人形師の使い魔   作:アスラ

14 / 44
実はアルバってむちゃくちゃ強いんですよね。
実力的にはケイネス先生に匹敵します。ただ相性が悪くて彼には勝てないだけで。

今回のお話は、メインを頂く前の食前酒となっております。


13:食前酒

 時刻は日没間近。

 荒邪とアルバの工房であり、両儀式が拉致監禁されている小川マンションに、二つの人影が現れる。

 赤髪のポニーテールに赤橙のロングコートを身に纏った女性と、蒼髪にこれまた蒼いロングコートを身に纏った男性。

 蒼崎橙子と、その使い魔アルスだ。

 二人はマンションを一瞥すると、マンション内部へと歩き出す。

 ガラス張りの西棟ロビーに到達する。夕陽に照らされ、全てが赤く染まっている空間。

 アルスはエレベーターに視線をやる。が、彼の考えを否定するかのように蒼崎橙子はエレベーターに背を向け移動する。

 アルスは特に文句を言うこともなく、彼女に続いた。使い魔は主に従うもの。自らの意思は関係ないと言わんばかりに。

 やがて二人はもう一つの東棟ロビー───このマンションのロビーは、居住区と同じく東西で分たれているのだ──―に到着する。

 そこは、半円形の広い空間だった。

 二階を吹き抜けにして繋げた大広間といったところか。西棟ロビーとは違いマンション内部に位置するこの空間は、夕陽ではなく電灯に大理石の床が照らされている。

 

「驚いた、性急なんだなキミたちは」

 

 男性にしては甲高い声がロビーに響く。

 視線を二階へ向ける。そこには緩やかな勾配を描く階段があり、その途中に赤い魔術師が立っていた。

 

「だが、そこまでして私に会いにきたことは嬉しく思うよ。ようこそ最高位の人形師にその使い魔。私のゲヘナにようこそ」

 

 

 

 

 

 

地獄(ゲヘナ)?」

「そうとも。ここはヒンノムの谷にあった火の祭壇の再現だ。罪人を焼き殺し、業を凝縮し煮詰める溶鉱炉さ。あいにく神殿の主は不在だがね。解るかいアオザキ、アルス?ここは外界と切り離された別世界なんだ。道を辿る準備はとうにできているのさ」

 

 自慢げに語る魔術師を、人形師と使い魔はあくまで感情を押し殺した目で見つめる。

 

「ふん、アグリッパの直系がユダヤかぶれとは皮肉だな。そんなんだから、おまえはここの本質に気づかないんだ。地獄だと?そんなもの世界中に溢れている。人知を超えた殺戮を見たければ戦場に、理不尽な死を見たければ最貧国にでも行けばいい。……ああ、両方兼ね備えた領域もあるな。アインナッシュでも観察すれば、ちっとは見識が広がるんじゃないか?」

 

 かこん、とゆっくり鞄を置く。

 

「ここはな、煉獄なんだよ。小罪を犯したが故天国にも地獄にも行けず永遠の責め苦を与えられる魂の在り処。苦しみを生み出すだけのウロボロスの輪。こんなもの、なんら魔術的な意味を持たない。──―少なくとも、部外者のおまえではな」

 

 弾丸のような言葉に、アルバの顔がピクリと引き攣る。

 

「太極図の具現はおまえのアイディアではないのだろう?いいから荒耶を出せ。何を求めているか知らんがここにはおまえの期待に沿えるものはない。さっさとシュポンハイムに戻れアルバ。先の忠告の礼としてそれだけは言っておいてやる。むろん、使い魔にも手出しはさせん」

 

 さて、と橙子は周囲を見渡した。アルスも同様だ。その行動は、眼前の魔術師をいないものとして扱っている。

 そんな二人を、アルバは今にも泣きそうな、殺意に満ち溢れた目で見つめる。

 

「キミは、いつもそうだ」

 

 心の奥底に積もり積もった感情を絞り出すように。

 

「昔から、そうやって私を過小評価する」

 

 丹念に育まれた感情を、凝縮して吐き出すように。

 アルバは呪詛じみた激昂を撒き散らす。

 

「ルーンだって私が先に専攻していた。人形師としての地位も不動のものだった。しかし、おまえが我が物顔でのさばるせいで低能な連中はみな誑かされた!おまえが上で私が下だと?ふざけるな!私はシュポンハイム次期院長なのだぞ?魔道に人生を四十年以上捧げた私が、なんだって二十かそこらのガキの──―」

