それはニワトリの話だバカ。カラスは夜目が効く。それに賢い。ちょっかいかけてきた相手のツラは覚えるし、復讐もしてくる。痛い目見る前にサッサと──」

 

ルビーをカラスから引き離すため間に割って入る。その時、意識が完全にルビーを守る方に傾けてしまったのが悪かった。

 

目を離した隙に黒い鳥はアクアが先ほど彼女からもらったプレゼントの包みを嘴で捉え、飛び去っていってしまった。

 

「あぁーーー!!!」

「やられた……カラスは光モノ好きだからな……追いかけるぞ!」

「あのクソカラス!焼き鳥にしてやる!」

「カラスって美味いのか?」

「知らない!」

 

二人で飛び去っていくカラスを追いかける。あかねも放置するわけにもいかず、二人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアスの入った袋を取って行ったカラスを追いかけて暫くが経つ。

 

カアカアという鳴き声とこちらをおちょくってるような飛び方のおかげで目標は見失わずにすんでおり、追っかけることは可能だったのだが…

 

「ーーぅ、ふぅーーっ」

 

カラスを追いかけて進むほど、アクアくんの顔色が悪くなる。荒い息遣い、冷や汗でびっしょりの額。険しく歪む相貌。震える身体。時折苦しそうに唸りさえする。こんなにも苦しそうな彼の姿は初めて見たかもしれない。

 

「大丈夫?」

「問題ない」

「そうは見えない」

 

掴もうとした手を掻い潜られる。代わりに震える自身を抱きしめるように両手をそれぞれの二の腕に添えた。

 

「本当にわからないんだ。こんなところ見覚えない。トラウマも恐怖も何にもない場所のはずなのに……」

 

身体が震える。血がざわつく。寒気がおさまらない。まるで無意識のうちに拒否反応を起こしているかのよう。

 

───身体、というより、細胞の意識が拒否を示しているかのような…

 

自身の先を歩く少年の様子をあかねは形容する。いつもこちらを気遣ってくれて、私に合わせてくれている彼の歩幅が、今はまるで合っていない。あんな状態だけど、12年間鍛えてきた足腰はしっかりと獣道を踏み締め、泰然とした足取りで歩いている。

 

「アクアくん、ルビーちゃん。もういいよ。プレゼントならまた、同じの買うから」

「ダメだよ!アレじゃなきゃ!」

「バカ、アレじゃなきゃ意味ないだろう」

 

こちらを振り返らず、二人が口を揃えて叫ぶ。その一言が耳に届いた時、あかねは何も言えなくなってしまう。嬉しさと困惑と申し訳なさで。

 

───いつもは澄ました、現実主義の効率主義者でスーパードライのくせに、時々こういうことをサラッと言うから…

 

この人は手に負えないし、どうしようもなく夢中にさせられるんだ。

 

あかねもこの時点で諦めるという選択肢はなくなる。しばらく追いかけているとカラスはいつのまにか空から降りていた。包みを持ったカラスとは別の鳥が数羽、祠の周りを飛んでいる。どうやらここが巣のようだ。

 

「よーし!追い詰めた!」

「ルビー、下がってろ。オレが取ってくる。あかね、周囲の警戒よろしく」

「ラジャー」

「うん」

 

祠の裏にある空洞へ足を踏み入れる。少し狭いが人1人入るくらいの大きさは余裕である。奥も結構深い。なるほど、カラスが棲家にするにはもってこいだろう。

 

 

ドクン

 

 

洞穴へと足を踏み入れた瞬間、心臓が大きく脈打った。同時に全身に奔る怖気。寒気。鳥肌。目が。身体が。魂が。血が叫ぶ。

 

これ以上行くな、と。

 

同じくらい大きな声で、先に進め、とも。

 

夜の闇も相まって、洞穴の中の暗さは尋常でなく、自分の手のひらさえ視認は困難な状況だった。スマホを取り出し、ライトを点ける。明るさを取り戻した先で視界に広がったのは──

 

「お兄ちゃん、見つかったー?」

「ルビーあかね入るな!中も見るな!戻れ!警察に連絡しろ!」

「え?どうしたの?何があったの?」

「いいから出ろ!ここは死体遺棄現場だ!」

「…………え?」

「ルビーちゃん!出て!戻って!早く!」

 

呆然とするルビーをあかねが抱き止め、外へと連れ出す。出ていったことを確認すると、アクアは洞穴の中に歩を進め、死体の状況を分析しはじめた。

 

───完全に白骨化してる……この人、死んだのは昨日今日の話じゃねーな。

 

だがそれ以上に気になることが多すぎる。まずはこの遺棄現場。綺麗すぎる。もし白骨化する前からこの場所に放置されていたのなら、それこそカラスやその他の野生動物に食い荒らされ、もっと酷いことになっているはず。それなのにこの遺体は白骨化こそしているが、5体満足の状態を保っている。

