人形師の使い魔   作:アスラ

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キリがいい所まで執筆したら過去最長になりました。
といっても6000文字くらいですが。
お待たせしました。矛盾螺旋編、最大の山場です。


14:奥の手

「──―王顕」

 

 不意に、短い韻が流れた。

 ピタリ、と黒猫の動きが縫い留められる。

 主従は、ようやくかと目線をアルバたちの背後へと向けた。

 そこには男が立っていた。

 この世の苦悩を全て浴びたかのように険しい貌を携えた、黒い怪僧。

 まるで瞬間移動したかのように出現した怪僧は、無造作に黒猫の口へ腕を突っ込み、中からアルバを引っ張り出す。

 そして、無造作に背後へと投げ捨てた。黒猫は、怪僧の周りに展開された三重の結界の一つに触れてしまい動けない。

 

「ようやくお出ましか、荒耶宗蓮」

 

 そう。この怪僧こそ、巫条霧絵に霊体を与え両儀式を拉致監禁した、全ての黒幕──―荒耶宗蓮である。

 

「──―久しいな、蒼崎、アルス」

「同窓会がこの場なのは、お互い不本意だろうがね」

「………………」

 

 再会の挨拶に、橙子は軽口、アルスは構えで答える。

 

「アルバが出過ぎた真似をしたようだな。本来ならば、誰にも知られぬ内に事を進めるつもりだったが……。アルスが巫条霧絵を導いた時点で、結末は決まっていたようだ」

「ああ、抑止力も粋な真似をするものだ。まさか同年代の娘ができるとは思わなかったよ」

 

 荒耶と言葉を交わしながら、ジリジリと橙子は壁際へと移動する。

 今相対している相手は、アルバより数段格上の相手だ。

 それは、アルバが弱いという意味ではない。むしろ、彼は魔術師としては相当上位にいる。

 ならば何故荒耶はアルバより格上なのか……それは、小川マンションの真の主だからだ。

 出来損ないのスライムを大量に具現化することしか場の能力を引き出せないアルバと違い、荒耶は100%引き出せる。

 いくら優秀な使い魔が警戒しているとはいえ、徒に負担を増やすわけにはいかない。彼女は、自らに危険が及ぶ範囲を前方に集中させた。

 

「それで、このマンションは何の為の装置なんだ?東西に生と死を分け、生きているのに死んでいる矛盾を成立させる為のものではあるまい。いくら死を繰り返しても、おまえの望むものが手に入らないことくらい解っているはずだ」

「無論だ。だがおまえたちが知りえない真実もある。確かに、私は死の数ばかり数えていた。しかし、それでは意味がなかった。万を超える死と魂の拡散を経ても辿りつけるのは『起源』のみ。とても根源には近づけない。そして、悟ったのだ。死をいくら我が身に蓄えても意味はない。死を『純化』させることこそが道なのだと」

「ふん、物事を単純化させるのが世界の真理とでも言いたいのか。それは違うぞ荒耶。太極に代表されるように、世界は多様性によって形作られているんだ」

 

 警戒を解かず、橙子は思考を走らせる。

 小川マンションは死と生の螺旋を崩壊する日常生活という加工方法を用いることによって、人間の死の原型を精製し続けている。今まで荒耶が一つ一つ手作業で行っていた事を、この建物はオートメーション化することによって継承したのだ。

 

《つまり、ここは奴の体内という訳だ》

《ああ、警戒を続けるんだ橙子。この場限定だが、荒耶は魔法使いに等しい存在となった》

 

 魔法使い。嫌な響きだ……。どうしても、妹のことを思い出してしまう。

 僅かに顔を顰めながら、橙子は荒耶に問いかける。

 

「根源への道を開くというのか?確かに、太極を体現したこのマンションなら開くことはできるだろう。しかし、門から真っ先に出てくるのは抑止の守護者だ。我らは我らである以上、やつに決して勝つことはできない」

「問題ない。すでに対処法を確立している。根源への道を開けないのであれば、根源に到達する資格を持つ者を利用するまで。生まれた時から「 」に繋がる肉体を持つ、類まれなる資質を有する存在を」

「そうか。だから両儀式を破壊することにしたのか。式という存在を消して、両儀式を現す為に」

「否。二年前の私ならばそうしただろう。しかし、今は違う。──―私は、式の肉体を貰い受ける」

 

 堂々とした発言に、主従は揃って口を開け愕然とした。

 彼女たちは優秀な魔術師だ。故に、荒耶が言い放った方法を一瞬で理解し思考がフリーズしてしまったのだ。

 

