つまり後は下るだけ。
時は蒼崎橙子がトーコトラベルによって伽藍の堂に着弾した頃にまで遡る。
地下駐車場に位置する、蒸気と鉄が支配する研究所にて二人の男が言い争っていた。いや、正確には、赤いコートの男が黒衣の男に食って掛かっていた。
「約束が違うぞアラヤ!おまえは私にアオザキを殺させてやると約束したではないか!」
「機会は譲った。しかしおまえは失敗した」
「だから代わりに相対したと?だがおまえも失敗したではないか!」
「排除には成功した。使い魔を失った蒼崎は障害になり得ない」
「使い魔を失っただと?嘘はよくないなアラヤ。アルスはまだ生きているではないか!」
アルバが荒耶の横にある物体を指さす。
それは、鳥籠大ほどの大きさのガラス瓶であった。中身は液体で満たされており、人間の首がフワフワと浮かんでいる。
アルスの首だ。
その表情はとても穏やかで、顔だけで判断するならば眠っているように見える。
「わざわざ延命処置までするとは、知識が失われるのが惜しくでもなったか?確かに、アルスの脳髄は黄金の鉱脈に等しい。
アルバの言う通り、アルスはまだ生きている。
しかし、喋ることも思考することもできない、いわゆる植物人間のような状態だ。これを生きていると見做すのならば、生きていると言えるだろう。
「だが忘れた訳ではあるまい。こいつは傷んだ赤色とまで言われた雌狐の使い魔だ。たとえ首だけになろうとも喉笛に喰いついてくるぞ!」
「──―たわけ。口にしてはならぬ名を口にしたな、コルネリウス」
「なに?」
戸惑うアルバに、荒耶はガラス瓶を投げ渡す。
「持っていけ。それはおまえのものだ。どうとでもするがいい」
「……確かに受け取った。これをどう扱おうが文句はないな、アラヤ?」
「好きにするがいい。おまえの運命は既に定められた」
意味深な荒耶の言葉も、浮かれているアルバには届かない。
彼は嫌らしい笑みを浮かべると、小走りで研究所から出て行った。
時は戻り現在。得意げにアルスの首を掲げるアルバは、四者四様の反応を見せる橙子たちに向け口を開いた。
「いやぁ、アルスの脳髄は素晴らしかったよ。未知の知識が溢れる溢れる!お陰でアオザキの工房に向かうのが遅れてしまったが……。キミたちの方から出向いてくれるとは僥倖だ!」
「アルバ、貴様……」
「おや、怒ったのか?怒ってしまったのかアオザキ?だが魔術師であるならおまえも解るだろう。魔術師の脳髄とはすなわち魔導書だ!それをむざむざと喪失させるのは惜しいというもの。だから私が保存してやったのさ!」
まさに外道の所業と言わざるを得ない行為を嬉々として語るアルバ。
そんな彼に対し、ついに感情の許容量を超えてしまう者が出てしまった。
「お前ぇ!アルスさんになんて事を!!」
「霧絵ちゃん!」
アルバに向けて駆け出そうとする霧絵を、黒桐が必死に抑える。
それでも霧絵はもがき続ける。恩人を殺した憎き仇を殺す為に。
アルバの存在を許容できない彼女の瞳は、マグマの如き殺意に満ちていた。
「ははははは!敵討ちをするつもりかい?魔術師でもないのに殊勝じゃないか。キミはよほどアルスのことを大切に思っているようだね」
カツン……カツン、とアルバはゆっくり降りていく。
「だが安心するといい。先ほども言っただろう、保存してあると。つまりアルスはまだ生きているのさ。周りの音を聞いて、それを判別できるくらいしか機能は残っていないがね。しかも──―」
アルバは両手でアルスの首を掴む。
そして、その両の目に指を突っ込んだ。
ぐちゅぐちゅと肉感的な音を奏でながら、眼球がくり抜かれる。
「痛覚まで残してあるんだ!アルスは我慢強いようだから声を上げないようだが、激痛が走っているだろうよ!」
アルバは、くり抜かれた目玉を放り投げる。
べちゃりと橙子たちの眼前に曝される。それを、霧絵は縋りつくように両手に納めた。
「あぁ、アルスさん……アルスさんの眼が……」
仇の眼前でありながら、霧絵は蹲って涙をぼろぼろ零し、嗚咽を漏らしてしまう。
そんな彼女を労わるように、橙子は背中を擦りながらアルバへ問いかけた。
「ここまで悪趣味な真似をして何のつもりだ?おまえの目的は私を殺すことだろう」
「その通り。しかし、それも私の目的遂行の手段の一つに過ぎない。──―私はね、おまえを悔しがらせたいんだ。格下と見下した相手に殺されるなぞ屈辱的だろうが、こうやって使い魔を甚振られるのはもっと屈辱的だろう?」
ブチィ!とアルスの耳を引きちぎり、ただの肉片となったものをアルスの口に突っ込む。そして、わざわざ顎を持ち自らの耳を咀嚼させた。
アルスに対する尊厳凌辱……否、拷問を目撃し、一般人である三人は身動きが取れなかった。親しい人物が凄惨な目に遭っている事実に、心までもが凍り付いてしまう。臙条巴は初対面だが、同様だった。
しかし、蒼崎橙子だけは動いた。冷静に立ち上がると、手に持った
「おっと、新しい使い魔かい?それともオートマタかな?どちらにせよ私には効かぬよ!先刻の黒猫の絡繰りも判明したし、オートマタでは役者不足だ。それとも、倒せぬまでもアルスを取り戻す気でいるのかい?確かに、おまえほどの腕前を持つのなら延命させるのは容易かろう。もしかしたら新しい身体を作って移植することもできるかもしれない。だがね、それは無意味なんだよ。何故なら──―」
アルバの両手が、万力のようにアルスの首を挟み込む。
そして、リンゴが砕かれるようにアルスだったものは多数の肉片へと姿を変えてしまった。
「これで、もう死んでしまった」
赤い魔術師の甲高い笑い声と、恩人が死んだ現実を認めたくない女性の絶叫。二つの感情がない交ぜとなりロビー中に響き渡る。
アルバは笑いながら、侵入者たちに視線を向ける。フジョウキリエがあれほどの悲しみを発露しているのだ、他の者たちもさぞやいい表情をしているに違いない、と。
フジョウキリエは予想通りだ。溢れる涙を拭おうともせず呆然と肉片を見つめている。
弟子の少年もいい顔をしている。必死に吐き気を抑えながらも、その目は怒りに満ちている。
エンジョウトモエ……マンションから逃げた人形の目にも怒りが渦巻いている。いや、あれは殺意か?人間を弄ぶ私に殺意を抱いているのか!
