なくした星のカケラを求め、旅の目的を果たしにいく
パンドラの箱の最後に残るもの
希望か絶望かは貴方次第
時間は少し遡る。宮崎の警察署。アクアとあかねに与えられた控え室。2人は長時間の待機を強いられていた。
───今ルビーは事情聴取中。2人だけで話ができるのは、今しかない
マジックミラーの向こう側に警察官はいるかもしれないが、それはいい。警察に聞かれて困る話をするわけでもない。むしろオレの推理を間に受けて捜査してくれるならありがたい。
「あかね、少しいいか?警察署内なら流石に監視も盗聴もねーと思うから」
「アクアくん?」
「今から今回の事件についてのオレの推理を話す。聞いてくれ」
そして語られる、深夜にホテルの庭でアクアが語る内容とほぼ同じ推理。死体遺棄現場が移されたであろうこと。身元のわかる所持品を残していた理由。それら二つの意味が自身への警告であるということ。その全てを。
「でもやっぱり推理の域を出ないから、それを確かめるために、オレは明日、宮崎総合病院へ行く」
「ならアクアくんは──」
「当然立ち向かう。今は警告でもいつ黒幕の気が変わって実行に移されるかわかんねーし。誰かの影に怯えてビクビク生きるなんてオレはゴメンだ。キッチリ捕まえて、全ての罪を白日に晒して、裁きを受けさせる」
深夜の話と唯一違ったのはここだけだ。あの時は見張られている可能性があったため、聞かれていても問題ないセリフに変えていた。本音はこっち。今回は警告だったが、何がきっかけで実行に移るかわからない。相手に主導権を渡したままで済ませるほどアクアの最悪の想定は楽観的ではなかった。
「おそらくこの宮崎旅行中は常に見張られていると思っておいた方がいい。この事情聴取が終わった後なんか一番やばいだろう。だからこそこの状況を利用する」
今夜、あかねと2人でホテル周りに出かけて、もう一度この推理を話す、とアクアは言った。黒幕にオレが警告を受け取ったことを知らせ、そしてオレが諦めた、と知らせるために。
ここまでは最悪の場合、黒幕の掌の上だろう。だがここからは変えなきゃいけない。まずは油断させる。計画通りに状況が進んでいる奴は楽観視をしてしまうものだ。まずは掌の上から脱出しなければ話にならない。そのために油断させる。天才と呼ばれる才能を持つ2人の演技で。
「あかねはオレの背中を押すけど、どっちかっていうと止める方向に演技してくれ。オレも最終的に諦めるフリをする。演技内容は任せる」
「いいの?今のうちにセリフとか決めておいた方が…」
「相手に演技を見破られたら厄介だ」
オレの推理が正しければ、黒幕はかつてララライに所属していた俳優の可能性が高い。ならば演技力も高いと思っておいた方がいいし、演技を見抜く力もあると用心しておいた方がいい。演じる力と見破る力はまた別だが、相関はしている。警戒しておくに越したことはない。
「オレ達の
こうして、深夜に出かけ、諦める演技をするという計画が立てられた。そして事情聴取後の深夜3時。この計画は実行される。我ながら熱演だったと思う。
それもそうだろう。演技ではあったが、言ったことは全部事実だったし、本音の一部だった。殺されることを恐れ、あかねと別れた方がいいと思ったのも。警告を受けて退く方を選びたくなったのも。
何もないところから感情を生み出して演じるのが役者。なら実際にある感情を膨らませて表現するのは容易だ。オレとあかねのあの演技を見破れる人なんて、まずいない。
「アクアくん」
芝居を終えた後のホテル。同じ部屋、同じベッドで横になっている2人は今後の予定について話し合っていた。
「病院に行くって言ってたけど、どうやって行くつもり?」
「変装してくさ。旅行先でトラブった時のために簡単な変装道具は持ってきてある」
アクアもあかねも名前が売れてきている芸能人。宮崎ではデートすることもわかっていたし、素顔で歩いて、もし騒ぎになったら簡単な顔を隠せる用意は必要だと思っていた。まさかこんなことに使うとは思っていなかったが。備えあれば憂いなしだ。