「──―節穴だな、アルバ」

 

 ピタリ、とアルバの動きが止まる。

 今まで沈黙を守ってきた使い魔の言葉が、彼の激情を一瞬で冷やしたのだ。

 

「時計塔で橙子の何を見てきたんだ。魔術の腕か?芸術家としての資質か?重ねてきた家の歴史か?いいや、そのどれでもない。お前は、外見(そとみ)ばかり気にしていたんだ。残酷なことを言うようだが、時が全てを解決するならば、才能なんて言葉は生まれないんだ。いいかアルバ、それが理解できていないから、いつまでも中身が追い付かないんだよ」

 

 使い魔の言葉は、この上ない侮辱としてアルバに突き刺さる。

 みるみる顔が憎悪で歪む様子を尻目に、橙子は使い魔の真意を読み解く。

 戦闘時、彼は一切発言することはない。言葉を介さず意思疎通できるという理由もあるが、使い魔という立場を弁えているからだ。

 使い魔とは、主に使われる道具。主の意思を十全に全うするだけのもの。

 独りでに行動するのは道具失格だ。アルスの美意識に反する。

 しかし、彼は美意識を曲げてでも発言した。

 それは──―もしかしたら不甲斐ない弟弟子に対する、兄弟子の優しさだったかもしれない。

 

「──―まだ、私の目的を話していなかったね」

 

 努めて冷静に、アルバは言葉を紡ぐ。

 

「実を言うと、アラヤの実験なぞどうでもいいんだ。私は根源の渦なんて不確かなものには興味はない。だいたい、神の領域に触れるのならばグノーシスを走ればいい」

 

 言葉を発するたびに、アルバは一歩一歩後退する。

 

「アオザキにリョウギシキの情報を伝えたのは私の独断だ。アラヤはリョウギシキとの戦闘によって命を落とした。相打ちになったのだよ。よって、この異界は私のものとなった。しかしね、私はやつの実験を引き継ぐつもりなぞ毛頭ない!何故なら、わたしがこんな僻地にやってきたのは、アオザキ!おまえを殺す為だからな!」

 

 甲高い笑い声を響かせながら、アルバは踵を返して二階へと駆け上がっていく。

 その様子を、二人はただ黙って見送るしかなかった。

 何故なら、一階にはアルバの悪意が満ち溢れていたからだ。

 その悪意を一瞥すると、橙子は今までの全てを上回る侮蔑と嘲笑を込めて言った。

 

「──―スライムか」

 

 どろどろの悪意たちを、彼女は簡潔に表現する。

 しかし、それらはそんなに単純なものではなかった。クリーム色の粘液たちは、急速にカタチを成していく。

 あるモノは騎士に。あるモノは狼に。あるモノはライオンに……。

 主の敵を滅ぼさんと、急速に数を増やしながら二人を囲んでいく。

 

「全く、このような場でその程度のモノしか具現化できないとはな。今日で何度失望させるつもりだアルバ」

 

 心底失望した顔で、蒼崎橙子は吐き捨てる。

 そんな彼女を護るかのように、使い魔が一歩踏み出す。

 手を懐に伸ばし──―

 

「──―待てアルス。元々やつの目的は私の首だ」

 

 戦闘態勢に入ろうとする使い魔を、主が諫めた。

 

「ならば、私自ら相対せねば失礼というものだろう。それが出来損ない相手でもな。──―出ろ」

 

 カツン、と橙子はつま先で鞄を蹴り、威厳に満ちた声で命令を下す。

 すると、パカリと独りでに鞄が開かれる。その中にはなにもなかったが──―同時に、二人の周囲を黒い影が駆け巡る。

 その影の勢いは凄まじく、まるで魔術師の主従を中心とした台風のようだった。

 ……数秒後、台風が収まるとロビーを埋め尽くしていたスライムは台風一過のように跡形もなくなっていた。

 そこには、主と使い魔、閉じられた鞄に巨大な黒猫だけが存在していた。

 

「なんだ……それは……」

 

 想像だにしなかった状況に、アルバは目を白黒させる。

 狼狽を隠せない魔術師へ、黒猫は顔を向ける。

 黒猫は、およそ通常とはかけ離れた姿だった。その身は蒼崎橙子より大きく、姿は影絵のように平面的だ。

 そしてなにより、瞳が異質だった。エジプトの象形文字を崩したかのような、およそ瞳とは言えないカタチをしている。

 

