背負った覚悟は火を知らぬ少女と傷をなくした子の為
薄氷の道を歩むと決めたのは愛したいから
何よりも天才を証明したいから
「父さん、母さん、私、子供ができました」
妊娠が発覚してから少しが経った頃、私は一度実家に帰り、この事を報告した。未成年である私では親権を持てず、戸籍も作ってあげられない為、どうしても親を頼る必要があったからだ。
この話をした時、母は流石に動揺していたが、父は結構穏やかだった。私を心配すると同時に怒る母をしばらく眺めてから、立ち上がり、書斎へと向かった。
「フリル」
何冊かの本を持って父が戻ってくる。本は出産に関する資料だった。
「選択肢は大きく分けて二つ。産むか、産まないか。だが後者はほぼ不可能だ。話を聞く限り、もう妊娠11週は過ぎている。中期中絶は死産と同じ扱いだ。色々な意味で負担が大きすぎる。無論選択肢の一つだが、避けるべき選択だろう」
父は表面上冷静に私に説明をしてくれた。元々芸能で財を成した家系の家長だ。こういう事態の経験も、それに対する対処も心得ているのかもしれない。
「そして、産むとしても、別にお前がどうしても育てなければいけないというものでも無い」
新たに取り出した本の表紙には『特別養子縁組制度』と大きくプリントされていた。
「事情によって育てられない子供を育てられる家庭に託す公的制度。戸籍にも残らない。これなら限りなくなかったことに出来るに近い選択だ。あと他にも里親制度というのもあるが──」
「いやです」
父の言葉を遮り、即答する。この子を自分以外の誰にも託す気はない。顔を名前も知らない他人にこの子を預ける?私とアクアの子を?絶対に嫌だ。考えるだけで嫌だ。それならまだ死産の方がマシだ。
「中絶も、他の誰かに託すことも、絶対にしません。自分で産んで、自分で育てます。それが出来るくらいには私にはお金も責任能力もあります。親権だけは家を頼ると思いますが、それも成人するまでの一年半です。それまではどうか、よろしくお願いします」
「…………そうか、わかった」
しばらく睨み合う父と娘だったが、泣きぼくろの美少女の目の奥で光る星の光に、父親が折れた。
▼
「どうぞ」
ノックの後、声が掛かる。フリルが開けようとした手を遮り、オレがドアに手を掛ける。一度頷くとオレの手で開かれた扉の先に、泣きぼくろの少女は一歩大きく踏み出した。
「ただいま帰りました。父さん」
「久しいな、フリル」
広い書斎と見られる部屋のど真ん中。シックでいながら高級感の伝わる椅子に腰掛ける壮年の男性。隣に侍るのはおそらく妻だろう。さすがフリルの母親なだけあり、整った見た目をしている。ぱっと見30代後半程度だろうか。16歳の娘を持つ二児の母にしては若くみえる女性だった。
「とりあえず席を変えよう。色々と話すことがある。食事も用意させる。星野くんも。遠慮なく座りなさい」
大きなテーブルに真っ白なテーブルクロスが覆われている。椅子の数は四つ。確かに4名で座れるようになっていた。
「………アクア」
「大丈夫」
椅子を引いてフリルが座れるようにする。命を一つ抱えた重い体を沈めたことを確認してから、アクアも席についた。
「遠山」
「かしこまりました」
メイドが下がる。ここから先は当事者と血縁者のみの密談だ。
「体調はどうだ?」
「非常に順調に育っています。父さんの手を煩わせるつもりはありません」
「そう頑なな態度を取るな。そのことに今更どうこう言うつもりはない。今日の話の主題は純粋な親としての心配だ」
「なら彼まで呼ぶ必要はなかったでしょう」
「親としての心配は当然孫の父についても含まれる」
視線がこちらへ向く。睨まれているというわけではないが、敵意というか、拒絶の意志はよく伝わった。
「星野アクアくん」
「お初にお目にかかります。ご挨拶が遅れましたこと、誠に申し訳ございません」
「そういうのはいい。今日は君個人と話をしたくて呼んだんだから」
頭を下げるアクアにやめろと言ってくる。顔を上げた時、フリルが唇を噛み締めているのが僅かに見えた。
「君のことは調べさせてもらう……までもなく、知っていた。非常に才能ある役者であることは間違いない。君はコレから芸能界で大きな財を成すだろう」
「恐れ入ります」
