人形師の使い魔   作:アスラ

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今回から本格的に矛盾螺旋が始まります。


11:予兆

 アルスさんと橙子さんの大人な関係を目撃してしまった翌日。

 事務所には、わたしを含め四人が思い思いの行動をとっています。

 社員であるわたしと黒桐さんは、来月から始まる美術展の会場作りの資材発注や価格調べなど。

 二人の弟子である鮮花ちゃんは、師匠たちから渡された課題に取り組み。

 契約社員(?)である式さんは、何をするでもなく来客用のソファーでボーっとしていました。

 ちなみに、この場にいない二人……橙子さんは、微熱まで下がりましたが大事を取って私室で寝ていて、アルスさんは「知り合いに会ってくる」と出かけました。

 

「……ふぅ」

 

 一通り発注を終え、チラリと黒桐さんをみると、彼もどうやらもうすぐ一段落つきそうな感じです。

 それなら、一息つくために紅茶でも淹れてこよう、とキッチンへと向かいます。

 最近、アルスさんに習いはじめましたからね!一応、師匠であるアルスさんに及第点を頂けるくらいには上達しています。

 

「おや、紅茶を淹れる音がするからアルスが帰ってきたと思ったが、霧絵だったのか」

 

 蒸らしの段階に入っていると、背後から女性の声が聞こえてきます。

 振り返ると、眼鏡を外した橙子さんが入口に立っていました。

 

「橙子さん!お身体は大丈夫なんですか?」

「お陰様でね。どうやら最後の悪あがきも終わったようだ」

 

 かつかつかつ、と病み上がりとは思えない足取りで近づいてきます。

 

「霧絵たちはなにをしていたんだ?」

「わたしと黒桐さんは美術展の準備を。鮮花ちゃんは課題に取り組んでいて、式はいつも通りボーっとしています」

「つまり平常運転という訳か」

 

 橙子さんは、わたしが会話を続けながら淹れた紅茶の一つを手に取り、一口飲みます。

 

「うむ、美味いじゃないか」

「ありがとうございます。でも、アルスさんにはまだまだかないません」

「年季が違うんだから仕方ないさ。さ、持って行ってあげなさい」

 

 橙子さんに促されるまま、お盆にカップを乗せ事務所に向かいます。

 すると、なにやら男女の声が聞こえてきます。

 この声は……黒桐さんと鮮花ちゃん?

 事務所に入ると、二人が剣呑な雰囲気で会話していました。

 

「──―このまま魔術師を目指していると、まともな働き口が無くなるぞ」

 

 どうやら、黒桐さんは鮮花ちゃんが魔術を学ぶのを快く思っていないようです。

 そんな彼に対し、鮮花ちゃんが反論しようと口を開く直前──―。

 

「いや、鮮花の実力なら二年後には引く手数多だ。表向きでも一流のキュレーターとして雇用される」

 

 橙子さんが、遠慮なく割り込みました。

 突然の登場に、二人は唖然としています。そんな彼らを気にする様子もなく、橙子さんは自分の机に向かいます。椅子に座り、机に視線を向けると、変化を感じ取ったのか眉をひそめました。

 

「鮮花、道具に頼るのは腕を鈍らせることに繋がるぞ。大方、黒桐に失敗する姿を見せたくないというところだろう?」

「──―はい、申し訳ありません」

 

 どうやら、鮮花ちゃんが勝手に橙子さんの私物を使ったようです。悪いことだと自覚しているのか、鮮花ちゃんは素直に謝ります。

 

「それと黒桐、家族喧嘩なら他所でやってくれ。霧絵が戸惑って事務所に入りづらくなっていた」

「──―はい、ごめんなさい。巫条さんも、ごめんなさい」

 

 橙子さんに窘められ、黒桐さんも頭を下げます。

 わたしは、黒桐さんに気にしていませんよと伝え、三人分の紅茶を配膳しました。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 伽藍の堂へ帰ると、出入り口からプリプリと肩を怒らせながら鮮花が出てきた。

 

「どうした鮮花、そんなに怒って」

「アルスさんには関係ありません!」

 

 声をかけるが、鮮花は立ち止まらず通り過ぎていく。

 ふーむ、なにがあったか気になるが、今は秋巳刑事から得た情報を橙子に伝える方が優先順位が高い。これは、実に橙子好みのものだからな。

 昇降機で四階に上がり、事務所の扉を開く。

 そこには、痛そうに頭に手をやる黒桐と、手当している霧絵ちゃん。笑いを噛み殺している橙子がいた。

 ……なにが起こったんだ?

