人形師の使い魔   作:アスラ

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お待たせしました。殺人考察(後)編です。


24:『普通の人』の決意

 二月一日。今日は珍しく式が用事もないのに事務所までやってきた。

 どうやら黒桐くんを護衛するつもりらしい。言葉には出していないが、彼にぴったりとついていく式の雰囲気は敵を警戒する肉食獣のようだった。

 だが、それも仕方ないことだろう。なにせ、彼らが住んでいる街にはとある異変が発生しているからだ。

 その異変とは、連続通り魔の再来。

 三年前、六人もの人間を殺し、警察の手からするりと抜け出し姿を晦ませた殺人犯が再び街に現れたのだ。今朝からニュースの話題はこれ一色となっている。

 

「殺人鬼ねぇ。まさか神秘と関係ない場所で鬼が現れるとはなぁ」

 

 もちろん、本気で幻想種である鬼が出現したとは思っていない。仮に本物の鬼が犯人ならば、犠牲者は一日で二桁になっていただろう。下手すると三桁かもしれない。

 

「巴くん、ひとりで帰りましたけど大丈夫でしょうか……?」

 

 書類整理を終えた霧絵ちゃんの口から心配事が漏れる。

 大丈夫じゃないか?ニュースでは、事件現場は繁華街の裏路地に限定されていると言ってるし、臙条くんには寄り道せず真っすぐ帰るよう言い含めている。

 そのことを説明すると、霧絵ちゃんは目に見えてほっとしていた。

 ……さて、晩ご飯の準備でもするか。最近めっきり寒くなってきたから、おでんにしようと考えている。下拵えも済ませてあり、晩ご飯の時間には美味しいおでんが完成しているだろう。

 

 

 

 

 

 

 二月八日。

 ニュースが大々的に連続通り魔事件を扱うようになってから一週間。

 殺人鬼と銘打たれた犯人は精力的に活動するようになり、一日一殺を心掛けるようになっていた。

 もはや三年前に起こった連続通り魔とは比べ物にならない。本物の『殺人鬼』になってしまった。

 このまま殺人──―いや、橙子が言うには殺戮か──―が続けば、いずれ伽藍の堂にも被害が及ぶ可能性が出てくるかもしれない。

 そこで我らが伽藍の堂の長である橙子が取った行動とは!

 

 何もしない。

 

 拍子抜けだろうが、ただこれだけである。

 理由は単純。かの殺人鬼が伽藍の堂に被害を与える可能性が零だからだ。

 殺人鬼が犯行に及ぶのは、決まって夜の繁華街の路地裏。被害者もヤクザ紛いのチンピラやヤク中など、路地裏を拠点とする者ばかり。

 つまり、夜間の路地裏にさえ行かなければ殺人鬼と遭遇する可能性は皆無!そして、そんな命知らずな行動をする人間はウチにはいない。

 という訳で、俺たちはこの事件に関しては静観する立場を取った。試しに夜間の路地裏をうろついてみたが、見つけたのはまるで大型の肉食獣の食い残しみたく食いちぎられていた腕だけ。

 明らかに異常な死体だったが、魔術の痕跡は欠片も残っていなかった。つまり、俺たちが出る幕ではないのだ。下手に行動して時計塔の目に晒されるのはごめんだしな。

 ……だが、ウチの社員第一号である黒桐くんはそうでもないらしい。

 この一週間、彼は仕事中ですらずっとそわそわしていた。おそらく例の連続通り魔事件が気になっていたのだろう。その上、式が一週間も家に帰っていないという。

 何事もなければいいが……と朝食後の紅茶を飲みながら、今日の予定を頭の中で組み立てる。すると、ジリリリリと電話が鳴った。ちょうど側にいた橙子が電話を取る。

 

「はい、こちら伽藍の堂……なんだ、黒桐か」

 

 どうやら、件の黒桐くんからの電話らしい。橙子は二、三言葉を交わた後、「ほどほどにしておけよ」と言って電話を切った。

 

「黒桐くん、何だって?」

「今日は休むとさ。おそらく殺人鬼を追っているのだろう」

「……まぁ、式が関わっているかもしれないならば黙ってる訳にはいかないだろうしな」

 

