【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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12時を過ぎたシンデレラは星の瞳の少年と出会う
半身は天使で半身は悪魔
下達が集う偽りだらけの舞踏会に誘うと良いだろう
仮面を纏う少年の愛が、きっと貴方の手を引いてくれるから


7th take 救済か、契約か

 

 

 

 

 

あの敗北からずっと、現場に入るたびに見続けている。

 

いない

違う

コイツじゃない

 

───どいつもこいつもニセモノばっかり!

 

あの完璧な敗北から約一年。とある子役のオーディション会場。候補者を一通り見たが、芸能界に夢見たお花畑な子供ばかり。アイツのようなわかったヤツは一人もいない。このオーディションだけじゃない。脚本の意図、監督の意図、台詞回し、そんなモノを理解した上で演技するような子役なんて一人もいない。

 

私もこんな連中に埋もれるようになってしまった。

 

この時期の有馬かなは人気絶頂期を少し過ぎた子役だった。主演級の役は与えてもらえず、端役だというのに形だけとはいえオーディションを受けなければいけない立場になった。上にいた時は共演者は大人達ばかりだったから気が付かなかった甘さやぬるさ。下に落ちてきているからこそ感じる大人の事情。

急速に自分の立ち位置は変わり始めてる。仕事だってどんどん減ってる。だから今まで以上に演技を頑張ったが、歯止めにもなりはしない。一度落ち始めたら逆らう事はそうそうできなかった。演技力なんて及第点あればいいんだと気づいたのはこの頃だった。

 

───それでも、アイツなら…

 

与えられた仕事を完璧にこなす。今の私に期待されているのは有馬かなというネームバリュー。ならこのアドバンテージを最大に活かす。演技なんかどうでもいい。出来レースでも仕事があるなら構いはしない。

私は、アイツのような、本物の役者になりたい。

 

「かなちゃん」

 

だから嫌いだった。演技さえできれば成功すると思っていたアイツと出会う前の私のような子供。次々現れるニセモノ達。芸能界に憧れ、私に憧れ、私みたいになりたいなどと臆面もなく言う連中が───

 

 

大嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いない

違う

コイツじゃない

 

朝からずっと張り込んで面接試験の部屋から出てくる人間を一人ずつ確認しているが、目的の人物はさっぱり現れない。

 

たった一人を追い求めて試験会場に張り込む姿は若干ストーカーじみて見えなくもなかったが、今回、有馬がこんな事をしている理由はアクアだけが目当てではなかった。この学校に入ってくる人間は芸能界に進出する予定のライバル予備軍。今年の一年のレベルを測るという目的もあった。

ウチの芸能科を受けるだけあって受験生達の容姿は良い。それもそのはず。彼らは全員どこかしらのプロダクションに所属している。近年二十歳超えても無所属という者も多いながら、ここに集うのは15歳までにオーディションをくぐり抜けてきた精鋭だ。

しかし、どれも有馬かなのアンテナに引っかかるような奴はいない。あのオーラ。あの光を身に纏うホンモノは誰一人として現れなかった。

 

───使えないわねあの大根モデル!あいつテキトーなこと言ったんじゃないでしょうね

 

陽東高校を受験すると本人が言っていたらしいが、又聞きだから当てにはならない。それにあいつが嘘をついた可能性もある。変装もしてたし、身バレや粘着を恐れてテキトー言ったとしても、責めることはできない。

 

───けど、今はコレしか手がかりないし

 

一応試験が終わるまでは張り込もうとは思っていたが、このままでいいのだろうか、と思い始めたその時だった。

 

「星野ルビーです!」

 

面接会場から僅かに聞こえた、明るい自己紹介。派手な名前にも少し引っかかったが、何よりその苗字が出たことで、私の中でベルが鳴った。

 

───アイツと同じ苗字!そしてアイツと似たようなキラキラネーム!子供の頃確か妹連れて現場来てた!十中八九アイツの妹!

