人形師の使い魔   作:アスラ

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種明かし回です。


17:冠位魔術師に並ぶ意味

 死んだはずのアルスを目にして、アルバは怖れから微かに身体を震わせていた。

 

「お前は死んだはずだ、なんてお決まりのセリフはよしてくれよ。師匠が聞いたら嘆くこと間違いなしだ」

 

 そんな情けない弟弟子の姿を見て、兄弟子は肩を竦める。

 

「アルスさん……?アルスさんなんですか……?」

 

 アルスの背後から、唖然とした様子の声が聞こえる。

 振り返ると、信じられないといった様子で霧絵が見つめていた。ついさっき殺されてしまった恩人がひょっこり現れた衝撃により、涙は引っ込んだが顔は涙痕などでぐちゃぐちゃだ。

 

「あーあーあー、酷い顔になっちゃって。泣かせてごめんな、霧絵ちゃん」

 

 アルスは懐からハンカチを取り出し、霧絵の顔を優しく拭う。

 涙を拭う優しい手つきに、霧絵は確信を得る。

 ああ、この人は間違いなくアルスさんだ。

 霧絵はぎゅうとアルスを抱きしめた。

 

「よかった……生きてて本当によかった……ッ!」

 

 アルスの胸に顔をうずめ、再び泣いてしまう。

 そんな彼女の背中をぽんぽん、と軽く叩くと、ゆっくりと橙子へと預けた。

 

「橙子、霧絵ちゃんたちを頼む。俺はあいつに用があるからな」

「解った。式はこちらに任せろ」

 

 橙子が三人を引き連れ、エレベーターへと乗り込む。

 扉が閉まる直前、アルスは霧絵が心配そうにこちらを見つめているのに気が付く。

 心配いらないよ、とアルスは笑顔で手を振った。

 そして、扉が閉まりアルバはと振り向く。彼の顔は、先ほどの笑顔が嘘のように冷たいものとなっていた。

 

「さて……随分と世話になったなアルバ。まさか自分の耳を食べる事になるとは思わなかった」

「おまえは……おまえは死んだはずだ!つい先ほど、私の手で殺されたはずだ!!」

 

 アルスの軽口なぞ耳に入らない、とばかりにアルバは喚き立てる。

 

「おいおい、さっきの話聞いていたのか?そんなに師匠を悲しませたいのか」

 

 やれやれ、とアルスは煙草を取り出し一服する。

 その行為は、時計塔時代の彼の姿を想起させ……。

 死者が現世に舞い戻るという摂理の反逆に、アルバの悪寒はさらに高まる。

 

「おまえは確実に死んだはずなんだ!魂を繋ぎ止める核となる頭部は破壊され、彼岸へと飛ばされた。死者ならば死者らしく、現世に迷う事なくあちら側へ行け!」

「確かに、死者ならば迷う事なく彼岸に行くのが道理だ。だが俺はここに立っている。ゴーストと違い、意思を持ってな」

「ならば……おまえは人形だとでも言うのか!?アオザキが作り出した、アルスの代替品なのか!?」

「おいおい、人形と人間の区別もつかなくなるほど耄碌したのか?悲しいなぁ、まだ還暦も迎えていない弟弟子を老人ホームに入所させるはめになるとは」

 

 心底おかしそうにアルスは笑う。嘘だと解っている事柄を口にする弟弟子の滑稽さに。

 

「ッ、確かに私が殺したアルスは本物だった。完璧な構造を持った人間だった。だが、それではおまえは一体なんなのだ!?以前のおまえと今のおまえ、どちらも本物だというのならば、この矛盾をどうやって──―」

 

 言葉の途中で、ピタリと動きが止まる。アルバの脳が、解答に辿り着いたからだ。

 しかし、それは魔術師である彼にとって、到底ありえないものであり……。

 真実だと認めたくない儚い抵抗が、アルバの口から声となって吐き出される。

 

「まさか、おまえの身体は──―」

「その通り。以前の俺も今の俺も、どちらも作り物なのさ」

 