「まさか、自分の脳髄を式の肉体に移植するつもりか!?」

 

 なんて悪趣味な、と悪態を吐く橙子だが、荒耶は動じない。

 

「しかし、それならば式はまだ無事という事だな。念のため訊くが、式を返すつもりはあるか?」

「欲すれば、好きにしろ」

「つまり戦うしかないという訳か。ならば、選手交代だな」

 

 ザッ、と。

 今度こそ、蒼崎橙子の使い魔たるアルスが戦闘態勢に入る。

 

「……そうか、残念だ。かつて共に根源を目指しあった者同士、協力する道もあり得るはずだったが──―蒼崎、何故おまえは諦めた。何故魔術師としての本能を否定する。何故──―堕落したのだ」

 

 男の双眸が怒りで燃え上がる。それはまるで、信頼する同志に裏切られた者のようであった。

 

「否定はしない。確かに、私は堕落しただろう。かつて憧れを抱いた仙人の在り方から、遠く離れた場所に位置している。だがね荒耶、時計塔で過ごすうちに私は気づいてしまったんだ。人は独りでは生きていけない。どうしても、繋がりを求めてしまうものだと。繋がりをもって、世界に爪痕を残す存在なのだと。それが、魔術師という人種ならなおさらだ。──―我々は繋がらなければ生きていけない、弱い存在なのだよ」

 

 蒼崎橙子の独白がロビーに重く響く。

 しかし、男は止まらない。彼女を知る者が聞けば間違いなく衝撃を受ける独白すら、彼を止めるに至らない。

 

「……哀しいな蒼崎。よりにもよって、人間であることを自ら望むとは」

 

 ピシリ、と空気が張り詰める。

 魔術師の殺意がロビーに充満し、呼応するかのように使い魔の殺意も膨れ上がる。

 もはや衝突は避けられないと悟った蒼崎橙子は、最後に魔術師として荒耶宗蓮に問いただした。

 

「アラヤ、何を求める」

「真の叡智を」

「アラヤ、何処に求める」

「ただ、己が内にのみ」

 

 男の答えは、一片の曇りもなかった。

 そして、その回答をもって火蓋は切られ──―使い魔が、男に明確な殺意を持って疾走した。

 

 

 

 

 

 荒耶に向かい、アルスは疾走する。

 その両腕は、鈍色の手甲によって覆われている。彼が自分専用に拵えた礼装だ。

 魔力を通すと、呼応するかのように手甲が光り輝く。同時に、腕を囲むようルーンの円環が出現した。

 硬化、強化、加速、相乗……対象を強化する効果を秘めたルーンは、術者の望み通り力を与える。

 アルスは真っすぐ荒耶を睨みつけ、絶命の一撃を与えるべく拳を握りしめ、地を蹴った。このまま何事もなければ、一秒と経たず彼の拳は荒耶の結界を打ち破ることになるだろう。それほどの神秘と威力を秘めている拳だ。

 無論、それを許す荒耶ではない。

 彼は両腕を伸ばすと、掌をアルスと橙子、同時に二人に向ける。

 そして──―アルスの目が見開かれる。

 

「──―粛」

 

 短い呟きと共に荒耶の掌がぐっと握られる/アルスと橙子が大きく横に跳躍する。

 瞬間、目に見えぬ衝撃が彼女たちが元いた場所に襲い掛かった。

 

「……何?」

 

 荒耶が怪訝な顔を覗かせる。

 彼が行った攻撃は単純だ。敵がいる空間を握り潰す。ただそれだけのこと。

 しかし侮ってはいけない。空間の圧縮とは大気の圧縮に等しく、それゆえ目に映ることはない。つまり不可視の攻撃である。威力は絶大であり、一般人が喰らえばプレス機に圧縮されたゴミのように粉砕されることは間違いない。しかも、それほどの大魔術でありながら発動に要する行為は『掌を握る』だけ。

 つまり、敵対者が避けられる要素は皆無……のはずであった。

 しかし、現にアルスたちは荒耶の攻撃を察知し回避行動に移った。

 

「──―粛」

 

 だが、荒耶の行動は変わらない。

 何故攻撃を回避できたか。気になることには変わりないが、考察は彼らを殺した後でゆっくりすればよい。疑問を頭の隅に追いやり、再度掌を握る。

 しかし、結果は変わらない。不可視のはずの攻撃に、アルスと橙子は回避行動を取る。

 

「ならば」

 

 荒耶は両腕に力を込める。

 そして、まるで健康体操のように、繰り返し掌を開閉した。

 

 オンオンオンオンオンオンオン!!!!!

