輝きを求める死神の欲があなたの首筋を撫でるだろう
愛を騙る花束を受け取ってはいけない
白が赤く染まってしまうから
『深掘れ、ワンチャン』の放送から約半年、星野ルビーは、というか新生B小町は、飛躍的に上昇を始めた。
元々ルビーはゴールデン番組の出演で知名度を上げてきていた。この一年で業界的に言うと『一周目』を終え、国民的スターとなった星野アクアの実妹ということもあり、話題性は充分だった。
兄妹共にずば抜けたルックス。クールで聡明なアクアとは対照的な明るくおバカなキャラクター。そして兄と同様に小気味のいいトーク力とアドリブ能力を持ち合わせており、美男美女の双子による対比構造の化学反応は素晴らしい相乗効果を齎した。
しかし『女性アイドルアワード』で新星賞を獲るほどの注目株になったきっかけは、今年の夏コミだろう。
星野アクアがレギュラーを務める『やれんの課、ワンチャン』にコスプレで正体を隠し潜入。ネタバラシののち、ステージで見せたライブパフォーマンスは星野ルビー及びB小町のフォロワーを爆増させた。
星野アクアのダンススキルと歌唱力の高さはすでに世に周知されている。あの時センターを務めたのも星野アクアだ。
しかしアクアのハイレベルなパフォーマンスにB小町達はなんとかくらいついてみせた。この番組でB小町を知ったという人も多いだろう。
B小町。十数年前に解散した伝説的グループ。道半ばで命を落とした天才アイドル『アイ』を記憶している人も少なくはないはずだ。
そのリブートユニットの存在はかつての熱狂的ファン達の熱を再燃させるには充分だった。
その新生B小町が参加した夏コミはSNSでちょっとした炎上事件を起こしてしまうのだが、それもまた星野ルビーの知名度を上昇させることに一役買っていた。
事件後、星野ルビーは番組のコーナーを一つ任されるようになり、メディアへの露出も増えていくこととなる。同時にユーチューバーグループとしての顔も持つB小町の知名度とフォロワーも上昇。半年前は30万人ほどだった数字も今や100万が見えてくる位置につけている。
ユーチューバーとアイドル、テレビタレントとしての三軸を持つ彼女は令和を代表するアイドル像になりつつある。
『B小町は必ずドームに立ちます!』
地下アイドルが見るには今時荒唐無稽とさえ言えるこの彼女の夢を笑うことができる人間はもういないだろう。
そして、いつこの夢を叶えてしまってもおかしくないのが、この男だ。
星野アクア。俳優。ミュージシャン。テレビタレント。彼もまた三つの軸を持ち、その三つとももはや若手芸能人の頂点に立つ、三刀流マルチタレント。
俳優としては『リバーシ・アイドル』のブレイクをきっかけに、月9、大河、ドラマの頂点と呼べるジャンル全てに出演を果たしている。先日劇場版リバドルの公開も始まり、すでに興行収入20億を超えるヒットを叩き出していた。
ミュージシャンとしては、この一年で四つの新曲をリリースし、どれもがストリーミング再生一位を獲得。特に自らが作詞作曲を手がけた『ロスト・チャイルド』は日本のみならず海外でも評価され、米国グローバルチャートで一位を獲得。これは日本語の曲では初の快挙。公式mvはついに3億再生を超えた。
そしてついに先日、星野アクアはスーパーアリーナでライブを行った。チケットは即日完売。当日は大盛況。東京ドームで、という噂もあったが、いつのまにか立ち消えになっていた。
バラエティのレギュラーも数本抱えている。世代別で対抗する音楽番組では令和代表として圧倒的な歌唱力を披露し、男性アイドルグループとのダンスバトルでは見事な完コピでトップに勝るとも劣らない実力を見せた。
バラエティ、音楽、ダンス、ドラマ、映画etc.。今もオファーはひっきりなしに来ている。
賞レースでも主だった新人賞は総なめ。特に今年最も活躍した俳優に贈られるギャラクシー賞の受賞は世間の記憶にも新しいだろう。今後には日本映画賞の授賞も控えている。
今年最も注目を集めたタレントが星野ルビーなら、今年最も結果を残したタレントが星野アクア。
不知火フリルの本格的な活動再開も近日中に行われると発表され、芸能界は巨星と新星の激突で大いに荒波を立てている。