 

ならこの女子を尾ければいずれアイツにたどり着くはず。その推理は見事に的中。待ち合わせでもしていたのだろう。少し歩くと壁にもたれかかり、本を読む少年が見えてくる。

 

───ああ、変わってない。

 

容姿は変わった。背も伸びた。でも纏う雰囲気は変わってない。

特別な事をしてるわけではない。試験を受けて、妹と合流しただけ。どこにでもある普通の兄妹の、日常の風景のはず。

 

しかしなぜか気味が悪い。

 

アイツが立っているだけでゾクリと背筋が泡立つ。あの瞳を見ているだけで足元がおぼつかなくなる。アイツの背後に別のナニカが取り憑いているかのような錯覚に陥る。

 

───すごい

 

目が引かれる。視線を外せない。ブラックホールを覗き込んで、その真っ暗な穴の中で光る星の光に見返されているかのような感覚。アイツにはやっぱり凡百の役者にはない、何かがある。一流へと駆け上がるために必要な何かが。

 

足早に駆け寄る。背を向けて二人で歩くその肩を掴み、強引にこちらへ振り向かせた。

 

「やっと見つけた!星野アクア!」

 

振り返った顔は驚きで染まっており、大きく目を見開いていた。出会ったのは大昔だが、顔を間近で見たのは初めてだ。コイツ、綺麗な顔しているなと、ようやく気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけた!星野アクア!!」

 

デカい声で名前を呼ばれて少し動揺する。肩を掴まれ、思いっきり引っ張られる。振り返ったらデコが顎に当たるんじゃないかというような距離まで詰められていた。

 

「アクア!アクア!あなた、星野アクアね?!」

 

何度も名前を呼んでくる女の顔に見覚えは、微かにあるようなないような。頭の中で知人女性リストをパラパラとめくるが、ここ数年で思い当たる人はいない。少なくとも中学以降で見た顔ではない事だけは確かだった。

 

「…………誰?」

「ウチ受けるってのはホントだったみたいね!朝から面接会場で張ってた甲斐があったわ!」

「聞けよ人の話」

 

思いっきり肩掴んで、振り向かせて、一方的に捲し立てる女に苛立ちが湧く。制服見る限りここの学生のようだが、まだこの学校に入学してないオレに生徒の知り合いがいるとは思えない。

 

「誰だ?」

「なんで私に聞くの……あっ、確かアレだよお兄ちゃん」

 

しばらく考え込むと思い当たったのか、妹が少女の異名を叫んだ。

 

「重曹を舐める天才子役」

「10秒で泣ける天才子役!!」

 

そこまで聞いてようやく思い至った。3歳の頃に映画で競演した…

 

「名前は確か……有馬──」

「そう!競演した有馬かな!」

 

なんだっけ、と言おうとした時に補足してくれた。よかった。出来れば人間関係を築くにおいて、なんだっけ、は言いたくない。

 

「お?」

「良かった……ずっとやめちゃったのかと…」

 

両肩掴まれて胸に頭を預けられる。まるで暗闇の中で迷子になった子供が、仲間を見つけたかのような振る舞い。

 

「───やっと会えた」

 

安堵と共に溢れた言葉に少し違和感が立ち上る。有馬と競演した事は覚えている。キッカケは忘れてしまったが。

 

───だけどあの時、コイツは確か大泣きしてたはずだ。オレの方が上手かった、とか言って。それなのにオレに会いたかったというのは……ああ、なるほど。

 

同年代の子役で未だに役者をやっている奴は少ない。きっと仲間意識のようなものを持っているのだろう。そう考えれば違和感に説明がついた。

 

「で?!入るの?ウチの芸能科!入るの!?」

「妹はね。オレは一般科」

「なんでよ!」

「その方が面白そうだから」

「意味わかんない!」

「ウチの兄ちょっと変わってるの」

「それは知ってるわよ!」

「なんで知ってんだよ。昔一回会っただけじゃねーか」

「一回あれば分かるわよ!アンタみたいな変な子供!」

 

───相変わらず失礼だなコイツ。

 

ほとんどの人は共感してくれたら嬉しいものだ。誰しも理解者を求めてるし、悩みを共有する相手を欲している。

けれどアクアは分かるとか知ってるとか安易に言う人間が嫌い、とまでは言わないが苦手だった。いつ自分が消えてしまうかという恐怖。朝目が覚めたらオレがオレでなくなってるかもしれない。そんな怖さで眠れない夜を過ごす苦しみ。分かるはずがない。知っているはずがない。人が他人の全てを分かるなんて無理な話だ。安易に理解者ぶる人間がアクアは苦手だ。

 

「私、この人あんま好きじゃないんだよね」

 

