人形師の使い魔   作:アスラ

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10:ふたりの本音

 システムキッチンに向かい、土鍋にコトコト火をかける。中身は、和風に味付けしたお粥だ。

 

「アルスさん、氷嚢出来ました」

「ありがとう。それじゃあ取り換えておいて。もう少ししたらお粥持っていくから」

「解りました」

 

 パタパタパタ、と霧絵ちゃんが氷嚢を持ってある部屋へと向かう。

 彼女を見送ると、俺は土鍋の蓋を開ける。……うん、いい匂いだ。

 小皿に取り分け味を確認した後、用意した大きめのお椀によそう。

 そして、お盆に木製のスプーンと共に乗せ、霧絵ちゃんが向かった部屋──―橙子の私室へと足を運ぶ。

 

「橙子、ご飯できたぞ」

「……んん……ごはん……?」

 

 部屋の主である橙子の返事は、ずいぶんとふわふわしたものになっている。

 それも仕方ないだろう。なぜなら、彼女は人生初の重大な危機に直面しているからだ。

 その危機とは──―たちの悪い風邪、というものだ。

 

 

 

 

 

 

 事の起こりは遡ること一週間前。朝食の時間になっても起きてこない橙子を不審に思い彼女の私室に入ると、顔を真っ赤にして魘されている橙子を発見したのだ。

 もしやたちの悪い呪いにでも罹ったかと一瞬慌てるが、すぐさまその考えを捨てる。半人前の三流魔術師ならともかく、橙子は冠位(グランド)だ。そんなへまはしない。

 ではこの高熱の原因はなんなのか……思考の沼に陥ってると、続いて私室に入った霧絵ちゃんが答えをポンと出してくれた。

 

「もしかして橙子さん、風邪なんじゃないでしょうか?」

 

 霧絵ちゃんの言葉に、盲点だったと猛省する。橙子が風邪をひいてるところを見たことも聞いたこともないなんて言い訳にもならない。

 そこから行動は早かった。

 意識朦朧としている橙子に現状認識させ、ベッドに寝かせる。幸い、初めての経験に戸惑っているのか大人しく横になってくれた。

 次に、風邪の治療のため医者にかかる……ということにはならなかった。

 橙子が変なプライドを発揮して医者に診てもらうことを拒否したのだ。

 霧絵ちゃんは医者に診てもらうよう説得し始めたが、橙子は頑なに耳を貸さない。

 自分では説得できないことを悟った霧絵ちゃんにすがるように視線を向けられる。

 が、残念ながらその件に関しては俺は橙子側だ。もちろん、橙子のプライドを尊重した訳ではない。

 霧絵ちゃんはあずかり知らぬことだが、橙子は封印指定の魔術師だ。今も世界中で時計塔の手足が彼女を捜している。

 そんな中、橙子が風邪で弱って医者にかかったなんて情報が万が一漏れたら厄介なんて言葉じゃ表せないくらい面倒なことになる。

 という訳で、ベッドに寝かせた橙子の額に即席の氷嚢を乗せ、治療用の薬を作成……という段階で、またもや橙子の変なプライドが発揮される。

 なんと、薬に頼らず自力で治すと宣言したのだ。

 そいつは無茶な、と脱力してしまうが、頑なに決意した橙子の意見を変えさせるのは並大抵のことではない。その労力を、橙子のサポートに回した方が建設的だろうと判断した。

 以上。橙子のプライドと隠遁生活が合体して始まってしまった闘病生活の発端である。

 

 

 

 

 

 

「ほら、起きれるか?」

「うん……大丈夫よ……」

「橙子さん、無理しないで……」

 

 霧絵ちゃんの補助の下、橙子はなんとか上半身を起こす。

 その様子は、まるで要介護老人のように頼りない。

 

「ほら、お粥持ってきたぞ。自力で食べれるか?」

「…………(フルフルフル)」

 

 無言で首を振られる。どうやら腕を持ち上げるのも億劫なようだ。

 仕方ない。無理させる訳にはいかないしな。

 お粥を掬い、フーフーと冷ましてから橙子の口元へと持っていく。

 口元に持ってこられたスプーンを見つめる橙子。しばらく逡巡していたが、観念したのか口を開く。

 そして、スプーンを口に入れる──―直前、ピタリと動きが止まってしまう。

 何事かと橙子を見ると、目線がスプーンではなく俺に向いていた。

 いや、正確には俺ではない。方向は同じだが、目線の先は俺ではなく背後に向けられている。

 振り向くと、顔を真っ赤にして両手で目を塞いでいる霧絵ちゃんがいた。いや、指が開いて右目だけ出ているな。

 橙子を見ると、僅かだが顔の赤みが増している。

 はは~ん、そういうことか。

 

「霧絵ちゃん、橙子のことは俺に任せて、黒桐くんの手伝いをお願いしてもいいかな?彼ひとりじゃ大変だろうからね」

「は、はい。解りましたぁ……」

 

