【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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薄氷の道を歩く
理想を背負い、押し付けられ、偶像は現実を超えるだろう
理不尽に晒されても神の如く泰然とした星をなくした子
その神秘は人を惹きつけ、疎み、また一人堕ちていく


88th take 関係の変化

 

 

 

 

 

 

事務所を移籍して、リバドルでブレイクして、少し経った頃。

 

プロの世界。過程がどうあれ、結果を出せば黙らざるを得なくなる世界。アクアは不知火フリルに取って代わる結果を出していた。彼女の抜けた巨大すぎる穴を見事に埋めて見せた。針の筵だった事務所に少しだけ居場所ができ始めていた。

 

『良かったよ、アクア』

『凄いよ、アクアくん!』

 

認めてくれる人も何人かいた。友達みたいに接してくれる人も。

 

けれど、気を許す気は全く起きなかった。

 

「良いよな、天才は」

 

陰でこういう事を言う人間がいなくならないことは、嫌というほど知っていたから。

 

仕方のないことだ。人間だって感情の動物。理不尽とわかっていても妬みや嫉妬は避けられないし、それをぶつけないことも出来ない。誰だって仮面をつけてる。上辺を取り繕っている。本音と建前を使い分けている。仕方がないことだ。それが人間だ。

 

 

だから、仕方がない。

 

 

オレのバッグの中身がズタズタにされていることも。

 

 

「…………あーあ、結構気に入ってたのに」

 

 

ジッパーを開いた時、真っ先に目に飛び込んできたのは泥。泥を払い除けた下にはオレが色々メモしたノートや資料をまとめたファイルがビリビリに引き裂かれている。

 

「うん。オレが悪い。ロッカーに鍵かけてなかったのも。バッグにノートやファイルを入れっぱなしにしてたのも、全部オレが悪い」

 

知ってたはずなのに。警戒してたのに。気を許してはいけないことくらい、わかっていたはずなのに。忙しさを理由に省いた。たとえ中身を見られても問題ないと思って油断した。オレが悪い。

 

本心からそう思った。だから怒りは沸いてこなかった。恐らくこれをやったであろう連中がオレの前に現れた時も、オレは穏やかに笑うことができたと思う。オレの笑顔を見たそいつらは急にキレて、罵詈雑言を叩きつけてから部屋を出て行った。

 

仕方ないことだ。新参に全部仕事持って行かれて。オレも事務所が持ってきた仕事全部断らないで、片っ端からこなして。オレが仕事をこなす分、彼らがこなす仕事は無くなっていく。行き場のない怒りをオレにぶつけるのは仕方ないことだ。そう、仕方がない。

 

 

「…………ふざけんな」

 

 

ズタズタにされたバッグをドアに叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都心から少し離れたとある墓地。その中の目立たない場所にひっそりと立つ墓石。そこに一人の影が立っていた。背は170前半程度。帽子とマスクで顔は見えにくい。けれど僅かに覗く涼しげな目元から美形であることは察せられる。

 

季節は初夏。盆の墓参りには少し早い時期。墓地に訪れているのもその男ただ一人。花すら持たず立ち尽くす美少年。名前は星野アクアと言った。

 

───母さん、オレも親になったよ

 

というよりは『なってしまった』という感じだが。きっと母さんもそうだったんだろう。なってしまって。けど捨てるわけにも逃げ出すわけにもいかなくて。捨てる勇気も逃げる勇気もなかった。だから全てを欲した。全てを手に入れようとした。それを望むくらいの能力はあったから。手に入れられるだけの才能はあったから。

 

───貴女も、きっと歩いていたんだろうな。薄氷の道を

 

全てを救う、けれど半歩の踏み間違いで全てをなくす薄氷の道。オレが今歩いている同じ道を母さんも歩いた。そして踏み間違えた。薄氷は粉々に砕け散り、奈落へと落とされた。

 

───それでもオレとルビーは守った。守りきった。薄氷の道を踏み外しても、なくしたのは自分の命と、オレの記憶だけだった。

 

凄いことだ。あの血迷って、気が狂ったストーカーから無力なオレとルビーを守った。もしあの時、母さんが対応を間違えていたらオレ達も殺されていた可能性は高い。きっと刺された後、母さんが何かをしたんだ。と言っても腹を刺された状態で物理的に何かができたはずがない。何かしら声にするだけで精一杯だったはず。言葉だけでオレ達を守ったんだ。比喩でなく致命傷を負いながら。

 

