【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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かつての星座を守るため星をなくした子は笛を取る
未だ拙い笛の音は自らの首も絞めるだろう
紅い宝石の名を冠するポルクスの炎は燃え上がる
一番星を演じる光に吸い寄せられて


89th take バーター

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、無職の中年の昼下がりってこんな感じなのかなって思うわ。今夕方だけど」

 

海が近いところにあるとある釣り堀。ダウンジャケットに身を包んだ中年男性の隣にフードとサングラスで顔を隠した青年が立つ。中年男性は少し不服げに眉を顰めたが、不快な様子はなく、隣に立った青年を受け入れていた。

 

「久しぶり。元社長。結構元気そうだな」

 

中年男性の名前は斎藤壱護。そして青年は星野アクアだった。

 

「よくここがわかったな」

「オレももうそこそこ顔もコネも効く立場なんでね。顔と名前さえ知ってればこの狭い東京で個人を特定するくらい出来る」

「…………で?事務所から蒸発して、12年も経った今更、俺に何の用だ」

 

夕暮れ近くの海で、喧騒と沈黙が辺りを支配する。周囲を飛び回る数羽のカラスがなぜか特徴的に映った。

 

「まあ、一応ダメ元で質問しに来たのと、元社長に報告がひとつ」

「…………なんだ?」

「オレ達の父親が誰か知ってる?」

「───知らねぇ」

「ホントに?」

「マジだっての。相手の男に関して、アイは誰にも一切口を開かなかった。もちろん俺にもな」

「ふーん」

 

その辺りはオレとは、というかフリルとは違うな、と心の中で思う。まあアイツの場合誤魔化しが効かなかったのもあるだろうが。フリルが妊娠した時も相手が誰かなど、本人以外にわかるはずもない。だがあの時、真っ先に疑われる対象はオレだったのは間違いなかった。

 

実際ちゃんと相手のことを事務所に報告したフリルが正しいと思う。相手がわかっていれば、妊娠に伴って、なにかしらの事件が起こった時の自衛手段を取りやすいし、容疑者も特定しやすい。それに相手が子供に関してどういうスタンスなのかも第三者の目で知ることができる。オレは子供とフリルを守るという方針であることをフリルにも事務所にも示した。そして事務所もそれを信じた。実際本心だったのだから当然だが。

 

だがアイの相手は子供に対して明らかに保護のスタンスはとってなかった。基本は放置だったのだろう。そうでなければアイに中絶させたはずだし、アマミヤゴロウを殺す前にアイを殺すか、オレとルビーを殺すかをしたはずだ。医者としての立場のある成人男性を殺すより、妊婦や幼児の方がはるかにリスクは低いし、手段も容易だ。

 

基本は放置。だがオレ達が生まれてから4年も経ってからアイを殺したのは、きっとなにかしらのトリガーがあったからだ。アイか、事務所か、オレ達かはわからない。だがヤツにとってなにかしらの不都合なアクションがあったから、黒幕は殺人教唆に踏み切った。

 

───このオッサンが嘘ついてる可能性もあるが……

 

その思考は、この一言で断ち切られることとなる。

 

「知ってたらとっくにぶっ殺しに行ってるっつの」

 

紡がれた一言は心胆から寒くなるような薄暗くドス黒い声音で、アクアの鼓膜を震わせた。

 

「お前こそ知らねぇのか。お前のことだ。12年なにもしてねーワケじゃねぇんだろ?」

「んー、まあ色々わかってきてはいるけど、特定にまでは至ってないかな」

「手がかり掴んでんなら教えろ」

「殺しなんて物騒な復讐考えてる人には教えない」

「お前、母親殺した相手を許せんのか」

「許す許さないじゃねぇ。日本の法律は復讐を認めてねーんだ。やればオレまで犯罪者だ」

「誰もお前に殺せなんて言ってねーだろ。面倒なことは全部俺がやってやる。だから──」

「こっちにどんな理由があろうと犯罪に手を染めれば一族郎党全てに迷惑がかかる。個人だけで引っかぶれる罪じゃねーんだよ。殺人は」

 

その一言で壱護も黙り込む。そう、殺人とは個人で背負い切れる犯罪ではない。ましてオレたちのように芸能界に関わっている人間なら尚更だ。オレが殺しても、壱護が殺しても、周囲に迷惑は必ずかかる。ミヤコに、ルビーに、有馬に、MEMちょに。スネに傷を作ったタレントは絶対に今後使ってもらえない。だってタレントの代わりなんていくらでもいるのだから。被害者家族で、罪を美談にできるならともかく、家族に加害者がいる人間を、わざわざ起用したりしない。