三者三様の反応に、アルバは満足した。自らの足元にも及ばない弱者から向けられる負の感情に、彼の自尊心は大いに満たされる。
さて、最後はメインディッシュのアオザキだ。どんな顔をしているか……と、橙子に目線を向けた時、アルバは目を疑った。
蒼崎橙子。首だけでむりやり生かされ、拷問の末に惨たらしい死を与えられた使い魔の主。
彼女の貌は……笑っていた。口角を上げ、嬉しくて堪らないと言わんばかりに。
「なんだ……なんなんだその顔は!?ただの使い魔ではない!おまえが最も心を許しているアルスが死んだというのに、その顔は一体なんなんだ!?」
アルバは恐怖した。最も近しい身内と言えるアルスを失ったというのに、悲しむどころか喜ぶ蒼崎橙子に。
そんな彼を見て、蒼崎橙子はさらに笑みを深める。
「礼を言わせてもらうよ。ありがとうコルネリウス、
「最悪を、回避だと……?アルスが死んだことの、どこが回避だと言うのだ!?」
「私にとっての最悪が、
橙子の指摘に、アルバはうぐと言葉に詰まる。
確かに、その案も考えていた。アオザキトウコへの復讐を、欲張らずにアルスの首を持ち去るだけに留める。若干の不満は残るが、アルスの知識を手に入れられるのならばアリだと思った。
しかし、アルバは更なる復讐を求めた。
「だ、だが、アルスの死が最悪でなければなんなのだ!彼はもはやこの世界には存在していないのだぞ!」
「こういうことだよコルネリウス。起きろ、この大寝坊助」
ガツン、と橙子が蒼い鞄を蹴る。
すると、影絵の魔物が収められた鞄と同様にぱかりと開く。
ただ、今回は貝のように縦に開き、中身が視認できるという点で違いがあった。
中身は、人形のようだった。身長は二メートル弱ほどだろうか?蒼色の髪に、蒼色のコートを着ている。
そこまで確認して、アルバはゾッと総毛立った。まさか、あれは!いや、そんなことはありえない!!だがしかし……。
ぐるぐるとありえない結論が脳を駆け巡り、否定と肯定のいたちごっこを繰り返す。
ぴくり、と人形が動く。アルバの目はさらに人形に釘付けとなった。もはや自力では逸らせない。
ゆっくりと頭部が動き、髪の毛の間から
そして、人形の顔がこちらに向けられた瞬間、アルバはみっともなく叫びだしそうになってしまった。
「お、おまえは……おまえは……ッ!!」
ゆっくりと、人形だと思われたヒトガタが立ち上がる。コキコキと首を鳴らし、ストレッチするかのように両肩を回すと、アルバを蒼い双眸でじっと睨みつける。
「久しぶりだなアルバ。具体的には四時間くらいか?」
つい先ほど死んだはずの、アルスが鞄から現れた。
という訳で、アルスくん復活です。
といっても、空の境界を読んでいる人にとっては予想できた展開かもしれません。
でも私はこれがやりたかったんだ!!
矛盾螺旋編が終わった後、忘却録音編と殺人考察(後)編と続き空の境界編が終了。続いてロード・エルメロイⅡ世の事件簿編に移行しますが、矛盾螺旋、忘却録音、殺人考察(後)、これらのエピソードの間には約1か月ほどインターバルがあります。この間に閑話を入れるかどうかアンケートしたいと思います。
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矛盾螺旋と忘却録音の間に閑話入れろ
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忘却録音と殺人考察(後)の間に閑話入れろ
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どっちのインターバルにも閑話入れろ
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閑話いらねえ!早く事件簿編読みてえ!