───凄い人だ。

 

自分が親になって、改めて思う。母さん、貴女は凄い人だ。オレでは多分出来ない。言葉だけで殺人者の狂気を止めることなんて、出来ない。

 

───貴女は凄い。それは周囲もわかっていた。わかりすぎていた。だから誰も本当の貴女を見ていなかった。凄い貴女しか知らなかった。

 

世の中に凄い人はいる。才能がある人も、天才と呼ばれる人もいる。

 

けれど、強い人はこの世にいないと思う。

 

完璧でなければ生き残れないこの世界。強いフリをしている人は沢山いるだろう。実際それができる人は充分に強い人だとはオレも思う。

 

けど、弱さを抱えていない人がこの世にいるはずがない。

 

母さんのことは覚えていない。陰で弱音を吐いたりする人だったのかどうかさえわからない。

 

けどかつて所属していたB小町で軋轢があったことはオレも知っている。

 

妬みも嫉みも受けてきただろう。罵詈雑言を浴びせられてきただろう。大衆にも身内にも。友達と思っている人から死ねとか言われたことも、いじめすらあったかもしれない。オレすらあったのだ。ロッカーに置いてあったバッグをズタズタにされた。以来布製のバッグは使わず、移動にはジュラルミンのスーツケースを使うようにしている。アイもきっとあっただろう。罵詈雑言を吐かれ、私物を盗まれたり、何かされたりしたのだろう。

 

その全てに多分ムキになったりしたことはなかったはずだ。努めて冷静に。穏やかに。笑顔を持って応対してきたはず。ムキになることは完璧を崩すことになってしまうから。

 

───キツかっただろうな

 

人前で弱みを見せず、穏やかで美しくあり続ける。キツかっただろう。どれが本当の自分かわからなくなってしまっただろう。周囲との軋轢。グループのエースとしての重圧。そして子供達。これら全ての重荷を背負って、アイは美しくあり続けた。完璧で究極のアイドルであり続けた。

 

キツかっただろう。苦しかっただろう。オレとルビーを恨んだこともあっただろう。子供なんて捨ててしまいたかっただろう。

 

けどそうはしなかった。オレは覚えていないけど、ルビーが母親との思い出を語る時は常に笑顔しかない。恨みも後悔も詰め込まれているであろうオレ達に、貴女は無償の愛を注ぎ続けた。

 

凄い人だ。心から思う。凄い人だ。

 

そして認めるのは嫌だけど、この人はオレに似ているのだろう。全てを手に入れてしまおうとする感性。完璧主義者にして完全主義者。言葉は嘘をつくけど、行動の結果は嘘をつけない。この人の足跡とオレのこれまでの13年は驚くほどよく似ている。この人と同じ薄氷の道を、オレは歩いている。

 

ただ一つ。違うことがあるとすれば。

 

───オレは凡人で、貴女は天才であるということ。

 

「貴女は間違っていた」

 

選んだ男も、子供の育て方も、貴女は間違っていた。世間を知らず、世の中を知らず、狭い世界で生きてきた貴女は最悪の男を選んでしまった。その後も全て一人でやろうとしてしまった。それが出来ると思えるくらいには能力も才能もある人だったから。

 

孤独に耐えられる人になってしまった。  

 

───オレは頼るよ。フリルに頼る。フリルにも頼ってもらう。一人でなんて無謀なことはしない。二人で育てていく

    

「オレは、母さんのようにはならない」

 

守ってみせる。理不尽な暴力からも。悪質なファンからも。オレ一人の力ではなく、事務所の力も、使えるもの全て使って。

 

貴女を殺した人にも、3年以内に必ず辿り着く。

 

そして全てが終わったら……

 

「───また来るよ。いつか絆を連れて」

 

10本の白い薔薇で作られた花束を墓前に備える。風で舞う花弁が蝋燭の炎に燃やされ、消えた。

 

 

 

 

 

 

B小町2ndワンマンライブ。

 

新生B小町結成一周年記念のライブ。キャパ千人の会場は満員。ステージの盛り上がりも最高潮。チケットも即完売。有料配信も予定されているのは現地に来れないファンの為のサービス。目に見えない多数派を見逃さない配慮。この辺りのアイデアは恐らくMEMちょだろう。伊達に長年ユーチューブ市場で戦っていない。

 

側から見れば順風満帆。すでに成功している部類のアイドルグループと言っていい。

 

が、下を見れば山ほどいるように上を見ればまだまだ先行きは遠い。

 

