【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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誰もが着飾る仮装の舞台
人を騙し、恋人を騙し、家族を騙し、自分を騙す
何よりも孤独を恐れなさい
仮面が隠すのは表情だけではないのだから



90th take 修羅場マトリョシカ

 

 

 

 

 

 

 

忙しい時って、めちゃくちゃ時間が長く感じるのに、過ぎ去ってみればあっという間なのはなんでだろう。

 

リバドルのクランクアップを迎えて以降、映画だドラマだ歌だダンスだバラエティだで東奔西走し、曜日感覚もあやふやになっているのが当たり前になり始めた頃。季節は夏を迎えていた。

 

「お兄ちゃん元気ないぞー?今日はお祭りなんだから、もっと胸張って!その偽物のおっぱい張り出して!」

 

星の瞳の少年が茹だるような暑さに辟易していると、バシンと背中が叩かれる。叩いたのは少年とよく似た、左目に眩い星の光を宿した美少女。

 

名前は星野ルビー。けれど今彼女を見て星野ルビーと気付ける者はいないだろう。彼女は今いつもと違う服装。いつもと違う髪色。いつもと違う瞳で歩いている。そう、ルビーは今、上から下までプロが本気で施した、変装と呼べるレベルのメイクで彩られていた。

 

「いやー、もちろん私もリバドルはずっと観てたし、追っかけてたけどぉ。アクたんの生ルイヤバいねぇ。こんな綺麗だなんて思わなかったよぉ」

「だよねだよね!お兄ちゃんめちゃかわ!推し増ししそう!」

「うるせーな、メムこそ今年26のくせに最年少キャラのコスやってんじゃねーぞ。普通に引くわ」

「ちょっ!あんまり大きい声で言わないで!」

 

いつものプリン頭とツノのカチューシャを外し、赤髪のウィッグを被っているのは同じくB小町メンバーMEMちょ。リバドル最年少の少女に扮している。

 

そしてこういう時、最もアクアのことを弄りそうでバカにしそうな最後のB小町メンバーは何やら震えていた。

 

「ゴールデンのバラエティに出演…!一体何年振り……アクアのバーターなのが気に入らないけど…!」

「なんか悲しい喜び方してんな、元天才子役」

 

有馬かな。かつて全国に名を轟かせた元天才子役にして、現B小町センターは感動で震えていた。

 

「かなちゃん。衣装乱れてる。襟元ちゃんとして。あとウィッグ。いつもと違うロングだから纏め方ヘタ。貸して」

「…………どう?」

「───まあ、及第点じゃない?」

 

櫛を取り出して有馬かなの手入れをするのはいつもは女優を勤めている美少女。彼女もメイクをしっかりと施され、普段の姿とは異なる。しかしそれ以上に声に出さない感情の高まりが普段の彼女と異なる人物に仕立て上げている。

 

黒川あかね。最近メキメキと知名度を上昇させている実力派女優。そしてアクアの公式彼女。有馬かなの反転アンチの隠れ大ファンとしても一部では有名。

 

星野アクア。B小町。黒川あかね。そしてもう一人は今日、夏コミのビッグサイトへと訪れていた。もちろんプライベートなどではなく仕事。アクアがレギュラーを務めるゴールデンのバラエティ。『やれんの課、ワンチャン!』における企画の一つ。

 

今飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進を遂げている星野アクアがコスプレして夏コミに紛れたらどうなるのか、というコンセプトの元、撮影が執り行われている。

 

コレはアクアが別の番組でコスプレをし、万バズが発生したことに端を発する。今までその多才さで人気を博していたアクアだったが、今度はその美貌を全面に押し出していこうという事務所の意向のもと、出発した指針は大成功を収め、今アクアの下にはメイクやコスプレのオファーが殺到していた。

 

今回の仕事もその一つ。しかしバラエティの企画なだけあって、視聴者を楽しませる一捻りが加えられている。今回アクアが扮するのは女性のコス。それも同じテレビ局で放送され、大ブレイクを果たしたドラマ『リバドル』の主人公。川原ルイがアイドルに変装した時の姿で参加していた。ドラマの主人公を務めているのもアクアのため、ある意味コスチュームプレイではなく、ご本人登場といった形だが、それもまた面白さに一役買っている。

 

そしてどうせならドラマ内のグループの子を全員コスプレで出そうというプロデューサーのアイデアで、ルビーや有馬、メム、そして黒川あかねも参加していた。

 