「フリルが誰を相手に選ぼうと、子を作ろうと、私が何かとやかく言う必要はもはやない。この子はもう家からは十二分に独立した、立派な社会人だ。その聡明さは私が誰よりもよく知っている。この子が選んだ相手だというなら、私に何の文句も不満もない」
父から娘への評価は適切だった。客観的で、公平で、深い理解があった。
そしてそれはアクアに対してすら。
「君もフリルに勝るとも劣らない才覚の持ち主。未成年であることは少し問題だが、君たちに年齢など瑣末なことだろう。君の倍以上の年齢でも大人と呼べない人間は数えきれないほどいる。フリルの相手として本来何の文句もない」
そう、本来なら。
「君には交際相手がいるそうだね。女優の黒川あかねさんが」
親として見過ごせないたった一つ。けれど最も大きな障害。それはアクアに彼女がいるということ。
「実のところ、珍しい話ではない。美の集まる芸能界。家庭外に婚外子を持つ者など、私が知るだけでも両手の指では足りない程いる。実際の数は二桁では効かないだろう。そういった者は後先考えられない阿呆か、家庭外に子があったとしても何不自由なく育てられるほどの財力と才覚を持った者の2種類だった」
君はどちらだ、と視線が訴えかけてくる。恐らく前者であり、後者でもある。後者になるための力をアクアは備えつつある。しかし力があるからいいと言う話ではない。
「父さん。今回の事について、彼は───」
「フリル、私は今アクアくんと話している。お前が彼を庇う言葉はこの半年で飽きるほど聞いた。実際お前にも罪はある。事に至った時はまだ黒川あかねと交際関係になかったことも知っている。私も彼を責めるつもりはない。だがこうなった以上、彼の展望は聞いておかなければならない」
黙り込む。ぐうの音も出ない正論。それでもアクアを守ろうと口を開こうとしたが、テーブルの下で手を掴んで止める。これ以上フリルが何かを言ってもマイナスになるだけだ。
「君は、フリルとその子のことをどうするつもりでいる?」
投げかけられる、言葉の矢。もし対処を誤ればオレは殺されるだろう。物理的にか社会的にかはわからないが。ここで聞こえのいいことを言う事も出来るが、ここでおためごかしや追従は逆効果と判断する。今の想いを正直に。それでダメなら煮るなり焼くなり好きにしろ。
「黒川あかねさんと別れるつもりは今のところありません」
握られた手にグッと力が籠る。「そこは嘘でも将来的には別れるつもりとか言っておけ」というフリルの無言の圧が手に響く痛みから伝わってきた。
「黒川さんはこの件を知っているのかね」
「知りません」
「知れば彼女は───」
「自惚れかもしれませんが、あかねさんはきっとこの事を知ったとしても恐らくオレと別れるという選択はしないでしょう」
父の言葉を遮り、否定する。穏やかでありながら確信のこもった声だった。
「今回の事をあかねさんに話し、オレが頭を下げれば彼女は理解してくれるでしょう。理解した上で、それでもオレの彼女であり続ける。フリルさんに協力さえしてくれるかもしれません。けれどそれはオレが楽になるだけです。フリルさんにもあかねさんにも負担をかける。心身ともに。それは避けたい。特に今のフリルさんには。最近は安定してきているとはいえ、予断は許さない状況です。フリルさんのためにも、その子のためにも、今はできるだけ負担をかけたくない。それに事務所の方針で、この件に関しては箝口令がしかれています。オレもオレの家族にすら話していません。公的な面でも私的な面でもあかねにこの話はできない。してもリスクしかない。軽くなるのはオレの心だけです」
父母が黙り込む。アクアが話した未来予想図には説得力があった。恐らく黒川あかねがこの件で彼と別れるとならない事は事実だろう。フリルもアクアが話した推測を何一つ否定しなかった。
「でも、黙っているだけでもフリルには負担が──」
「母さん、その事は私は納得しています。納得して、理解して、その上でこの半年以上を過ごしてきました。それでも母子共に今は順調です。去年まではアクアさんにすら黙っているつもりでした。彼がこの事を知ってしまったのは私にとって不本意でした。けれど彼がこの事を知ってからの数ヶ月、忙しいなりにずっと私のことを気にかけてくれて、支えてくれて、私の心はとても救われました。今のままなら、私の負担は問題ありません。けれど、コレから黒川さんにまで関わられるとどうなるかは私にもわからない。私にも、あかねにも、絶対変な遠慮が生まれます。少なくとも私は今、あかねが関わってくることを望みません。この件について知っているのは必要最低限。私、アクア、父さん、母さん、事務所の社長、専属マネージャーの白河さん。この人達だけにしたいんです。お願いします」