超一流アイドルグループのステージは幕張メッセやアリーナ。ワンブロックすら7000のキャパがある。ドームはそのさらに上。気の遠くなる数字の先。

 

最高峰の舞台に立てるアイドルは大手事務所が推しているグループのみ。地下アイドル出身や中堅以下の事務所のグループは武道館がほぼ限界。その証拠にこの十五年で地下出身アイドルでドームに立ったグループは一人もいない。

 

───だからこそ、有象無象もかなり減った。

 

現実を知れば知るほど人間妥協する。今や本気でドームなど目指している中堅以下のアイドルなどほとんどいないだろう。

 

しかし、このSNS全盛の時代。何がバズるかわからないし、どこで人気が爆発するかもわからない。現にネットから話題になったアーティストがドームに立つということもゼロではなくなった。

 

───ポテンシャルはある。適性という意味なら、ルビーはオレを遥かに超える。

 

問題はそこまで耐え切れるか。停滞期にモチベーションを維持し続けることができるか。

 

進歩が感じられなければ人間そうは続けられない。どうしても初期衝動が必要になってくる。

 

───その衝動が、オレであるアイツは……

 

舞台袖。関係者のみが入れる控え室。直接目で見ることも映像でも見られる最高の席で、ライブを見つめるアクア。星の瞳の少年は気づいていた。半年前にはあった光。『私を見て』と叫ぶ衝動が、今は無くなっている。愛してもらうためにやっていた、『何かをする』が出来なくなっている。

 

「ずいぶん久しぶりに感じるわね。貴方と二人きりでいるの」

「ま、実際半年ぶりだしな」

 

ライブ映像を共に見ているミヤコから今のところ危機感は感じられない。それも仕方ないかもしれない。B小町の活動自体は至極順調だ。もういつバズってもおかしくない土壌を完成させている。ここからは時間をかけるしかないというのもまた正しい認識だ。

 

それに、有馬の後継も育ってしまっている。アイツに代わって眩いばかりの輝きを放つようになったのは……

 

「そっか。移籍前日の夜以来なのね。貴方と二人きりで過ごすの」

「思い出させんな」

「今夜時間ある?」

「一回きりの約束だったろうが」

「お兄ちゃん!!」

 

妹には秘密のちょっと危ない会話をしている中、ライブを終えた新生B小町が戻ってくる。

 

部屋の中で佇んでいる人間を見て、有馬の代わりに眩い光を放つようになった紅玉の瞳の美少女は、星の瞳の少年に、一直線に抱きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブを終えて控え室へと向かう。ステージを終えた時特有の倦怠感と解放感。そして若干の快感が身体を苛む。半年のアイドル活動でこの気だるさにも慣れてきていた。

 

「ん?話し声するねぇ」

 

ステージの控え室。扉から漏れる光と音。そして人影から部屋の中に誰かがいることにメムちょが気づく。関係者以外入れないこの楽屋にミヤコさん以外の人がいるのは珍しい。まして話し声など尚更。流石に会話の内容までは聞こえなかったが。一体誰だろうと少し訝しんでいると、ルビーの表情がパッと明るくなる。先に歩いていた有馬かなを追い越し、勢いよく扉を開いた。

 

「お兄ちゃん!」

 

控え室でミヤコさんと喋っていたのは今や国民的俳優となりつつある、星の瞳の美少年だった。

 

「おう、ルビー。お疲れ」

「観に来てくれてたんだ!言ってくれたらチケット用意したのに!」

「アンタ意外と暇なの?ライブなんか来る時間あるとは思わなかったわ」

「撮影で近くにいただけだよ。ミヤコに連絡したらここまで通してくれた」

「あれ?教科書とノート?アクたん勉強してたの?」

 

楽屋のテーブルに広げられたテキストとノートがメムちょの目に入る。内容は高二の夏より少し先取りした内容だった。

 

「事務所から課題出されてんだけど、纏まった勉強時間はなかなか確保できねーからな。オレの学業は隙間隙間にやってくしかねーんだよ」

「ああ学業!!あったねぇそんな概念!遠い昔の話過ぎて忘れてた!」

「よくそれでJKキャラやってけるよな、お前」

「アクたん頭いいもんね。大学行くつもりなの?」

「選択肢の一つとは思ってる。まあ特に焦ってはねーけど。大学受験は年齢制限ないし、入りたくなったら大学はいつでも門戸開いてくれてるからな。備えは必要だってだけ」

「うんうん、偉いなぁ。絶対そうするべきだよぉ。私も大学行きたかったなぁ。学力に余裕のある人が羨ましいよぉ」

「別に過去形にする必要ねーだろ。言ったように大学受験は年齢制限ねーんだから。今からでも高認とって勉強すれば──」

「ふふふ、若いなぁアクたんは。そんなマトモな事が出来る人なら最初から芸能界には来ない!と言っても過言ではないからね!」

「過言が過ぎる……って訳でもねーか。基本みんな目の前のことに精一杯だからな」

 