「お兄ちゃん、着替えどこでやったの?」

「バンの中で、なんとか」

 

リバドルにおける同い年でアイドル姿の主人公に恋してる百合枠のアイドル、『椎名まゆ』に扮しているのは星野ルビー。

 

「流石に女子更衣室は使えないもんねぇ」

「こんな女子だらけの控え室に男一人いること自体結構ヤバいわよね」

 

メムちょは元気印の後輩枠、『芹澤ありす』を。センターを務める主人公を敵対視するライバル枠『後藤彩花』は有馬かな。

 

「大丈夫、私がいつでもフォローするから」

「やる気満々だな、あかね。演技の仕事じゃないからもっと渋るかと思ってたのに」

「やる気も出るよ!久しぶりのアクアくんとの共演だもん!」

 

唯一主人公の正体を知る幼馴染にして、正ヒロイン候補筆頭『茅野雫』は黒川あかねが務めていた。

 

「しかし見事にアンタの身内というか、関係者で揃えたわね」

「その辺は社長の手腕だろうな。ルビーを使うなら他のB小町も、ってオファー出したんだろう」

「で、ヒロイン役はあかねに頼んだ、と。やっぱりリアルと創作のリンクをやりたがるのはゴールデンでも変わらないわね」

「それにただポーズとって写真撮られるだけじゃねーからな。ネタバラシの後、ライブもやる。ただレイヤーだけやってる子を呼ぶわけにもいかなかったんだろ」

「黒川あかね、そのあたり、大丈夫なんでしょうね?」

「れ、練習してきたから大丈夫!私は目立たない位置だし!センターはアクアくんだし!その輝きで私を塗りつぶしてね!」

 

頼りにしてる、と腕を絡められる。流石にやめろ、とあかねを引き剥がした。衣装が乱れるし、まだ出演者用の控え室とはいえ、あまりベタベタしてると周りから変に観られる。もうそろそろプライベートから仕事モードに切り替えなければならない。

 

「けど私たちもちょっとは出世したよねぇ。昔は衝立の裏で着替えとメイクやってたのに、今やグループごとに専用の控え室用意されてるんだもん」

「その辺は流石にゴールデンの企画よね。ちゃんと無理ないスケジュールが組まれてて、作品からの許可も前もって貰ってる。衣装もメイクも向こうがちゃんと用意してくれてた」

 

そうしみじみと語るのはここに来るまでにちょっとしたトラブルを見かけたから。どうやら東京ブレイドのコスを企画していた番組で、前日になってやっぱり許可が降りず、衣装の変更を強いられた、と。

 

「他番組のADぽいっ男の子、さっき電話でめちゃくちゃ謝ってたねぇ」

「前日から新しいの作るなんて絶対無理だし、マイナーチェンジだって一晩だと徹夜確定だろうしな」

「地上波じゃないネット局のバラエティなんてそんなものよ。スネに傷あるD起用して、何かの焼き増しの企画揃えて、地上波じゃできないギリギリ攻めた結果、墜落する。スケジュールもザルで、考え方もコチコチ。『今日あま』の時に思い知ったはずでしょ」

 

不道徳と面白さは紙一重。だが世はまさに大コンプライアンス時代。配慮のない番組は堕ちるしかない。アクアでさえくだらないと思う慣習でがんじがらめになっているのが今のテレビ業界。ネット局なんてパワハラモラハラセクハラのオンパレード。言ってもいないことを言ったとか言い出すし、報連相もろくに出来ない。そういったワリを現場で食うのが下っ端のAD。炎上の責任を取るのはD。上は尻尾を切り落としておしまい。どの世界でも結局は上は損しないように社会の仕組みは成り立っている。

 

「でもウチはそんな事言ってられないわ。コンプラも守られてて不道徳さもまあギリギリ。コレが滑ったら全部私たちのせいよ。気合い入れなさい」

「はーい」

「あと黒川あかね。歌は口パクでもいいけど、せめて素人は騙せるくらいのダンスをやりなさいよ」

「わかってるよ!」

 

控え室の扉を開き、会場へと向かう。アクアを筆頭に残り4人が後に続く。

 

黒猫のキグルミを着たバックダンサー達が、ステージ裏へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

イベントが始まり、撮影は順調に進んだ。

 

今年ブレイクしてリバドルのコスプレをしているレイヤーは結構多く、アクア達もブースのレイヤーに混ざっても違和感はなかった。

 