2人の雄弁が終わる。頭を下げたのは殆ど同時だった。
沈黙の時間が支配する。1分以上が経った頃だろうか。大きなため息と共にフリルの父が口を開いた。
「話はわかった。展望も。黒川さんにこの件に関わらせるのは確かにリスクが高そうだ」
「父さん…」
「だが、この質問には答えてくれ」
アクアが顔を上げる。自身に向けられた視線を強く感じた。
「君にとって、フリルは何だ。君との間にできた子をどう思っている?」
緊張が辺りを支配する。張り詰めた空気の中で、アクアは迷いなく口を開いた。
「オレにとってフリルさんは、最初迷惑な存在でした」
空気がピリつく。フリルから握られていた手にも力が籠る。何言ってんのという視線が横から強く刺さった。
「普通科の教室にいきなり現れたかと思ったらオレの席の前に座り込んで。親友になって欲しいとか急に言われて。格が違いすぎる番組に参加して。オレになんか恨みでもあるのかって思ってました」
「…………」
「でも違った。本当にオレに興味を持ってくれていて、知りたいと言ってくれた。オレの仮面に気づきながら、それでもオレを知りたいと言ってくれたのは、フリルさんが初めてでした。オレもフリルさんを知りたくなった。オレと似ている、オレ以上に強く美しい仮面の下を知りたくなった」
握り込まれた手が少し緩くなる。代わりにオレが強くフリルの手を握った。
「最初は親友から始まりました。そこから仕事仲間になって、秘密を共有する関係になりました。いつもは無表情だけど、本当は誰よりも繊細で感情豊かな人。オレにとってフリルさんは親友で、仲間で、師で、大切な人です。できれば一生関わり続けたい。一生近くにいてほしい人です。もちろん、オレたちの子供も」
恋人ではない。妻でもない。けれどフリルはオレにとって親友で、仲間で、師で、そして。
共犯者だ。
お互いがお互いの秘密を暴こうとした。そのため2人とも近づきすぎた。2人とも相手に好意を持ちすぎて、そして2人とも罪を冒してしまった。
お互いがお互いを傷つけすぎてしまった。
他に方法はあったと思う。アクアがフリルを救う方法も。フリルがアクアを救う方法も。
さっきアクアが話した未来予想図には少し嘘もあった。あかねと別れる道もあった。この事を全て話して、オレが頭を下げれば、あかねは多分、別れを受け入れる可能性はあった。納得はしてなくてもオレのことを思って身を引いてくれた可能性もあった。
フリルを切り捨てる道もあった。フリルと宮崎で出会った事を誰にも告げず、フリルにも口止めして、俺との関わりを完全に断って貰う事で、知らないフリを通し続ける道もあった。
けれど、オレにはどちらもできなかった。
『天才俳優・星野アクア』
この数ヶ月でうんざりするほど言われてきた。実際、言われるだけの成果は上げてきたと思う。ずっと才能がないと思っていたオレだけど、最近はそうでもないのかな、なんて自惚れる瞬間もあった。
けれど未だ懐疑的だ。今の星野アクアが、本物なのか。偽物なのか。けどどうやって証明すればいいのか、ずっとわからなかった。
───証明できるかもしれない
十二年以上の時間をかけて、やっと見つけたかもしれない。
十年に一度の才能と言われた女にできなかった事を成し遂げたのなら。
最強で無敵のアイドル。一番星の生まれ変わりにすら成し得なかったことができたのなら。
天才の証明によって得られる、俳優としての幸せ。
フリルも、あかねも、生まれてくる子供も、全て愛する、家族としての幸せ。
その両方を手に入れることができたのなら。
証明できるかもしれない。今の星野アクアが、天才だと言う事を。
ようやく胸を張っていえるかもしれない。オレこそが、星野アクアだと。
『幸せっていうのはな、歩いてこねーんだ。だから歩いて行かなきゃな』
今ガチの時、あかねに言ったセリフ。選ぶことの難しい楽な道。進むことの難しい険しい道。普通は片方しか選べない。選ぶ必要はない。だってそれが正しい、普通の選択だから。
───オレは、どっちも欲しい
天才の証明も、家族の幸せも、どちらも欲しい。どちらも手に入れる。オレが本当に天才なら。