星野ルビー、そして星野アクア。この天才兄妹の今後の活躍に注目していきたい。
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「凄いことになっちゃったねぇ。アクアはともかく、ルビーまで」
苺プロ事務所の一室。B小町のメンバーである有馬かなとMEMちょはネットの記事を見ながら嘆息していた。
「元々があのルックス。そしてアイドルとしての能力はアクアが鍛え上げた。美貌と実力兼ね備えて、チャンスを与えられたならそりゃ売れるわよ。大手でデビューしてたら今のアクアと同じくらいの位置にいたんじゃない?」
深掘れ、ワンチャンの事件から約半年。ルビーの躍進は凄まじいものがあった。すでにスターとなった星野アクアというコネクションをきっかけに、世間の目に彼女が触れてからの伸びは半年前のアクアに迫るのではと思わされる程だった。
それでもアクアの飛躍はまだわかる。大手事務所のパイプやコネをフル活用し、各所に営業をかけ、あの実力と才能と美しさを知らしめたのなら、そりゃ売れるだろう。
けれどルビーの所属は苺プロのまま。もちろん大手ほどのパイプもなければ、営業もかけられない。なのにこの指数関数的伸び。この半年の成果はほとんどルビー1人の活躍によるものと言っていい。1割くらいは星野アクアだろうか。少なくともMEMちょと有馬かなはこの伸びに5%も関われてはいまい。
「スター、かぁ」
何の気なしに財布の中に手を伸ばす。手元にあるのは先日公開されたリバーシ・アイドル劇場版の半券とパンフレット。
「面白かったねぇ、コレ」
「悔しいけどね」
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劇場版『リバドル』。舞台はなんと海外、ハリウッド。冒頭、すでに日本でのアイドルとしての地位を確立させていた【sign】。グループとしての活動ももちろんあったが、メンバー個々の仕事も増えてきており、誰もがアイドルを卒業し、これからは一人一人がタレントとして活躍する時期に差し掛かりつつあった。
『オレもやっとお役御免かな』
【sign】の不動のセンターであり、中心人物。表では男子高校生。裏ではアイドルを2年に渡り務めてきた天才にして物語の主人公川原ルイ。幼馴染の茅野雫に巻き込まれてオーディションを女装して受け、合格してしまい、センターに抜擢され、なんやかんや引くに引けない状態になってしまった。
幸か不幸か。才能を持って生まれてしまったルイは事務所の無茶振りやライバル達との対立。業界の闇。様々な壁に立ち向かい、勝利を獲得し、アイドル界を駆け上がっていった。
『オレがいなくても、雫はもう大丈夫。他のメンバーも時期signを卒業する。みんなそれぞれの夢を追って、それぞれの道を歩き出す』
やっとここまできた。誰にも迷惑かけず、波風立てず、大衆から見ても不自然ないように、アイドル【ルイ】がステージから姿を消せる日が。
───雫がアイドルで無くなるのはいつかな……10年後?20年後?
そんなことを考えながら、フッと笑う。この2年、うんざりするほど隣にいた。オレの正体を唯一知るアイツに、色々やってもらった。庇ってもらった。守ってもらった。
【雫なんて、ルイにいつもおんぶに抱っこじゃない!私ならしない!貴方にばっかり負担をかけるようなこと。そんな秘密を押し付けるようなこと、私はしない!】
事務所の先輩。久遠カナタ。後にオレの正体を知ることになったもう一人。オレに好意を持ってくれた。オレの正体を秘密にしてくれた。大恩人。あの人からの告白を断った時に言われた言葉。確かに雫はデビューからずっとオレの隣にいた。どんな時も壁をぶち破るのはオレで、雫はついてきているだけ。側から見れば確かにそう見えたかもしれない。
でも違う。守られてたのも助けられてたのもオレだった。アイツがいたから、オレは私であれた。
いつからだろう?アイツがオレにとってただの幼馴染じゃなくなったのは。
笑ってしまう。アイドルを始めるまではただの幼馴染だった。きっとアイドルをやっていなければ、アイツは一生ただの幼馴染だっただろう。
アイドルをやっていたから、オレはアイツの凄さに気づけた。アイツの可愛さに気づけた。アイツを守ってるつもりで、守られていたのはいつもオレだったと気づかせてもらった。
