人形師の使い魔   作:アスラ

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忘却録音編です。
といってもアルスが介入する余地はほとんどないのでこの1話で終わりです。


21:本音というものは劇薬でもある

 年は巡り一月一日。

 新年の挨拶もそこそこに、橙子と俺は思い思いの行動をしていた。

 橙子は資料を読んでいる。内容は俺も知らない。彼女曰く、出身校の恥部だから使い魔といえどむやみに見せるものではないとのこと。

 俺は今度作る作品のデザイン画を描いている。去年の仕事は全て年末までに片付けておいたので、こうして私事に没頭できるのだ。

 

「新年、あけましておめでとうございます」

 

 ふと、今日は講義を欠席すると連絡していたはずの少女の声が聞こえる。顔をあげると、事務所のドア前に黒桐鮮花が立っていた。

 

「はい、おめでとう」

 

 橙子は気だるげに相槌を打つと、こちらに視線を向ける。

 視線に込められた意図をくみ取り、席を立つ。

 

「あけましておめでとう」

 

 もちろん、鮮花ちゃんへの挨拶は忘れない。

 そしてキッチンへと歩を進め、二人分の紅茶を用意するのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 アルス師から紅茶を受け取り橙子師の軽口を受け流していると、またも橙子師がアルス師に視線を向けた。

 すると、アルス師はそそくさと彼の自室へと引っ込んでいった。

 

「さて、部外者もいなくなったことだし本題に入ろう。鮮花は私立礼園女学園の一年生だったな。一年四組の事件について、何か聞いてないか?」

 

 一年四組……確か、橘佳織という生徒がいたクラスだったろうか?

 そのことを伝えると、橙子師は露骨に顔をしかめた。橙子師曰く、そんな生徒リストにはいないとか。

 

「あの……何の話なんですか?」

 

 認識の齟齬が大きかったようなので、詳しい話を求める。

 すると、橙子師から衝撃的な事件を伝えられた。

 なんと、一年四組の教室で傷害事件が発生したというのだ。しかもその事件の原因となった、本人すら忘れていた秘密が記された手紙の送り主が『妖精』だという。

 

「礼園ならば妖精がいてもおかしくなかろう。あそこは森とも言える深さの林によって俗世とは隔離され、厳かな校則と物静かなシスターたちが支配する一種の異界みたいなものだからな」

「よくご存じで。まるで礼園そのものを見てきたかのようですね」

「そりゃあ見てきたさ。私はあそこのOGだもの」

 

 本日二度目の衝撃に、うっかりティーカップを落としそうになる。

 

「なんだその反応は。そもそもマザー・リーズバイフェが学園の恥部を部外者に相談すると思うのか?私たちの事務所は探偵興信所ではないのだが、他ならぬマザーの頼みだ。無碍にすることも出来ず、引き受けてしまったという訳だ」

 

 ……確かに、あの礼園の長であるマザー・リーズバイフェがわざわざ外部の人間に問題を持ち込むことなど考えられない。なにせ、外部からの干渉を防ぐ為に寮の火事という大事件を揉み消すほどだ。

 

「本来なら私が行くべき案件なんだろうが目立ちすぎる。かといってアルスを新任教師として派遣しようにも、マザーから待ったがかかってしまった」

 

 ……スーツ姿で教鞭を執るアルス師を思い浮かべる。あれ、意外といいかも。生徒からの人気も出そうだ。

 それに、彼ならばささっと真相究明してしまうだろう。何なら日帰りかもしれない。

 しかし、それが不可能だということも理解できる。あそこは深層の令嬢を量産する為だけにあるような学園だ。そこに身長二メートル弱の偉丈夫、しかも蒼髪蒼眼のイケメンなんて劇薬を投入したらどんな悪影響が及ぼされてしまうか想像もできない。

 

「だが、手がない訳ではない。私やアルスと違って、何の違和感もなく礼園に潜入できる人材がいるからな」

 

 向けられる視線に、嫌な予感が止まらなくなる。

 

「察している通り鮮花、おまえだよ」

 

 やっぱり。橙子師は私を行かせるつもりなのだ。

 

