【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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正しさを強要する教育という名の洗脳
伏魔殿で繰り返される悪しき連なる鎖から逃れることはできないだろう
鎖が生み出す傷に麻痺してはいけない
傷で成る絆が悪しき鎖の一部である限り


91st take 貴方もその鎖に連なる

 

 

 

 

───また見てる……

 

ここ数年見たことがないほどの笑顔でテレビの前に座り込む義娘に呆れと愛しさ、両方の意味で息が漏れる。黄金を溶かしたかのような美しい蜂蜜色の髪を背中から見下ろしながら、自分もテレビの前へと向かう。

 

映し出されているのは先日放送された『やれんの課、ワンチャン!』。アクア達が夏コミにコスプレして潜入したチャレンジ。そのライブシーンを斎藤ミヤコの義娘、星野ルビーは何度も繰り返し視聴していた。

 

「もう何回目よ、それ見るの」

「何回見ても嬉しいものは嬉しいんだもん」

 

悦びのダダ漏れが収まらない。呆れつつもミヤコも気持ちはよくわかった。

 

「ずっと夢だったんだ。おにいちゃんと一緒にステージに立つの」

 

マリンを見た時から……いや、多分そのずっと前から、夢だった。アクアと肩を並べ、同じステージに立つこと。そしてそれはミヤコにとっても夢だった。アクアとルビー。心から愛する息子と娘。心から推しているマルチタレントとアイドル。

 

アクアの歌唱力、ダンススキル。カリスマ。そのポテンシャルは彼が中学生の頃から知っている。

 

ルビーのアイドルへの情熱。懸命さ。憧れへの想い。その強さも熱さも何年もずっとそばで見てきた。

 

あの小さかった二人が。母親を失い、家族を失い、唯一の肉親であり、支えはお互いしかいなかった。豊かな才能を駆使して上り詰めた兄と、12年以上、兄の背中を追いかけ続けた妹。

 

この二人が成長し、大きくなり、同じステージに立つことをミヤコも何度も夢に見た。そしてついにその夢は叶った。しかもゴールデンタイムのバラエティ。芸能界でも最高峰の一つのステージに。

 

内緒だがオンエアをリアタイで一人で見ていた時は涙が溢れるのを抑えられなかった。

 

「ここ!ここでおにいちゃん私に目線くれてるでしょ?全力でパフォーマンスしながら私のこと見守ってくれてる!おにいちゃんって、私のこと好きすぎて困っちゃうよね!きゃー!この二人でハートマーク作るフリ!もう最高!おにいちゃーん!こっち向いてー!!」

「あなた、ほんとアクアの強火オタクね」

 

元々仲のいい兄妹だった。人前でペアルックも平気でやらかすし、手を繋いで外を歩くこともザラにあった。お互いシスコンブラコンと呼ばれることもあり、二人とも平気な顔で認めていた。

 

ミヤコはそのことに何の違和感も疑問も持っていなかった。お互いたった一人残された血の繋がった家族。慈しむのも尊ぶのも当たり前だ。支え合っている、というにはアクアの負担が多かった気もするが、ルビーを守ることが、アクアの精神的安定をもたらしていた部分があるのも事実。アクアとルビーの仲が良いことはミヤコにとって自慢でもあった。

 

しかしこの半年。そう、アクアが移籍してから、ルビーのアクアへの熱が急上昇した。熱の種類も変わったような気がする。

 

一ファンとして推しているのは自分も同じ。だけどミヤコはアクアへ。推しへの愛と息子への愛。そして異性としての愛が3:6:1程度のブレンドで注がれている。

 

しかしルビーのアクアへの愛は客観的に見て【推し:兄:異性】が【3:1:6】くらいに見える。これはもう家族愛のレベルは超えているように思えた。

 

───異性のタイプも結婚したい相手もアクアみたいな人って言ってたのはアイドルとしての便利な言い訳じゃなくて、本音なのかもしれない

 

けど、ココをあまり深く追求しすぎると自分にも飛び火しそうなのでやめておく。あの夜、世間的に見て良くは思われない関係を、自分も持ってしまったことは事実だから。

 

そして一度天上の甘露を味わってしまっては、もう他の男と何かをする気にはなれなかった。壱護が事務所に帰ってきて、よりを戻すのではという噂が流れているのは知っていたが、もうあの人をそんな対象として見ることは不可能だ。いや、これはアクアと関係持たなくてもなかったとは思うけど。事務所放り出して逃げた無責任男。