 

 大気が震え、空間が軋み、破壊の嵐が吹き荒れる。空間圧縮の連撃が、アルスと橙子に襲い掛かる。

 それらを、アルスは驚異的な身体能力を持って回避し続ける。魔術師としては異端ながら、『戦闘技術』の研究に全ての心血を注いだがゆえ可能な芸当だった。

 しかし──―ルーン文字と人体構造魔術を専門とした蒼崎橙子には無理な芸当であった。

 

「ぐ……ッ!」

 

 強化の魔術でもって身体能力を底上げしていた蒼崎橙子であったが、ついに空間圧縮に捕まってしまう。

 右足を押しつぶされ、転倒したのを皮切りに不可視の握撃が襲い掛かる。

 

「ぐううぅぅぅぅ……ッ!!」

 

 とっさに守りのルーンを床に刻み、あらゆる魔術系統の回路を遮断するコートと併用して身を護る。が、威力は凄まじく完全に防ぎきる事は不可能だった。コートはボロボロに破れ、耐え切れず膝をつき、口から鮮血が溢れ出す。

 動きが止まった橙子に、荒耶は止めを刺すべく掌を向ける。最大の守りであったコートを失った彼女に、追撃を防ぐ術はない。

 しかし、それを許すほどアルスは甘くなかった。橙子に集中した荒耶の意識の隙を縫うように、地を這う獣の如き低い姿勢で突撃を敢行する。

 

「それを、待っていた」

 

 バン!とアルスの死角にある右腕を左腕に潜らせるように突き出し、握撃を放つ。

 オン、と大気が震え、空間がアルスに襲い掛かる。

 だが、動きは止まらない。全方向からの圧縮が襲い掛かっているはずなのに、それがなんだと言わんばかりに脚の回転を速め、拳を突き出した。

 荒耶に向け、絶命の一撃が放たれる。──―しかし、その拳が届くことはなかった。

 

「通常時なら、その拳はこの身に届いただろう。しかし、内臓まで傷つき減速したおまえでは無理な芸当だ」

 

 不倶、金剛、蛇蝎、戴天、頂経、王顕。

 荒耶宗蓮の身を護る三重結界が光り輝き、あと二メートルというところでアルスの運動エネルギーを零にする。

 

「さらばだ。蒼崎橙子にアルスよ」

 

 動きを止めた敵対者たちの命を握り潰すべく、掌を向ける。

 

 

 

「──―Omit(解放)

 

 

 

 ぼそり、と使い魔の口から詠唱が流れる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なに」

 

 微かな驚きが口から漏れるが、とっさに右腕を向け握り潰そうとする。

 しかし、それより早く右腕の円環が光り輝き、赤く変色しながら形を変える。

 自身を強化するルーンから、敵を滅ぼす攻撃のルーン──―火の意味を持つソウェルへと。

 

「喰らいな」

 

 ボン!と荒耶の身が炎に包まれる。拳を押し当てた位置には、ソウェルのルーンが刻まれていた。

 

「ぐ……」

 

 アルスを蹴り飛ばす。もろに喰らったアルスはサッカーボールのように吹き飛び、橙子の側の壁へと激突した。

 そして、距離を取ることに成功した荒耶は身を包む炎を消そうと魔術回路に魔力を通す。

 しかし──―

 

「チェックメイトだ」

 

 勝利を確信した橙子の声が響き、縫い留められていたはずの黒猫が大口を開け荒耶の背後から迫り喰らいついた。

 

「が──―」

 

 短い断末魔を上げ、首だけとなった荒耶がロビーの床に転がる。

 その様子を、橙子とアルスは冷静に観察していた。

 

「……終わったようだな」

「ああ、俺たちの勝利だ」

 

 よろよろと壁に手を突きながら立ち上がる橙子の呟きに、喀血しながらアルスが同意する。

 

「全く、今回ばかりは死ぬかとヒヤヒヤしたぞ。こんなこと二度とごめんだな」

 

 さて、監禁されている式を助けるか。と、橙子はエレベーターへと歩を進める。

 

 

 

「──―橙子ッッッ!!!!」

 

 

 

 ドン!と突き飛ばされる橙子。下手人は──―彼女の使い魔たるアルス。

 

「アルス、なにを──―ッ!?」

 

 突然の凶行に、蒼崎橙子は驚愕と共に顔を彼へと向ける。

 そして、あり得ない光景に絶句することとなった。

 

 

