社交界が開催されているホールは、幻想によって構成されていた。
照明器具が存在しないにも関わらずホールは厳かな光が満ち溢れており、客の耳を慰撫する華やかな音楽は絡繰り人形の劇団によって演奏されている。その様子はまるで絵本の御伽噺のようだ。
そして、この場にいる人間も御伽噺に相応しい人種──―すなわち魔術師である。
根源を目指し全力で過去へと逆行する反逆者。科学の進歩によって日々貶められていく神秘を継承する伝承者。
そんな異端児の群れに、遅れて二人の少女が加わる。
月霊髄液によって形どられたメイドを引き連れるエルメロイ次期当主こと私、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。
古より継承される宝具を所有する騎士王の形代、グレイ。
トランベリオ率いる民主主義派閥主催の社交界において、敵対派閥とも言える貴族主義派閥に属している魔術師だ。
「ふうむ。これは四面楚歌にもほどがある」
ぼそりと嘆息する。
先述した通り、この社交界は民主主義派閥が主催するもの。従って招待客も民主主義派閥が多くなり、会場にいる数十人のうち、半数以上が民主主義派閥だった。時点で中立派閥が三割ほど。そして残りの一割弱が貴族主義派閥だった。
これは下手な動きはできないぞと気を引き締める。ただでさえ全方位から恨まれる立場であるのだ。正式に招待された客とはいえアウェーの場で下手な行動を起こせば、それに付け込まれてエルメロイ派の立場は一気に悪くなる。
厄介事が起こりませんように……と願うばかりだが、それも無駄な行為になると確信していた。
事実、先程から険悪な会話が耳に入ってきているのだ。会話内容から察するに貴族主義と民主主義の意見の相違なのだが、当事者である二人はどうも直情的すぎるらしい。迂遠な会話などを用いず一直線に主張をぶつけている。老獪な魔術師が行う牽制合戦をキャッチボールと形容するなら、この二人はさしずめドッジボールだ。
徐々に熱くなり、言葉遣いも乱暴になっていく。周囲の客も諍いに注目せざるを得なくなり、険悪な雰囲気が会場全体に広がろうとしたところで──―
「しゅ、しゅしゅ、しゅみませぇ〜〜〜ん!」
毛穴という毛穴から酒精を発散しながら、若者が千鳥足で二人の間を横切った。
突然の事態に周囲の客が呆気に取られる。そして、千鳥足の青年はうわぁと情けない声をあげワイングラスを宙に放り投げながら床へと大の字に倒れ込んだ。
「しゅ、しゅ、しゅみませぇん。このお詫びはぁ──―」
若者のあまりの醜態に興醒めしたのか、口論していた魔術師を含め、周囲の人間は蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていく。後に残るのは、無様を晒している若者ひとり。
「あ、あの……」
振り返ると、グレイがワイングラスを持っていた。どうやら若者が放り投げたグラスをキャッチしたようだ。
ちょうどいい、とそのワイングラスを受け取ると、ふらふらと立ち上がる若者へと差し出した。
青い顔色の若者は、どうもと震える手でワイングラスを受け取る。
ちらり、と周囲に目を向ける。どうやら魔術師たちは若者への興味を失ったらしく、個々に談笑を楽しんでいる。
これならば大丈夫だろうと判断した私は、若者の耳元にそっと囁く。
「面白いものを見せてもらったお礼さ。諍いを止める手段としては上々だ」
ぎくり、と若者の動きが止まる。
「……わざとらしかったですか?」
「いや、わざと醜態を見せるような真似は、プライド高い魔術師がする訳ないという常識を逆手に取った見事なお手前だよ。大根役者ではあったが、それを許される場でもあるから問題ないさ。……しかし、本当に酔っているのだろう?一体どのような手を使ったのか、差し支えなければ教えてくれまいか?」
若者は苦笑すると、スーツの懐からひとつの丸薬を取り出す。
「これ、一瞬で酔える薬でして……」