勉強とか大学受験とか、やった方がいいに決まってるのはわかってる。けれどそんな将来のことを考える余裕のある芸能人が一体何人いるだろうか。明日自分がどうなってるかすらもわからないのにそんな未来のことなんて考えられないのは当たり前と言えば当たり前なのかも知れない。特にこの芸能界という狂気の世界では。

 

「あんた、私達のライブ片手間で聞いてたわけ」

「作業用BGMとしてはちょうど良かった」

 

半年前と殆ど変わらない会話。移籍後もアクアはB小町と険悪にはなっておらず、定期的に連絡を取り合い、アクアはたまにこうしてイベントに顔を出していた。

 

変わったことと言えば……

 

「お兄ちゃん、私疲れたぁ。ヨシヨシしてぇ」

「おう、よしよし。お疲れ」

「お兄ちゃーん」

「はいはい。パックジュース」

「ん、んんんんー、んんんんん」

「どういたしまして」

「お兄ちゃん、暑いぃ」

「なら離れろ」

「それはいやぁ」

 

───近い

 

この兄妹の距離感。元々人前で平気でペアルックやらかすし、時折二人ともにブラコンシスコンと罵った時も平気な顔して認めていたくらいだった。仲のいい双子であることは周知の事実。

 

けれどそれはあくまで家族としての仲の良さというか、家族故の遠慮のなさというか。垣根はないけど、そういう一線は引いているように見えていた。

 

けれどここ最近は……

 

「いや何があった!」

 

こう叫ばずにはいられない状況になっていた。アクアが移籍して、今までのように頻繁には会えなくなって。けど、こうしてたまにライブとかを見に来てくれる。その度に見せつけられる、明らかにバグった距離感。ゼロ距離の接触は当たり前。今時付き合いたてのバカップルでもしないようなイチャコラに、B小町は正直かなり引いていた。

 

「先輩急におっきな声だしてこわわ」

「そりゃ声の一つも出るでしょ!いつも会うたびにベタベタベタベタベッタベタ!!距離感バグりすぎよ!ホント何があったのよアンタ達!」

「私とお兄ちゃんって、生まれる前からずっと一緒だったじゃん?」

「…………まあ、双子だからねぇ」

「学校とかも幼稚園から高校までずっと同じで。そりゃお互い仕事とかで会えない日もあったけど、それでも週に一回は絶対会ってて。隣にいるのが当たり前で」

「双子だからねぇ」

「でもお兄ちゃん移籍しちゃって。会える頻度も週一どころか月一あるかないかになっちゃったじゃん?いなくなって初めて気づく当たり前っていうか。私の半分はお兄ちゃんで出来てたんだなって気づいちゃって」

「アクたんも忙しいからねぇ」

「♡今♡反動が♡来てる♡」

「極端すぎるわ!!」

 

微笑ましく思えるブラコンを通り越している。もはやすでに禁断の関係と言われても納得してしまうほどだ。モラリストのアクアはないと思うが、夢見がちのロマンチストなルビーはもしかしたらもしかすると思わされてしまう。

 

「兄妹仲が良いことは悪いとは言わないけど!アンタ最近ブラコンアイドルで売れてるのも知ってるけど!兄妹の適切な距離感ってのがあるでしょうが!アンタ達ほとんど同じDNA組み込まれてんのよ!背徳感ヤバすぎ!アクアもなんとか言いなさいよ!」

「まあ、有馬の言うこともわかるし、多少鬱陶しいが月一くらいなら許してやらんでもない。グループ以外で寄りかかる相手もアイドルには必要だろう」

「…………アンタって、ホントに…」

「あ、ルビー。前より髪質サラサラだな」

「えへへー♡わかる?髪質改善トリートメント受けたんだよー♡キレイでしょ?」

「ああ。綺麗だよ、ルビー。推し増ししそうだ」

「………へへっ」

「やっぱりキモい!クソシスコン!!」

「有馬ちゃん、言葉遣い気をつけて。私たちアイドル」

「いいじゃない!今楽屋で誰もいないんだから!メムもなんとか言いなさいよ!」

「あ、じゃあインスタ行きの写真撮らせて。美男美女の双子カプめちゃ絵になる。万バズの予感」

「この数字ジャンキー!」

 