───待つよ、雫
10年でも、20年でも、待つ。2年間、ずっと隣にいた。お前の声も想いも夢もこの2年で一生分聞いた。一生分見た。だから10年でも20年でも待てる。あいつがいつかアイドルじゃなくなって、誰かと恋愛しても誰にも文句言われない立場になって。その時、アイツがオレのことを忘れないでいてくれたら。
『ルイが好き。子供の頃から、ずっと』
オレが迎えにいった時、あの言葉を忘れないでいてくれたなら、その時は……
『やっと、辞められ───っ!?』
視界が急に暗転する。何がどうなってるのか。世界の上下左右が逆転する中、川原ルイが屈強な黒服達に拉致される。車に乗せられ、連れて来られた先はなんと超高級ホテル。
『い、いったい何がどうなって…!?』
目隠しを外され、目の前に現れたのは。
『【アフロディーテ】!?』
ハリウッドを拠点に活動する、業界に疎いルイすら知っている世界的エンターテイナー。誘拐の黒幕は彼女だった。
『ルイ・カワハラ』
『なんで、オレの名前知って……てゆーかオレ今変装してないのに』
『あなたは、私のプロデュースで世界デビューをしてもらう』
『は!?なんて!?英語わからん!通訳!エクスチェンジプリーズ!』
『あなたには今度の映画で、ヒロインを演じてもらうわ』
『はあ!?』
世界のマドンナにその才能を見初められ、弱みを握られたルイは彼女の元で1年間海外で活動することになってしまう。
1年後、ルイはすでに日本の枠を超えたスターになってしまっていた。
『この映画で絶対卒業しますからね!』
『ええ、構わないわ。そのための一年だったんですもの』
アフロディーテも出演するハリウッド大作の映画。そのヒロイン役のオーディションに参加する資格を得るため、ルイは1年間彼女の下で活動させられた。そしてその資格はなんとか得た。
『リムジン……何度乗っても慣れねぇ』
空港の出迎えに来た車の凄さに息が漏れる。流石はハリウッドの超大作。まだオーディションの時点のキャストへの対応がこれ。相当金と気合が入っている。
『オーディション会場は……もうメンバー大体集まってるか』
控え室に到着したルイはそのメンツを見て息を呑む。世界中の若手歌手から舞台女優まで錚々たる顔ぶれが揃っている。
───空気わりー…
無理もないが、ピリついてる。全員親の仇でも見るような目でこっちを見てくる。参加メンバーは全員がどこかで一度は見たような顔ぶれ。その真剣ともなれば殺気の圧は尋常じゃないだろう。
───でも、絶対勝つ
選ばれたヒロインは映画の主題歌も歌うことになっている。だからこの場にいる全員が歌もダンスも演技もできるメンツで揃っている。そしてオレが勝った場合、主題歌をオレだけでなく、signが担当できるようになっていた。
───これがオレの最後の仕事。そして今までの色んな人への恩返し
だから勝つ。誰が相手でも。
その決意を新たにしたところで、控え室の扉が開く。オーディションに参加する最後の一人が、現れた。
───え…
この時、ルイは日本での1年間の芸能界の動きをまるで把握していなかった。する余裕がなかったとも言える。この一年。国民的とまで呼べるようになっていた日本人のアイドルの存在など全く知らなかった。
扉の向こうから現れたのは、茅野雫。
『貴方に勝ちに来たよ、ルイ』
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「まさかあんな結末になるとはねー」
「絶対続編あるわね、あの終わり方なら」
公開して1ヶ月も経っていないのに興行収入20億を超えたのだ。続編をやらない手はない。二匹目のドジョウがいる可能性が高い時、大人の動きとはめちゃくちゃ早いものだ。
「日本映画賞、主演男優賞も納得だよねぇ」
「…………」
そう、アクアは日本映画賞にノミネートされていた。そして授賞はほぼ間違いないだろう。
近日、アクアはレッドカーペットに上がることになる。新人俳優賞の受賞者に名を連ねる黒川あかねと共に。
「ま、上を見たらキリがないよね。私たちは私たちでできることを頑張んなきゃ!今日の撮影どうする?ルビーは遅くなるって言ってたけど」