 種明かしをしたマジシャンのように、アルスは笑う。

 

「そ、それこそありえん!では、おまえは一体何なのだ!?作り物であるならば、アルスを模倣した偽物ということになる。しかし、おまえは確かに自身をアルスと認識し行動している。そんなことはありえん!確固たる自我を持つ人間が、己を偽物と認識して正常に稼働することなぞ不可能だ!」

 

 アルバの言う通り、人間は己が偽物だという事実に耐えることはできない。事実、無意識ながら自身が死亡した臙条巴を模した偽物であると認識していた臙条巴は、自我が不安定になり破壊衝動などを発症していた。

 

「偽物であるがゆえに、自滅以外の道はないとでも言いたいのか。だがなアルバ、それは二流の考えなんだよ。……あまり時間に余裕はないが、一つ昔話をしてやろう」

 

 紫煙をくゆらせ、アルスは口を開く。

 

「十一年前、俺はとある事情で再起不能の怪我を負った。魔術回路も焼き切れ、意識不明のまま東欧の片隅で朽ち果てようとしていた。だが、捨てる神あれば拾う神あり。死を待つだけの存在になった俺を保護する女魔術師が現れたんだ。──―お前の想像通り、蒼崎橙子だよ。だが、彼女の腕をもってしても俺の治療は不可能だった。ただ凍結処理をして延命させるのが精一杯」

「その件は知っている。当時は上に下に大騒ぎだったからな。だが、魔術回路まで焼き切れたというのは初耳だ。そこまでの後遺症があったのならば、数年後にアオザキと共に時計塔を出奔することは不可能な──―ッ!まさか!」

「そう、俺は橙子が封印指定を受ける直前、彼女によって人形の身体を得た。橙子は俺以上の天才でね、ある日の実験で自らと全く同一の自分自身を作り上げたそうだ。その時、彼女は閃いた。『アルスの身体も同じように作ればいいのではないか?』とね。そこから行動は早かった。俺の身体を解析し尽くし、封印指定を受ける前日に完成させた」

「……ゆえに、アオザキに感謝していると?」

「当り前だろう?瀕死の俺を救ってくれたんだ。感謝する以外なにがある」

「嘘だッ!!」

 

 アルスの主張を一刀両断するように、アルバは怒声を上げる。

 

「人間は、人間であるがゆえに己の自己を捨て去ることなぞ出来ない!いくら同一存在であろうとそんなものに己の存在を明け渡すなど、耐えられる訳がない!」

「と言ってもなぁ。記憶の連続性は保たれているから、俺は俺自身だと認めているしなぁ。……ああ、いつか読んだ漫画のあれに似てるな。その漫画では機械の身体を得たキャラクターがいたんだが、俺もそんなイメージだ」

 

 何でもないかのように気軽に喋り続けるアルスに、アルバは眩暈を覚える。

 つまり彼はこう言っているのだ。『記憶に連続性があれば、どんな身体だろうが構わない』と。

 

「お前は耐えられないが、俺は耐えられる。それだけなんだよ。ちなみに、今の俺は以前の俺が死亡した時に目覚めた。つまり生後数分ということになるな。この後伽藍の堂に戻り、橙子にまた人形(身体)を作ってもらい眠るだろう。これから何度も、死ぬ(たび)に同じことを繰り返すだろうさ」

「──―そうか、アラヤはおまえの知識を惜しんだのではない。生きている限り次のおまえにスイッチが入らないから……」

 

 アルバが導き出した答えに、アルスはただ微笑みを返すのみ。出来の悪い弟弟子を見守る兄弟子のような、優しい微笑みだ。

 しかし、アルバにはどうしても嗤っているようにしか見えなかった。

 アルスが現れてから感じ出した悪寒が最高潮に達する。身体の震えを止められず、自らの両手で自身を抱きしめた。

 その時──―ふと、アルバは一つの可能性に行き着いた。

 自身にとっては、アルスが人形の身体であったことより最悪な事。この可能性が現実のものであるならば、今まで抱いていた彼女の人間像が根本から崩れてしまう事。

 