フリルの幸せも保証する。子供も無事に産ませてみせる。フリルの家族は守ります。あかねには生涯嘘をつく事になるかもしれないけれど、嘘をつくからには最後まで秘密を通して見せます。あかねを幸せにする。フリルを幸せにする。子供を幸せにする。全て貫き通す。
「この件に関して、フリルさんに比べればオレのできることなんて皆無に等しい。オレができることは、2人にできるだけ多くの選択肢を用意することだけです。結婚はできない。入籍も恐らくできない。けれどその代わり一緒に悩みます。一生一緒に悩んで、考えて、選択肢を用意して、2人で選んで、背負っていく」
聞こえはいいが、やってる事は最低だ。
「オレの
義父を見つめる瞳は眩いばかりの星の輝きで彩られていた。
▼
その後の会談は穏やかだった。今後の方針。出産までの計画。産後の生活や復帰の流れ。いろいろな事を4人で話し合い、夕食を摂ってアクアとフリルは帰路についた。
「あんな洋物の屋敷で出てきたメシが懐石とはな」
高層マンションまで送り届けてもらった後、アクアはフリルの部屋に居た。一番の理由はフリルのケアのためだ。色々気苦労があっただろうから、少し近くで様子を見守ろうと。そしてアクアもまた、誰かとこの気苦労を共有したかったのだ。
「私に気を遣ってくれたんだと思う。妊婦は食べないほうがいいものも洋食には多いから」
「本格的な懐石を食べたのは初めてだったが、味とかよくわかんなかったな」
「私は松茸の土瓶蒸しが美味しかったなぁ」
「松茸か。オレは焼いたやつが好きだな」
こんなたわいない会話がとても嬉しい。さっきまで一瞬たりとも背筋から緊張が抜けない時間を過ごしていたから、尚更この時が非常に尊く感じた。
「殴られなかったね」
「殴られなかったな」
いつ拳が来てもいいように身構えていたのだが。まああれだけ地位も立場もある人だ。下手に暴行して怪我させたらオレだけの問題では済まない。怪我の度合いによっては事務所が出てくる。そうなっては流石に面倒だと判断したのだろう。
裏を返せば、怪我させないように手加減する余地はあの人にはなかったとも言える。あの場ではゼロか100しかなかったのだろう。そしてオレはどうやら0が引けたらしい。
「…………アクアはさ」
躊躇いがちに口を開く。この穏やかな空気をフリルも壊したくはなかったが、2人きりで時間を取れた今だからこそしなければいけない話もある。
「良かったの?この子、不知火家の子にすること」
話し合いで詰めた内容の一つ。生まれてくる子供は不知火性を名乗らせること。これはアクアやフリルが成人しても変わらない。戸籍上は不知火夫妻の子供ということになる予定だ。籍を入れられないアクアとフリル。存在を隠す子供。諸々の都合を考えればこれが一番安全という形になった。
「元々オレの子供なんて言える立場じゃない。この子の存在を不知火家に認めてもらえるだけでオレには充分ありがたい。異論なんてないよ」
これはアクアの心からの本音だった。異論はない。不満も勿論ない。所詮便宜上の話だ。実際に子育てするのはアクアとフリルだし、子供にも両親はこの2人だということは教える予定になっている。アクアに不満などあるはずがない。
そう、アクアには。
母となる少女には、少しだけ不満があった。このままではこの子に残される父親の痕跡は血筋のみになってしまう。それは少し嫌だった。
「ねぇ、アクア」
「ん?」
「名前、つけてよ」
「は?」
「この子の名前」
眉間に皺がよる。振り返った先で不知火フリルは大きくなったお腹を撫でて笑っていた。
「このままじゃ、この子の痕跡は私だけになってしまう。きっとこの子は不知火として、生を受ける。ならせめて、名前だけでもあなたが着けてあげて欲しい」
「…………いいのか?お前も考えてるって言ってなかったっけ」
「考えてるけどまだ本決まりはしてないから大丈夫」
「けど…」
「それに私が考えたら変な名前着けちゃうかもよ?」
「どんな?」
「そうね……フリルとアクアの子だから……不知火アリエルとか?」
ピクッとアクアの眉が動く。その様子を見たフリルはケラケラと笑った。
「アクア、やっぱりこういう名前嫌い?」
「タレントとしては得をしたことがないとは言わないが、損した事の方が多いだろうな」
「私は結構気に入ってるんだけどね。自分の名前」