アイに化けてもいいんだが、流石にリスクが高すぎる。てゆーかそこまでの用意はしてないから、そもそもできない。
「オレはホテルに篭ってるってことにしておいてくれ。あかねは自由にしてていいけど、出かけるとしたらルビー達と行動を共にすること。ホテルにいるとするならオレと2人でいるように振る舞うこと。あかねが狙われるとすればオレが殺された後だろうが警戒するに越したことはない。オレの変装道具は貸すけど、食事もホテル内で済ませてくれ。流石に人目のあるところで滅多な事はしないだろう。だが1人で外に出るのは絶対ダメだ。ルームサービス使うのもやめておけ。わかってるな」
「わかってるけど、流石に明日はルビーちゃん達と行動はできないと思う。外ロケのMV撮影って言ってたし。今日の午前中と同じ理由で部外者に見学はさせてくれないよ」
「そりゃそうか」
外ロケというと川とか水場でキャッキャしたり薄着で走ったりするのだろう。この真冬の寒空の下で。MVの外ロケは季節感が重視され、リアルの季節感は無視される。真冬なのに水着で外走ったり、炎天下コートにマフラーの完全装備で冬っぽい演出やったり。役者もアイドルも、結局は肉体労働だ。
「なら明日はホテルで大人しくしててくれ。知り合い以外誰が訪ねてきても開けるなよ。オレもできるだけ早く戻るけど、遅くなるようなら連絡する。18時回って何も言ってこなかったら、オレに何かあったとミヤコか警察に連絡してくれ」
「…………わかった」
不満そうなあかねを抱きしめ、キスをする。あかねの腰が弓形にしなった。
「アクアくん…」
「苦しい?」
「気持ちよくて死にそう」
あかねの薄い唇が再びオレの息を塞ぐ。喘ぐあかねに舌で割って入り、蹂躙した。あかねもキスしながら全身を押し付けてくる。
「悔しいなぁ」
「何が?」
「これで誤魔化されちゃう自分が」
「バレたか」
「早く帰ってきてね」
「必ず」
その夜、結局セックスはしなかったが、オレとあかねは抱き合ったまま、目を閉じた。
▼
宮崎旅行2日目。ルビー達は予定通りMVの外ロケのため、バンに乗って出掛けて行った。
「ミヤコ、ルビーのこと、気にしてやってくれ」
「わかってるわよ。アクアは?大丈夫なの?」
「一晩考える時間あったからな。もう落ち着いたよ」
「………信じるわよ?」
「ああ。オレのことは気にしなくていい。マジで。だからルビーをよろしく頼む。平気そうな顔してるけど、きっと心の中はちがうはずだから」
「…………今度、時間作って2人でゆっくり腹を割って話しましょう。今日は大人しくしてるのよ?」
「言われなくてもそのつもりだよ。流石に出かける気力は起きない。昨日もろくに眠れてねーしな。今日はホテルで大人しくしてる」
「それがいいわ。今は休みなさい」
ルビー達を見送って約1時間後、黒のウィッグで金髪を隠し、帽子とメガネ、マスクを着ける。簡易な変装だが、これでぱっと見くらいは誤魔化せるだろう。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけてね」
「大丈夫、すぐ戻る」
あかねの頬に軽く口づけし、背を向ける。その背中があかねにはひどく寂しく、儚く映る。
───まるで、2度と戻ってこないみたいな、アクアくんがこのままどこかに行ってしまいそうな……
パンっと頬を叩き、頭を横に振る。そんなはずない。すぐ戻るってアクアくんは約束してくれた。アクアくんは場合によっては嘘もつくけど、約束を破ったことはない。帰ってくる。必ず帰ってくる。
帰ってきたら、その時はいっぱい甘えよう。いっぱいキスしてもらって、抱きしめてもらって、最後までしてもらおうと、心に決めた。
▼