相手に聞こえるかどうかという声で耳打ちしてくるルビーに少し救われる。こういうところの好き嫌いは血筋なのか。それともオレがルビーと上手くやれてるだけなのか、わからないがどちらにしても心がホッとした。

 

「理由は察しがつくが、口に出すな。受かったら後輩になるんだぞ」

「…………仕方ないなぁ、仲良くしましょ、ロリ先輩」

「イビるぞマジで!!」

「漫才終わったら呼んでくれ」

「あ、ちょっと待ちなさい!」

「ルビー、監督の所行ってくる」

「ご飯は?」

「今日はうちで食べるよ」

「りょー」

 

制服のボタンを緩め、校門を出る。朝から始まった試験は昼過ぎに終わっている。空を見上げると日は少し傾き始めていた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってよ!今どの辺住んでんの?!」

「忘れた」

「アンタどこチュー!?」

「それ聞いてどうすんだよ」

 

校門を出てからずっと無視して歩き続けていたが、あまりに意味不明の質問されて思わず止まってしまった。これはある程度答えてやんなきゃ引っ込んでくれなさそうだ。本当は今日、前回待ち合わせすっぽかしてしまったハルさんに謝りに行こうと思っていたのだが、仕方ない。

 

「やっと止まったわね!さあタップリ話を聞かせてもらうわよ!」

「悪いけど今オレお前に構ってられるほど余裕も時間もなくて」

「PV見たわよ!相変わらず気持ち悪かったわね!なんで女装?!いや、おおかた想像つくけど!」

「…………アレ、見たのか?どこで?」

 

5秒前までマジで消えてほしいと思っていたが、この一言でオレも有馬に用事ができる。完成したPVはオレも一応見た。オレが出たあの映像は当然カットされており、姿形はどこにもなかった。あのVも当然お蔵入りになっている。目にしている者は多くないはず。そう思ったからアレだけ派手にやらかしたのに。

見られていた。しかも、あの姿でオレだとバレた。聞きたいことが一気にできた。

 

「私も本当に偶然目にしたのよ。モデル仲間が写真録ってたらしくてね」

「写真…」

 

この一億総カメラマン時代。誰が何を撮っててもおかしくはない。が、ロケ現場を撮るとはなんと非常識な。流石に想定外だった。ノンモラルな若者が多い事は知っているが、ここまでとは。

 

「よくオレだとわかったな、アレ」

「わかるわ!」

 

当然のように言い放つ。我ながらなかなか高いクオリティの変装だと思ったのだが。この辺は流石の洞察力なのかもしれない。

 

「そう簡単にバレないと思ってたんだが」

「そこは否定しないわ。実際アレが男だって気づいた奴はモデルどころか、ディレクターとかにもいなかったし。でもあんたを知ってて、見る人が見ればわかるわよ。外見以外のものが特徴的過ぎる」

「…………そうなのか?」

「本人はわからないものなのよね、こういうのって」

 

自分の姿を鏡で見る事はできても、所詮は虚像を見ているだけ。実際に目で見る事とは天と地の差がある。特にこの男の場合。目で見て、肌で感じる情報がデカ過ぎるし、特異過ぎる。

 

「女子の格好までして役もらったんだもの。まだ役者やってるのよね!」

「あー、まあ一応」

「そっか……そっかぁ」

 

大きく息を吐き、胸を撫で下ろす。

 

「嬉しい」

 

───こんなに他人の事情を気にかける奴だったか?コイツ

 

もっとこう、自己中心的な奴だったはずだが。自分以外全員バカみたいに思ってて、周り全て敵視するタイプだったはず。それで一度痛い目にあったかな?まあガキの頃からあの態度でい続けたのなら当たり前だ。

 

「ね、今からカラオケでも行かない?」

「行かない」

「え……じゃあウチ来る?」

「グイグイ来るじゃん」

 

距離の詰め方がエグい。コイツはアレだ。目的のためならたいていの事は犠牲にできるタイプだ。

 

「だってしょうがないでしょ!コレでも一応芸能人だし!ちょっと喫茶店でってワケには行かないの!」

「ふむ…」

 