 

───この場所に遺棄されたのはごく最近……少なくとも完全に白骨化が終わってから…

 

次に気になるのは纏う衣服。白衣のようなモノは羽織っているが、その下は何も着ていない。肋骨も露わになっているし、下も何も履いてない。

 

───いや、僅かに朽ちた衣服があるから、裸というわけではないか。しかし白衣と比べ、損傷に差がありすぎる。まるでこれ見よがしに医療関係者ですよ、とアピールしてるみたいだ。

 

他に情報はないか、とアクアは遺体に手を伸ばす。遺体の所持品に運転免許証などを見つけられれば身元もわかるだろう。白衣ならポケットもあるはず、と探ろうとする。

 

 

ここが、分岐点だった。

 

 

この時、アクアは通常の状態ではなかった。

 

いつもの彼であればもっと慎重に行動しただろう。身元不明の死体に手袋もせず直接触るなど、普段の星野アクアならあり得ない。

 

しかし、まるで何かに導かれるように。何かに手を引かれるように。

 

星をなくした子は吸い込まれるかのような引力に従ったまま、手を伸ばし、白衣に手を掛けるまで、恐らく1秒の間もなかっただろう。

 

もしあと一秒。アクアがこのまま誰にも止められず、遺体に触れていたら、物語は本来あるべき姿に戻っていたかもしれない。

 

世界の修正作用か、あるいは感応現象か。科学で説明はできない超常現象が巻き起こり、眠っていたはずの魂の抜け殻が力を取り戻し、今ある魂は天に昇っていたかもしれない。

 

それはある意味、復活であると同時に死でもあっただろう。今の、12年間を懸命に生きてきた星野アクアを殺す行為でもあった。

 

蘇生か、自殺か、判断はできないが、少なくとも一つの魂が死に至る。自覚なく自らを殺す愚行。今のアクアが最も望み、そして恐れていた事態が目の前にあった。

 

 

そんな彼を死から救うのは。

 

 

そんな彼を世界から守ったのは。

 

 

「アクアくん!ダメっ!!」

 

 

やはり愛だった。

 

 

腕を掴み、腰を抱き締め、引き倒す。2人とも尻餅をついた形で倒れたが、あかねはそのままアクアを後ろから抱きしめた。まるで何かから守るように。

 

警察に通報した後、なかなか出てこないアクアを案じたあかねが洞穴を覗き込み、何かをしようとしているアクアに駆け寄り、その愚行を必死で止めたのだ。

 

「この死体遺棄事件にアクアくんが何の関わりもないことくらい、私が一番よくわかってる。私が世界の誰よりもアクアくんを信じてる。だけど世間はそうじゃない」

 

火のないところに煙を起こし、ガソリン撒いて山火事を起こすのが芸能界。刑事事件に関与したという噂が流れた時点でもうアウト。アイドルが一度のスキャンダルで致命傷に至るように。俳優もまた、一度の不祥事が致命傷に至る。

 

「これ以上この現場にアクアくんの痕跡を僅かでも残しちゃダメ。余計なことして、疑いをかけられてもダメ。死体発見の時点でもうギリギリ。ここから先は警察に任せよう。気になるのはわかるけど、私たちにできる事は、警察が来るまで誰も何もしないよう見張っておくだけ。ね?」

 

耳元で優しく、言い聞かせるように紡がれる言葉は何一つ反論の余地のない正論。これから取るべき正しい行為だった。それを受け入れられないほどアクアはこの遺体に思い入れはない。「わかった」と返事をすると、ゆっくりと立ち上がる。そのままあかねの手を取った。グッと力を込め、引き上げる。勢い余ってあかねはアクアの胸元に飛び込むように身を寄せた。

 

「…………それでもやっぱり気にはなるね。この人、お医者さんかな」

「───やめよう。余計なこと考えるのなし。あとは警察の仕事だ」

 

洞穴から離れる。ピアスの入ったプレゼントの紙袋は祠の外に、まるで用済みのように打ち捨ててあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「触らなかったかぁ」

 

これでおそらく機会は失われた。彼が最も望み、最も恐れた状況に陥る事は今後まずないだろう。最後に一つだけ試してみる予定だが、流石にコレでは力不足だ。

 

「これからどうするのかなぁ。あの人と違って、復讐にすごく向いてる彼は」

 

妖艶に笑う白髪の少女はカラスの羽と共に夜の闇の中へと消えた。

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ついにゴロー発見。そして迫られた分岐点。一つはゴロー復活の復讐破滅ルート。しかしこれは愛の力で回避しました。まあまだ疫病神がもうワンアクションやりますが。そして新たに始まるのは……これ以上はやめておきます。乞うご期待ということで。次回は推理パート。2人の天才が導き出した結論は進む覚悟か、退く勇気か。
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