階下へと降りると、アクアは堂々と正面ロビーから出かける。こういう時変に周囲を警戒したり、キョロキョロしたりする方が疑われる。少し前に流行した疫病のおかげで人前でマスクをつけていても不自然ではない。いつも通りが最大の防御策であることをアクアはよく知っていた。
「レンタルバイク店に」
ホテル前のタクシーを捕まえてレンタルバイク屋へと向かう。いきなり目的地に向かっては尾けられていた時に対処できないし、このタクシー運転手とて100%シロとは言い難い。初手から目的地に行くのは危険と判断した。
レンタルバイク屋へ向かう最中、追跡されていないか、車内で確認したが、それらしい車はなく、それ以前に車通りも少なかった。バイク屋に到着した後、タクシーもあっさりと見えなくなり、尾行の危険はほぼないと判断した。
「どれにする?」
「SRで」
免許証を見せ、カードを渡し、バイクを借りる。色んなバイクが置いてあったが、やはりいつもの慣れた車種を選びたくなってしまうのはなんでなのか。ちょっと不思議だった。
バイクを借りて、しばらく周辺を走らせる。ここでも特に尾行等は無いことを確かめると、ようやくアクアは宮崎総合病院へと向かった。
───ここがオレの、オレとルビーの、産まれた病院
山の頂上を切り崩して建てられたデカい病院。宮崎ではおそらく最大規模なのだろうが、交通インフラは整ってないし、バスなども1時間に一本あるかどうか。タクシーを使うか、もしくは車を持ってることが必須と言った感じの病院だ。
───それでも結構広いな。中庭もあるし、そこかしこ患者らしき人が散歩してる……都内の病院じゃできねーだろうな、こういうの
土地が広く、安い田舎だからこそできる病院。あまり長居したい場所では無いが、入院するならこういうところの方がのびのびしていていいかもしれない。昨日も夕暮れから星が綺麗に見えた。東京では見れない空だった。
───っと、ちょっと横道それ過ぎた。
病院の中へと入り、受付へと向かう。お世話になった先生にお礼をしたくて会いにきた、というと意外とあっさり話を聞いてくれた。
「アマミヤゴロウという人が勤めていたと思うのですが…」
割と若い看護婦さんはその名前に聞き覚えはないようで、しばらく待たされると古株っぽい女の人が現れた。看護婦さんだろうか?歳はおそらく30代後半程度。ダークブラウンの髪をシニヨンに纏めている。顔立ちは整っており、美人と分類される女性だ。
「お待たせしました」
「初めまして。斎藤スイと申します」
流石に本名を名乗る訳にはいかない。多分アイも偽名を使って入院していたはずだ。
「初めまして───」
お互い自己紹介し、手を差し出す。握られた手は華奢だが細かい傷が幾つもあった。懸命に生きている人の手だった。
「あの、失礼ですが、ゴロー先生とはどういう関係なんですか?」
「母がお世話になったと聞いています。ちょっと色々偶然が重なって宮崎に来ましたので一度ご挨拶を、と」
「そうなんですか……ちなみにお母様のお名前は?」
「聞いても無駄かと。もう随分前に死にましたから」
下手に偽名を名乗って後で調べられても面倒だ。こう言っておけば追及はされないだろう。
「…………ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。本当に昔の話です。オレももうよく覚えてないくらいですので」
「…………先生も、随分前に行方不明になられました」
心の中でグッと拳を握る。知っている人がいた。勤めていたのは16年前。人の入れ替わりもあっただろうし、空振りの可能性も高いと思っていたため、あまり期待はしてなかったのだが、当たりを引いた。
「どんな人でしたか」
「基本的には優しい人でした。サボり魔だけど、モラリストで。誰かに合わせるのが上手で。他人に寄り添える人でした。産婦人科医としては間違いなく優秀な人だったと思います」
となると誰かに恨みを買うような人ではないと思える。怨恨で殺されたという可能性は低い。
───なら、彼が殺害された動機はやっぱり母さんなのか?