自意識過剰じゃね?という言葉が喉元まで出かけた。なにせオレすら初見ではコイツが有馬かなだとは気づかなかった。普通の一般市民が気づくとも思えないし、何より日本人は日和見主義だ。たとえそうかもと思っていても、違う可能性があるなら下手な事はしない。今や誰でも有名人を叩ける時代だが、写真などをアップするとなると少し変わる。その手のノンマナーな連中を罰金などで取り締まる法律も少しずつだが出来始めている。

 

だが、有馬の心配も芸能人ならして当然のことだから理解はできるので…

 

「───それなら…」

 

 

 

 

 

 

有馬かなは今、人生で最高潮の緊張を味わされている。あの後、どこかにアクアは携帯で電話をかけた。5分ほどでタクシーが来たので、ああ、タクシー会社に電話したのかと理解した。行き先を運転手へと告げた時も特に違和感はなかった。そんな派手な名前のカラオケあったっけ?くらいのものだった。

 

気がつくとタクシーはいつの間にかいかがわしい空気が流れる場所へと到達していた。東京の怖いところの一つだ。どこから先が危ないかなど、明確に知らせてくれるようなものはなく、無意識に歩いているといつの間にか危ないエリアに踏み入ってしまっている。

 

とか考えているうちに連れてこられたのがここ。頭文字にラのつくホテル。いわゆるそーゆー事をする為の施設。

 

───え、なんで!?どういうことコレ!

 

思考停止しているうちにアクアは慣れた様子で部屋を手配し、鍵を受け取っていた。逃げ出そうにもここから一歩でも外に出れば、客引きなどの、危ない連中がそこかしこを歩いているはず。女一人で出歩いていれば格好の餌食。こう言った事態に未経験な有馬かなにできた事はアクアの背中に隠れることだけだった。

 

そして部屋へと案内され、現在に至る。妖しい光に照らされた円形のベッドの上で有馬かなはカチコチになって座っていた。

 

「なんか飲む?」

 

連れ込んだ当の本人は呑気に冷蔵庫を物色していた。その様子にカッと苛立ちが湧き上がる。怒りが羞恥を上回った。

 

「なんでこんなところに連れてくんのよ!」

「?お前が人目のないとこ行きたいっつったんだろーが」

「だからってなんでラブホ!?もっと他に色々あんでしょーが!」

「密談するのには結構便利なんだぞ?タクシーは駐車場の中入ってくれるから人に見られる危険も少ないし、運転手やホテルの従業員は客に対してノータッチが鉄則だし」

「カラオケでいいじゃない!」

「カラオケは部屋に乱入されることも結構あるぞ。鍵とか掛けられないから」

 

中学時代、ナナさんと二人でカラオケ行った時、そういうことがあった。二人で遊んでいたところをハルさんに見つかり、乱入され、結局三人で色々ヤった。

 

「…………え?有馬もしかして初めて?」

「当たり前でしょ!?」

「最近は女子会でラブホ使うことも珍しくないんだが」

「っ……まあそうだけど!そういう友達確かにいたけど!」

 

嘘である。

 

有馬かなは人一倍スキャンダルに気をつかうし、エゴサもガッツリやってる。異性関係など皆無に等しい。彼氏いない歴=年齢である。そして物心ついた時から芸能界で子役として活躍し、あの性格だった。友達いない歴もほぼ年齢だ。

 

───言えない…

 

だからそんな事できる友達いないし!なんて事は口が裂けても言えない。絶対バカにされる。いや、バカにされるだけならまだいい。最悪同情され、優しくされる。それだけは絶対嫌だ。

 

「あ、アンタはなんでそんな手慣れてんのよ!…………まさかっ!?」

「言ったろ?密談で使うって。女に内緒話される事くらい、オレだって初めてじゃないさ」

 

嘘である。

 

確かに密談で使うこともあったが8割以上はラブホ本来の使用目的で利用している。中学時代から今までにかけ、いろんな勉強をしてきた。異性との付き合い方もその一つだった。セックスとは異性とのコミュニケーション手段の一つに過ぎない。誰とでも仲良くなれるようになる為に、アクアはその技術も経験も取得してきた。故に軽く接した方がいいタイプと、じっくり時間をかけなければいけないタイプの扱い、両方ともよくわかっている。ハルさんとかは前。ナナさんはどっちかっていうと後ろ。有馬は完全に後者だ。

 

「びびんなよ。流石に10年ぶりにあったばかりのお前とセックスしようなんてオレも思ってねーから」

「セッ……!?」

 