 

 

 

 

 

 

 話を訊くと、どうやら黒桐が織でも好きと告白したのが鮮花の逆鱗に触れてしまったようだ。

 まぁ、実の兄から男色家だとカミングアウトされたら、思春期の女の子なら動揺するのも仕方なかろう。もちろん、黒桐くんが男色家じゃないことは俺も承知しているが。

 

「遅かったじゃないか。予定では一時間前に帰宅するはずだが」

「予想以上に話が盛り上がってな。その分興味深い話を訊けたぞ」

「それはそれは。楽しみじゃないか」

 

 くい、と橙子が顎を動かす。どうやら私室で話を訊きたいようだ。

 橙子の私室に移動し、紅茶を淹れながら秋巳刑事から得た情報を披露する。

 

「小川マンションを覚えているか?」

「確か……私が東棟ロビーの設計を引き受けたマンションだったか?」

「その通り。そこでな、奇妙な事件が発生したそうだ。昨夜十時頃、あのマンション周辺で女性が通り魔に暴行され刺されてしまったそうだ。犯人は逃げたが、女性はそうもいかない。店も人通りもないゆえにマンションへ駆け込んで助けを求めたそうだが、三階以降にしか住民がおらず、そこまでたどり着いたのはいいが体力の限界。そこで十分以上助けを求め叫んだが、誰も気づかず午後十一時には力尽きてしまったそうだ」

「ふむ、被害者は不運としか言えないな」

「問題はここからだ。被害者の声は隣のマンションにまで聞こえていたそうだ。それほどの大声ゆえ、耳にした住人は、そのマンションの住人が助けると思い無視したそうだ」

「当のマンションの住人はなんと?」

「それが、全員いつも通りの夜で気づかなかったと証言したそうだ。まぁ、ここまでなら無関心な住人ということでおかしな話ではないんだが、以前にも小川マンションでは奇妙な事件が発生していたようでな。そちらについては詳細な情報を訊けなかったが、とにかく異常事態が二つも続けて発生するのはおかしいんだとさ。今回の件は、その相談だったという訳だ」

「ふむ……確かに、それは興味深い話だな」

 

 橙子は、煙草を深く吸い込む。

 

 

「まさかということもありうるからな。──―よし、調べに行くか。黒桐には住人について調べさせよう」

「調べものは彼の得意分野だからな。それについては賛成だ。現地にはひとりで?」

「いや、黒桐も連れていく。二人で行動すれば、やつもそうそう手出しできないだろう。アルスは事務所で霧絵の面倒を見てくれ」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、午後五時。終業時間になり、習慣となった帰宅前の紅茶を飲んでいる黒桐くんに橙子が残業を頼む。

 もちろん、内容は小川マンションの件だ。秋巳刑事から聞いた内容を、包み隠さず黒桐くんに情報共有する。

 

「──―という訳だ。金にならない仕事だから、期限は十二月まででいい」

「解りました」

 

 紅茶に口を付ける黒桐くん。

 そんな彼に対し、橙子がとんでもない質問をぶつけた。

 

「黒桐、式が男性でも構わないというのは本当か?」

 

 橙子、お前なんてこと訊くんだ……黒桐くん一瞬吹き出しそうになってたぞ。

 でもまぁ、そこは俺も気になる。今までの行動を見た結果、男色家ではないと判断しているが、もしかしたら両刀という可能性もある。

 

「そんな訳ないでしょう。欲を言えば、女の子の方がいいです」

「なんだつまらん。それでは問題ないじゃないか」

 

 本当につまらなさそうに、橙子は紅茶に口を付ける。

 そんな彼女に対し、黒桐くんは詰め寄った。どうやら、橙子の言葉に違和感を感じ取ったらしい。

 

 その後、黒桐くんは式について解説を受けた。

 両儀という家、陰陽太極図、相克する螺旋、式の代償行為……様々な事実を、橙子は解説する。

 それを受け、黒桐くんはなにか決意を固めたようだ。顔が引き締まっている。

 どんな決意か解らないが、俺はその決意を尊重するぞ。

 頑張れよ、黒桐くん。

 

 




蒼崎橙子とアルスにとって、大きな山場が近づいてきました。

矛盾螺旋編が終わった後、忘却録音編と殺人考察(後)編と続き空の境界編が終了。続いてロード・エルメロイⅡ世の事件簿編に移行しますが、矛盾螺旋、忘却録音、殺人考察(後)、これらのエピソードの間には約1か月ほどインターバルがあります。この間に閑話を入れるかどうかアンケートしたいと思います。

  • 矛盾螺旋と忘却録音の間に閑話入れろ
  • 忘却録音と殺人考察(後)の間に閑話入れろ
  • どっちのインターバルにも閑話入れろ
  • 閑話いらねえ!早く事件簿編読みてえ!
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