 あわわわわ、と霧絵ちゃんは逃げるように事務所へと走っていった。

 病人にあーん、なんて少女漫画みたいなシチュエーション、彼女には刺激が強すぎたようだ。

 

「ほら橙子。これで二人っきりだ。遠慮なく食べれるぞ」

「……なんでもお見通しって訳ね……」

「橙子の使い魔だからな」

「……あなた、そう言えばなんでも誤魔化せるって思ってるでしょ……」

「でも事実だろ?」

「……否定はしないわ……」

 

 パクリ、と橙子はお粥を頬張る。ゆっくりと咀嚼し、よく味わってから飲みこむ。

 

「美味しい……でも、なにか違うような……」

 

 おや、橙子はこのお粥になにか違和感を感じ取ったようだ。

 そのことが、俺には何より嬉しく思える。

 

「気づいたか。実はな、このお粥のレシピ製作者は俺じゃないんだ」

「アルス……じゃない……?」

「なんとこのお粥、式から習って作ったものなんだよ」

 

 意外な事実に、橙子の目が見開かれる。

 うん、俺も式から声を掛けられたときにはびっくりしたよ。

 

「驚いた……私を嫌ってるあの子が、私のためにレシピを提供するなんて……」

「橙子が思ってるほど、嫌われている訳じゃないってことさ」

 

 その後、式特性のお粥は食欲増進効果があったらしく、橙子はぺろりとお粥を完食した。

 うん、やっぱり式ってハイスペックだよな。和食に関しては勝てる気がしない。それほどこのお粥のレシピは完成度が高い。これからは二日酔い後の朝食とかで作らせてもらおう。

 

「ねぇ、アルス……」

「ん?」

 

 食器を片付け、氷嚢を新しいものに変えていると、横になった橙子から声をかけられる。

 

「あなた、後悔していないの?」

「どうした急に」

 

 橙子の口から出たのは、およそ彼女らしからぬ疑問だった。

 

「だって、何事もなければ……あなたは今でも時計塔で活躍していて、名声を得ていて……」

「……………」

「でも、私を助けたせいで時計塔を追われて……故郷にもずっと帰れていなくて……」

 

 とうとうと口にされる、悔悟の念。

 普段の彼女では絶対に口にしないであろう、言葉。

 

「だから……今でも罪悪感と後悔に苛まれることがあるの。もっと上手くやれていれば、あなたを巻き込まずに済んだんじゃ──ー」

「橙子」

 

 そっと、橙子の唇を指で抑える。

 

「俺はな、今の人生に悔いなんて一つもありゃしないんだ。そりゃあ、残ろうと思えば時計塔にも残れたさ。でもな、そこには橙子がいない。橙子がいない時計塔なんて、俺には何の価値も見出せない」

「……嬉しいこと、言ってくれるじゃない。珍しいわね、あなたがそこまで喋るなんて」

「それはお互い様だろう?……さ、もう眠るんだ」

「うん……ねぇ、アルス」

「なんだ?」

「手、握って……」

 

 親に甘える子どものように、手が差し出される。

 その手を、俺は優しく握った。

 

「大丈夫。俺はどこにも行かない」

「うん、ありがとう、アルス……」

 

 橙子の瞼が落ち、それほど間をおかず静かな寝息が聞こえてくる。

 満腹感による眠気も作用して、ぐっすり眠れたようだ。

 ……それにしても、まさか橙子がそんなことを考えていたとはな。普段の彼女からは考えられないし、そんな素振りも見せてなかった。

 きっと風邪で弱っていたから、心の奥底に隠していた本音が出やすくなっていたのだろう。

 橙子の安らかな寝顔を眺める。

 彼女が確実に眠っていることを確認する。そして、扉の方に目線を向け、誰も私室に近付いていないことを確認する。

 うん、誰も聞いてないようだな。ちょうどいい機会だし、俺も本音を明かすとしよう。

 俺は、橙子の耳元まで近づき……

 

「──────────」

 

 彼女にだけ、自らの本音を語りかけたのだった。

 




なんで風邪ひいた女性ってあんなに色っぽくなるんでしょうね。

アンケート期限はまだまだ先の予定なので、答えていない人はお気軽にどうぞ。

矛盾螺旋編が終わった後、忘却録音編と殺人考察(後)編と続き空の境界編が終了。続いてロード・エルメロイⅡ世の事件簿編に移行しますが、矛盾螺旋、忘却録音、殺人考察(後)、これらのエピソードの間には約1か月ほどインターバルがあります。この間に閑話を入れるかどうかアンケートしたいと思います。

  • 矛盾螺旋と忘却録音の間に閑話入れろ
  • 忘却録音と殺人考察(後)の間に閑話入れろ
  • どっちのインターバルにも閑話入れろ
  • 閑話いらねえ!早く事件簿編読みてえ!
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