「待て、一つ聞かせろ──―もしや、アオザキもそうなのか?」

 

 縋るように、蜘蛛の糸を求める亡者のように、アルバは問いかける。

 

「お前さ。主の秘密を喋るやつに、使い魔なんて務まると思うか?」

 

 アルスはそれだけ答えると、鈍色の手甲を取り出した。

 

 

 

 

 

 

「今までの話は、荒耶が主体といえど俺を殺したお前へのご褒美なんだ。そろそろ本題に戻るぞ。いい加減橙子の下に戻らなければどやされてしまう」

 

 カチャンカチャン、とアルスは手甲を装着する。

 

「その手甲……まさか予備があったとはな。荒耶の実験を止めに行くつもりか」

「いいや、荒耶のことはどうでもいいさ。俺はあいつに負けた。それでこの件は終わり。敗者はただ消え去るのみだ。どうせ失敗するだろうしな。──―俺はお前に用があるんだよアルバ」

「……私に殺された復讐か?」

「まさか。弟弟子に殺されただけで復讐なんてしないさ。むしろ褒めに行くね。『よくぞ俺を越えたな!』ってな」

「まさか、我が兄弟子がそれほどの人格破綻者とは思わなかった。──―では、何故おまえはここにいる?」

「簡単な話さ。お前はあの名で橙子を呼んだ」

 

 Omit、と呪文が唱えられ、ルーンの円環が現れる。

 

「学院時代からの取り決めでね。橙子を傷んだ赤色と呼んだやつは例外なくブチ殺している」

 

 ルーンは次々と数を増やし、ついには手甲全体を覆うまで円環が増加する。

 アルバはぼうとその様子を眺めた。そして、兄弟子には一生敵わないことを悟ってしまう。

 何故なら、円環を構成するルーンの種類は三十を超えてもなお増加しているからだ。

 つまり、蒼崎橙子が再現した基本(フサルク)ルーン二十四文字以外にも、彼もしくは彼女が開発した独自のルーンが含まれている。

 しかも、それら全てを同時運用して、ルーン魔術の威力を爆発的に高めている。ガラス瓶が壊れないように内部で数十種類の火薬を混ぜ合わせ爆発させているようなものだ。そんな芸当、アルバには一生出来ない。

 

「兄弟子としての慈悲だ。痛みを感じないよう一瞬で消滅させてやる」

 

 そして、円環が一つになり(ルーン)がアルバに向けて放たれる。

 ああ、こんな化け物共に関わるべきではなかった。

 アルバは今更ながら後悔した。アオザキの言うように、修道院に引っ込み恨みなぞ忘れて研究を続ければよかったと。

 しかし、意識が消え去る直前。自身の死である(ルーン)の奔流を見つめながら、彼は場違いな思考をした。

 

 ──―しかし、私の死がこんなにも美しいものだとは予想しなかったな。

 

 光の奔流がロビーを包み込む。小川マンションが倒壊しないよう配慮されたのか、それは壁や床に到達する直前で淡い光となって消え去る。

 そして、数秒後に光が消えた時、ロビーにはアルス以外誰も存在しなかった。

 コルネリウス・アルバがこの世に存在した証拠は、何一つ残ることはなかった。

 




アルバにちょっとした救いを与えてみました。
え?どっちにしろ死んでるだろって?
原作ではもっと無惨な死に方だからね。
気になった人は原作を読もう!

矛盾螺旋編が終わった後、忘却録音編と殺人考察(後)編と続き空の境界編が終了。続いてロード・エルメロイⅡ世の事件簿編に移行しますが、矛盾螺旋、忘却録音、殺人考察(後)、これらのエピソードの間には約1か月ほどインターバルがあります。この間に閑話を入れるかどうかアンケートしたいと思います。

  • 矛盾螺旋と忘却録音の間に閑話入れろ
  • 忘却録音と殺人考察(後)の間に閑話入れろ
  • どっちのインターバルにも閑話入れろ
  • 閑話いらねえ!早く事件簿編読みてえ!
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