「安心しろ、妖精といっても黒幕が使役しているのはそれに似せた妖精もどきとでも言うべき紛い物だ。つまり魔術師としては未熟、鮮花でも十分対処できるはずだ。そういう訳で、師として命じる。礼園で起きている事件の真相を究明してこい。できるのならば原因の排除もだ。期限は冬休みが終わるまで」

「──―解りました。でも、私には橙子さんのように魔眼を持っていないので妖精を視認できません」

「ああ、それについては考えがある。安心するといい」

 

 クスクスクス、と。

 橙子師は忍び笑いをするのみで、その考えは教えてくれなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一月三日、午後三時。心地よい日差しが事務所に差し込む中、俺はソファーに。橙子は所長席に座り会話をしていた。

 ちなみに、伽藍の堂社員である三人はいない。黒桐くんと臙条くんは正月休み。霧絵ちゃんは近場(といっても結構離れているが)の商店街まで買い物に行っている。

 

「それで式を行かせたのか。橙子ってたまにとんでもないことやらかすな」

「とんでもないとはなんだ。式の眼は万物の死を見通す魔眼、つまり妖精を視認することなぞ朝飯前。しかも転入生という言い訳が通用する高校生でもある。これほどの適任者は他にいるまい」

「かといって鮮花と一緒に行かせるのはなぁ」

 

 式は鮮花を好ましく思っているようだが、鮮花にとって式は敵だ。恋敵と同じ空間にいるのはストレスが溜まるだろう。

 

「大丈夫、鮮花はまだ子どもだが愚か者ではない。意識の切り替えはしっかりやるだろう」

「その点については同感だけどな……」

 

 しかし、まさか橙子への依頼を鮮花に丸投げするとは思わなかった。

 場所が場所だけに、鮮花以上の適任が存在しない以上彼女にお鉢が回るのは合理的なのだが……。

 やっぱり心配だ。式が付いているとはいえ、魔術師が相手なのは不安要素しかない。

 今からでも礼園に向かってしまおうか。本気の隠形ならば見つかる可能性も──―。

 

「待て待て。弟子が可愛いのは解るが過保護なのはよくないぞ。そろそろ独り立ちさせるべきだ」

 

 俺の考えを見通すかのように釘を刺される。

 

「説明したろう?妖精もどきを使役してる魔術師は記憶を奪うしか能がない未熟者だ。それに私とアルス、二人で手塩にかけて育てたんだ。そうそう後れを取ることもあるまい」

「それはそうだが……」

「なら信じて待て。それが師匠というものだろう」

「…………」

 

 浮かせた腰を落とす。

 確かに、初めての弟子可愛さに過保護になっていたかもしれない。

 ここは弟子を信じて待つのが良き師匠としての務めかもしれない。

 煙草を吸い、気分を落ち着かせる。

 ──―そして、自身が抱えるもう一つの不安が表出してしまう。

 

「そういえば橙子……秋巳刑事からのお誘いはどうするつもりなんだ……?」

 

 そう、実は橙子宛に、俺たちの情報源の一つである秋巳刑事からデートのお誘いが来てるのだ。

 きっかけはうちの社員である黒桐くん。彼がお正月にぽろっと叔父である(初耳だ)秋巳刑事に会社の所長について話したところ、『そりゃあ蒼崎橙子じゃねえか!』と叫び、黒桐くんをダシにデートのお誘いなんてしやがったのだ。

 ちなみに俺とも面識がある秋巳刑事だが、俺のことは橙子の秘書かなんかだと思ってる。

 

「そうだなぁ。可愛い社員の叔父ならば、断るのは失礼かもしれないな」

 

 ぐ、ぐぐぅ。なんか前向きに考えてるぞ橙子のやつ。

 

「なんだ?もしかしてヤキモチでも焼いてるのか?」

 

 ニヤニヤと笑いながら橙子は煙草を吹かす。

 そ、そんな訳あるめぇ!俺は橙子の使い魔なんだ。主がやりたいことを尊重し、サポートするのが使い魔なんだ!

 

「ほほう、そうかそうか。使い魔がそう言うのならば、当日は陰ながら護衛してもらうことにするか」

 

 か、陰ながらに護衛だとぉ!?俺が、橙子と秋巳刑事のデートを見守りながら護衛に徹するのか……ッ!