くるりと手を裏返すと、中指と薬指に挟まれた丸薬が顔を出す。
「これが酔い止めの薬です」
ワインと共にその丸薬を呷ると、途端に若者から発散される酒精が一瞬で治る。顔色も健康的になり、足元もしっかり地をつけたものになった。
「……大したものだ」
「こう見えて、薬師をやっておりまして」
「ほう、では
「いえ、
彼のミドルネームに、ほうと驚く。
ブリシサンとは典型的な中立派閥ではあるが、歴史と研究実績であれば時計塔一の権勢を誇るバルトメロイに匹敵する家門だ。
さすがに本家の人間とは考えにくいが、ミドルネームにブリシサンの名が入っている以上分家もしくは庇護下にある人間なのだろう。それでも、十二学科の名を冠する名門が参加しているという事実が双貌塔のお披露目の注目度が窺い知れる。
思考に耽っていると、ふとマイオが背後を凝視していることに気づく。
振り返らずとも解る。彼は今、私の従者であるトリムマウを見ているのだ。
「その魔術礼装──―ひょっとしてエルメロイの?」
「おや、ご存じで」
「は、はい!その名も高きロード・エルメロイが完成させた月霊髄液!『流体操作』の為す機能美!ああ、まさかこんなところで出会えるなんて……!すす、すいません。もっと近くで見ても構わないですか!?」
「あ、ああ……構わないが……」
あまりに興奮する為、彼の吃音が移ってしまうほど圧倒された私は許可を出してしまう。
その途端、マイオはトリムマウの身体に手を滑らせ歓喜の声をあげながらぶつぶつと考察し始めた。
(こ、こいつ、許可を出したからと言って遠慮がなさすぎではないか?)
まるでずっと欲しがっていたピカピカのトランペットを手に入れた子どもの如くはしゃぐマイオに、さすがの私も少し苛つく。
もういいだろう、いい加減離れてはくれまいか。そう忠告しようと口を開いた瞬間──ー先程の口論とは別の意味で、会場の雰囲気が一気に様変わりしたのを感じた。
はしゃぐマイオを尻目に、周囲に目を向ける。どうやらグレイも異変を感じ取ったようで、同じくキョロキョロ視線を動かしていた。
異変はすぐに判明した。会場にいる客の大半が同じ方向を向いていたのだ。しかも、客の表情は多種多様だが一様に何かに見惚れているように見える。
グレイと共に、視線の先へと目を向ける。そこは私たちが入場したところとは別の出入り口で、一組の男女がいた。
──―そして、目を奪われてしまった。
眼鏡をかけた女性は黒白のツートンカラーで構成されたドレスを見事に着こなし、完成されたひとつの芸術品を思わせた。顔立ちからして東洋人だろうか?それにしては珍しく髪が赤いが、不思議と違和感はなく染めた訳ではないことも直感的に解った。おそらく彼女の本質に合った色だからだろう。
対して、彼女をエスコートする男性は反対に青……いや蒼で統一された様相だった。髪も瞳も、身を包んでいるタキシードすら蒼い。通常ならば単一色による強すぎる主張に眉を顰めそうなものだが、女性と同じく彼の本質に合った色である為、がっしりとした男性的な体格と相まって不思議と目を惹きつけるような魅力を醸し出している。
そして、どちらも滅多にお目にかかれないほどの美形だった。
どちらか片方だけなら、これほどまでに目を奪われることはなかったろう。しかし、相補性の美とでも言うのだろうか。女性はエスコートされる喜びが柔和な雰囲気というカタチで還元され美しさに磨きがかかり、男性はそれに呼応するかのように精悍な顔立ちをより引き立たせている。
会場中の視線を一身に集める男女は、それを気にすることもなく歩を進めた。迷いなく会場を閑歩し、行く手にいる魔術師たちが自ら道を譲る光景は旧約聖書のモーセを思わせる。
楽しそうに談笑しているようだが、女性の顔がくるりとこちらに向けられる。そして、面白いものを見つけたと言わんばかりに口角を上げると、こちらを指さし男性に何やら囁きかけた。
……っておい!何故こっちに来るんだ!?