 

「有馬さんじゃないけど、そろそろ兄離れしなさいよ。今まではアクアのバーターだったけど、これからはあなた個人宛のオファーも増えるんだから」

「私個人宛のオファー?何か来たの?」

「ええ。奇しくも夏コミに関する事件についてよ。参加者の一人として、スタジオゲストに呼ばれてる。ま、今度は地上波じゃなくてネット局のバラエティだけどね」

 

系列は同じ局だが。アクアがレギュラーを務める『やれんの課、ワンチャン!』のオマージュ的バラエティから、とある炎上事件に関しての繋がりでB小町にオファーが来ていた。

 

「おにいちゃんは出ないの?夏コミに参加してたのはおにいちゃんも一緒なのに」

「あの子はもうこんな小さな番組に出ていい器のタレントじゃないのよ。でもこの局、業界視聴率は高いからうまく立ち回ればオファーは増えると思うわ。頑張りなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人に頼み事というものをする事は人生において当たり前のことだ。特に子供であれば尚更。大抵の人はすぐにいいよ、と言ってくれる。渋る人がいたとしても、オレがあざとく困った顔でお願いすればしょうがないな、と言って許してくれた(特に女性は)。

 

小学生の頃、壱護社長に連れてこられたバー。マスターももう数年間の付き合いがある馴染みで、ここでウェイターまがいのことをすればバイト代としてお小遣いをくれた。

 

ウチの家はちょっと特殊で。親代わりをやってくれてる人とオレの間に血の繋がりはなくて。ミヤコさんはオレが頼めば多分大抵のことは許してくれる。お金が欲しいと言えば、用途をちゃんと説明できるなら、きっとお小遣いはくれる。

 

けれど、あの人がオレ達に必要以上に優しくしてくれていることをオレはなんとなく気付いてて。オレも子供なりにあの人への遠慮があって。だからなんとなくミヤコさんにお願いというものはしにくかった。あの人にねだらなくても、対価さえ払えば他にくれる人がいたから、頼まなかった。

 

立ち回りは謙虚に。仕事は器用に。整った見た目でいること。人に気に入られる三つの要素。この三つを守っていれば他人とはうまく付き合えた。上手に生きることができた。

 

あの時も、そのうちの一つだと思っていた。

 

「オレにロックを教えてください」

 

中学に入ってすぐくらいの頃。レン先輩がロックをやってる人だと聞いて。いろんな世界でいろんな人を観察したいと思っていたオレは頼んだ。無理なお願いとは思わなかった。バイト先では前から仲良くしていたし、ピアノに関してはこっちから頼んでないのに教えてもらったりもしていたから。すぐに良いよ、と言ってもらえると思っていた。

 

「いいけど、条件一つ、つけて良い?」

「オレにできることでしたら」

「それは大丈夫」

 

バイトが終わり、手を引かれる。連れ込まれた先はレン先輩のアパートだった。

 

「今日からジュニアは、私の愛玩動物(ペット)ね?」

 

当時、中学生になりたてのオレはそういうことに興味はあったし、同年代のませた女子から誘われた事はあったが、実際にやった事はなかった。どこか立ち入ってはいけないような、神聖な行為だと思っていた。何より、母のことがあったから、怖がってもいた。

 

そんな幻想はこの夜で粉々に砕け散った。

 

まるで食い殺されるかのようなキス。のしかかられ、顔を両手で押さえられ、唇を丸ごと覆い尽くされ、口内を蹂躙された。

あっという間に衣服を剥がされた。鍛えてはいるが、成長途上の未発達な肢体を撫で回され、舐めまわされ、抱き潰された。

 

捕食者の笑みを浮かべたレン先輩が、オレの上で扇状的に踊っていた。

 

「ギターもベースもドラムも、一通りのことは教えてあげる。楽器は私のお下がりあげるし、必要ならお金も出してあげる。その代わりジュニアは私が求めたらいつでも私のモノになってね」

 

美しい曲線美を描くその肢体でオレを抱きしめながら囁かれたその言葉はオレにはよく聞こえていなかった。

 

思えばこの頃からだと思う。自分の身体を使うことに抵抗がなくなったのは。

 