「待つしかないでしょ。あの子がでない企画、コメ欄荒れるんだから」
なんでもないような顔をしながら、握りしめた拳から力が抜けることはなかった。
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『日本映画賞主演男優賞は──【リバーシ・アイドル『re・birth』】星野アクアさん』
候補者席に座っていた男にスポットライトが充てられる。10代後半の少年が纏うにはあまりに不釣り合いな高級スーツ。けれど彼が纏ったのならまるでフォトグラフィックから抜け出してきたかのような美しさと着こなしを見せる。この男は俳優だけでなくモデルとしても活躍できるだろう。実際ファッション誌等で表紙を飾ったこともこの一年で一度や二度ではなかった。
───また獲ったか
拍手と共に壇上へと導かれながら、アクアは心の中で嘆息する。正直ここまでの賞を採るほどの意欲もやる気もなかった。目立てば目立つほど、地位が高くなればなるほど降りることが難しくなる。アクアは芸能界にそこまでやる気のある俳優ではない。この一年で金はもう充分稼いだ。今はやりたいことも夢も芸能界の外にある。出来ればすぐにでも辞めたいくらいだ。
それでもまだ辞めないのは。基本的に自分がやりたいことしかやらない男がこの狂気の世界にい続ける理由は、たった二つ。
罪を犯した何某かに罰を与えるため。そして自分が犯してしまった罪の罰をまっとうするため。
「ほら、アクアくん。笑顔笑顔」
いつのまにか賞の進行が進み、レッドカーペットに立っていた。拍手や歓声に答えながら、記者たちが集まり、各種インタビューに取りかかろうとしている。機械的に足を動かしていたアクアの隣に立っていたのは青みがかった黒髪の美少女。
星野アクアの公式彼女にして、映画賞で新人俳優賞を受賞した才能溢れる女優、黒川あかねだった。
「疲れてる?大丈夫?」
「大丈夫。ドレス似合うな、あかね」
「ありがとう。アクアくんも、スーツ素敵だよ」
柔和な笑みを浮かべながら、カメラに応えるアクアの姿は誰が見ても美しかったが、隣に立つあかねだけは、まるで霞がかった蜃気楼のように儚く、頼りなく、だからこそ美しく映った。
───アクアくんは、最近少し辛そうだ
今や飛ぶ鳥を落とす勢いのマルチタレントで。やることなすこと全て上手くいく最高の時間のはずなのに。よくできた作り物の笑顔の奥の辛さがあかねにはわかる。その程度は感じられるほどの才覚と彼への愛があった。
『昔はお兄ちゃん、もっと感情的っていうか。怒ったり動揺したりすることも多かったんだよ』
ルビーちゃんが言っていた。それはきっと、アイさんが亡くなる前。ただの子供でいられた星野アクアだった頃のこと。
お母さんの記憶がなくなって、幼少期に深く刻まれた傷に無理やり蓋をした。記憶とは人を形成する魂そのもの。それをなくして、自分が何者かもわからなくなって、空っぽの器に与えられたのが、『星野アクア』であれということ。
誰もが振り向く美貌、豊かな才能を生まれ持ち、才能を活かすための努力を重ね、人との交流を重ね、経験を重ねた。
周囲の人たちが理想とする。そうであると決めつけている。完璧で無敵な星野アクアを演じ続けた。弱さを他者に見せることなどもってのほか。怒りも、悲しみも、全て弱味になる。動揺を見せることなどあってはならない。全ての弱さを仮面で隠した。
作り上げられた仮面は立ち位置が高くなればなるほど、強固さを求められる。上に上がれば上がるほど期待値は高まる。完璧主義の完全主義者。手加減ができないアクアくんはどのステージでも求められれば全力で。培ってきた全てを使い、結果を掴み取った。取り続けてしまった。
───もう、限界が来てるのかもしれない
完璧で無敵な星野アクアでいることに。疲れてしまったのかもしれない。限界が来てるのかもしれない。背負った責任の重さに潰れそうになってるのかもしれない。
「星野さん、黒川さん、両名とも映画賞受賞おめでとうございます」
あかねとアクアにインタビューマイクが突きつけられる。投げかけられる質問に全て優等生な答えを返すアクアから、インタビューの対象があかねへ移った。