父となる少年にも母となる少女にも刻まれている、キラキラネーム。この名前のおかげで助かったこともあるが、不便な事の方がはるかに多かった。
「ね、考えてよ。この子の名前」
「…………」
───名前、か
まだ少し先のことだと思って考えていなかった。考えたとしても、フリルの要望が優先だと思っていた。だがこうなっては、もうオレが付けるしかないだろう。少し考える。
名前というのはその子を形作る象徴の一つ。どんな子であって欲しいか。どんなふうに育ってほしいか。親の夢と希望を詰め込んだ一番最初の贈り物。アイは何を考えてオレたちにこんなキラキラした名前をつけたのかはわからない。わからないが、オレはちゃんと意味を込めて付けてあげたい。
「ちなみに姉さんの学校で出来ちゃった男の子にはお母さんの恋敵で親友の名前をそのまま付けたんだって」
「───それはまた…」
「私もそれ聞いた時結構しっかりヒいたよ。この子をあかねって名前にするみたいなものだから」
身近に例えられたせいで余計ハッキリ認識してしまい、アクアもかなりヒく。もしこれからフリルの子を一生あかねと呼ばなくてはいけないと考えると絶対途中で気が狂うと思う。
───ほんと、歪な関係だな。
打算や計算で繋がって、交流を深めて、結局打算で付き合いの輪が広がっていく。あかねとの交際関係も、フリルとの関係も、最初は打算から始まった。メリットを提示する代わりに見返りを求めた。そんな歪な関係の輪が、どうしようもなくこんがらがり、絡まり合って、今のような状況になってしまった。
───この子には、そんなことにはなってほしくないな
この子も一般的な家庭から見ればかなり複雑な子供だろう。スタートからもう普通とはいえない。けれどまだ修正は効く。この子の未来は幾億の選択に満ち溢れている。その中にはきっと、オレたちのようにならない道もあるはずだ。
そんな道を選んで、こんな歪じゃない人間関係を作っていってほしい。普通に生きて、友達を作って、好きな人を作って、幸せになってほしい。
「…………絆」
オレたちのような複雑な関係じゃない。本物の絆を築いていってほしい。
「その子の名前は、絆」
ありふれていそうで、中々ない。どちらかというとキラキラと言えなくもない名前で、否定されるか、笑われるかと思い、恐る恐るフリルの方へ視線を向ける。
───え?
初めて見る顔だった。驚いている?喜んでいる?悲しんでいる?どれも違う。強いて言うなら、感動している。受け止めきれない現実を、なんとか受け止めようと葛藤している。明らかに感情が表情に追いついていない。そんな顔だった。
「どうした?やっぱり気に入らなかったか?」
アクアの声でようやく現実に戻ってくる。視線が合う。不安そうに自分を見つめる目がフリルには少しおかしく、そしてとてつもなく愛おしかった。
「やっぱり、私たちは運命だなぁって」
「?」
「アクア、隣、座って」
ソファから少しズレる。1人分の空いたスペースに腰掛けた。
「絆。キズナ。あなたの名前は、絆」
「気に入ってくれたか?」
「うん、とても」
慈愛の溢れる顔で大きくなった腹部を泣きぼくろの少女が撫でる。星の瞳の少年も労るように少女の肩を抱いた。
「早く会いたい。私たちの絆」
「あんまり早く出てきてもらっても困るけどな」
「そうね。焦らず、正しい早さで、大きくなってね」
「オレ達みたいな、早熟にはならないでくれよ、絆」
しばらく2人でフリルの腹部を撫で続ける。
七ヶ月検診で、確実に女の子だと分かったのは、それから数日が経ってからだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
不知火家での挨拶終了。凄いイメージ難しかったです。不知火家の両親の情報皆無ですし、キャラとか全くわからないですし。他人の親への挨拶とかやったことないですし、全然想像できなかった。今もあまり納得いってないですが、これが実力と観念します。どちらも欲する欲張りな天才の行く末はどうなるか。次回、絆ちゃん誕生。ホントはここまで書きたかったですが、長くなったので分割です。
以下ちょっと本誌ネタバレ
重曹ちゃん……作品のために。何よりも友達のために、恋も友情も犠牲にする。ホント不憫。不憫で健気で曇ってて可愛い。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します