それからも一悶着あったが、アクアを迎えに来たマネージャーさんに連れて行かれ、楽屋内も一気に静かになり、私達も帰り支度を整える。アクアが来たことでライブ後の疲労も倦怠感もどこかへ飛んでいき、控え室の少しイヤな空気も吹き飛んでいた。

 

特にルビーは。

 

「〜〜♪」

 

喜色満面。頬も紅く紅潮し、口元には笑みが上る。左眼に星の瞳を。右眼にハートマークを浮かべる彼女は今までになかった可愛らしさと色気があふれ、蜂蜜色の髪の少女は可愛さと美しさを兼ね備え始めている。

 

少女から女へ羽化し始めている。

 

恋する乙女は美しくなる。それが事実である事を有馬かなは誰よりもよく知っている。

 

だがしかし。まだもう一つ、知らなかった。

 

恋は人を醜くもする事を。

 

「羨ましい」

 

口の中で囁かれた呟きを聞いた者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の街。恵比寿から少し離れた人気のない場所で、私は座り込んでいる。いつも通りバンに乗せてもらって帰路に就いている途中、ミヤコさんに頼んで途中で降ろしてもらった。少し一人で考えたい事があったから。

 

最近のB小町の空気は、はっきり言って良くなかった。

 

ライブは定期的にやってるし、チケットのはけも上々。アイドルグループとしては順調な活動内容。私たち三人だって別に仲が悪いわけじゃない。いじめもなければ不和もない。ちゃんと女友達やれてるとは思う。

 

けれどどうしても流れてしまう、ヒエラルキーの差。

 

この半年で、ルビーの仕事は圧倒的に増えた。

 

正直アクアの影響も大きいとは思う。もはや日本国民誰もが知る存在となったマルチタレント。その活動内容はもちろん、プロフィールまで気になるのは必然と言える。

 

そして少し調べれば分かる。アクアに双子の妹がいるということは。本人も言いふらしてはいないが、隠してもいないから。

 

興味の発端はアクアだったかも知れない。しかし芸能人にとってそれが売れる要素に繋がるならキッカケなどなんでも良い。

 

芸能界で屈指の美形であるアクアとソックリな美少女。顔と名前が知られれば活動内容もあっという間に認知される。アイドルであること。MVをアップしたこと。それらに興味を持ってユーチューブを開いてみれば、目に映るのはあの闇に引き摺り込むかのような、独特のオーラを放つルビーが見える。

 

『星野アクアの妹美少女すぎ!』

『ミステリアスでダークなオーラ!アクアの初期の頃そっくり!やっぱ血は争えない!』

 

ライブでセンターを務めてるのは私。スキルも三人の中で私が一番高いと自惚れでなく思う。

 

けれど今のB小町で中心にいるのは間違いなくルビー。今やルビーがいない動画には低評価さえつき始めている。私やメムはもはやバーターと化したと言っても過言ではない。

 

仲が悪くなったわけじゃない。いじめもなければ不和もない。けれど確実に雰囲気は変わった。

 

そんな無味無臭の雰囲気を壊してくれるのが、アクアだった。

 

事務所を移籍してから半年。今までのように頻繁に会うことは出来なくなった。けれど時間があればああやって私たちのライブを見に来てくれるし、楽屋にも顔を出してくれる。

 

ライブ後の微妙な空気になる控え室の風通しを良くしてくれる。アクアの存在はありがたかった。アクアのおかげでB小町は決定的に壊れるような雰囲気ではなくなっている。そのことに感謝はしている。

 

けれど、それでも。

 

スマートフォンを開く。ネットニュースにはアクアとあかねがツーショットで映っている画像があった。ドラマやバラエティのゲストなどで二人が共演することはこの半年で幾度かあった。仲睦まじい美男美女のカップルとして評判を呼び、人気も集めている。アクアの隣に立つあかねは心底幸せそうな笑みを浮かべ、アクアの腕に抱きついていた。

 

「───付き合ってるんだろうな。もうビジネスじゃなく、正式に」

 