 

「報いは受けさせる。罪に見合った罰が降るよう証拠も揃える。万が一裁判で公正な判決が出なかったとしても、もう日本では住めないようにする」

「どうやって」

「それは企業秘密。まだメドもたってない策だ。口にするのは憚られる。だがオレは合法的な手段にしか訴えない。それだけは確実だ」

「…………へっ、お賢い事で。4,5歳のガキの頃からお前は変わんねぇな。賢過ぎて、頭が良過ぎて、心がどこにあるかよくわからねぇ。そういうところはアイに似てるが、アイツはお前ほど賢くなかったぜ。だからこそアイは人を惹きつけた」

「一応褒め言葉として受け取っておく。母さんに似ていると言われてもあまり嬉しくないからな」

 

完璧主義者の完全主義者。けれどどこか破滅的で自虐的な行動をとることもあったアイ。アクアも完璧主義者だが、もはや自らの破滅は望んでいない。最悪の覚悟はしているが、回避できるよう手を尽くしている。

 

「だからもうアンタにはなにも教えない。オレももうアンタからはなにも聞かない。個人で動く分には止めないけど、殺しの現場に立ち会ったならオレはストップかける」

「俺の敵に回ろうってのか?」

「敵には回らない。公正に法の裁きに託すってんなら協力もする。けどアンタが犯罪を冒そうとするなら止める。アンタのためじゃなく、ミヤコたちのためにな」

 

ケッと唾を釣り堀の中に吐き捨てる。このぐらいが星野アクアとして、言えるギリギリだろう。これ以上はボロが出かねない。

 

「で?報告ってのは?」

「この度、苺プロから移籍することになりました。もちろんミヤコの許可は貰ってます」

 

この言葉には流石に驚いたらしく、目を見開いてこちらを振り返る。移籍先を告げると、それなら仕方ない、と不満げながらも納得した様子で釣り堀へと身体を向けた。

 

「活動内容は知ってる。お前の才能が確かなことも……それこそ、アイと並ぶレベルなこともわかってる。あんな悲劇を繰り返さないためにも、大手の力を借りれる環境へ行くのは正しいんだろーよ」

「まあ、それだけが理由じゃねーんだけど」

「…………?」

「頼みたいのはコレからで──」

 

自分がいなくなった後の苺プロを守るため。そしてルビーに自分に代わる新しいブレーンをつけるために、星の瞳の少年はちょっとした魔法(サギ)を未だ勝手に蒸発したことを許していない中年男性に囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やれんの課、ワンチャン

 

それはTikTokやユーチューブなどに溢れる達人芸にチャレンジする企画。ゴールデンタイムのバラエティにおける人気コーナーの一つ。

 

担当しているのは星野アクア。この半年で国民的タレントとなった彼を主に据えている。歌って踊れて演技は天才。ピアノも弾けてドラムも叩けるマルチな才能はもはや全国に知られている。この人一体何ができないの、とさえ言われているほどだ。

 

番組の狙いとしては、このなんでもソツなくこなしてしまう彼の四苦八苦する姿を撮りたかったのだろう。あの涼やかな目元を歪ませ、クールで美しい表情に皺を作りたかったのだろう。

 

しかし令和の福山○治と呼ばれる彼のポテンシャルは番組の予想を遥かに超えていた。

 

『よし、来た』

 

数回やればコツを掴み、あっという間に習得していく。アクアのファンはこれでこそ星野アクアと言うものも多い。彼の完璧で無敵なキャラクターを強く後押しする姿に、コーナーの人気とともにアクアの人気もまた跳ね上がる。

しかし、そのあまりの呆気なさに達人芸の難しさが視聴者に伝わりにくく、アクアが事前に練習してるのではないかと言われる事も増えてきた。

 

そうした視聴者の不満の声に応えるのもまた、プロデューサーの仕事。

 

【やれんの課、ワンチャン!今日のコーナーは……!】

 

アクアの前に並べられているのは複数のサイコロと黒塗りのコップ。これだけ見れば経験者ならわかる。

 

「またダイススタッキングですか」

 

コップとサイコロを弄びながら道具を用意された金髪碧眼の少年が呟く。そう、今日の企画はダイススタッキング。コップの中で複数のサイコロをコントロールし、一列に積み上げるという達人芸。このコーナーの序盤にアクアがこなした技だ。