才能のある人を求めてきた。そういう人に出会うたびに教えを乞うた。その代償は人によって様々だった。労働力だったり、時間だったり、技術だったり、身体だったりした。

 

レン先輩に酷いことをされたとは思わなかった。愛玩動物にすると言っても暴力はされなかったし、元々はオレの方から頼み事をした立場だ。自分の意思でレン先輩の元へ行き、頼み、対価を何にするかはあの人に任せた。文句は言えない。

美を売り物にする芸能界。そういう形の対価の支払い方もあるのだと学ばせてもらったと思っている。芸能界に長くいるとこういう話はしょっちゅう聞く。やられるだけやられて切り捨てられたなんて話もザラに。それを思えば、オレはまだマシな方だ。レン先輩は優しかったし、約束は全部守ってもらえたし、あの人なりにオレを愛してくれたから。オレもあの人が嫌いになることはなかったし、恨んでもいない。今でも感謝しかしてない。

 

『抱かれる』ということは一種の正しい処世術(コミュニケーションスキル)なのだと教えられた。

 

だからだろうか。貸し借りについてオレが厳しくなったのも、性に対してハードルが緩くなったのも。

 

自分に関することなら、躊躇いなくそれらの代償を差し出した。労働し、時間を犠牲にし、培ってきた技術を惜しみなく発揮し、身体を捧げた。

 

すべては完璧な星野アクアになるために。

 

そのためなら、どんな代償も惜しくはなかった。

 

それは多分、今も変わっていない。

 

「あ……アクアくんっ……だめっ、待って……!イっ……──!!」

 

オレに組み伏せられ、腰を逸らし、オレの背中に爪を立てる青みがかった黒髪の美少女、黒川あかね。彼女にも見返りを求め、交際し、彼氏彼女になった。ビジネスで始まった関係だが、今はお互いビジネスとは思ってはいない。

 

けれど彼氏彼女の交際といっても、人間関係である以上、打算は存在する。

 

「アクアくん……もっと」

 

あかねの呟きを受け、白磁の双丘に触れながらキスをする。あかねもオレの首に腕を回し、全身でオレを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか申し訳ないね。いつも用意してもらっちゃって」

 

夏の夜。バスルームから出てきた青みがかった黒髪の美少女が、髪を手入れしながら闇の中で佇む。年相応の発育は見せつつも、少女らしく華奢だった身体はこの半年で随分と優美な曲線を描くようになり始めた。その艶かしい肢体にはバスタオル一枚のみが纏われている。少し前なら恥ずかしがっていた場面だが、この半年で彼氏の前で肌を晒すことにあかねはすっかり慣れてしまった。

 

テーブルに置いていた錠剤を水と共に飲む。事故が起きないように徹底している対策。体温も毎日計ってもらい、周期も確認している。避妊に100%はないが、限りなく100%に近づけるため、アクアは自分にできる全ての手を尽くしており、あかねも従っていた。

 

「本当なら、私の方が気をつけないといけないのに」

「こういうのに男も女もない。お互い立場がある。気を遣わなきゃいけないことだ。特に女子の方が負担は比べ物にならないくらいデカいんだから」

「……私は、別にそうなっても──」

「あかね」

「ご、ごめんなさい。調子に乗りました」

 

小声で呟かれた言葉だったが、いまやミュージシャンと呼べるアクアの聴覚は人並み以上に優れている。星の瞳の少年に難聴系は通用しない。

 

「ホント発言気をつけろよ。最近あかねもメディア露出増えてきてるんだろ?一度炎上経験ある奴は燃え広がり方は一度目より遥かに早いぞ」

「わかってる。普段は気をつけてる。あんな恥ずかしいこと言うの、アクアくんにだけだから」

「ならいいけど。日本映画賞授賞女優様が炎上なんてカッコつかねーからな」

「…………知ってたの?」

「まあな」

「アクアくんも選出されてるでしょ?主演俳優賞とギャラクシー賞」

「まあな」

 

先日告知された、劇場版『リバーシ・アイドル』。eye-MAX同時配信の映画。その主演を務めた星野アクアに映画公開前だと言うのに日本映画賞から主演俳優賞およびギャラクシー賞の二つに選出されたと事務所から知らされていた。

その時、主だった受賞予定者のリストを見せてもらった。若手俳優の数人が選ばれる新人俳優賞の名前の中に黒川あかねがあった。

 

