かつては天使、今は死神
抑えられない欲は差し違いを招くだろう
天使にとっても死神にとっても
殺人における完全犯罪の方法は?
そう問われたなら、大きく分けて2通りだと答えるだろう。
一つは自らの手を汚さずに行うこと。
自分以外の誰かに、対象へ殺意を持たせ、方法を指導し、実行へ誘導する。心理学などで取り上げられるように、人間の行動パターンや思考パターンは定型化することができる。どう反応すれば相手がどのように返すか。どの感情を刺激すれば人は動くのか。もちろん当てはまらない人間だっているが、少数派だ。コツを知っていれば人を操ることは不可能ではない。
自分以外の、殺意持つ誰かに、対象を殺させる。この時、実行犯が自らの意思で行い、罪の意識も持っていることが重要になる。そして立件され、訴訟が始まり、罪人が罪を認めれば、その事件は解決となってしまう。
そうなった場合、殺人教唆をした人間に捜査の手が及ぶことはまずない。ナイフを使った殺人で、ナイフを売った人間は罪に問われない。問われるのは実行犯のみだ。
これがまず、殺人における第一の完全犯罪。
そしてもう一つの方法は、完璧な死体遺棄をすること。
いくら殺人を犯しても、死体が見つからなければ立件のしようがない。死体を完璧に遺棄することができれば、それは完全犯罪だ。
と、言葉にするのは簡単だが、完璧な死体遺棄など困難極まる。人一人を処分することの難しさは、毎日のニュースを見ていれば明らかだろう。
しかし、この困難な方法を、ほぼ完璧に行える場所が二つある。
一つは海だ。沖合まで船を出し、大海原のど真ん中に錘でもつけて捨てれば、死体が上がることはまずない。海の生物たちに食い荒らされ、残った破片は海の浄化作用によって消え失せる。よっぽど運が悪くない限り、目撃者だっていない。ほぼ完璧な死体遺棄の方法と言っていいだろう。
しかし、この方法は沖合まで出ることができる大型の船舶が必要だし、共犯者がいては意味がないため、大型船舶を動かす
ならばもう一つが死体遺棄におけるスタンダードになる。海に比べれば見つかる可能性は高いが、工夫次第で事故にも見せかけられる場所。
それは山だ。
地中深くに死体を埋める作業は重労働だが、特別な技術は必要なく、力と体力さえあれば誰にでもできる。そして万が一死体が見つかっても、山の動物たちが食い荒らし、死体が誰のものなのか、わからなくなる事だってある。
それに、もし死体が誰かが分かったとしても、殺人としての立件は困難でもある。
登山ではどのような事故が起こっても不思議ではないからだ。滑落。悪天候。遭難。死に繋がりうる事故は幾らでも可能性がある。
死因が刺殺だとなれば話は変わってくるが、打撲や骨折であれば事故か事件か、時間が経つほど判断は困難になる。
登山やワンダーフォーゲルは素晴らしい趣味ではあるが、同時に非常に危険を孕んだ趣味。故に集団で行うことや、山の麓で記帳などが勧められる。
しかし、諸事情から、それらができない人種も一定数存在する。
今日、登山に臨んでいる片寄ゆらもその一人である。
片寄ゆら。
長年第一線で活躍する人気女優。その才能は世間に大きく浸透しており、芸能界で成功を収めたと断言できる数少ない一握りの女性。
ドラマや映画はもちろん、雑誌の表紙。看板の広告。ありとあらゆる場面で起用されている。知名度だけなら星野ルビーはもちろん、あの星野アクアも及ばないかもしれない。
「私はね、もっと演技が上手くなって、もっと売れて、大人のジジョーに巻き込まれない役者になりたい!いい作品に出まくって、100年後も残るような名作の主演を張りたいの!」
この言葉を大言壮語に思わせない女優。現実になりうる才能を秘めた女優が、片寄ゆらだった。
それほどの超一流。登山における記帳で偽名を使うことも、同伴者を伴えないことも仕方がないことだろう。名前がバレれば騒ぎになるし、同伴者が男性で写真でも撮られたら致命傷になりかねない。
だからこそ、狙われた。才能があり、美しく、結果を出してきた価値ある女優。これからも大きな価値を生み出すであろう才能こそが、死神のターゲットだった。
「生きてますか?」
天気は快晴。山歩きには絶好の日和。小鳥が鳴き、小川のせせらぎが耳に心地良いその場所で、帽子を被った女性が地に臥す。その傍に立っているのは、太陽の光を眩しく反射する黄金の髪をバックに纏めた壮年の男。
「ああ、僕のせいだ」
少しずつ、男が近づく。頭を殴られ、うつ伏せになって倒れている女性の元へ、一歩ずつ近づいていく。
「こんなにも才能にあふれ、誰からも愛され、価値のある女優が、僕のせいでまた、命を失う」
それは彼にとってのハンティングトロフィー。得られた充足。それらを口に出す事で得られる快感。それこそが彼にとっての生きる意味。生きる価値。
「価値ある君の命を奪ってしまった僕の命に、重みを感じる」
それこそが、彼にとっての自身の命の価値。
「その一言が聞きたかった……13年間、ずっと」
倒れ伏した女性から、声が上がる。死の間際に発したかのようなか細い声ではない。ハッキリとした意識を伴った声。オールバックを崩し、女に手をかけようとした男の目が見開く。うつ伏せになった女であるはずの何かを確認しようとした、その時だった。
気がついたら、男の腕には鉄製の輪がかけられていた。腕を捻り上げ、膝を崩され、石の地面に叩きつけられる。オールバックを解いた男はパーテールポジションに無理矢理つかされ、あっという間に身動きが取れなくなる。
「カミキヒカル。殺人未遂の現行犯で逮捕する」
その一言を皮切りに、蜂の巣を突いたように屈強な男性たちが木陰から現れ、男の周囲を埋め尽くす。全員が警官であることを纏った制服が告げていた。
───いったい、何が…!?
現状を受け止めきれない男にさらに衝撃の事実が突きつけられる。確かに急所を殴りつけたはずの女が、なんでもないかのように立ち上がったのだ。フウというため息と同時に帽子を取り、ウィッグが外れる。防弾ヘルメットと一体になっているもので、ウィッグを外した青年は「痛たた」と殴りつけられた部位を抑えていた。
「防弾カツラっつっても衝撃は結構ちゃんと伝わるな。殺意のこもった一撃はやっぱり効くわ」
「…………君は」
「アンタにしては迂闊だったな。映画賞のパーティに出てきたのは」
背を向けていた女だった人が振り返る。組み伏せられた男と瓜二つの美貌を持つ若者が、己を殺そうとした男の前にしゃがみ込んだ。
「ま、理由はだいたい察しがつくけど。人間、欲は制御できないよな。わかるわかる」
「星野アクアか」
「初めまして。そしてさようなら、父さん」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
今回めっちゃ短くてすみません。けど筆者のイメージではどうしてもここでメフィストが流れてしまった。まあ拙作のアクアは復讐とか望んでないし、あっさり解決したがってたから。あと筆者はグロいのとかエグいのとか苦手なので(少なくとも血とか臓物系は)。詳しい解決編は次話以降で。
以下本誌ネタバレ
相変わらず煽りに弱いな疫病神ちゃん。拙作でもめっちゃ煽りたくてワクワクです。出番まではあともう少しお待ちください。
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