人形師の使い魔   作:アスラ

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エピローグ

 深夜二時。草木も眠る丑三つ時に、巫条霧絵は目を覚ました。

 何故こんな時間に目を覚ましたのか。霧絵には心当たりはない。いつもなら『変な時間に起きちゃったな』と自己完結して再び眠りにつくだろう。

 しかし、彼女は起床することを選んだ。胸騒ぎがしたのだ。

 スリッパを履き、私室の扉を開ける。その先は、いつもと変わらない伽藍の堂(我が家)。事務所へと続く廊下があり、道中にはキッチンや蒼崎橙子の私室に繋がる扉がある。

 暗闇が支配する静謐の世界を霧絵は歩み始めた。向かう先は事務所だ。十秒ほどで辿り着くだろう。

 その十秒で、彼女の胸騒ぎは目まぐるしく変化を遂げた。

 三秒経つ頃に胸騒ぎは形を変えていき。

 七秒経つと予感に変化し。

 十秒経って扉前に着くと、予感は確信へと変わった。

 そして、ドアノブに手をかけゆっくりと開けると──―確信は、真実となった。

 巫条霧絵がドアを開けた先。伽藍の堂事務所には、旅支度を終えようとする蒼崎橙子とその使い魔アルスが立っていた。

 

 

 

 

 

 

「もう、行っちゃうんですね……」

 

 事実を噛みしめるように、霧絵は言葉を投げかけた。

 扉前に立った時から解っていた。こんな夜中に目が覚めたのは、二人に別れを告げる為だと。

 

「ええ。残念だけど、今日でお別れね」

 

 パタン、と旅行鞄を橙子は閉めた。持ってゆくべきものは全て中に詰めたということだろう。

 ふと霧絵は辺りを見渡す。月明かりに照らされた事務所は就寝前となんら変わりないように思えたが、よく見ると明らかな相違点が見受けられた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、この人たちは本当に去っていくんだ。立つ鳥跡を濁さずということわざ通り、二人がいたという痕跡を綺麗さっぱり消去して旅立っていく。

 まるで泡沫の夢のようだ。朝になれば、蒼崎橙子とアルスは記憶の中だけの存在となる。

 覚悟していたはずの結末を前に、霧絵の心が締め付けられる。

 

「急なんですね……。まさか、黙って消えるつもりだったなんて……」

「まぁ、湿っぽいのは私のキャラじゃないしね。こういうのは唐突な方がかえっていいものよ。……それに、私たちは元々風来坊。気紛れに現れては、気紛れに去っていく。今回はいつもより長く居ただけよ」

 

 普段と変わらぬ様子で答える橙子に、霧絵はなんだか誇らしくなった。

 ああ、お母さんの覚悟は揺らがないんだ。と……。

 

「本当は置手紙で伝えるつもりだったんだけど、こうしてお別れするならいらないわね。──―霧絵。私たちの、可愛い可愛い娘。あなたに伝えることがあるわ」

 

 橙子は霧絵の机に置いてあるA4サイズの封筒を手に取ると、霧絵に手渡した。

 

「これには伽藍の堂に関する権利書が入っているわ。名義は全部霧絵ちゃんに変更済みだから、名実ともにここは霧絵ちゃんのモノとなる」

 

 伽藍の堂とは、この建物と会社両方を指す言葉だ。

 つまり、橙子の持っていた地位と権利が全て霧絵に移譲されたのだ。

 

「えっ、そんな大事なもの……」

「私たちにはもう必要ないものなのよ。それなら、有効活用してくれる人に渡すのは当然じゃないかしら?」

 

 イタズラ成功、といわんばかりに橙子はウインクする。

 

「……解りました。二人が帰る場所を、わたしがしっかり守ります」

「お願いするわ。帰ってきて家がないなんて悲しすぎるからね」

 

「よろしくね」と橙子はポンと霧絵の肩を叩く。

 

「通帳や紹介状、その他これから先生きていく上で必要なものは、全部所長机に備え付けられた金庫に保管してあるわ。鍵と暗証番号の書かれた紙はその封筒に入れてある。それとね……」

 

 パチン、と指が鳴らされる。音に呼応するかのように、いつの間にかアルスが巨大な箱を持って現れた。

 いや、箱というのは正確ではない。それはまるで棺のようだった。二メートル弱はある長方形の立方体で、真っ二つに割るかのような縦線が入ってる。

 

「そして、これが私とアルスが娘に贈る最大のプレゼント。さ、手を出して」

 

 おずおずと、霧絵は素直に手を出す。

 その手を橙子はガシリと掴み、人差し指の指先を針でちくりと刺した。

 鋭い痛みが走り顔を顰める霧絵。傷口から血がぷくりと膨れ上がるが、それをアルスが素早く採取し、橙子がさっと傷口を撫でた。すると血はぴたりと収まり傷は跡形もなくなる。