そしてレイヤー達の中でぶっちぎりにハイクオリティの彼らにカメラが殺到し、しばらく撮影に集中した。

 

撮影は進み、レイヤー広場に整えられたステージ。その壇上に6名が上がる。そして訪れる、ネタバラシの時間。ウィッグを取った川原ルイのコスプレイヤーがマイクを取った。

 

「どうも、皆さん。ようこそお越しくださいました。星野アクアです」

 

湧き上がるステージ。比較的男性が多い夏コミだが、近年は女性の参加者も増えている。そして参加していた女性レイヤー達からも悲鳴が上がった。

 

「ご本人登場じゃん!」

「アクア様ぁああ!!私絡んどけばよかった!」

「今からでもカメラオッケーかなぁ!?目線!目線お願いします!」

 

ステージに殺到したファン達に応え、群衆が落ち着きを取り戻し始めた時、他のメンバーのネタバラシが行われる。まず真っ先にルビー。

 

「皆さんこんにちはー!『やれんの課、ワンチャン!』です!星野ルビーです!今日は仲間と一緒に夏コミに参加させてもらいましたー!」

「MEMちょでーす!」

「有馬かなです!」

「三人揃って、B小町です!今日はこのままライブもさせてもらいますので、どうか最後までよろしくお願いします!」

 

今度は男性陣から声が上がる。まだ先代には及ばないが、着々と知名度を高めているB小町。まして、夏コミに直接参加している人間となると、アイドルオタも多い。ほとんどの人間がB小町の事を知っていた。

 

「ホントこの人男性ホルモンどうなってるんだろうね。美少女過ぎない?」

「ルビー、それグチ?それとも兄自慢?」

「両方!」

 

会場から笑いが起きる。ここからはしばらくトークショー。台本に従ってロケが進んでいく。テレビクルーのスタッフから幾つかの冊子が回されてきた。

 

「えー、それでは質問コーナーに移ります。えーっと…」

 

『理想の男性のタイプも結婚したい相手もお兄ちゃんってホント?』

 

「本当です!どっちもお兄ちゃんです!」

 

ステージの液晶に質問内容が映し出される。紅い瞳の美少女が胸を張って答えると同時に、隣のアクアに抱きついた。

 

「鬱陶しい暑苦しいめんどくさい可愛い」

「いい加減そのビョーキ治しなさいよこの超絶シスコンブラコン兄妹!」

 

腕に抱きつくルビーと満更でもない様子のアクアに対して向けられた、有馬かなのツッコミにまたも会場が湧く。叩かれた肩を摩りながら赤い瞳の少女が客席へと向かった。

 

「みんなブラコンっていうけどね。顔が良すぎる兄を持つのも大変なんだよ?」

「例えば?」

「私って初めて出会う異性が兄なわけじゃん?」

「双子だからねぇ」

「人生の大半一緒に過ごしてると異性の基準が兄になるのは必然じゃん?」

「双子だからねぇ」

「この顔面とスペックに勝てる男子が学校とかにいると思う?」

『…………………』

「放送事故になるだろが」

 

黙り込んでしまうB小町にアクアのツッコミが入り、また笑いが起こる。それからしばらく質問コーナーが続き、受け答えしながらたまにアクアの辛辣なコメントが笑いを呼ぶ。そんなバラエティとしての撮れ高が終わったところで、アクアがもう一度ルビーからマイクを受け取った。

 

「それでは今日の本番。私たち【sign】のライブ。一曲目、聴いてください。【star mine(星は僕のモノ)】」

 

ライブが始まる。メイクを直し、それぞれのキャラクターに再び成り切った5名はリバドルの劇中歌を歌い、踊る。盛り上がりは見せたが、少し戸惑いの声も上がった。星野アクアは言わずもがな。ルビー達も流石にステージ慣れしている。だが明らかに一人慣れていない。故に目立ってしまう存在がいた。

 

「あの雫のコスやってる子……」

「ワンテンポ遅いっていうか…雫らしいって言えばらしいけど」

 

一曲目、【star mine】が終わる。歌が終わるとより一層ヒソヒソ声が目立つ。どうすべきか、本人含めて戸惑っていると、センターで歌っていた美少女の格好をした少年が遮った。

 

「みんな、最後の一人を紹介するね。今日、茅野雫を演じてくれているのは───」

 

ウィッグを取り、軽く変装を解く。青みがかったロングヘアが宙に踊った。

 

「黒川あかねちゃんです!」

 