 

【今回は達人に挑む道場破りと刺客とでもいうべきスペシャルゲストを加えて対決する企画!ダイススタッキングの技も前回より高難度のものとなっております!】

 

と銘打たれてはいたが、道場破りが示した第一の試練。アクアはあっさりと突破してしまう。

 

「この感じだと今日のロケもめちゃくちゃ巻いちゃいますよ」

 

などというアクア節全開の傲慢な言葉が飛び出す。そのセリフに誰も反論できない。この男の習熟速度は本当に異常。まさにスピードスター、星野アクア。

 

しかし、こうなってしまうことは、番組の予想の範疇であった。

 

【それでは、今回から登場する、この男への刺客にご登場いただこう!】

 

ゲストが来るとは聞いていたアクアは、このナレーションに驚きはしなかったし、特別感情も動かなかった。恐らく道場破りとは別の達人でも現れるのだと思っていた。

 

しかし、違った。ゲストはまさにアクアのためだけに差し向けられた刺客という名に相応しい人物だった。

 

「イェーイ!お兄ちゃん来たよー!!いまどんな気持ちー!?」

 

星野アクアが、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははは」

 

マンションの一室。幼い赤子を抱きかかえ、オンエアを見ている女からケラケラと笑い声が響く。赤子にかからないよう、艶やかな黒髪を後ろに纏めている。白磁の肌に一点の墨を落としたような泣きぼくろが艶っぽい美少女。

 

名前は不知火フリル。数週間前から徐々に芸能界へ復帰しつつある国民的マルチタレント。抱きかかえた赤子の名前は不知火絆。今年17歳となる彼女の実の娘である。

 

そして、その後ろで不服そうに下唇を突き出しているのは絆の父。星野アクアだった。

 

父と母。そして娘の三人でバラエティを観る。絵に描いたような団欒の風景だが、この三人の関係は少し違う。父と母は籍を入れておらず、娘もまた父親の姓ではなく母親の姓を名に冠している。有体に言えば内縁関係の妻。そして娘である。

 

「笑いすぎだろ」

「ごめんごめん。だってこんな風にあなたが崩れ落ちるのもこんなに綺麗にハメられてる姿も初めて見たから。やっぱりあなたって家族には弱いのね」

 

そう、今までどんな時もクールで余裕で澄ましていた星野アクアの意外な一面。彼と親しい人間はある程度知っていたが、大衆は知らなかった事実。それは基本冷徹。クールで無慈悲な正論マシーン星野アクアが、家族や親しい人間には冷徹を通せない時があるという事。

 

妹という血縁的に最も近しい少女の登場に星野アクアは膝から崩れ落ち、地面に手を付く。その周囲を星野アクアそっくりの美少女が煽るように回る。滅多に見られないアクアの嵌められた姿に、日本全国から笑いが巻き起こり、そして新たな付加価値が星野アクアへと追加される。

 

『オレ、この番組には感謝してますし、ゲテモノでもドッキリでもバンジーでも、どんなチャレンジでもやろうとは思ってるんですけど───』

 

この一言が、星野アクアのみならず、星野ルビーもバズらせた。

 

『プロデューサー、家族は勘弁してください』

 

「ぶっふふふっ!」

 

オンエアを見ていたフリルが噴き出す。テロップには『ここはヤクザの事務所か』というツッコミが添えられ、さらに笑いを呼び込んだ。

 

『アクアのこんな姿、初めて見たw』

『家族には弱いんだ!』

『意外と人間らしい可愛い一面もあるじゃん』

『ちょっとザマぁと思う私がいる』

 

などなど。SNSで大バズりしたのは、お腹を抱えて笑いを噛み殺すフリルを見れば火を見るより明らかだろう。今までの完璧で無敵な星野アクアのイメージが崩れるから、バッシングもあるかと覚悟していたのだが、原因が家族な事もあってか、批判的なコメントは少なく、アクアの人間らしさが高評価へと繋がっていた。

 

「あ。絆起きちゃった」

 

母の腕の中で眠っていた赤子が母親の小刻みに震える笑いから違和感を感じて目を覚ます。泣くかと思ったが、周囲を見渡し、テレビに視線が合うと、キャッキャッと嬉しそうに笑っていた。

 

「この子にもわかるのかな?ねー、絆。パパ、面白いねー」

「分かるわけねーだろ。お前が笑ってるから釣られて笑ってんだよ」

 

ぷっくりと膨れた頬を軽くつつく。紅葉のような小さな手が父の小指を掴んだ。

 