 霧絵が指を揉んでいると、アルスが採取した血を一滴棺に垂らした。

 すると、棺が観音開きのように開き──―

 

 ──―中には、美しいヒトがいた。

 

 フリルがあしらわれたクラシカルスタイルのメイド服に身を包み、肩口で切り揃えられた黒髪は純白のホワイトブリムと引き合うように魅力を高めあっている。

 180センチはあろうかという長身だが、決して威圧感を与えることはない。むしろ柔らかな印象を与える雰囲気が醸し出されている。

 それは計算されたメイド服のデザインや肢体のお陰でもあるだろうが、一番の要因は()だろう。

 瞳は閉じられ口も堅く閉ざされているが、その眠り顔はまるで童話の白雪姫を思わせるように穏やかだ。純日本人の顔立ちながらも長い睫毛と高い鼻は、高飛車なイメージなどまるで想像させない。

 

「彼女は俺と橙子が技術の粋を集めて製作した自動人形(オートマタ)だ。身体や武装などのハード面は橙子が。人格付与や人工知性の育成などのソフト面は俺が担当した。そんじょそこらの魔術師なら一蹴できるし、生活面でも完璧なサポートをこなしてみせる。文字通りの万能メイドってやつだ」

「霧絵ちゃんは一般人とはいえ、元は退魔四家に連なる巫条家の人間。またいつぞや荒耶のように利用しようと近づく魔術師が現れないとも限らない。そんな外敵から身を守る為の護衛役よ」

「霧絵ちゃんの血を媒体として主人(マスター)登録をしたが、まだ完全には終わっていない。彼女には名前がないからな」

「名付けというのは重要な儀式よ。名前は個体名を明確にするだけでなく、自身の在り方を決める大事な要素でもある。だからこそ戦国大名は配下に偏諱を与えることによって権威付けを行い、同時に自分側へと縛り付けた」

「ゆえに、霧絵ちゃんが名付けることに意味がある。名付け親(マスター)になることによって、専属メイド(サーヴァント)という在り方を確定させるんだ」

「そうすれば、この子は目醒めて霧絵ちゃんの忠実な僕になる。さぁ、早速名前を与えてあげて」

 

 二人に促され、霧絵は少し困りながらも頭を回転させる。

 蒼崎橙子という最高位の魔術師が持てる技術の全てを結集させて製作した人形(にくたい)だ。百人に見せれば百人が美しいと答えるほどの完成度を誇っている。

 これは下手な名前は付けられないわと霧絵が悩んでいると、アルスと橙子の姿が目に入った。

 メイドが納められていた棺から一歩引いた位置にいる二人は、寄り添い微笑みながら自分を見守っていた。月明かりに照らされ、暗闇の中でも二人を象徴する蒼と赤の髪が艶やかに際立っており、まるで一つの絵画のようだ。題名はさしずめ『赤蒼の主従』といったところか。

 そこまで思考がふらついたところで、霧絵の頭に天啓が舞い降りる。

 赤と蒼の魔術師によって作り出されたのならば、彼女にはその二色によって生まれる色こそ相応しいのではないかと。

 つまり『紫色』だ。

 しかし、蒼崎橙子の色は赤というより橙が混ざった緋色だ。ゆえに生まれる紫は通常より暗い色彩を持つことになる。

 そこまで思考が辿り着いたところで、霧絵は以前読んだ色彩図鑑の内容を思い出す。自らのメイドとなる自動人形(オートマタ)に相応しい色を探し出す為に。

 そして──―ついに彼女は見つけた。

 

「あなたの名前は……菖蒲(しょうぶ)。花菖蒲の菖蒲よ」

 

 想いを込め、専属メイドの名を付ける。

 瞬間、ピリッと電流が流れたような感触が霧絵の体内を走った。同時に、目の前の存在(メイド)と何か繋がりのようなものが出来たと感じられる。

 おそらく、これがパスというものなのかもしれない。と霧絵は考える。魔術回路を開いていない身でありながらどうやって繋いだかは解らないけど、きっと普通の魔術師じゃ理解できない方法なんだろうなと当たりを付けた。

 そして、眼前のメイドの目がゆっくりと開かれ、翡翠色の瞳が顔を覗かせる。

 パスが繋がっているお陰か。はたまた予め調整されていたのか。瞳を動かさずとも視線は真っすぐ霧絵に向いていた。

 霧絵は、その視線をしっかりと受け止める。ここで目を逸らしては、主人失格だと思っているからだ。

 両者の視線が結び付き、沈黙が訪れる。しかし、それも長くは続かなかった。

 菖蒲と名付けられたメイドはにこりと破顔すると、棺から出てゆっくりとカーテシーをした。

 