16年前、母さんの担当医がアマミヤゴロウだとすれば、当然彼もアイの妊娠を知っていたということになる。ならば標的としてカウントされても不思議ではない。
───いや、流石に考え過ぎか。そんなこと言い出したら関わった病院関係者皆殺しにしなきゃいけなく……母さんが偽名を使っていたならその限りではないか?けど少なくとも結論を出すのは早すぎ…
「たった一つ、良くないところがあったとすれば、幼い女の子が好きだったってところですかね」
思考の海が吹っ飛ばされる。産婦人科医として一番良くない欠点ではないだろうか、それは。
「当時10代だったアイドルの女の子に夢中になって。仕事中でも普通にオタ活してたし。ホント信者で。せめて休憩中にやれっつーの。素で引いてたわ」
「あはは……お医者さんにもそういう人いるんですね」
「そのアイドル好きになったキッカケも12歳の女の子と仲良くしてたかららしいし。要するにロリコンだったのよ」
「一番産婦人科医やっちゃいけねー人じゃねーか」
ついにアクアまでタメ口になってしまう。アマミヤゴロウは怨恨で殺された訳ではないだろうが、社会的には結構ギリギリのところで生きているヤツだったのかもしれない。
───夢中になっていたアイドル、か
もしオレの最悪の予想が当たっているのなら、関係者以外で唯一、やはりアマミヤゴロウだけはアイの妊娠を知っていたのかもしれない。そこまで推してたのなら偽名程度で騙せるはずはないから。
「そのアイドル……名前なんだったっけな。忘れちゃった。もう十何年も前の話だし。でもあの人のハマりっぷりの生々しさはよく覚えてるわ。さりなちゃんにかこつけて自分の欲望解放してただけよあの人は。付き合ってって言われたらどうするって聞いた時絶句してたし」
「…………さりなちゃん?患者さんの名前ですか?」
色々思い出しながらだんだん苛立つような口調になっていた看護婦さんだったが、その一言で迂闊さに気づき、口元に手を当てて動揺する。どうやら今のは思わず口が滑ってしまったらしい。医療関係者には守秘義務があって、患者さんのことをあまり他人に話してはいけない。名前を聞いただけでどうこうはできないが、それでも確かに迂闊な行為だった。
「ごめんなさい。今のは忘れてください」
「はい。聞かなかったことにします」
嘘だ。後で調べよう。下の名前だけでは難しいだろうが、その子ならアマミヤゴロウの情報を持っている可能性は高い。
「まあ、その子ももう亡くなってるので、知られても特に意味はないんですけどね」
「…………病気ですか?」
「ええ。難しい腫瘍でね。12歳の若さだったらしいわ」
その一言でさりなちゃんの価値がアクアの中で無くなる。死んでしまっているなら話も聞けない。せめて苗字が分かれば家族伝いに情報が取れるかもしれないが、流石にもう教えてくれないだろう。
───ここまで、だな
この看護婦さんから、もうアマミヤゴロウについて知れることは無さそうだ。為人は知れたし、誰かに恨みを買っていたような人物でなかったとわかっただけで充分。最後に産婦人科病棟によって、アマミヤゴロウについて知っている人がいないかを確かめたらホテルに戻ろうと決めた。
「お話、ありがとうございました。いつかアマミヤ先生とお会いしたら、よろしくお伝えください」
「色々余計なことまで話してしまってごめんなさい。貴方、なんだか話しやすくて。またいつでも遊びに来てくださいね」
最後にもう一度、握手をして別れる。できることなら連絡先の交換もしたかったが、偽名を名乗っている以上できない。こんなことになるとは思ってなかったため、別アカ登録した携帯は今回の旅行で持ってきていないし、余計な疑いをかけられても厄介だ。余計な真似はせず、大人しくその場から離れる事にした。
看護婦さんが仕事に戻ったのを確認すると、アクアは再び病院内の散策に戻る。病院関係者も入院患者も沢山いる。が、主に年配の人が多いのはやはり田舎の病院の特徴だろうか。
『アイドル「きゃりん」と芸人「ゼロワン」結婚及び妊娠電撃発表!!』
待合室に備え付けられたテレビが芸能ニュースをアナウンスする。少し前なら大スキャンダルとも言える内容だが、最近はそうでもない。令和の時代、恋愛報道の性質は変化しつつある。
SNSの普及により、アイドルや芸能人の熱愛報道など爆発的に増え、とっくに飽和状態を超えている。一つ一つのニュースがとても弱くなり、現代ではそこまでビッグニュースではなくなりつつある。熱愛報道を食らってもよっぽど倫理に反しない限り、時間をおけば復帰できる流れが出来つつある。この風潮に救われている芸能人は多いだろう。
───すっぱ抜かれるような熱愛報道なんて、大抵が身内のリークだからな
芸能界とは決して綺麗な場所ではない。残酷で、生々しく、シビアで、醜い。アクアですらたまに逃げ出したくなったり、自殺やドラッグなど考えたくなることもある。
───アイは、どうだったんだろうか。