 彼の調査能力なら、あっさり殺人鬼の居場所とか見つけ出しそうだ。

 逆に式は見つけられなさそうだ。おそらく彼女は痕跡を残さないように行動しているだろう。黒桐幹也の調査能力は情報(痕跡)がなければ成り立たない類のものだ。未来予知のように一足飛びには真実に辿り着けない。

 霧絵ちゃんが心配しているが、こればっかりは俺には手を出せない。

 橙子からのお達しもあるが『自分のあり方としての山場』を迎えている二人に下手に干渉するとろくなことにならない。自らで答えを見つけ出さなければ誰もが不幸になるだけだ。

 ……これは俺の勘だが、両儀式と黒桐幹也の関係性はこの事件をきっかけに大きく変化するかもしれない。つまり、『自分のあり方』を見つけ出すということだ。

 ──―そうなれば、俺たちもここを出ることになるな。

 霧絵ちゃんへ残すモノについては、八割方完成している。後は細かい調整とデバッグだけだ。

 幸い仕事も定時には終わる量だ。今日の夜も工房で作業を続けよう。

 

 

 

 

 

 黒桐くんの連続欠勤記録も四日目に突入するかと思われた二月十一日。

 珍しく出勤してきた黒桐くんは、起源覚醒者の白純里緒について橙子に質問していた。

 しかし、起源覚醒者ね……。荒耶も面倒な置き土産を残したもんだ。

 魔術師ならともかく素人にアレをやると決まって人格崩壊する。全ての始まりである根源で形作られた方向性の積み重ね(歴史)に、たかだか数十年しか人生を積み重ねられない人間がろくな処置もなく太刀打ちできるはずがない。それが十七年しかなかった白純里緒ならなおさらだ。とっくに魂は『食べる』という起源に塗りつぶされて、黒桐くんの知っている『白純里緒』の人格は八割方消え去っているだろう。

 だが、それが哀れだとは思わない。起源覚醒は両者の合意無くして成立しえない術式だ。望んだからこそ、選び取ったからこその末路。身も蓋もない言い方をすれば、自業自得というやつだ。

 そのことを、橙子は黒桐くんに懇切丁寧に説明した。しかし、それでも彼の意思は揺らがないようだ。白純里緒を助けようとしている。

 全く、お人好しにもほどがある。

 だが、嫌いではない。

 

「──―お邪魔しました」

 

 橙子との問答で何かを掴んだのか。決意を秘めた表情で黒桐くんが立ち上がる。

 不満そうに橙子が引き留めるが、彼は既に自身が成すべき行動を決めたようだ。迷いない足取りで事務所の扉を開け退室した。

 

「──―橙子」

「全てが終わった後なら、許可しよう」

 

 以心伝心。橙子は条件付きだが許可をくれた。

 大丈夫。介入しようなんて欠片も思っちゃいない。

 だが……迎えの馬車を出すくらいは許されるはずさ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 月日は流れ、三月。

 劇的な幕切れを迎えた殺人鬼の話題も沈静化の一途を辿っている最中、アルスは伽藍の堂屋上にいた。

 眼前に広がる夜景を眺め、ひとり煙草を吹かしている。

 

「ここにいたんですか、アルスさん」

 

 アルスの背後から、ひとりの男が現れる。

 黒桐幹也だ。

 彼はアルスの隣に並び立つ。

 

「黒桐くんか。こんな夜中に何の用なんだ?」

「お礼を言いたくて」

「お礼?」

 

 黒桐はアルスへと向き直ると、深々とお辞儀した。

 

「僕と式を助けてくれて、ありがとうございました」

「……なんのことかな」

「隠さなくったっていいんです。廃倉庫に警察と救急車を呼んでくれたのはアルスさんなんでしょう?」

 

 黒桐の指摘に、アルスはただ黙って紫煙をくゆらせるのみ。それこそが答えだと言わんばかりに。

 沈黙が屋上に訪れる。かたや西洋人の偉丈夫、かたや黒尽くめの東洋人。この二人が沈黙したまま揃って夜景を眺めている様は、第三者から見ればとても奇妙に思えただろう。

 それがどのくらい続いたのだろうか。十分かもしれないし一分にも満たなかったかもしれない。

 照明もなく、夜の闇に支配され時間の感覚が曖昧になった屋上の沈黙を、西洋人が破った。

 