 

 ──―背後から抜き手を喰らい心臓を抉り出されたアルスと、凶行の下手人である荒耶宗蓮の姿を。

 

 

 

 

 

 

「アルスッ!!」

「ほう、完璧な不意打ちのはずだが」

 

 蒼崎橙子は叫び、荒耶宗蓮は感嘆の声を上げる。

 

「と、橙子……」

 

 アルスは先ほどとは比べ物にならない量の血を吐きながら、懐に手を伸ばす。

 そして、懐から取り出した石を橙子の足元に投げつけ手を突き付けた。

 

「Omit!Omit!」

 

 詠唱と共に、蒼崎橙子の足元に魔法陣が敷かれる。同時に、懐から古めかしい箒が現れる。

 

「握れぇ!!」

 

 アルスの叫び声に、とっさに橙子は従ってしまう。

 

「──―Omit!!」

 

 最後の力を振り絞るように、アルスは詠唱を唱える。

 そして、箒を握った蒼崎橙子は()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほう、トーコトラベルとはな。行き先は、伽藍の堂といったところか」

 

 天井から覗く空を見上げながら、荒耶宗蓮は再度感嘆の声を上げた。

 

「……あれは、人形か?」

 

 朦朧とする意識の中、アルスは背後の魔術師へと問いかける。

 

「人形作りでは蒼崎に及ばないが、私にも先達の業がある。人形作りを生業とした妖僧の名、知らぬおまえでもあるまい」

 

 抜き出したアルスの心臓を見つめながら、荒耶宗蓮は発言する。

 

「そして、おまえは間違いなく本物だ。獣の如き脈動を孕む心臓、美しいが仕方あるまい」

 

 ぐちゃり、と泥団子を台無しにするが如く、アルスの心臓は握り潰される。

 

「黒猫の正体も読めた。あれは実態を持たない魔物ではない。鞄から映された映像だな?」

 

 荒耶はじろりと鞄を睨む。すると、異音を立て鞄が砕け散った。

 中から、コナゴナに破壊された映写機が姿を現す。

 

「考えたものだ。投影先のエーテル体を潰されても、本体である映写機が無事なら何度でも蘇る。──―そして、おまえが私の不意打ちに反応できた理由も、こうして直接肉体に触れた今解った」

 

 肉体を解析し、荒耶はアルスの隠し玉を暴き立てる。

 

「おまえには()()()()()()()()()。『未来視の魔眼』といったところか。先ほどの戦闘から察するにごく短い未来しか視認できないようだが、おまえにはそれで十分だったのだろう。今まで隠し通していたのか、はたまた魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)に乗車したのか……。どちらにせよ、驚嘆すべき事実だ」

 

 僅かだが感情を見せる荒耶。

 

「……まさか、壁から出現するとはな。そんなデカい隠し玉があったとは想像もしなかった……」

「大きさでは、おまえも負けず劣らずだろう。まさか術式の省略だけでなく()()()()()()()すら可能とは……。結界を突破する過程を、それで省略したのだろう?」

「……見せた相手は橙子を除いて抹殺していたからな。俺のとっておき中のとっておきだったんだが……」

 

 震える手で、アルスは胸ポケットに手を伸ばす。そして、煙草を取り出し口に咥え火を点け……ようとするが、肉体の限界が訪れたのか腕が微動だにしない。

 

「……スマンが荒耶、火をくれないか?」

「……よかろう」

 

 一瞬逡巡した荒耶だったが、煙草に術式が付与されていないことを確認し火を点ける。

 

「……あぁ、美味いな……。だが──―」

 

 不味い方がよかったな……。

 最後の言葉は音にならず、ただ空気の振動として口から漏れ出るのみ。

 そして、フゥと吐き出される紫煙はまるで魂のようにも見え……。

 ぽとり、と煙草が床に落下した。

 

 




1.2を争うくらい書きたかったシーンをお見せできて満足。

矛盾螺旋編が終わった後、忘却録音編と殺人考察(後)編と続き空の境界編が終了。続いてロード・エルメロイⅡ世の事件簿編に移行しますが、矛盾螺旋、忘却録音、殺人考察(後)、これらのエピソードの間には約1か月ほどインターバルがあります。この間に閑話を入れるかどうかアンケートしたいと思います。

  • 矛盾螺旋と忘却録音の間に閑話入れろ
  • 忘却録音と殺人考察(後)の間に閑話入れろ
  • どっちのインターバルにも閑話入れろ
  • 閑話いらねえ!早く事件簿編読みてえ!
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