変装を解き、黒川あかねが現れた事で、ダンスのヘタさも吹き飛び、会場は一気に盛り上がる。それもそのはず。リバドルの正ヒロイン最有力の茅野雫。主人公とは幼馴染で、彼の正体をメンバーの中で知っている唯一の人物。観客達は当然ルイと雫の関係を知っているし、またアクアとあかねの関係も知っている。

 

恋人に最も近いキャラクター達が、本物の恋人であった事に、歓声が大きく上がった。

 

「あはは……ダンス下手でごめんなさい!」

 

頭を下げるあかねに対して、観客達は『いいよー』とか『気にしないでー』とか口々に庇う声が上がる。アクアがステージでフォローしたことも燃料となり、二人を囃し立てる。いつのまにかステージのセンターにアクアとあかねが二人で立っていた。

 

会場から巻き起こるキスコール。若干の躊躇いを見せながらも、あかねはフラフラとアクアへ近づき、興奮と疲労で赤くなった頬。汗によって張り付いたしっとりと濡れた髪があかねに妖艶な美しさを纏わせていた。

 

「…………マジで?」

「マジ。見せつけてあげようよ。私たちが、最高の恋人だってこと」

 

場の雰囲気とライブ感に酔ったあかねにもはや理性は残っていない。

 

首に手を回し、飛びつくようにキスをした。

 

黄色い声と祝福と怒りが混ざったような悲鳴が怒号のように押し寄せる。歓声がある程度収まるまで、あかねはキスを続けた。

 

「…………最後の曲、行きます。【アムネジ・アイドル】」

 

目の前で向けられる数千の瞳より、背中からの視線が、何故か気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イベントが終わり、とりあえずの収録も終わる。他のメンバー達はコスプレ広場でしばらくイベントを回っている。夏コミを楽しんでいるのもあるが、売り込みもあるのだろう。新しい層の認知を開拓するチャンスだし、『やれんの課、ワンチャン!』以外にも業界関係者はたくさん来ている。上手くいけばオファーも貰えるかもしれない。有馬やメムにはまだイベントに参加する価値はある。

 

そしてその必要がない者と、他に仕事がある者はそれぞれで個人行動を取っていた。あかねは既にマネージャーが迎えに来て、次の現場へと向かっている。

 

そしてアクアとルビーはステージ裏で休息を取っていた。

 

「……お兄ちゃんさぁ」

 

隣に座り、兄の肩に頭を預けていた少女が呟く。その声音には怒りと悲しみ、そして妬心が色濃く浮き出ていた。

 

「あかねちゃんとはいつまで付き合うつもりなの?」

 

返事をしない兄の……兄だった人の胸の内を察するように妹だった少女は口を開いた。

 

「お兄ちゃんがあかねちゃんと付き合ってる理由はわかるよ。あれだけママに憑依できる才能だもん。思考パターンとか、行動理由とか、あかねちゃんから探り出して、私たちの父親探す手掛かりにしようとしてるんでしょ?」

「…………ああ」

「そのこと、あかねちゃんは知ってるの?」

「あかねには結構話してるよ。オレが芸能界で人を探してること。あかねにも協力してもらいたいってことも」

「ママのことは話してないよね?」

「ああ。それを話す時は必ずおまえに断り入れる。安心しろ」

 

頭に手を添え、優しく撫でる。紅い瞳の少女は兄だった人に預けた体を一層傾け、胸元を握った。

 

「あかねちゃんとの交際は、今のお兄ちゃんに必要なものだと私も思う。ママのことを追いかけるためだけじゃなく。公式彼女がいる方が周りもうるさくないし、変な女が寄ってくるのも防げる。だから理解はしてる。納得も、してる」

「…………………」

「でも、だからって感情が動かないわけじゃない。やきもち妬かないわけじゃない」

「ルビー……」

「めちゃくちゃむかついた」

「ごめん」

「謝ってほしいわけじゃない。謝らせたいなんて、思ってない」

 

兄の胸に顔を埋める。震える声でルビーはアクアを見上げた。

 

「信じてる」

 

何をかはわからない。母のことだけは秘密にすることだろうか。それとも、もっと別の何かか。もしかしたらルビーすらわかっていないかもしれない。それでも人生を救ってもらった病室の少女は、神に等しい存在に絶対の信頼を置いていた。

 

「好きだよ、せんせー」

 

性別差以外、ほとんど変わりがない二人の美しい少女と少年の唇が重なった。

 

 

 

 

 

 

───ヤバい。

 

