【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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偶像を演じ続けた183日間
星をなくした子は敷かれたエスカレーターを駆け上がる
煌びやかな世界を映す星の瞳
その輝きは光を増すほど色褪せて


84th take 2人の183日間・アクア編

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかい暖かさと重さが布越しでも伝わってくる。まっしろなおくるみに包まれて、オレの腕の中で寝息を立てる小さな生命体に、なぜか笑みが誘われてしまう。

 

よく泣き、よく笑い、よく眠る。今の1秒を懸命に生きる命に、敬意と慈愛が溢れ出した。

 

「もう、やってられないなぁ」

 

バスルームの扉が開く。簡単な寝巻きに身を包み、綺麗なタオルで丁寧に髪を拭くのは艶やかな黒髪に、ほてった白磁の肌。一点の墨を落とした様な泣きぼくろが艶っぽい。最近は少女らしさだけでなく、どこか妖艶さも纏われている。美人は3日で飽きるというが、日を追うごとに美しさを増しているのではと感じさせるこの女から、飽きというものはまるで湧いてこない。

 

不知火フリル。若手の中では間違いなくNo. 1の知名度をもつ天才。半年前に活動自粛を発表したが、その名声にはいささかの翳りもない。そして先日から少しずつ芸能活動を復帰させつつあるマルチタレントだ。子供の世話をアクアに任せている間に入浴を済ませていた。

 

「やってられないって何が?」

 

腕の中の赤ん坊をそっと寝床へと移す。背中スイッチを押して目が覚めないように入念に神経を張り巡らせながら。その甲斐あってか、赤ん坊は父親の腕から離れても目を覚すことなく眠り続けた。

 

「だって私といる時、この子そこそこ泣くんだよ?抱っこしてても中々泣き止んでくれないしさ。でもあなたが抱くと結構あっさり泣き止むんだもん」

 

飲み物を口にしながら、アクアが作り置きしていた料理を軽くつまんでいる。

 

2人きりの時、フリルはアクアのことを『あなた』と呼ぶようになっていた。最初は変な感じになるからやめろ、と言ったのだが。

 

『だって父親のこと名前で呼んでる母親って子供から見たらアレじゃない?』

『アレってなんだよ。言わんとする事はわかるが。別にそういう家庭も普通にあるだろ。知らんけど』

『しかもアクアは名前がアクアだし』

『……確かにちょっとアレだな』

 

というやり取りがあり、フリルの『あなた』呼びをアクアは受け入れる。

 

理由がそれだけじゃないことにもなんとなく気づいていたから。

 

『オレ達、多分結婚はできねーぞ』

『いいよ、法的にできなくても』

 

いつもの涼しい顔でサラッと言っていたが、少しざらついた感情が混ざったことはわかっていた。お互い結婚はできないし、籍にも入れない。だからせめて2人の時は気分だけでも夫婦でありたいというフリルの乙女心。指摘はせずに受け入れるのがせめてもの責任だろう。

一度受け入れれば結構違和感はなく、いつのまにか慣れてしまった。

 

「私の方が圧倒的に面倒見てるはずなのに、あなたの方に圧倒的に懐いてる。なんか悔しい。やってられない」

 

少し空転していた思考が現実に帰ってくる。そっと肘に手を添えてきたフリルの行動で、多分心ここに在らずだったことぐらいは気づかれただろうなとはわかる。慰労も兼ねて身を寄せてくれるフリルへ感謝を込めて、彼女の華奢な肩を抱いた。

 

「偶然だろ。オレが抱いてても泣く時はちゃんとある」

「私と比べたら頻度は絶対低い。毎日見てる私が言うんだから間違いない。やっぱり女の子はお母さんよりお父さんの方が良いのかなぁ。それとも私の血?私があなたの虜だから娘も虜?絆が男の子だったら違ったのかなー。あーあ、私を癒してくれるのは愛娘の寝顔と、メムちょの動画だけだよ」

「好きだな、お前」

 

起こさない様にフリルの華奢な手がぷくぷくの赤子の頬に触れる。『不知火絆』と名付けられた女の子に不快そうな様子は一切なく、すやすやと眠り続けた。

 

「おかえり、あなた。お疲れ様」

「ただいま、フリル。いつも任せきりにして済まないな」

「気にしないで。私もそうだったから。こうして会いに来てくれるだけで、充分」

 

一児を産んでもまるで美しさが衰えない肢体を抱き寄せ、フリルもまた、この半年で一段と艶を増した蜂蜜色の髪の青年の首に腕を回す。絆が起きないように、静かに唇を合わせながら、アクアはこの生活に慣れてきたことに少し怖さを感じていた。