「すごいなぁ。私みたいな、他に何人も授賞者がいる新人賞じゃなくて、その作品で最も活躍した俳優に贈られる主演俳優賞と今年最も活躍した俳優に贈られるギャラクシー賞。リバドルの劇場版なんてまだ制作決定が告知されただけなのに。まあアクアくんの実績と才能なら当然だけど」

「まだ話が来ただけで本決まりじゃねーよ」

「本決まりだよ。今年の俳優の顔は誰だって聞いたら日本国民ほとんどの人が星野アクアを挙げると思う。もし、アクアくんに授賞させないなんてことになったら、忖度だとか出来レースとか、それこそ番組が炎上すると思う」

 

この手の賞レースが忖度だの、出来レースだのと叩かれることはここ最近急増している。実際疑問視されるような結果も多い。権威ある賞であるほど大人の事情や金が絡み、あるべき姿から離れてしまう。忖度、裏金、キックバック、買収疑惑。これらは芸能界に根強く蔓延っているハラスメントに並ぶ闇の一つだ。

 

「そういったイメージを払拭するためにも、今年は絶対公正な審査になるはず。それならアクアくんが選ばれないはずがない」

「…………………」

「だからこそ今はデリケートな時期だもんね。炎上はもちろん。スキャンダルなんてもってのほかだよ」

 

まっすぐにこちらを見つめてくる。夜の闇の中でもその光はよく見える。

 

かなちゃんやメムちょと、仲良くしちゃダメ。

 

たとえ妹でも、誤解されるような言動をしちゃダメ。

 

私以外の女の子と、関係を持っちゃダメ。

 

そんな言葉が聞こえてくるかのような、警告の光がアクアを貫いた。

 

「あかねだけが、オレの彼女だよ」

 

肩を抱き寄せ、キスをする。あかねの水で湿った口が、アクアの舌を包み込んだ。

 

「…………ごめんね」

「何が?」

「めんどくさい彼女で、ごめんなさい」

「不安にさせる彼氏でごめんな」

「私、すごく不安なの。このままじゃダメだって。私なんかじゃダメだって思っちゃう。だって私、アクアくんと違いすぎる。みんな言ってる。不釣り合いだって」

 

みんな、というわけではないだろう。だが否定的な言葉は大きく聞こえるし、よく届く。公式カップルであるアクアとあかねを比較する層は一定数いた。

 

そして事あるごとにアクアと並び称される不知火フリルと比較する者たちも。

 

『あかね、釣り合ってなくない?』

『やっぱり不知火フリルの方がお似合いだった』

 

そんな声があかねに届いていないはずはなかった。

 

「バカだな。まだ外野の声なんか気にしてんのか」

「私はアクアくんみたいに強くないんだもん」

「あかねのめんどくさいところ、好きだよ。オレのことを好きでいてくれるって思える。彼女に好かれて悪い気なんてするはずない」

「アクアくん……」

「好きだよ、あかね」

 

纏っていたタオルケットが落ちる。ベッドで座っていたオレの前に膝を折り、腕を回す。

 

─── 本当に色っぽくなった。

 

容姿やスタイルの良さだけではない。容姿やスタイルの良さだけでは得られない艶を纏うようになった。優美な曲線。触れた時の柔らかさ。肉付き。半年前とはまるで違う。

 

「もう一回。できる?」

「もちろん」

 

至近距離にある蕩けた目を見つめながら、上気した頬に手を添える。目の中に写るオレは一体どんな顔をしているのだろう。少なくともあかねほど蕩けた顔はしていまい。瞳の中の光はあかねにではなく、自分に捧げられている。

 

あかねと身体を重ねるのは、関係を保ち続けるため。そしていつか対価を支払ってもらうため。この行為はレン先輩達と交わしてきたモノと変わらない。オレだけが、変わっていない。

 

その事実が少し虚しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も距離取るようにはしてるんだよ?」

 

もう一回が終わった後、二人はSNSに対する反応についての議論になっていた。一度炎上経験があるからか、あかねなりに対策は取っているみたいだが、それでもやっぱり気にしてる部分が多いことがわかったため、現状の確認を行なっている。ベッドの中で身体を寄せ合いながら、あかねはアクアの説教に対し、反論していた。

 