ルビーがいなくなった後、アクアはステージ裏から動けなかった。

 

───ルビーのタガが外れてきてる。ルビーではなく、さりなになってしまってる

 

人前ではちゃんとルビーとして振る舞ってるし、行動もブラコンの範囲内で収めている。けれど、二人きりになるとその枷が簡単に外れる。アマミヤゴロウに恋をする天童寺さりなと化してしまう。

 

───ついにキスまでやってきた。ここから先に踏み込もうとするのも、もう時間の問題なのかもしれない。

 

それは禁断の領域。世間一般からは悪とされ、気味悪がられ、非難される行為。物語の中でなら幾らでも見られるが、それは物語の中だからこそ許され、そして魅力的に映ることだ。現実では許されない。

 

───その時が来てしまったら、オレはどうする……

 

アマミヤゴロウを演じるなら拒否はできる。兄としてもやめろと拒絶はできる。だがそんな常識的な言葉で今のアイツが止まってくれるとは思えない。

 

かといって、あまりに強い言葉で拒絶すると壊れ───

 

「もういいかな?」

 

誰もいない薄暗いステージ裏。そのさらに暗い場所から、声が聞こえてくる。音源を振り返ると、そこにいたのは黒猫のキグルミ。さっきまでバックダンサーをやってくれていたマスコットの一人。この暑い中であんなのを着て踊っている姿に密かに感心していた。

 

そんなキグルミの一人から、よく知った声が聞こえた。あまりの衝撃に愕然としながらも、アクアはパイプ椅子から立ち上がり、近づき、そっとかぶりものを外す。中から現れたのはもちろん───

 

 

「…………あっつ」

 

 

不知火フリルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コスプレイベントに出るぅ!?」

 

マンションの一室。絆が寝静まった頃に赤ん坊を起こしかねない声がマネージャーの白河から出る。泣きぼくろの少女はしーっと人差し指を立てた。

 

「大丈夫。絆が生まれてもう3ヶ月以上。首も座ってきたし、私やアクアと他の人の区別もつくようになってきてる。1日くらい辻倉さんに預けても問題ない」

「絆も心配だけど、一番はあなたの心配してるのよ。ゴールデンのバラエティ。しかもバックダンサーなんて。その身体で…」

「センターで踊るわけじゃないし、体もある程度回復してきた。振り付けもあかねでもできるよう簡単なのにしてるんでしょ?なら私が出来ないわけない。リハビリにはちょうどいい」

「でも不知火フリルが出演するなんてバレたら──」

「そのためのコスプレイベントじゃない。バックダンサーの人たちキグルミ着るんでしょ?なら私だなんてバレっこない」

「…………」

 

一応彼女なりに考えてはいる。顔を出さず、適度に身体を動かし、カメラに撮られる感覚を取り戻す。確かに復帰一発目としては悪くないようにも思えるが…

 

「人前に出る復帰一発目は、アクアと一緒に仕事したいの。お願い」

 

まだ眉間に皺を寄せ、渋い顔を見せる白河を、まっすぐ見つめる。目にはアクアと仕事したいという以外の意思も感じられた。

 

───嫉妬、羨望、対抗心

 

この仕事、ルビー達と一緒にやることはフリルも知ってるはず。その中にあかねがいることも。彼女がヒロイン役を務めることも。黙って見ていたくはないのだろう。色々我慢させていることを自覚している白河は、これ以上文句を言える立場ではなかった。

 

「調子乗って『不知火フリルです!』なんてステージで言わないでよ?」

「言わない言わない。ちゃんとキグルミのまま、最後まで通すから」

 

少なくとも人前では、という呟きは白河の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージ裏。その壁際。暗幕のカーテンが揺れている。その中にいるのは二人。一人は少女。男の手を引き、壁に身体を預け、カーテンを引いた。誰もいない場所だが、人目に触れないよう念には念を入れた徹底ぶりは彼女の処世術が伺える。

不知火フリル。星野アクアの内縁の妻。先ほどまでキグルミを着て踊っていたため、汗をびっしょりかいて、しっとりと濡れた黒髪が白い頬に張り付いている。眩暈がするほど艶めかしく美しい。この一年で、美しく可愛らしかった少女は今までにない色香を纏い始め、少女から女へと羽化し始めている。

 

壁際まで連れていかれ、身体を預けられ、壁に叩きつけられた内縁の夫は緊張した面持ちで女の肩に優しく触れる。少し抑えていると言っても良かった。

 