アクアから直接聞いたわけじゃない。私から問いかけたわけでもない。けれどわかる。恋リア番組が終わって一年以上経っているのに変わらない、むしろ近くなっている関係。黒川あかねの演技でない笑み。紅潮した頬。ハートマークを浮かべる目。幸せが溢れている態度。どうみてもビジネスじゃない。彼氏大好き。全力彼女。

 

インスタを開く。フォローしているあかねのアカウントには沢山の写真がアップされている。

 

アクアとツーショットなんて当たり前。時に男物のシャツを羽織っていたり、クレープを一緒に食べていたり、お揃いのピアスをつけていたり、二人で一緒に勉強してたり。

 

アオハル全開。ブレーキぶっ壊れのアクセルベタ踏み。彼氏バカの極みが所狭しと並べられていた。

 

『あかねかわいい!』

『女優さんって言っても、やっぱり普通の女の子なんだよね』

『彼氏好きすぎ彼女』

『あの星野アクアだから仕方ないね』

『羨ましいなー、黒川あかね』

 

大衆の意見は良好。妬みも多少あったが、それ以上に人気がすごい。日を経るごとに美しさを増す黒川あかねに比例して、アクあかのフォロワーも増えている。世間は完全に二人のカップルを認め、応援していた。ここまでになってしまうともはや別れる方がリスキーかも知れない。

 

───それはわかってる。わかってるけど。

 

「有馬、ルビーを頼む」

 

頭にまだ感触が残ってる。固くて、熱くて、けどどこか柔らかくて、温かい。あいつの手のひらの感触。忙しいはずなのに時間を作っては私たちのライブに来てくれて、会いに来てくれる。私に優しい言葉をかけてくれる。拠り所になってくれる。

 

あかねと付き合ってるのに、私に優しくしてくれる。

 

彼氏としてはどうかと思わなくもない。私があかねの立場なら不快にまでは思わなくても不安にはなるだろう。誰にでも優しい男でない事を知っているから、尚更だ。

 

───あかねにはアクアに負けないくらいの才能がある。美人で、可愛くて、優しくて、性格も良い。あの二人を邪魔するつもりなんてもはやない。あの温泉の時から。

 

『私、アクアくんとしたよ』

 

もう一線は越えている。アクアは貸し借りにめちゃくちゃ厳しい責任オバケだ。そういう相手を蔑ろにする事などあり得ない。

 

───だから、私はもうあの二人を邪魔しない。応援さえするつもり。

 

アクアが自分の口から、あかねと正式に付き合っていると、私に言ってくれれば。

 

そんな事をわざわざ報告するような関係でないことはわかっている。私達は付き合ってるわけでもなければ、仲間でもない。もはや事務所も異なる他人。少し仲のいい友達程度。そんな相手に誰と付き合うだの誰と別れただの、いちいち報告する義理はないのはわかってる。

 

けれど、直接言ってもらえなければ、どうしても持ってしまう。

 

それは未練という感情。

 

───移籍してもなお私たちのライブに来てくれるのはなんで?グループ内で軋轢が生まれないための風通し役?それともルビーを気にして?でも私に優しくしてくれるのはなんで?いつも移動の時、私のサイリウムカラーのスーツケースを使ってるのは?私の考えすぎ?でも、言ってくれないとわからないじゃない。気にしちゃうじゃない。

 

誤解なら誤解で構わない。けれど、はっきりした答えが欲しかった。あかねと付き合ってると言ってくれるなら私は決して邪魔はしない。応援する。アクアが嫌がることは絶対しない。

 

だから、答えを聞きたい。

 

けれど私の方から聞く勇気はない。

 

「フるならちゃんとフッてよ……思わせぶりな態度取らないで……バカ」

 

夜の闇の中で呟かれた一言を聞いていたのは、夜空の一番星と、一番星に惹かれながらも、その眩さを恐れ、距離を取る事を選んだ淑女だけだった。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
更新遅れまして申し訳ございません。少し言い訳をば。12月、とくに年末は公私共に忙しすぎました。師走とはよくぞ言ったもの。年始も色々挨拶回りで駆け回り、人付き合いもあり、趣味に費やす時間ゼロが最大の理由でした。
最大じゃない理由は筆者の技量不足。前話があまりに綺麗に締めすぎてしまったため、次の展開のイメージが全然湧かなかった。今もまだ湧いていません。失恋直前の重曹ちゃん。恋する乙女まっしぐらなルビー。彼女を謳歌するあかね。母になったフリル。ひぃっ、パッと思いつくだけで爆弾だらけ。果たしてどうなってしまうのか。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します
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