「世間を賑わす大人気カップルのお二人揃っての受賞となりました。今のあかねさんのお気持ちはいかがですか?」
「もちろんとても嬉しいです。彼と一緒にレッドカーペットに立てるなんて、本当に夢みたいで。実際何度も夢見たことでした。実現したことが信じられないです」
───でも、それでも
「でも、彼は唯一の主演男優賞。私は他にも何人も受賞者がいる新人賞。私達の立ち位置にはまだまだ差があります。私達が釣り合いの取れてないカップルだって言われてることも知ってます」
その言葉に取材記者も星野アクアも息を呑む。少し咎めの色が混ざった青い星の瞳と目が合う。パチンとウィンクを返し、軽く手で制した。
「だから、いつか必ず彼と同じ場所まで行きます。2年以内に彼の隣に、今度は表彰のステージ上で立って見せます」
誰にも私が彼に不釣り合いなんて言わせない。私だけが、アクアくんの隣に立てる。
アクアくんが背負っているものを、私が全部背負う。
そうすれば、アクアくんは芸能界を辞められる。芸能界を辞めれば、アクアくんが私に隠していることが露見する可能性もグッと低くなる。一般人に戻った人をいつまでも追いかけてられるほど芸能界は暇ではない。
こんな偽物の笑顔を貼り付けなくて良くなる。強くなんてなくてよくなる。些細なことに怒り、悲しみ、動揺する。そんなただの星野アクアになれる。
───私は、好きだから
どんなアクアくんだって好きだから。この人が弱さを抱えていることくらいとっくに知ってる。記憶に蓋をした、目の前で殺されたお母さんのことを思い出しそうになるたびに震えて、倒れて、涙してしまう。そんな当たり前の弱さを持ってる人だって知っている。
弱さも、醜さも、それを隠そうとする行為すら、全て愛しい。
これが愛でなくて、恋でなくて、他に何というのか。
「私だけが、星野アクアの彼女です」
カメラ、取材陣、星野アクア。全ての方向に向けられた真っ直ぐな星の輝きに、声を上げられるものは誰一人いなかった。
▼
インタビューを終えて、パーティ会場へと向かったあかねと違い、アクアはまだ取材陣に囲まれていた。大手所属の俳優は事務所とのコネを大事にしなければいけないし、新しくコネを作ろうとしてくる人を無碍にもできない。押し寄せる人波を、全て処理してからでなければ、自由に行動はできないのだ。
「あとでね、アクアくん」
ひと足先に、あかねはヒラっと手を振って、この場を後にする。大きく背中の空いたドレス姿を見送りながら、アクアはインタビューという名の事後処理を続けていた。
「申し訳ありませんが、そろそろ時間なので。主賓がいなければ始められませんし」
終わりの見えない作業にキレかけていたアクアを察したのか。辻倉さんが取材陣の間に割って入ってくれる。時間はまだパーティの後に取る、と約束し、ようやくアクアは解放された。
「ありがとうございます」
「いいから。貴方は早く会場に。この後会食もあるんだから、お腹いっぱいにはしないでよ」
「しませんよ」
表彰場のホールを抜け、パーティ会場へとつながる廊下を歩く。至る所に祝いの花束が添えられていた。
───ウチの事務所のは、やっぱデカいな
真っ先に視界に入った色とりどりの大花輪。デカデカと星野アクア様と書かれている看板は有難いと同時に少し恥ずかしい。まあこういうところで地味なマネはできないだろう。事務所の威信と見栄が掛かっている。
ついで、あかねのも目に入った。流石にウチよりは小さいが、それでも立派な花束だ。こういうのを見ると、あかねも出世したなと実感する。
───実際、強くなったし、綺麗になった。
元々実力はあった。けど実力だけでは売れないのがこの世界。キャスティングの人間に覚えをよくしてもらって、メイン級の仕事が取れて初めて売れたと言える。
今ガチが終わってから、あかねは変わった。
元々壇上に立てば、別人に変貌できる才能を持っていた。しかし舞台女優の弊害か。カメラを向けられた時の切り替えが下手だった。
けれど、あの時から。アイをトレースし、切り替えのやり方をオレから盗んでから、全てが変わった。
嘘を本当に見せることができて、初めて役者は一人前。
嘘を真実だと本気で大衆に思わせることができて。人を本気で騙すことができて、一流。
───どこまで上がっていくのか……ん?