「ほら、隣座って。続き、見よう」

「ああ」

 

流石に振り払う訳にもいかず、どうしたものかと思っているとフリルが隣を叩く。引越しするにあたり、二人がけから買い直した少し大きなソファは、子供を抱えて三人が座ってもなお充分な広さがあった。

 

 

 

 

 

 

結論から言って、ルビーをゲストに加えた番組は好評だった。

 

今まではどんなチャレンジもあっという間にコツを掴んで、達成してしまっていた星野アクア。その姿は彼の完璧で無敵なキャラクターを強く後押しするもので、観ている人達も楽しんでいた。

 

しかし、毎回同じ展開になるとつまらなくなってしまうのがバラエティ。

 

そのテコ入れとして番組から招かれたルビーは完璧な役割を果たしたと言って良かっただろう。

 

「うわっ!なにこれ難しっ!どうしてお兄ちゃんはそんなスルッとできんの!?」

「んー、1を1と認識できるからかな。1さえ掴めば10、100に増やしていくのは難しくないから」

 

あっさりとこなしていくアクアの傍らで悪戦苦闘するルビー。相変わらずバラエティの法定速度を無視していく兄と、バラエティのお約束を守る妹は実に面白い対比構造となり、番組内に新鮮な風を吹き込んだ。

 

「お兄ちゃん、わかんなーい」

「なんでわかんないのかがわかんない」

「ひどい!冷たい!厳しい!もっと手取り足取り優しく教えて!甘やかして!」

「ったく、しょうがねえな。目で見てやろうとするからできねーんだよ。指で見ろ指で。感覚を指で掴むんだ」

 

ベタベタに甘える妹となんやかんや面倒見のいい兄。ルビーがブラコンアイドルで売っているのは一部では有名な話だったが、厄介なファンの質問や男をかわすためのアピールや建前と思っている人間もいた。しかしその疑いは地上波の電波によって晴らされる事となる。

 

「わっ、来た!できたー!やったー!」

 

そして兄ほどではないが、なんだかんだセンスは悪くないルビーも兄より時間はかかりつつ、最終的にはチャレンジを成功させる。美少女の悩み、挑む姿。失敗した時の可愛さと、できた時の兄に抱きついて喜ぶ仕草の可愛さが、ルビーの人気に一気に火をつけていく。

 

スタジオからも観客席からも。もちろんテレビの向こうでも。笑いが巻き起こり、感動を呼ぶ。今まで完璧すぎて近寄りがたかったアクアからは親しみやすさが芽生え、ルビーだけでなく、アクアにも双子キャラが浸透していく。星野アイにも不知火フリルにもなかった、新しい武器がまた一つアクアに備えられていった。

 

「あー、面白かった。あなた的にも結果悪くないんじゃない?完璧キャラで通し続けるのは何かと大変だし。長期的に見れば良い選択だったと思う」

「長期的に見れば、ねぇ」

 

アクアにとって、長い目で見るということに関してはあまり価値を見出せなかった。明日どうなるかもわからないこの世界。先のことを見据えて足元が疎かになったら意味がない。真っ当に芸を磨いて評価を受けて、できることを少しずつ増やしてステップアップしていく方がいいに決まってる。

こういう既に売れてる人間に乗っかって知名度を上げるウルトラC的なやり方は確かに手っ取り早いがリスクも高い。アクアも似たようなことをやりはしたが、アレはあくまで12年の積み重ねがあり、地力があったからこそ成立した手法。本格的に芸能活動を始めて一年半程度のルビーがやるにはかなり危うい。メッキが貼り付けられた嘘っぱちタレントが馬脚を表すなんて姿、いやというほど見てきた。

 

「アクアや私みたいに正攻法だけで売れる人はごくわずかだから。こういう戦略もアリだとは思う。企画と実力が伴っていれば」

 

それはフリルも同意見だったらしい。

 

「これ考えたのあなたじゃないでしょ。苺プロの社長さん?」

「ミヤコじゃねーと思う……多分先代だ」

 

アクアが苺プロから移籍する際、実はちょっとした置き土産をしていった。それは斎藤壱護がとある釣り堀によく出没するのをルビーに教えたこと。そしてアクアとミヤコが行きつけのバーを壱護に教えたこと。

 

実はアクアは既に蒸発した壱護とは何度か会っていた。星野アイのことを最もよく知っているのは、家族を除けばあの人だと思っていたから。あの人が事件の真相に一番近いと思っていたから。