「お初にお目にかかります。創造主様たちから霧絵お嬢様の専属メイドの任を仰せつかりました、万能型自動人形(オートマタ)『菖蒲』と申します。以後お見知りおきを」

 

 彼女の挨拶は、まるで長年主に仕えてきた老メイドのようだった。起動してから一分しか経過していないとは到底思えないほど堂に入っている。

 

「これからよろしくね、菖蒲さん」

「呼び捨てで結構でございます。私はお嬢様に仕えるメイドの身。対等な関係ではございません」

「いや、でも──―」

「結構でございます」

 

 頑なに呼び捨てを求める菖蒲に、霧絵は困惑してしまう。

 彼女としては、これからお世話になる人を呼び捨てにするのは躊躇われることなのだが……。

 どうしようかと悩んでいると、アルスが助け舟を出してきた。

 

「霧絵ちゃん。主は配下を必要以上に気遣う必要はないんだ。それに、呼び捨てだからといって仲良くなれないという訳ではない。彼女の意を汲んであげられないかな」

「……解りました。これからよろしくね、菖蒲」

「はい。私の全ては、お嬢様の為に」

 

 菖蒲は恭しく一礼した。

 

「さて、主人(マスター)登録も終わったことだし、これで思い残すことはないわね」

 

 パン、と橙子が手を叩き、カツカツと霧絵に歩み寄るとぎゅっと彼女を抱きしめる。

 

「私たちはいつでもあなたを見守っているわ。身体に気を付けてね」

「はい。橙子さんもお元気で」

 

 最後に背中をぽんぽんと撫でると橙子はすっと離れ、入れ替わるようにアルスが現れる。

 彼は霧絵の頭を撫でると、慈愛に満ちた声で霧絵にお願いをした。

 

「霧絵ちゃん。俺たちの家を頼むよ」

「はい。菖蒲と二人で守ります」

「そいつは頼もしいってもんだ」

 

 アルスはニカッと笑うと霧絵から離れ、旅行鞄を持ち上げ橙子の傍へと侍る。

 

「それじゃあ行ってくるわ。風邪には気を付けるのよ」

「定期的に手紙を出すから、楽しみにしておいてくれ」

 

 じゃあねと橙子が手を振ると、突然二人の背後の窓ががらりと開き突風が吹きつけた。

 霧絵はあまりの強風に腕で顔を庇い目を瞑ってしまう。

 そして、風が治まり目を開けると、赤蒼の主従は消え去っていた。まるで最初からいなかったかのように。

 

「……全く。最後まで遊び心たっぷりなんだから」

 

 普通に出入口から出ればいいのに、と霧絵は苦笑する。

 でも、それは彼女たちらしくない。こうやってマジシャンみたいに退場するのが相応しいと彼女は思う。

 霧絵は全開となった窓を閉めると、菖蒲を引き連れ私室へと歩を進めた。

 その姿は、新たな伽藍の堂の主人に相応しいものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 臙条巴が伽藍の堂に出社すると、明らかにいつもと違う点に目を白黒させた。

 蒼崎橙子が座っているはずの所長席に巫条霧絵が座っているのだ。それだけでなく、彼女の背後には見知らぬメイドが侍っている。

 

「おはようございます、巴くん」

「お、おはようございます……」

 

 これが普通だと言わんばかりに挨拶する霧絵に、巴は呆然としながらも挨拶を返す。

 

「って暢気に挨拶してる場合じゃないですよ!なんで霧絵さんが所長席に!?それにそのメイドは一体誰なんですか!?」

「そう捲し立てるものじゃないですよ巴くん。落ち着く為に紅茶でもどうかしら?」

「いや紅茶はいいですから、説明してください!」

 

 混乱している頭を整理する為に言葉を捲し立てる巴を、しょうがない子ねといわんばかりに霧絵は苦笑しながら見つめる。

 そして、伽藍の堂オーナーとしての告知事項を告げた。

 

「今日からわたしが伽藍の堂所長になったからですよ。それと、この人はわたしの専属メイドの菖蒲よ」

「菖蒲と申します。以後お見知りおきを」

「え……霧絵さんが所長?それに専属メイドって……」

 

 混乱している巴を尻目に、霧絵はくるりと椅子を回転させ窓越しに空を見上げる。

 

(アルスさん、橙子さん。わたし、頑張りますから!)

 

 同じ空を見ているはずの二人を想いながら、霧絵は宣言する。

 それこそが、自分を救ってくれた恩人たちへの恩返しになるのだと信じて。

 




これにて空の境界編完結でございます。
後日登場人物紹介を投下した上で、書き貯めに入らさせていただきます。
次章『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』編でお会いしましょう。


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