劇団ララライの隣。オレへとあかねへ宛てられた祝いの花束。周りと比べて、より一層小さな花輪になぜか視線が吸い寄せられる。みんな明るく豪奢な色の花をたくさん集めているのに対し、その花輪は一色のみで染まっていた。
白い薔薇。オレへの花束の本数は10。そしてあかねへの本数は11。白薔薇の花言葉は束になると本数で変わる。1本では『一目惚れ』。8本で『感謝と尊敬』。
そして10本では───
『貴方は完璧』
11本では───
『大切にしたい宝物』
───……いったい誰が…
「あれ?アクアくん?」
声が届く。視線を上げると、予想通りあかねの姿があった。しかし、表情は予想通りではなかった。オレがここにいることが不思議そうな。頭にクエスチョンマークを浮かべているかのような顔だった。
「どうした?迎えに来てくれたのか?」
「うん、そうなんだけど……さっきパーティ会場で見かけたような気がしたから」
しかし、現実はまだアクアは廊下におり、ホールには一切踏み入れていなかった。
「人波に隠れてわかんなくなっちゃったけど、ホールから出ていく流れに乗ってたから、追いかけてきたんだけど……」
なんでアクアくん、廊下にいるの?
そんな声が聞こえた気がした。
同時に星野アクアの頭脳は素早く回転する。
───オレをホールで見かけた?だがオレはホールに一切踏み入れていない。つまりあかねが見たのは別人。けれどあの観察力の高いあかねが、一瞬とはいえ、オレと見間違えた……
そこまで考えた瞬間、アクアはホールの出口へ走り始めた。
「えっ、ちょっ、アクアくん!?待って!」
あかねの声を置き去りに出口へと走る。人混みの間をなんとか掻き分けて、外へと繋がる廊下へ出た。
───いない!
オレと似たような背格好の人物は見当たらなかった。そのまま外へと出る。授賞式が終わり、帰路へとつこうとするスーツの集団がタクシー待ちの列を作っている。
「あ、きみ!待ちたまえ。ちゃんと順番を……って、星野アクア!?」
静止を振り切って列へと走る。並んでいる人間を一気に視線で舐めた。
───金髪……
今まさにタクシーへと乗り込もうとする髪は、自分と妹とよく似た金色だった。
「クソッ」
追いかけようとした瞬間、タクシーが出てしまう。もう今から追跡するのは不可能だ。地団駄を踏んだ革靴が思いのほか大きな音を鳴らした。
「どうしたの、アクアくん。誰か知り合いでも──」
追いついてきたあかねが言葉を詰まらせる。この一年半、アクアと密に付き合ってきて、いろんな表情を見てきた。追い詰められてる顔だって知っている。
けれど、初めて見た。
あの時の、不知火フリルのような顔。
ずっと追い求め、探し求めていた何かを見つけたかのような。
何かに恋焦がれているかのような、歓喜と興奮と緊張が混ざった顔は。
───もしかして、今の人が…
背筋が震える。もしかしたら、自分は紙一重の死線に立っていたのかもしれない。
「───けど、なんで……」
独り言か。眉間に皺を寄せたアクアは疑問符を上らせていた。
「今日の授賞式に参加した人間の名簿、手に入れられるか…………それと……」
思考の海から上がってくる。ようやく追いかけてきたあかねと目があった。
「あかね。オレとお前に宛てられた、あの白薔薇の花束あっただろ」
「う、うん……印象的だったから覚えてるよ」
「あの花の贈り主、誰かわかるか?」
「多分……金田一さんが知ってるっぽかったから。ララライのOBだって」
「特定してくれ。頼む」
「──わかった」
背筋にまだ寒いものを感じながら、あかねは彼氏の頼みに頷きを返す。その時、なんとなくわかってしまった。
───清算の時が来た
アクアに命を助けてもらった借り。自分との付き合いで持っていた打算。私がアクアくんに何を頼まれたとしても断れない状況を保ち続けた理由。今まで一度も返済を求められず、ただ彼氏をやっていてくれた時間の終わり。いずれ必ずくるとわかっていた時が、ついに来た。
覚悟していた瞬間が訪れた時、あかねに去来した言葉はたった一つ。
───間に合わなかった
地雷原の野原にレールが敷かれた、薄氷の道の上のトロッコが、動き出した。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ついに袖すり合いました。死神と星をなくした子。最もショボい爆弾の処理が始まります。ここからは原作とめちゃくちゃ変わると思います。矛盾も多分出ると思いますが、どうかお許しください。
以下本誌ネタバレ
良かった。キスはやっぱりさりなちゃんから迫った感じだった。解釈一致で一安心。拙作とのシンクロ率もまあ60%くらいはあったんじゃないでしょうか。さりなちゃんの可愛さは本誌の方が100万倍上でしたが。キスシーン先に描いていたので齟齬が小さくてよかったです。本誌最新話見るたびにドキドキします。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。