 

しかし、結果は空振り。相手の男に関してもなにも知らなかった。アレは嘘ではないだろう。

 

『知ってたらとっくにぶっ殺しに行ってるっての』

 

あの殺意が演技とはとても思えなかったから。

 

しかしそれでも壱護に利用価値がないわけではない。今まで苺プロのブレーンはアクアが務めていたが、移籍するとなると今までのようにアドバイスやコーチはしづらい。なら代わりが必要。それもある程度信用はおける人間の。壱護がミヤコを捨てて蒸発したことに関してアクアは全く許していないが、業界人としての能力は認めていた。アイがあそこまでトントン拍子で売れたのはあの人の力も間違いなくあっただろうから。

 

───そこそこ信用できて能力もあって、業界内を知ってる人間って事でオレの後釜に復帰させたが……

 

だから間接的に壱護と接触できるように環境を整えた。その甲斐あってルビーは壱護と接触し、ミヤコも再会出来たらしい。この間、ミヤコにボコボコにされて苺プロのバイトとして再雇用された写真がルビーから送られてきた。

 

「こういうこざかしい事考えんのはいかにもあのオッサンの思考回路だ」

 

ルビーは今、天然で天真爛漫。基本おバカなキャラクターで図太いが故に誰にでも距離が近い。いい意味で失礼で、誰とでも仲良くなれて、親しみを持ちやすい。そしてファンが安心してガチ恋できるブラコンアイドルとして売っている。ほとんど素だし、話も多少盛られる事はあっても嘘はない。真っ直ぐに、胸を張って、綺麗にアイドルを目指していると言える。

 

一度だけ、収録終わりにルビーが聴きに来た事があった。

 

『これぐらいならせんせー、私のこと嫌いにならないでくれる?』

 

そう言ってこちらを見上げてきたルビーはこの13年で一度も見たことがなかった目。男に嫌われることを恐れる女の目。

 

星の光を宿していたはずの紅い瞳から、その輝きが失われてしまった目だった。

 

『嫌いになんてならないよ、さりなちゃん』

 

パァッと明るくなり、目に輝きが戻る。腕に抱きついてくる姿は裏方の人間の何人かには見られたっぽいが、今のルビーのキャラクターなら、許された。

 

アクアに新たな双子キャラが追加され、ルビーの人気も上昇したことで、美男美女の二人が『やれんの課、ワンチャン』以外の他番組で同時に呼び出される仕事も増えていく。特にルビーは爆発的な増加と言っていい程の急激さであった。

 

「今はあなたのバーター。けどいずれ二人が並ぶ日は来るんだろうね」

 

フリルの感想はB小町内部でもほぼ同意見だった。

 

やっぱり、あの二人は特別だと。

 

私達はオマケで、引き立て役に過ぎないと。

 

「ま、そうなる日はまだ先だろうがな。オレでも半年かかったんだ。アイツも最速で、同じくらいはかかるだろう」

「それ次の仕事の台本?」

「ああ。まあな」

「どんな仕事?」

 

一瞬躊躇う。こういうことを外部に漏らすのはたとえ身内でも倫理に反するからだ。けど、同じ事務所で、かつ芸能活動を休止しているフリルなら良いか、と思い直した。

 

「コスプレ。バリバリメイクした有名人は誰かを当てるヤツ」

 

 

 

 

 

 

 

 

【正体を見破れ!ダレやねん?コスプレショー!】

 

四半世紀近く続く超長寿番組の人気コーナー。プロのメイクが本気で芸能人にメイクを施し、コスプレをさせ、素顔がわからなくなった状態でその有名人が誰かを推測する企画である。

 

その企画でとある若手俳優が出演する。服装は上下ともに黒。髪色は白髪。目元は黒い布で覆われており、特定は非常に難しい状態で登場した。

コスチュームは『東京ブレイド』に匹敵する大ヒット漫画。その人気キャラクター【五条悟】。作品内でも超美形キャラとして人気を博している。

総メイク時間は30分弱。服装金額は数万円でレイヤーにしては比較的安く、かつ短時間。メイクさんもあまり大袈裟にいじる必要がなかったとコメントしていた。

 

誰かを当てるヒントのコーナーではピアノ演奏が行われる。目隠ししたままのピアノ演奏は素人目で見ても凄さが伝わりやすく、スタジオは大いに湧く。そして最後にはなんと、セリフまで言っていた。

 

『大丈夫。僕、最強だから』

 