 

「ご飯は?」

「食べてないよ」

「良かった。今日は一緒に食べられるね」

 

ウキウキとキッチンへと向かい、作っておいた夕食を温め直し始める。この半年でフリルはめちゃくちゃ料理が上手くなった。妊娠中はオレが作ることも多かったのだが、その間も家事について勉強したり、男が好きな料理や手作りできる赤ちゃんの離乳の研究もしていた。

 

正直最初は食えたものではなかったが、やり始めたら結局なんでもできてしまうのが不知火フリル。

 

あっという間にメキメキと腕は上がり、今ではどこに出しても恥ずかしくない家事スキルとなっている。

 

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 

2人でテーブルの前で手を合わせ、食事が始まる。栄養バランスやカロリー計算など、よく考えられたメニューだ。もちろん味も良い。まさかフリルに食事を作ってもらえる日が来るとは、半年前は夢にも思わなかった。

 

「仕事の方はどう?」

「忙しいうちが花だと思ってるよ。絆は?最近ようやく『あーうー』くらい言えるようになったとは聞いたけど」

「そうそう。この間はね──」

 

たわいない雑談が穏やかに繰り広げられる。アクアとフリルの食卓に難しい話や打算はなくなった。以前はもっとクリエイティブというか、お互いためになる情報交換の場がアクアとフリルのデートの定番だったが、この半年でそんな小難しさは吹き飛んでしまっている。ここ最近は大抵が会えなかった時間の出来事をダラダラと語り合うだけ。

 

穏やかで、嘘がなくて、居心地がいい。

 

そんな時間が、今のアクアとフリルの蜜月だった。

 

「…………っ」

「疲れてるね」

 

食事が終わり、人心地ついた後、眠気が強烈に猛襲をかけてきた。噛み殺した欠伸に気づかれる。少しバツの悪そうな顔をしたアクアとは裏腹に、泣きぼくろの少女は満面の笑みで膝を崩し、自分の腿をポンポンと叩いた。

 

「おいで」

「いいのか?横になったら多分ソッコー寝るぞ?」

「いいよ。一緒にいられるだけで幸せだから」

 

そっと肩に手を添えられる。このままだと力尽くで寝かせられると判断したアクアは言葉に甘え、フリルの膝に頭を預ける。柔らかさの中に弾力とじんわりとした暖かさを感じる。もう微睡の中に落ちそうなアクアを愛おしそうに眺めながら、フリルは膝に乗せられた蜂蜜色の髪に指を通す。

 

移籍後の初任給でアクアが購入し、フリルに贈った、左手の薬指に鈍く輝く指輪が、僅かに引っかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し戻って半年前。あの時もらい、捨てられなかった名刺に書かれた番号を、躊躇いながらもタップする。少し待つとコール音が止まった。

 

『はい、どちら様?』

「…………アクアです」

『ああ。知らない番号だったから誰かと思えば。待ってたわよ』

 

罵倒されるの覚悟でかけた電話だったが、社長の声音は穏やかで、寧ろ喜んでいるような気配さえ感じられた。

 

『フリルとは会えた?』

「…………はい」

『そう。良かった。安心したわよ』

「なんで空港でアイツのこと黙ってたんですか?」

『なんのタネも仕掛けもなく、貴方自身の力でたどり着いてくれなきゃ認められなかったからよ。貴方も、フリルもね』

 

言っている意味はわかるような、わからないような。少し難解だが、少なくともオレは試されて、その試験に合格したという事はなんとなく伝わった。

 

『移籍について、色良い返事が聞かせてもらえると思って良いのかしら?』

「…………二つ、約束してください」

『二つと言わず、何なりと』

「オレへの移籍金は要りません。その代わり苺プロにオレの分まで移籍金を上乗せしてください。それとフリルのその子の情報を、総力を上げて守る事をお願いします。そのためならオレはなんだって惜しみません」

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、今日からウチに移籍する事になりました。みなさんご存知、星野アクアくんです。期待の新星なのでみんな仲良くしてあげてください」

「星野アクアです。至らない所もあるかとは思いますが、できる事はなんでもやる所存です。どうかよろしくお願いします」

 

約半年前、社長の紹介のもと、星の瞳の少年が頭を下げる。まばらな拍手が巻き起こったが、どう観ても歓迎はされていない。

 

星野アクアの新天地でのスタートは針の筵から始まった。

 