「マイオ。研究熱心なのはいいけど、他家の魔術礼装に触れるときはもう少し慎みを持ちなさい。殺されても文句は言えないわよ」
彼女は手のかかる生徒を諭すように窘めた。どうやら彼とは顔見知りらしい。
「す、すいません、
そして、彼の発した名前に雷に打たれたかのような衝撃を覚える。
「よろしい。これからはもっと気を付けるようにね」
教師のようにピンと指を立てた女性は、こちらへと振り返る。
「はじめまして、可愛いお嬢さんたち。私の名は蒼崎橙子と言います」
フルネームを聞き、確信へと至る。
この女魔術師こそ、噂で聞いた冠位魔術師なのだと。
◆
「はじめまして、可愛いお嬢さんたち。私の名は蒼崎橙子と言います」
蒼い男性にエスコートされる女性が自己紹介した途端、眼前に立っているライネスが戦慄するのが解った。
一体どうしたのだろうか?蒼崎橙子と名乗る、柔和な笑みを浮かべた優しそうな女性に何を怯える必要があるのか?
心配になったので声を掛けようとすると、その前に橙子が傍らの男性を紹介した。
「彼は私の使い魔、アルスよ」
「よろしく」
男性──―アルスが手を振る。
すると、ライネスの動きがピタリと止まり、だらだらと冷や汗を流し始めた。
しかし、彼女も魑魅魍魎蔓延り権謀術数渦巻く時計塔を生き抜く女傑。掠れた声ながらも、気を取り直す第一歩として声を出す。
「あなたは……封印指定の……それに、使い魔ということはあの噂は……」
封印指定。その言葉には聞き覚えがある。いつぞやか師匠が解説してくれた。
それは魔術師にとって最高の栄誉であり最大の厄介事。時計塔最古の教室である秘儀裁示局・天文台カリオンが『一代限りの再現不可能な魔術』と認定した魔術師を
多くの魔術師は保存されれば研究を続けることが不可能となり、領地に籠るか野に下るらしい。
だが、師匠が言うには1999年。世紀末に相応しい大事変が起こったようで……
「封印指定でしたら、数年前に解除されていますので」
「……そうか、あなたがそのひとりだったか」
柔らかな微笑みと共に橙子が述べた事実を、大きく深呼吸し気を取り直したライネスが追認する。
そう。詳しい内容は知らないが、大事変の影響で何人かの封印指定が取り消されたそうなのだ。
「それに、噂に関しましては事実とだけ申し上げますわ」
にっこり、と彼女はさらに笑みを深めた。だが、それは『これ以上の追及はやめろ』という警告のようにも思えた。
「……グレイ、この方が話していた
ライネスから囁くように伝えられた事実に、びくりと肩が震える。
つまり、この人が噂されていた最高位の魔術師。
「はじめまして。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテと申します」
「存じてますわ。エルメロイの先代とはちょっとした縁がありましたので」
「先代……?ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに?」
「ええ」
細かいことはいずれ、と言わんばかりに唇に手を当てる橙子。この場ではこれ以上話すつもりはないのだろう。
「おや」
彼女の隣から声が発せられる。目線を動かすと、挨拶以来沈黙を保っていたアルスという男性が自分を見つめていた。
「君、面白い貌してるな」
彼はこちらに手を伸ばすと拙の顔に触れようとして──―
「こら!勝手に女の子の顔に触ろうとしないの」
バシ!と橙子によって手を叩き落された。
「……スマナイ。あまりに気になったものでね」
叩き落された本人は腕を擦りながら自分に謝罪する。
……いえ、拙は大丈夫です。
気にしていないことを伝えようと口を開くが──―
わっ、と会場中から歓声が上がった。
「どうやら、黄金姫の登場ね」
赤蒼の主従が振り向き、釣られて自分も二階バルコニーに視線を向ける。
そこには褐色肌の麗しき双子が佇んでいた。もしや黄金姫・白銀姫かと思うが、彼女たちの服装を見て考え直す。さすがにお披露目という場でメイド服など着ないだろう。
双子のメイドは優雅に
「どうぞ、ディアドラ様」
「どうぞ、エステラ様」
「「お入りください」」
呼びかけと共に、バルコニー奥からゆっくりと紫のドレスが二つ現れる。
そして。
拙たちの意識は無惨にも引き裂かれた。
黄金姫と白銀姫を実際に見て見たくもありますが、一般人である私が見たらほんとに目を潰しそうで怖いですね。
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執筆への燃料となり作者が喜びます。
双貌塔イゼルマが終わりましたら閑話を挟んでいく予定ですが、その後に突入する原作をアンケートで決めたいと思います。
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