「お、おまえの使い魔は妹に破壊されたというのは偽りか!?」

 

 恐怖心を隠すかのように、アルバは喚きたてる。

 対し、橙子は首を竦めるだけだ。言葉はなく、ただジジジジジという音だけがロビーのどこかで鳴るのみ。

 

「不味いものを喰わせて悪かったな。だが次のは多少美味いだろう。エーテル体ではなく実の肉で、四十年以上神秘に触れている、いわゆる熟成肉だからな。ああ、私の同期だからといって遠慮することはない。いつも躾けてあるだろう?『敵対者は滅ぼせ』と」

 

 さぁ行け、と蒼崎橙子は敵対者を指さす。

 とたん、黒猫は疾走する。

 一階のロビーから、敵対者がいる二階まで。

 スピードは速く、何事もなければ十秒足らずで到達するだろう。

 しかし、それを黙って見ているアルバではない。

 ステッキを構え、呪文を詠唱する。

 

Go away the shadow.(影は消えよ。) It is impossible to touch the thing which are not visible.(己が不視の手段をもって。)Forget the darkness.(闇ならば忘却せよ。)It is impossible to see the thing which are not touched.(己が不触の常識にたちかえれ。)The question is prohibited.(問うことはあたわじ。)The answer is simple.(我が解答は明白なり!)I have the flame in the left hand.(この手には光。)And I have everything in the right hand(この手こそが全てと知れ)────」

 

 限界まで速く、しかし落ち着いた呪文の詠唱がアルバの口から発せられる。

 それを聞き、ほぅ、と主従は感心する。

 ──────魔術とは、世界を変革する手段だ。

 世界のルールたる魔術基盤にアクセスし、術者の望む結果を実現させる(すべ)

 しかし、ただ呪文を唱えるだけでは現実世界に変革は起こらない。

 魔術を行使する条件──―それは、現実世界を改変できる確信と相応の集中力。

 そんなエゴイストになる為には、個人個人に合った呪文が必要になる。

 それは何故か。理由は、呪文とは自己暗示に他ならないからだ。

 思い込みと集中力を、自己暗示によって増幅させる。自己暗示である呪文が長ければ長いほど、その効果は強力なものとなる。しかし、長すぎれば効果は落ちてしまう諸刃の剣でもある。

 そして、アルバの呪文はそうした意味では素晴らしいものだった。冗長ではなく、効果的な韻を踏み、発音に二秒と掛からない。

 主従が知っていた頃より、確実にアルバは成長していた。

 

I am the order.(我を存かすは万物の理。) Therefore,you will be defeated securely(全ての前に、汝。ここに、敗北は必定なり)────―!」

 

 ステッキを黒猫に突き出し、詠唱が完成する。

 瞬間、階段に差し掛かった黒猫の足元から、青い炎が噴出した。

 ゆうに一万度を超える炎が、黒猫を焼き尽くさんとジェット噴射の如く燃え上がる。

 骨どころか鉄さえ蒸発させる炎だ。アルバは、己の魔術が確実に蒼崎橙子の使い魔を消滅させたと確信した。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 しかし、彼が見たのは傷一つない黒猫の姿だった。

 

Repeat(命ずる)……!」

 

 目の前の現実を否定する為に、アルバを呪文を唱える。

 しかし、黒猫は慣れたと言わんばかりに悠然と歩を進める。

 

「Repeat!」

 

 黒猫は、進み続ける。

 

「Repeat!」

 

 アルバの懇願にも似た詠唱など気にせず。

 

「Repeat!」

 

 口を、人ひとり丸のみにできるほど大きく開け。

 

「Repe──―」

 

 アルバを、丸ごと呑みこんだ。

 




やったか!?

矛盾螺旋編が終わった後、忘却録音編と殺人考察(後)編と続き空の境界編が終了。続いてロード・エルメロイⅡ世の事件簿編に移行しますが、矛盾螺旋、忘却録音、殺人考察(後)、これらのエピソードの間には約1か月ほどインターバルがあります。この間に閑話を入れるかどうかアンケートしたいと思います。

  • 矛盾螺旋と忘却録音の間に閑話入れろ
  • 忘却録音と殺人考察(後)の間に閑話入れろ
  • どっちのインターバルにも閑話入れろ
  • 閑話いらねえ!早く事件簿編読みてえ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。