事務所を移籍してまず驚いた事。それはフリルの妊娠について、社長とフリル専属マネージャーを除き、知っている人はいなかったという事だった。

 

「知っている口は一つでも少なくするって言ったでしょ?それはウチの身内だろうと例外じゃないわよ」

 

一通りの挨拶回りが終わった後、社長から現状について説明を受ける。そして事務所内でもフリルのことは口外しないように、と釘を刺されていた。

 

しかし突然のフリルの活動自粛。そしてほぼ同時期のアクアの移籍。この二つの爆弾が無関係と思っているものは事務所内で1人もおらず、何かしらのやらかしの埋め合わせのため、アクアが引っ張ってこられたのだろうなと誰もが薄々勘付いていた。

 

「貴方のマネージャーはこの子に任せるわ。知ってるでしょうけど紹介するわね。白河渚ちゃんよ。挨拶して」

「白河です。よろしくお願いします。星野さん」

 

握手を求めてくるのはフリルの専属マネージャーを務めている女性の1人。アクアも今ガチの時から顔と名前知ってたし、敏腕な事も知っている。しかしまさかこの人がオレのマネージャーになるとは思っていなかった。

 

「辻倉はフリルのケアで手一杯ですし、私以外の誰にフリルさんと貴方の間を取り持てるというのですか?」

「…………オレに対して、不満はないのですか?」

「仕事に私情は挟みません」

 

差し出された手を取った時、冷たい拒絶の感情が伝わってきた気がする。私情ではオレのことを殺したいくらい憎んでいるのがよくわかった。

 

「アクア、引っ越しの方は順調?」

「はい。明日には新居に移ります」

 

移籍にあたって、アクアは苺プロの上にある実家から出ることになっている。新居は社長が用意してくれたし、アクアとしても否はなかったのだが、このことを家族に伝えた時、ルビーはめちゃくちゃゴネまくった。

 

『なんで!?移籍しても家まで移る必要ないじゃん!』

『しょうがないだろう。ウチって事務所とほぼ一体になってる家だし。部外者になるオレが苺プロで寝泊まりするわけにはいかねーって』

『大丈夫だよ!家族だからで充分言い訳できるって!』

『世間体だけじゃない。事務所同士のコンプラの問題もある。というかもうアッチの事務所が新居用意してくれてるし。今更引っ越しませんは通じねー』

『ルビー、ワガママ言うんじゃありません』

『でもぉ!!』

 

しばらくゴネていたルビーを見かねて、仕方なくアクアは奥の手を使うことにする。

 

『新居に来たら気兼ねなく2人きりになれるぞ』

 

耳打ちしたこの一言で赤い瞳の少女はあっさりと手のひら返し。むしろサッサと引っ越せと言い出した。

 

「妹さんに住所教えたの?」

「あのマンションなら大丈夫でしょう。こっちの許可がなければエントランスすら入れませんし。入居者の出入り口はエントランスとは別にありますし。こちらが許可した階以外にはエレベーターも使えませんから」

 

社長が家族であろうと住居教えたことに関して警戒する理由。それは至極単純。

 

フリルもアクアと同じマンション、アクアの数階上に新居を構えたからである。

 

これにはいくつか理由がある。

 

アクアとフリルの新居はトリプルオートロックのタワーマンション。アクア達以外の芸能人も何人か住んでるし、不審者を見かければすぐ通報されるほど住民のセキュリティ意識も高いことで有名。だから、記者達も長時間の住居の張り込みは諦める場合も多い。

 

そして親密な関係のある男女の芸能人が同じマンションに住んでいるというのはツーショットを撮られた時の言い訳も成り立ちやすい。

 

記者は基本的にマンションの敷地内には入れない(入ってくる場合も稀にある)。

そのため万が一写真に撮られても『同じマンションに住んでるだけですけど?』という主張も通るし、道端を2人で歩いてても『帰り道が同じだけですけど?』という言い訳も通る。

 

まあ今のお腹が目立ち始めたフリルは迂闊に外出できないけれど。

 

アレから少しして退院したフリルは一足早く引っ越しを済ませ、新生活を始めている。様々な医療器具も持ち込まれ、フリルの新居はほとんど病院の個室と大差ないクオリティに仕上がっている。出産も病院ではなく自宅で行う予定だ。

芸能活動も完全な休業はせず、自粛で留め、学校も休学はしていない。授業はリモート。しかもマイクがオンならカメラはオフでもOK。試験はウェブで対応してくれるのはさすが芸能科の学校という所だろう。

 