 想像すると、こう、なんか胸がムカムカしてくるというかなんというか……。

 

「よし決めた、秋巳刑事とのデートを受けようじゃないか。そうと決まれば当日着ていく服も気合を入れねばな。さて、クローゼッ──―」

 

 ガシィ!と私室に向かう橙子の腕をガッチリと掴む。

 急に腕を掴まれた橙子は目を白黒させきょとんとするが、すぐににやけ面になる。

 

「どうしたアルス?もしかして服選びを手伝ってくれるのか?」

「────―くれ」

「ん?どうした。もう少し大きな声で喋らなければ聞こえないぞ」

「──―いでくれ」

「まだ聞こえないな~」

 

 ぐ、ぐぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅ!!!!

 

「行かないでくれ!」

 

 大声で、恥も外聞もなく本心を叫んだ。

 

「頼む、行かないでくれ。橙子が秋巳刑事とデートしてる姿を想像しただけで吐きそうだ」

 

 自分に正直になろう。本当は橙子をデートに行かせたくない。

 いくら知ってる仲である秋巳刑事だろうと許せない。仮にデートをしたとして、俺は冷静に護衛を勤めあげる自信はまったくない。むしろ途中で乱入してしまう確信がある。

 そんな俺の本心を聞いた橙子は、よりいっそう笑みを深め……。

 

「そうか。それなら誘いは断ろう」

 

 あっさりと前言を翻した。

 ……………………えっ?

 呆然としていると、橙子は所長机に備え付けられた電話を手に取りダイヤルを回す。そして、何の躊躇いもなくデートのお誘いを断った件を秋巳刑事宛に言伝した。

 

「いやぁ、悪かったな。元々気が乗らない誘いで断ろうと思っていたのだが、アルスを弄るいい機会だと思っていじわるしてしまった」

 

 ククククク、と意地悪く笑う橙子。

 ──―そうかそうか。橙子は俺の反応が見たくてわざとデートにOKを出すフリをしたのか。

 そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞ。

 掴んだ腕を放さないまま、俺は橙子の私室へと引っ張っていく。

 

「お、おいアルス。一体なにするつもりだ?」

 

 橙子は困惑しているようだが、一切無視して私室へと入室した。

 鍵をかけ、時間を確認する。

 ……よし、霧絵ちゃんが帰ってくるまで一時間くらいある。時間は十分だ。

 

「鍵を閉めてどうするつもりだ?……っておい、そんなに近づくんじゃない」

 

 橙子に迫り、彼女の両肩に手を置く。

 そして、橙子の耳元に顔を近づけ──―。

 

「──―綺麗だ」

 

 あらん限りの感情を込め、褒めた。

 

「なっ……なにを」

「その瞳も、髪も、カラダも、全てが綺麗だ」

「なっ……なな……」

 

 いきなり至近距離で囁くように褒められた橙子は、顔を真っ赤にして離れようと抵抗する。

 しかし、逃がさない。

 

「橙子が作る人形も素晴らしい。俺は世界一だと確信している。いやむしろ人類史上最高位だと思ってる。ピグマリオン王にすら勝っているだろう」

 

 落ち着く暇も与えず、褒め続ける。

 俺を散々弄って楽しんだ挙句、あんな告白までさせたのだ。

 

「霧絵ちゃんが帰ってくるまで、褒め殺してやるからな」

「ま、待って。そんなことされたら……」

「待たない」

 

 そして有言実行。

 霧絵ちゃんが帰ってくるまで橙子を褒め続けた。最後は腰砕けになっていたが、それでも褒め続けてやった。

 ふっ……絶大なダメージと引き換えに勝ってやったぜ。

 ……いかん、マジでこっちのダメージもヤバイ。冷静になったらむちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

 

 

 

 その後、夕食の時間になってもまともに顔を合わせない俺たちを霧絵ちゃんは不思議そうに眺めていた。

 

 




おかしい。私は最初、鮮花と橙子さんの会話の後はゴドーワードさんへの反応を書こうと思っていたが、いつのまにか惚気話になっていた。
なんか筆が乗っちゃったんです……。

次回は忘却録音編のエピローグも兼ねた閑話の予定です。
ストックが尽きてしまったので、もしかしたら毎日投稿が途絶えるかもしれません。
もし明日の更新がなかった場合はそういうことです。
ただエタるつもりはないのでご安心を。空の境界編ラストまでの道筋は頭にありますので。
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