「ステージ、楽しかった?」

「まあ、それなり」

「あかねとキスしてた」

「流れでな」

「アクアってやっぱり歳上の方が好き?過去に関わり合った女もみんな歳上ばっかりなんでしょ」

「別に年齢にこだわりあるわけじゃ──」

「そうだよね。ルビーともキスしてたもんね」

「…………いつから見てた?」

「いつからって言われても難しいかな?距離があったから会話までは聞こえなかったし。行動でいうならルビーがあなたの胸に顔を埋めた辺りから」

「…………………」

「やっぱり子供産んだ女はもう女として見れない?」

「お前な。そういうこと冗談でも───」

「ま、どうでもいいけどね。気にしてないし」

 

無機質な口調とは裏腹にフリルの瞳は妖しく揺れる。理性が溶けているというか、とろんとしているというか。端的に言えば、できあがった眼をしていた。

 

パサリと何かが落ちる。ぬいぐるみの胴体を脱ぎ、チューブトップのみの姿で抱きしめられた。同時に白く、美しく、華奢な手がアクアの服の下に滑り込む。胸元に触れるその手は完全に愛撫のそれだった。

 

「ね、アクアもさわって」

 

取った手をそのまま自身の胸へと押し付ける。鼓動の音が柔らかい感触の向こうから伝わってきた。

 

「あなたの音も、する」

 

いつの間にか押し当てられていたフリルの耳。ドクンドクンと。生きている鼓動が振動になってフリルへと伝わった。

 

「…………楽しい?」

「わりと」

「どの辺が?」

「人の温かさと冷たさの、両方伝わってくるところ」

 

伝わる温もり。全く同じリズムで機械的にも聞こえる鼓動。暖かくもあり、どこか冷たい。それが心臓。それが人間。

 

泣きぼくろの少女が内縁の夫の首筋に唇を押し当て、軽く吸う。跡が残らない程度に。

 

「強く吸ってもいい?」

「ダメ」

「隠せばいいじゃない」

「それでも」

「まあ、隠さないでって言うけど」

「お前な……」

「困った顔、素敵。もっと困らせたくなる」

 

水音が響く。何度も何度も。首筋から胸にかけて、何度も唇をつけられ、吸われる。跡が残らない程度の強さで。アクアを困らせたいフリルだったけど、彼が本当に困ることはしない。そんな嘘と本音が混ざった言葉と行動が、アクアには愛しかった。

 

「別に、私はね。あなたがあかねと何しようが、ルビーとどんな関係だろうが、どうでもいい」

 

あかねは何も知らず、恋人を続ければいいし、ルビーがアクアと禁断の関係になっても構わない。

 

「全部叶えてあげる。あかねにはいい彼氏をして、妹からは好かれるお兄ちゃんをやって。誰からも愛されて。誰が見ても完璧で、無敵な星野アクアで居続けさせてあげる」

 

その代わり───

 

首の後ろに腕が回る。まだルビーの唾液が残っているであろう口内を、フリルの舌が吸い取り、舐めまわし、蹂躙した。

 

「全部、上書きするから」

 

カーテンの向こうの影が、一つになった。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
…………いや、ちゃうんすよ。確かに拙作、本誌の最新話反映させたり、最新話で判明したキャラの心情とかを、ストーリーに無理の出ない範囲で盛り込んだりしてましたよ。
でも今回はちゃうんすよ。コンプライアンス編では炎上とかのゴタゴタあんまりやらない代わりに人間関係、というか女性関係のドロドロやろうって最初から決めてたんすよ。まさかここまでシンクロするとは思ってへんかったんすよ。確かにフリルは姫川愛莉ポジでイメージして描いてましたよ?カミキヒカルもアイの時はともかく、姫川愛莉と関係持った時はどっちかって言うと襲われた側だったんだろうなって思ってましたよ。だって当時最年長でも11歳だったんですから。でもここまで襲われ方がシンクロするとはおもてへんかったんすよ。まさかフリル様が本誌で子供抱っこしてお母さん演じるなんておもてへんかったんすよ。ホンマに偶然なんすよ。信じられへんかも知れへんけど、一応弁解はさせて欲しかったんすよ…
おほん、長い言い訳、失礼しました。アクア達のイベントは無事終わりました。しかし水面下では事態は進行し、その炎が影響をもたらします。すでに高みにいる星をなくした子にはその炎は届かず。けれど炎に炙られた薄氷の道には亀裂が入り…
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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