生活のサポートはマネージャーが務め、SNSでの活動や顔だけが映るような芸能活動をし、勉強はリモートで済ませる。異常があれば事務所が提携している医師にすぐ連絡ができる。コレが大学病院を退院した後の不知火フリルの新生活だった。

 

───けど父親にしかできないサポートもある。だから貴方達の生活区域をできるだけ近くにした配慮だったわけだけど。意外と家族には甘いわね、アクア

 

彼なりに警戒はしているし、万が一にもフリルと鉢合わせにならない様にはしている。家族相手ならこちらも文句は言いにくい。けれどできれば秘密にしておいて欲しかった。スキャンダルの発覚は大抵が身内のリーク。アクアの身内が情報源にならないとはとても言い切れなかった。

 

「まあいいわ。とにかく、貴方はプライベートではフリルのことを第一に考えて行動すること。少なくともこの半年はね」

「そのつもりです」

「あと、あの子がこの半年でやる予定だった仕事及び新星『星野アクア』個人的に向けられてるオファー、全部こなしてもらうから。致死量ギリギリのスケジュールを覚悟しておきなさい」

「望む所です」

 

そして始まった大手での芸能活動。去年の年末から断り続けていたインタビューオファーを片っ端から引き受け、全くやってなかったSNSでのマーケティングも着手し、俳優業はもちろん、モデル業やネットバラエティの司会まで、ありとあらゆる仕事をこなした。

 

そして星野アクアの名前を決定的にバズらせた『リバドル』の主演オファーが来る。

 

「もちろん知ってるわよね」

「まあタイトルとあらすじくらいは」

 

創作の世界に関わっている限り、ヒット作品の情報収集は欠かせない。作品の理解度は演技に直結するからだ。その辺りは当然アクアも怠ってはいなかった。

 

「表は高校生、裏ではアイドル。男子と女子が裏返る。リバーシ・アイドル。通称リバドル」

「その主演オファーが来たわ。貴方に」

 

世間に名が知れ渡ったスポ根ラブコメ原作のドラマ。その主演。間違いなく良い話だ。良い話なのだが。

 

「…………アイドルものって事は女装しますよね」

「当然」

「歌ったり踊ったりもしますよね」

「ギター弾いて歌うシーンもあるわよー」

「…………断ってもらう──」

「権利が貴方にあると思う?」

 

その一言でオレは何も言えなくなる。話を詳しく聞くと、オファー自体は少し前から来ていて、本来ならフリルが男装して出演するはずだったらしい。

 

「でもフリルは今アレだしー。誰かが責任取ってくれなきゃいけないわよねー?」

「…………わかりましたよ。やりますよ」

 

『スタントNG一切なし。全て本人が演じています』という広告が前提だったこのドラマ。オレにも勿論スタントやNGが許されるはずもなく、女装も、歌も、ダンスも、ギターも、全部オレ本人にやらされた。

 

女装はメイクさんがやってくれるし、歌もダンスも叩き込まれてるし、本職はドラムだけどギターとベースも一通りナナさんから教わった。(作詞作曲するにあたって、弾けた方がやりやすかったから)

 

しかし歌とダンスはともかく、ギターは基本のバレーコードが弾ける程度。ハッキリ言って素人に毛が生えたレベルと言っても過言ではない。こんな中途半端な腕を公共の電波に乗せて見せたくはなかったのだが…

 

「拒否とかできる立場だと思ってる?」

 

コレを言われてしまうとどうしようもない。仕方ないので事務所でコーチをつけてもらい、合間の時間でみっちり練習して、人前に出ても恥ずかしくない腕に間に合わせる事となった。

 

 

 

 

「で、家でも練習してるんだ」

 

マンションの中でも防音に優れた部屋でギターを鳴らしていると部屋の扉が開く。青みがかった黒髪美少女の両手には湯気を上げる鍋が可愛らしい鍋つかみに握られている。

 

引っ越しをしてから少し経ったぐらいのころから、あかねは予定が空いていれば、アクアの元へ訪れるようにしていた。

 

「綺麗なギターだよね。なんていうの?」

「ホワイトファルコン。最も美しいギターって呼ばれてる」

 

グレッチギターの中でも最も高価な最上位グレードのギター。白一色・ホワイトカラーのボディとゴールドパーツという豪華絢爛なビジュアルだけでなく、その独特のサウンドに世界中のギタリストが魅せられている。ゴージャスなゴールドパーツ、アメリカの高級車キャデラックを連想させるようなホワイト・フィニッシュ、Vシェイプのファルコン・ヘッドなど、細部にまで芸術的なこだわりを持って作られたパーツには神々しさすら感じられる。まさに世界で最も美しいギターの名に相応しい。