あえて口に出すことで頭の中から追い出そうとしていた行為を印象づけ、そして約束という言質を引き出すことで警戒感を下げさせる。部屋に備え付けられた豪奢な椅子に腰掛けた。色々試したが、本当に今日、アクアにその気は無い。

見ていて大体わかった。コイツは感受性が高く、意外と押しに弱い。そして10年オレのことを覚えていたあたりかなり粘着。やろうと思えば出来るだろうが、一度既成事実を作ってしまうと面倒になりそうだ。

冷蔵庫から取った飲み物を投げ渡す。自分の分を一口飲むと同時に、いろんなものを飲み下した。

 

「さ、話を聞こうか。オレの気が変わらねーうちにな」

「っ!?」

 

脅し文句とも取れる後半の言葉に反応する。こちらを見据える瞳の光は鋭くも美しい。美と畏れは表裏一体だ。

私今、コイツに迫られたら断れないかもしれない、とかつての天才子役は漠然と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、あの監督に演技教わってるんだ」

「ま、他にツテもコネも無かったしな」

「でもちょっとがっかりね。あの監督、親元で寄生虫やってるなんて」

「相変わらず口悪いねお前」

「アンタは妹と暮らしてんの?」

「ああ。里親もな」

 

本当に何もしないし、会話しているうちに、なんだかんだ慣れてきた有馬は意外と饒舌になった。アクアもとりあえず苺プロで生まれ育ち、ミヤコに引き取られたと説明している。あまり深く突っ込まない方がいいと思ったのか、この辺のことは詳しく聞いてこなかった。

 

「私に連絡くれれば良かったのに」

「お前の連絡先知らねーし」

「…………それもそうね」

 

ラブホに入ってしばらく、とりあえず今まで何してたのか吐けと言われ、ある程度のことは話した。監督に演技を習った事。下積みをこなしてきた事。その他諸々を。

 

「でもその割には全然名前聞かなかったわね。この業界狭いから子役同士顔を合わせることもあって良さそうなのに」

「まあ勘を鈍らせない程度にやってはいたが、意図的に抑えてたからな」

「じゃあ出演作とかいくつかあるの?」

「あるっちゃあるけど……お前に見せたくはないな」

「なんでよ」

「だって……ヘタだし」

 

反省のため、出演作を観ることはあるが、今の自分から見れば目を覆いたくなる事も多い。パフォーマンスをする者にとってはあるあるだと思うが、初期の頃の作品は本当に黒歴史だ。身に覚えがあるのか、有馬も笑った。

 

「バカね。気にしないわよそんなの。初期の頃なんてヘタで当たり前なんだし」

「初対面の他人散々こき下ろしてたヤツが良く言うな」

「…………それはもう反省してます」

 

一気にテンションが落ちる。やっぱ一度頭打ったんだな、コイツ。心の傷は治りにくいし、簡単に開く。有馬の脳裏には黒歴史が生々しく蘇っていることだろう。ざまみろ。

 

「で?今は上手くなったの」

「最初に比べればな。最低限の基礎くらいは身についたと思うよ」

「ならなんで一般科なんかに入るのよ」

「…………その方が勉強になると思ったんだよ」

 

誰かが芸能界は少し大きな学校のようなものと例えた事があった。ハッキリ言って広くはない世界だし、噂なんか1日で千里を走る。芸能科の高校とは規模を縮小した芸能界と言っても過言ではない。たった一度しかない高校生活。芸能人予備軍に囲まれて疑似芸能界生活を送るより、多様な生徒達と高校生活を送る方が芸の肥やしになると思ったのだ。

 

「芸能活動に理解があって、かつ普通の高校生も経験できて、近くで観察もできる学校が、あそこだった。それだけだよ」

 

役者的な理由から一般科を受けた理由を説明する。この方が有馬的に納得してくれるだろう。質問とは相手によって答えや言い方を変える方が円滑にコミュニケーションが取れる。

 

「でも芸能活動はするんでしょう?」

「ああ。焦って子役からやるより、実力とコミュ力身につけてからの方が良いと思ったから」

「間違ってないわ。大正解よ」

「まあ、その二つは最低限身につけたと思うし、ここからは今までよりは頑張るよ」

「へぇ…やる気はあるんだ」

 

妖しく口角が上がる。人間観察なんてしなくてもわかる。明らかになんか企んでる顔。

 