「批判なんて見て得することなんてないってのも痛いほどわかったし。けどやっぱり評価とかコメントとか、取り入れた方が反省はしやすいし、次の仕事にも活かせるから」

「反省なんて監督とか共演者からの意見で充分だろう」

「だから深刻になりすぎないよう、距離は取るようにしてるってば。夏コミのオファーだって、断ったし」

「夏コミのオファー?もうとっくに終わっただろ。今更何を」

 

疑問符を浮かべるアクアに対し、あかねもキョトンとした表情を返す。数秒二人とも固まったが、納得したように手を合わせたのはあかねだった。

 

「SNS見てないなら知らないよね。アクアくんレベルのタレントがネット局のバラエティなんかに呼ばれるはずもないし」

「何の話だ?」

「今年の夏コミのコスプレイベント、炎上してるんだ。他のネット局のバラエティが火元で」

 

枕元のスマホをベッドに持ってくる。開いたページには一つのツイート。

 

『露出系だからって完全に下に見られてる。東ブレコスって聞いてたのに前日になってオリジナルで〜とか。準備どんだけ大変かわかってんの?質問とかもコスでHしたことある?とか、セクハラじみたのばっかり。当分活動控えようと思ってます』

 

「これは……」

 

覚えがある。関係者控え室の廊下でADっぽい青年が平謝りしていた内容の一部が含まれていた。

 

「レイヤーのメイヤさんって人のツイートなんだけどね。『深掘れ、ワンチャン』って知ってる?」

「名前は聞いたことあるな。業界視聴率は高い番組だったと」

「そうそう。アクアくんがレギュラーやってる番組の系列っていうかオマージュっていうか。凄技より今回やった潜入とかがメインだけど。地上波ではできないエグい企画をやっちゃうヤツ」

「それはそれは。今時の流れに反した番組で」

 

不道徳さと面白さは紙一重。しかし世はまさに大コンプライアンス時代。表現の規制等でどんどんテレビがつまらなくなり始めている昨今。ネット局のバラエティは崖っぷちに立たされており、そういった火中の栗に手を伸ばさなければやっていけない時代になっている。

 

けれどリスペクトがなければこういった事態に転がり落ちてしまうのもまた事実。

 

「今時ドラマやアニメでも殺人にはうるさいからな。薬物は製薬会社が。ナイフはキッチンメーカーのスポンサーが怒る。事故死とか超能力とかが一番丸い」

「コ○ンなんて、一番最初首チョンパだったもんね」

「今の時代じゃぜってえ出来ねー死因だよな、アレ」

 

他にも麻薬舐めさせたり、生首持ち歩いたり、一昔前はなかなかにエグいことを少年誌でやっていたものだと変に感心してしまう。そのギャップが面白いと思うと同時に、少し怖かった。

 

「私も詳しいことは知らないけど、直前までコス許可の許諾降りなかったの伝えなかったり、セクハラじみた質問されたことは事実みたい」

「アビ子先生、版権許可(そういうの)厳しいからな。原作愛ない人には特に」

「何でアクアくんそんなこと知ってるのかな?」

「一部では有名な話だよ」

 

怖い笑顔を向けてくるあかねから視線を逸らす。「もうっ」と鼻を鳴らしつつ、プクーっと頬を膨らませる。空気を変えるため、一度大きく咳払いした。

 

「で?その炎上とあかねに何の関係が?」

「夏コミにコスプレして参加してた芸能人の一人としてゲストで呼ばれたの。その番組に」

「?」

「炎上した子やその関係者を番組に呼んで、意見を聞いたりセクハラパワハラしたDに謝罪とかさせるみたい」

「……また燃えやすそうな」

 

たとえ被害者だったとしても、謝罪の形を間違えれば今度は被害者側が燃えかねない。やりすぎだとか、そこまでさせる権利はないとか。今や公共の電波では土下座すらも安易に流せない。

 

「あかねは出ないのか」

「出ないよ!もう炎上案件に関わるのは懲り懲り!」

「それが一番無難だな」

 

そんなことをせずとも今のあかねなら実力だけで充分名を上げられる。わざわざ火中の栗に手を突っ込む真似をする必要はない。

 

───アイツら、どうするんだろう

 

あかねに話が来たということは恐らくルビー達にもいってるだろう。公共の電波に乗ることができるのならチャンスと言えばチャンスだ。ルビー達は番組と直接関わりないから呼ばれるとしてもゲスト。Dに謝罪させたとしても飛び火する可能性は低い。

 