 

リバドルを引き受けるにあたり、ギターの練習が必要だったため、事務所が用意してくれたものだ。社長に『好きなの言っていいよ』と言われて、冗談半分で『ホワイトファルコン』と答えたらその日のうちにマジで用意してくれた。大手の凄さと恐ろしさを感じた瞬間だった。ここでは迂闊に冗談も言えない。せっかくなので貰っといたけど。最初は慣れるまで時間がかかったが、今はもう手に吸い付くように感じるほど馴染んでいた。

 

「練習もいいけど、ご飯にしよう。冷めちゃうよ」

「ああ」

 

オフの日にはあかねがウチに訪れて、部屋の掃除とご飯を作りに来てくれる。移籍して一ヶ月が経った頃くらいから、こんな日常が当たり前になっていた。

 

いつだったか。いつも通り近況を報告しあって、お互いのオフの日を確認していた時───

 

『今度のオフ、アクアくんの家に行っていい?』

 

NOとは言えなかった。言えるだけの理由が見つからなかった。

 

以来あかねはお互いのオフが合う日にはウチに来るようになった。お互い忙しくなり、以前の様に時間を取って出かけるなどができなくなった。だからせめてもの、おうちデート。求められるのはわかるし、理解も示してあげたかった。

 

繰り返しているうちに、一緒にいる時間が長くなり、泊まりになることも増える。ドラマの撮影が始まる頃にはもうほぼ半同棲と言っても過言でない状況にまでなっていた。

 

「食べないのか?」

「アクアくんが食べてるのを見るの、楽しいから」

 

テーブルであかねの手料理に舌鼓を打つ様子を、目を細めてニコニコと頬杖をつきながらじっとみられるのは可愛らしいと同時に子供でも見ている様な目線で、ちょっと嫌だった。

 

そして食事の後に肌を合わせるのもいつのまにか習慣になってしまった。

 

「んっ、あ………アクアくんっ」

 

針の筵ではあるが仕事には困っておらず、休みの日には手料理を作りにきてくれる彼女がいて、夜にはこうして身体を重ねる。

 

側から見れば順風満帆な芸能人生を送っている様に見えるだろう。義母との関係は良好で、妹との関係も今のところなんとか丸く収めており、こうしてプライベートには美しい彼女を抱いている。不満などあるとすればそれは贅沢というものだ。

 

これから先の未来で潜り抜けなければいけない修羅場を除けば。

 

「アクアくん」

 

不意に名前を呼ばれ、オレの髪の毛をクシャクシャとかき混ぜられる。組み敷いている青みがかった黒髪の美少女は頬を赤く上気させ、潤んだ瞳でオレを見上げた。

 

「今、別のこと考えてたでしょう?」

 

首の後ろに腕を回され、グッと抱き寄せられる。オレの鼻先が柔肌に埋まり、石鹸と他の何かが混ざった甘酸っぱい香りが鼻腔を埋め尽くした。

 

「今は、今だけは、私のことだけを考えてくれなきゃ、やだよ?」

「…………あかねのこと、考えてた」

 

切なげな吐息が漏れる。あかねは喘ぐように呼気を求めたが、オレの唇がそれを許さない。苦悶の声を上げながら、あかねの身体が弓形にしなり、痙攣した。

 

「アクアくん」

「ん?」

「好き」

「オレも好き」

 

あかねの声に応えながら、アクアは少し未来に想いを馳せる。近い将来、ちょっとした面倒ごとが待っていた。

 

『私は付き合わせたくないんだけど、父がどうしてもって』

 

あかねが来る少し前、上の階に住む、だいぶお腹が大きくなった泣きぼくろの少女から連絡がきていた。

 

『一度家に顔を出せって……アクアも一緒に』

 

不知火フリルの実家に、呼び出されていた。

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
アクア視点の半年間でした。いかがだったでしょうか。と言ってもまだ途中ですが。一応理由があります。不知火絆の名前の由来は次回以降で。人の心がありません。次回はフリル視点の半年間です。不知火家の挨拶はその後で。修羅場です。お楽しみに。

以下ちょっと本誌ネタバレ






才能は良くも悪くも人生を左右する。本人も、周りの人も。本誌はアイの才能に振り回される物語ですね。そして拙作はアクアだけはアイに振り回されてると思ってます。が、真実は星野アクアの才能に振り回されて人生左右された人たちの物語です。アクア本人含めて。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します
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