この世界が綺麗に見えていたのだろうか。もし現代の風潮が16年前に出来上がっていたのなら、アイはオレたちの事を公表せずに出産など、しなくても良かったのではないか。
───あまりifの話をするのは好きじゃねーんだけどな
なんの意味もないし、絶対プラスにはならない。むしろ害になることすらある。けれどやはり人間として、考えずにはいられない事だった。
もし、オレたちが普通の家族であったなら、と。
「───っと」
「───ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
点滴の台を杖代わりにして歩く老婆の身体がぶつかる。道の真ん中で考え事をし過ぎた。頭を下げる老婆にアクアも謝罪を返す。早く産婦人科病棟に向かうべく、足を進めた。
▼
結果から言うと、産婦人科病棟での調査は空振りだった。
16年も時間が経っていれば、人員の入れ替えも当然ある。医療関係は転勤が多い仕事だ。少なくともあの看護婦さんほどアマミヤゴロウについて知っている人はいなかった。行方不明になって、退職扱い。それだけが産婦人科病棟で得られた情報だった。
───帰るか
あまり長居したい場所でもない。最後にグルッとこの辺りを回って帰ろうと決める。これはアマミヤゴロウの情報収集ではなく、今回の旅の本来の目的。自分探しのためだった。
この病院で生まれたこと、宮崎に住んでいたこと、アクアは全く覚えていないが、ルビーはかなり鮮明に覚えているらしい。確実に物心つく前の年齢のはずだが、幼児の頃から記憶が残っている人間は稀にいるらしい。ルビーも恐らくそうなのだろう。
そしてルビーはオレも当然そうだと思っている。
この病室のどこでオレが産まれたのか、どこで暮らしていたのか、記憶にない情報を頭の中に入れておくために、アクアは産婦人科病棟内を歩く。ルビーが病院の話をした時、ちゃんと話を合わせられるように、この病棟を全て見て回り、頭の中へ叩き込む。キョロキョロしていると思われないよう頭はできるだけ動かさず、視線だけを動かして歩き始めた。
───……若いな
産婦人科病棟は他の病棟に比べ、比較的若い人が多かった。それも当然。出産はある程度体力がなければ出来ない大変な大事業。この病棟にいる人は20代後半から30代前半程度が大多数になる。
この時、アクアは別に何も感じなかった。この病棟にはそういう人もいるよな、程度にしか思わなかった。
すれ違った瞬間、背筋がゾクリと泡だった。
普通に歩いているだけの女。目立った特徴もなく、服装も地味。表情も目深に被ったキャスケット帽のお陰で、よく見えない。
しかし、すれ違う瞬間、肩が振れるほど近くを通る瞬間、強烈に香った、『
「────フリル?」
口をついて出たのは、ほとんど脳を経由せず発せられた名前だった。
すれ違った女は、20代後半から30代前半程度が大多数の中で、彼女はどう見ても10代後半程度だった。
歩みを止める。十数えるほど立ち尽くすが、意を決したように踵を返し、アクアの手を取り、病室へと連れ込み、扉を閉じた。目深にかぶっていたキャップを取る。艶やかな黒髪を靡かせながら現れたのは目元と口元の泣きぼくろが特徴的な美少女。
「あーあ。なんで気づいちゃうかなぁ。ま、お互い様だけど。黒髪も似合うね、アクア」
東ブレの公演が終わって以来、聞いていなかった声。女性にしては少し低くハスキー。だけど、耳に心地よく響く、聴き慣れた声が鼓膜を震わせていた。愕然とするアクア本人の意思に関わらず、その聡明な頭脳は、素早く賢明に回転していた。
───なんでお前が宮崎に?しかも病院?どこか悪いのか?最近連絡取れなかったのはこれが理由か?でもなんで産婦人科病棟にお前がいる?ただの散歩それとも───
『貴方はいずれウチのドアを叩くわ。賢くて、強くて、優しく、弱い、人間臭い貴方なら』
この旅行の前、社長が空港でオレに言った言葉が脳裏に蘇ったのと、注視して見れば分かる、少し膨らんだ腹部が見えたのはほぼ同時だった。
「しょうがないか。やっぱ溢れ出るオーラは隠しきれないし、それに私の
不知火フリルが、妊娠していた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ようこそ地獄へ。賢明なる読者様達にはほぼバレていたと思いますが。この展開書くかどうかホンットに迷った。流石にクズが過ぎるて。でも面白そうだと思うと止められなかった。因みに以前アンケートをしたアイ救済ルートではこの子の魂にアイが宿ることになってました。
確かに復讐破滅ルートは回避しました。しかし同時にスタートしていた、人間関係ドロドロ泥沼ルート。今回の話も色々伏線張ってるのですが、最後に全部持っていかれたと思います。改めて読み返すとホント人の心ないな筆者。面白いと思ったらたいていの事やっちゃう。因みに話をしてくれた看護婦さんは原作第一話登場の毒舌ナースさんです。フリルの詳しい事情はまた次話で。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。