「実はね、私が今ヒロインやってるドラマがあるんだけど、まだ役者決まってない役あるの。ねえ、やらない?偉い人に掛け合ってあげるから」

「どんな作品?」

「『今日は甘口で』ってヤツ。知ってる?」

「『今日あま』か。名作じゃん」

 

演技かじってる人間ならまあ大抵知っているだろう。ドラマ化されてたなら話題になっててもおかしくないはずだが……それに既に始まってるドラマのキャストが未決定?考えられる理由は、ドタキャンか。もしくは……

 

「───もしかして問題ある現場か?」

「…………察しの良さは流石ね。いずれバレる事だから言うけど、かなり」

 

やっぱり。実写化というのは本当に難しい。いかに名優、いかに優秀な脚本や監督を揃えても散々叩かれる事なんてザラ。『今日あま』ほどの作品のドラマが話題になってないって事はそういうことなんだろう。

 

「で、でもね、主演の男の子は可愛いわよ!顔は整ってるし女の子みたいで。脇の子もモデルとかばっかだし!それに……えっと、Pが鏑木さんだし!」

「頑張ってポジティブ材料探さなくていいよ。やるやる」

「ほんと!?」

「ああ。贅沢言える立場じゃないし、機会があるならやるさ」

 

スランプ脱却の特効薬は結局のところ、本番しかない。実戦の機会が欲しいと思っていた所だ。こちらからすれば願ってもない話。断るわけがない。

 

「ハッキリ言って全然いい役じゃないわよ!キモいメンヘラストーカーで完全に主人公の引き立て役だけど!いいのね!?」

「お前はオレにその役やらせたいのか、やらせたくねーのか」

「やらせたいから本当のことを言ってるんじゃない!不服があるのはわかるけど…」

「ないよ、不服なんて」

 

迷いなく言い切った。流石に意外

だったのか、有馬の怒涛の勢いが止まった。しかしコレは本音だ。

 

「モブだろうと、キモいメンヘラストーカーだろうと、その作品には欠かせない必ず必要な役、向こう側の住人。役者には変わりない」

 

そう、どんなキモい役だろうと、セリフすらないモブキャストだろうと、作品を成立させるためには絶対に必要な、幻想の世界の住人。それになるためにオレは10年間嘘を吐き続けてきた。

 

「ありがとう、有馬。ベストを尽くすよ」

 

握手を求める。しばらく呆然としていたが、差し出した右手を両手で掴んだ。

 

「本当に、ちょっと、結構、かなり、問題のある現場だけど、貴方とならきっと出来る。お願い、力を貸して」

「貸すって。お願いするだけ損だぜ」

 

 

 

 

───ああ、コレだ

 

コネで仕事をとって、与えられたのは完全な引き立て役。端役もいいところだというのに、この男に不満の色はまるでない。不公平ともズルとも思っていない。今彼から出た言葉も虚勢じゃないと分かる。

 

───変わってないな、コイツ

 

コネだろうが出来レースだろうがそんな事は過程にすぎない。与えられた仕事の中で、結果を出してこそ本物。その事を10年前からわかっていた。私すらあの時はわかってなかったのに。

 

今アクアがどんな演技をするのかはわからない。あの写真から見るに、それなりにはできるのだろうが、アレは演技というよりオーラという引力で無理やりねじ伏せた力技。アレをこの役でやられたらただでさえ問題だらけの現場が崩壊する。

でも、わかる。信頼できる。コイツならあの最悪のドラマを変えられるかもしれない。コイツとなら、きっと。

 

差し出された手を両手で掴む。この世界に来て誰かに縋ったのは初めてかもしれない。

 

「お願い、力を貸して」

「貸すって。お願いするだけ損だぜ」

 

後に有馬かなはこの時のことをこう述べている。

 

あの時、掴んだ手は、落ちる一方だった自分の人生に差し伸べられた神の救済か、魂ごとあの男に引き摺り込まれる悪魔の契約だった、と。

 

 

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。今日あま編導入パートでした。いかがでしたでしょうか?隙あらばクズムーブするな筆者の頭の中のアクアくん。でも将来的な事も鑑みて、今回は見送っています。父ほどクズではありません(多分)。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂けたら幸いです。時間はかかるかもですが、感想には必ず返事をします!
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