「黒桐くん。ひとりの男として……いや、ひとりの先輩として、君に質問することがある」

「はい」

「君は、両儀式という女性を愛し抜くと決めた。それはとてもいいことだ、祝福しよう。……だが、それは両儀式の宿命を共に背負うということだ。荒耶宗蓮という魔術師を打ち破り、やつの置き土産を消したことにより君たちは平穏を取り戻した。しかし、これから先もそれが続くとは限らない。彼女は一種の惑星なんだ。自ら引力を発生させ、厄介事を隕石の如く引き寄せる元凶。隣に並び立つ限り、世間一般的な平凡な生活は送れない。──―それでも、両儀式を支えられるか?」

「愚問ですよ、アルスさん」

 

 間髪入れず答える黒桐に、アルスはほぅと呟く。

 

「僕はもう何年も前から式の世話を焼くって勝手に決めたんです。この先どんなことがあろうとも、その決意が揺らぐことはありません」

「言葉だけではなんとも言えるな。だが、君だって俺が殺される瞬間を見ただろう?」

 

 黒桐の脳裏に、去年の十一月に起こった惨劇が思い起こされる。アルスが首だけになった挙句、握り潰された一件だ。

 黒桐が知らぬ方法で復活を遂げたとはいえ、一度死んだことには変わりない。

 

「両儀の家が退魔の役目を放棄したとはいえ、家の繋がりまで死んだ訳ではない。この先魔術と関わる機会はいくらでもあるだろう。矢面に立たずとも、非業の死を遂げる可能性は零ではない。──―もう一度質問するよ黒桐くん。それでも、両儀式を支えられるか?」

「もちろんです」

 

 しかし、きっぱりと。

 脅しともいえるアルスの忠告を、黒桐幹也は撥ね退ける。

 

「僕も理解しているつもりです。きっとこの先何度も危険な目に遭うでしょう。今度こそ、この左目の比じゃない代償を支払うかもしれません」

 

 すっ、と前髪で隠れた左目を黒桐はなぞる。

 

「──―それでも、式を愛すると決めました。この気持ちに嘘はありません」

 

 そして、残った右目に消えぬ決意の光を宿してアルスへと宣言した。

 

「………………」

 

 アルスの双眸と、黒桐の単眼。両者の視線がぶつかり、再度沈黙が屋上を支配した。

 そして──―沈黙を破ったのはまたしても西洋人だった。

 

「この質問は野暮だったようだな。すまない、忘れてくれ」

 

 アルスは苦笑すると手すりに煙草を押し当て、新しい煙草に火を点けた。深く吸い込み、黒桐にかからないよう紫煙を吐き出す。

 直後、何か思いついたようにアルスは黒桐へと向き直った。

 

「話は変わるが、その左目は治さなくてもいいのか?橙子ほどではないが、俺にもメンテナンスフリーの義眼くらいは作れるぞ。もちろん、本物と等しく見えるようになる」

「大変ありがたい提案なんですけど、お断りします。この傷は約束の証でもありますら」

「約束?」

「はい。式と約束したんです──―代わりに、僕が式を殺すって」

「……………………は?」

 

 思わず煙草をぽとりと落とすほど、アルスはあっけに取られる。

 

「さ、早く事務所に戻りましょう。いくらアルスさんが頑丈だからといって真冬の夜にそんな軽装でいたら風邪引きますよ」

 

 そんな彼を放って、黒桐は足速に屋上を去る。

 彼が去った後も、アルスは呆然と突っ立っており……。

 

「ち、ちょっと待て黒桐くん!それは一体どういう意味なんだ!?」

 

 フリーズすること約三分、カップヌードルが完成する頃にようやくアルスは復帰することができた。

 




次回、ついに空の境界編エピローグ。
アルスと橙子が刻んた軌跡に、ひとつの決着がつきます。
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