明らかに声色を変えて発せられたセリフは、余計に特定を困難にさせた。

 

スタジオ内で正解を当てられた人間は居らず、一般投票でも正解者ゼロ。

 

正解発表となり、コスプレイヤーが黒布の目隠しを外す。

 

「どうも。星野アクアです」

 

【きゃああああああ!!!】

 

スタジオだけでなく、日本列島全体から悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

アクアがゴールデンタイムのバラエティでコスプレをしたその日から、またも星野アクア関連のSNSは大騒ぎとなる。

 

『星野アクアぁああああ!!?美しゃああああ!?!!』

『瞳に関してはほぼメイクなし!?リアル六眼!?』

『これは現代最強の芸能人(じゅつし)』 

『高専生編での実写版キャスト決まっただろ』

『30分程度の基礎的なメイクと簡素な衣装で、このレベル!』

『星野アクア!逆に貴様は、なにを持ち得ないのだ!!』

『美という名の必殺必中の術式』

『これが五条アクアの領域展開』

『なにが起こった……ワシの推し活(領域)が推し負けたのか?』

『星野アクアの五条悟コス…!いつまでも情報が完結しない!』

『これが無下限の内側……推し活(生きる)という行為に無限回の作業を強制する』

『公共の電波に乗せるという縛りで日本全土に効果範囲を拡張した閉じない領域』

『このスレにいる奴ら領域に飲み込まれて全員パーになっとるw』

 

などなど。星野アクアの新しい切り口はまたしても万バズを生み出す。

そしてアクアにはコスプレ系の仕事が一気に増え、便乗する番組も増える。

 

『やれんの課、ワンチャン!』もその一つであった。

 

「またコスプレですか?」

 

社長から渡された企画書の内容に目を通す。星野アクアのバズはついに他局の番組にも影響を及ぼし始めるようになっていた。

 

「そう。題して、【レイヤーに星野アクアが混ざってもバレないか、ワンチャン!】」

 

今までのような達人芸のチャレンジではなくハラハラ系のチャレンジ。もはや国民的タレントの一人と言っても過言でないアクアがこのチャレンジをやるのは企画的には面白い。

 

が、ここでただのコスプレではなく、一捻りを加えてくるのがゴールデン番組のスタッフだ。

 

「今度のオレのコスは女性キャラ、か」

「まだ具体的には決まってないけどね。今年流行った女性キャラのコスをやってもらうことになると思うわ」

「女性レイヤーの中にオレが混ざるわけですか。確かにハラハラ感は増しますし面白くはなりそうですね」

 

着替えは専用の場所を用意してもらっているし、レイヤーたちの中にコスチューム姿で混ざるだけであれば地上波でもギリギリ許される範囲だろう。夏コミまでまだ少し猶予もある。メイクさんも張り切って準備してくれてるらしい。

 

「星野アクアに目をつけたのはこっちが先だったんだから!ってね。クオリティは期待して良いと思うわ」

「コスやるのはオレだけですか?」

「流石に男一人を女性レイヤー達の中にぶち込んだりはしないわよ。隠れ蓑やフォローとかも必要だろうし。星野ルビーにも同じオファー出してるって聞いたわ。あと他にも何人かレイヤー呼ぶみたいよ」

 

流石にゴールデンタイムの人気番組。金の掛け方も時間の取り方もキャスティングも練られている。コレなら問題なさそうだ。

 

「わかりました。受けます」

「オッケー。細かいことは白河ちゃんに任せるから」

 

アクアが企画書を閉じ、椅子から立ち上がった時、社長も意識は次の仕事へと向かっている。未来の仕事を決めることも大事だが、今決まってる仕事をこなすのが最優先だからだ。

 

しかし、社長として、所属タレントにこの注意事項だけは伝えねばならなかった。

 

「夏コミって地上波テレビだけじゃなくて他にもネット局のロケとか取材とかいっぱい来てるから。現場で同業者と鉢合わせることあると思うけど、仲良くやってね」

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
アクアの小細工で壱護元社長復帰。小細工事態は移籍直前にやってますが、身を結んだのはB小町のライブの後。ボコボコにされた後ルビーに色々アドバイスしてます。その結果のゴールデンタイムデビューです。アクアが全国区になったからこそパワーアップした便乗商法でした。けどAD君を落とすのはやってません。せんせーに嫌われたくないので。
コスプレイベントはアクアも参加します。ゴールデンの企画なのでコンプラは遵守してます。けれど、その陰で事態は進行し……
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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