プロローグの後書きに書いたように、次話からは毎日投稿の予定です。
橙子が日本での隠遁生活に選んだ拠点は、廃ビルだった。
「橙子、本気でここを拠点にするつもりなのか?」
「もちろん。ここなら結界を張るのに向いているし、工房を作るスペースも十分。なにより、私好みなの」
「橙子好みか。それは重要だな」
「でしょ?」
微笑む彼女につられ、こちらも笑みがこぼれる。
「行きましょう」と誘導され、彼女に続き廃ビルに足を踏み入れる。
中は案の定廃墟だった。床や壁は塗装されておらず、剥き出しのコンクリートのみと殺風景だ。
二階以降も同じような有様で、五階に至っては天井すらなく事実上の屋上となっていた。
「うん。図面と外観写真だけ見て即決したけど、中々いいじゃない。少し手を加えれば十分住めるわ」
「それでも何もなさすぎやしないか?これほどとは思わなかったぞ」
「これがいいのよ。自分色に染められるって素敵じゃない」
「……その色染め作業は誰が?」
「もちろん、あ・な・た♪」
「だよなぁ」
橙子とは同じ
それなのにリフォームを丸投げするのは、面倒くさいというのもあるだろうが、俺に任せた方が
「解った。とはいえリフォーム案は教えてくれよ。それと、さすがに結界は任せる」
「解ったわ。案は今から伝えるからよろしくね」
トン、と橙子の指先がおでこに触れる。
同時に、彼女のプランがイメージとして流れ込む。
ふむふむ、四階は事務所にして、二階と三階は仕事場兼工房にするのか。今回二階は結界を張るだけで、三階も含めた工房化はまた後日と……おや?
「橙子。一階はどうするんだ?」
「放置するわ。無駄に部屋があっても持て余すだけよ」
「それじゃお願いね~」と、ヒラヒラ手を振り橙子は二階へと向かう。
まったく、相変わらず人使い……いや
とはいえ、これから住むであろう拠点の内装を全面的に任されているのは使い魔冥利に尽きるというものだ。確実に満足できるものを作ってくれるという全幅の信頼を感じられる。
さて、橙子が結界を張り終えるまでに作業を終わらせよう。戻ってくるまでに終わらせないと機嫌が悪くなるだろうからな。
◆
結界を張り終え、事務所に帰還した橙子を待っていたのは、紅茶を淹れている
「おかえり橙子。寒かったろ、紅茶淹れたぞ」
「ん、ありがとう」
まだ電気の通っていない廃ビルに暖房なぞあるはずもなく、季節も冬ということで廃ビルは寒さに支配されていた。
そんな中、見計らったかのように淹れ立ての紅茶を用意してくれた彼の気遣いは、冷えた身体を心ごと温めるにはうってつけだった。
カップに口をつけ、一口飲む。
相変わらず、美味い紅茶を入れる。万が一使い魔をクビになってもこれ一本で商売できるだろう。
ありもしない想像を膨らませながら、橙子は事務所を見渡す。
アルスがリフォームした事務所は彼女の期待通りのものになっていた。
日当たりのいい場所に事務机があり、本棚やソファーは計算されつくした位置に設置してある。
自身の下したオーダーを忠実に遂行した仕事に満足……と思いきや、見覚えのないインテリアもある。おそらく彼によるアレンジなのだろう。悔しいが、その一工夫によってさらに洗練された空間になっている。
橙子が結界を張っていた
「そういや橙子。いい加減屋号は決めたのか?」
使い魔の仕事ぶりに感心していると、件の人物から疑問が投げかけられる。
「建築デザインの事務所を開くのなら、屋号を決めないとなにかとめんどくさいぞ」
「そうねぇ」
天井に目を向ける橙子。
実のところ、彼女は今の今まですっかり屋号のことを失念していた。
なにしろ、開業を決意したのもつい先日のことだ。それから事務所を構える建物の捜索、発見した廃ビルを買い取るための手続き、見計らったように(偶然なのだろうが)襲撃をかけてくる代行者の撃退など、息をつく間もない日々だったのだ。屋号なんてどうでもいいもの(橙子談)を考えている暇なんてなかった。
しかし、いい加減決めた方がよいだろう。なにしろ金がないのだ。爪に火を点すように節約すれば一か月は持つだろうが、そんな生活は彼女にとって御免被るものだ。
その為にも、事務所の開業は必須だ。幸い日本は極東に位置する為、時計塔の目も届きづらい。
ふと、視線が事務所全体に行く。テーブルや本棚が絶妙な位置に設置されている。しかし、それらには本来備わっているものがない。
そう、中身だ。
長期間にわたる逃亡生活。魔術によって鞄は見た目以上の収納力を備えているが、持ち運べるものには限度がある。
現に、調度品は必要最低限度。本も少数で隙間が目立つ。
現時点では、この事務所には何もかもが足りない。まさに──―ガランドウと言ったところだ。
「──―そうだ。これがいいな」
天啓が舞い降りる。
そうだ。これがいい。
この場が束の間の楽園になろうとも、初めて彼と腰を落ち着けるのだ。
今までは時計塔の手から逃れるため、頻繁に拠点を変えていた。暇を見つけて創作活動しようにも、執行者や手柄を求める魔術師の襲撃によって無に帰すことも多々あった。これでは、積み重ねも何もあったもんじゃない。
そんなガランドウな日々に、私達はここでようやく積み重ねていくことができる。
ああ、それはなんて夢のような日々だろうか。
「伽藍の堂。事務所の屋号は、伽藍の堂にする」
眼鏡を外し、橙子は使い魔に宣言する。
その宣言に込められている意味は、しっかりと彼に伝わっていたようで──―。
アルスは、喜びに満ちた微笑を橙子に返したのだった。
矛盾螺旋編が終わった後、忘却録音編と殺人考察(後)編と続き空の境界編が終了。続いてロード・エルメロイⅡ世の事件簿編に移行しますが、矛盾螺旋、忘却録音、殺人考察(後)、これらのエピソードの間には約1か月ほどインターバルがあります。この間に閑話を入れるかどうかアンケートしたいと思います。
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矛盾螺旋と忘却録音の間に閑話入れろ
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忘却録音と殺人考察(後)の間に閑話入れろ
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どっちのインターバルにも閑話入れろ
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閑話いらねえ!早く事件簿編読みてえ!