───けれども低いだけだ。飛び火する可能性はある。

 

それに思い出した。このメイヤってレイヤー。リーク癖があるって事務所で危険人物リストにあがっていた名前だ。最大手のウチは共演者に対しても最新の注意を払う。使いやすいタレントとそうでないタレントの仕分けはしており、そのリストはオレ達にも回っていた。

 

───だが、上手くいけばこの炎上晒したDに恩は売れる、か。

 

それにネットで検索かけてわかった。この番組のP鏑木さんだ。あの人、こういうトラブル解決できる人材好きだし。ましてルビーの顔面の良さはオレと同等。めちゃくちゃ好みだろう。危険はあるがメリットも確かにある。

 

───どうするかな、ミヤコと壱護は。

 

乗るか反るか。ミヤコは性格上反対しそう。だが壱護は乗るだろう。立ち回りについても緻密に対策してくれるとは思うが、さあどうするか。

 

「───っ」

 

スマホが鳴る。アクアのではない。あかねのだ。まだ日付は変わる前だが、もう深夜。非常識と言える時間帯。けれどアクアに驚きはない。この業界、深夜だろうがてっぺん超えてる時間だろうが、若手に呼び出しがかかるなんてザラにあることだ。

 

───そして、こういう時間に呼び出される時は、大抵……

 

「───アクアくん、ごめんなさい」

 

電話が鳴った瞬間から、一気に暗い表情にはなっていた。電話をとる許可をオレに視線で求めてきた時も、めちゃくちゃ申し訳なさそうな顔をしていた。そして内容を聞いた後、身を小さくしてアクアに謝罪してきた。謝るあかねに対し、アクアは鷹揚に微笑み、肩をすくめてみせる。怒っていないことと、内容も予想がついていることを所作で示した。

 

「Pから連絡か?」

「うん……ドラマで会議やるから送った店に来いって……マネージャーが迎えに来るって。10分後には服着てお化粧して用意しなきゃ……ごめんなさい」

「気にするな。よくあることだ」

 

そう、よくあること。会議と言いつつ、飲み会になることも。偉いさん相手に若手が酌をしなければいけないことも。途中からキャバクラごっこになってしまうことも。よくあることだ。今や大手に所属しているアクアにすらあった。昔は自分たちも同じことをやっていた、という言い訳のもと、男娼じみた……いや、実際男娼をやっていた。

 

「よくない彼女でごめんなさい。アクアくんにはいい彼氏であることを求めて、実際にいい彼氏をやってもらってるのに」

「マジで気にするなって。オレだってそんなにいい彼氏じゃないしな。あかねが誰と食事しても、ホステスしても、それが目的あってのことなら、オレだって何も言わねーさ」

「それでも、やっぱり怖い。アクアくんには嫌われたら。見捨てられたらって思うと、怖いよ」

 

覚悟してたはずだった。世間一般の彼氏持ちとしては良くないこともきっとする。それはあかねもあの宮崎の旅行の時から覚悟していた。

けれど覚悟はあくまで心持ち。実際にその時が来るのとはまるで違う。

 

「アクアくん以外の男の人なんて、みんな死んじゃえばいいのに」

 

縋り付くようにアクアに抱きつきながら、小さな声で呟く。冷めた目で、暗い瞳で、心からそう思っているとわかるよう、言う。

 

「アクアくんだけだよ。私にとって男の人は、アクアくんだけ。信じて」

「信じてるさ」

「必ずすぐ帰ってくるから。指一本触れさせないし、変なことされそうになったら、未成年だってこと盾にしてすぐに逃げ出すから」

「その時は連絡くれ。迎えに行く」

「ありがとう、アクアくん。好き。大好き。愛してる」

 

時間が来るまでの10分間。あかねは媚びるようなキスを続けた。

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
今回はしっかり本誌を反映した話となっております。けどレン先輩とアクアの関係は結構前から決まっていて、変更もほとんどありませんでした。愛玩動物になる代わりにロックやダンスを教えてもらっていました。アクアの初体験の相手はレン先輩です。
次回でコンプライアンス編は終了予定。ルビーも売れる下地はほぼ完成。アクアも順調に活動を続け、授賞式へと向かいます。そして伸びる死神の手。その手を掴むか、掴まれるか。
スキャンダル編も考えてます。人の心がありません。あまり多くは言えませんが重曹ちゃんが曇ります。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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