人形師の使い魔   作:アスラ

33 / 44
いつか番外編でもいいから、公式が出す橙子さんの時計塔時代を見てみたい。


双貌塔イゼルマ:5

 圧倒的な情報量を前に、魔術師と言えど人間が抵抗できるはずもなく意識が断絶する。

 脳髄が処理しきれる範囲を大幅に超え、ただただ■という概念を叩きこまれる。

 会場中の客が呆然とバルコニーを眺める中、■の概念と化した二人が口を開く。

 

「黄金姫を襲名いたしました、ディアドラ・バリュエレータ・イゼルマと申します」

「白銀姫を襲名いたしました、エステラ・バリュエレータ・イゼルマと申します」

 

 言葉さえも、凶器となって耳から脳髄を犯す。ああ、これは不味い。こんなもの、もはや兵器でしかない。なにをどう極限まで磨けば、こうも■しくなるというのだ。

 

「……あれが今代の黄金姫か。話には聞いていたが十数年でここまで調整するとは……イゼルマの歴史を称賛せざるを得ないな」

 

 橙子の女性らしからぬ物言いに、ようやく意識が現実に回帰する。視線を向けると、彼女は眼鏡を外し先程の柔和な表情から一転、鋭い目つきでバルコニーを見上げていた。もしや■が彼女に変化を齎したのか。

 ちらり、と彼女の視線がこちらを向く。どうやらこちらの疑念を読み取ったらしく、眼鏡をかけ柔和な雰囲気を取り戻す。

 

「驚かせてごめんなさい。何分ショックでしたから、少し切り替えをね」

「切り替え?」

「性格を、ね」

 

 彼女がにこりと微笑むと、傍の男が肩を叩いた。

 

「解ってるわ。すいません、少し離席しますね。マイオ、いいかしら?」

「あ……あ、はい」

 

 赤い女魔術師は踵を返すと、二人の魔術師を引き連れこの場を去っていった。

 しかし、性格の切り替えか。世の中には意図的な二重人格を作り出し用途別に使い分ける魔術師も存在するが、彼女もその類なのだろうか?

 ……っとと、イカンイカン。考察している場合ではない。周囲の客と同じく呆然としているであろうグレイを再起動させなくては。

 振り返り、案の定機能停止しているグレイを揺さぶろうとしたその時。

 

「お見事。バイロン卿」

 

 静まり返った会場に、喝采が響き渡る。

 拍手を送っているのは、ゆうに七十は越えようかという老女だった。

 歴戦の勇士を思わせる深い皺と銀髪を携えた彼女の喝采は、会場の魔術師たちを再起動させる鍵となる。

 あの人には見覚えがある……この社交界を主催したイゼルマの本家筋であり時計塔十二学科『創造科(バリュエ)』のロード(頂点)。イノライ・バリュエレータ・アトロホルムだ。

 彼女は拍手を終えると、踵を返しこちらに歩いてきた。

 

「さっきまで、ここにオレの馬鹿弟子たちがいたような気がしたんだが」

 

 彼女はウィスキーのグラスを回し、意味ありげな微笑を浮かべている。

 馬鹿弟子たち、か。おそらく直前に立ち去ったあの二人のことだろう。蒼崎橙子とアルス・キュノアスの師がロード・バリュエレータだというのはその筋では有名な話だ。

 ……イカンイカン、思考が横道に逸れている。このお方を相手するには全神経を集中させねば。うっかり余計なことでも喋ろうものならそこから一気に流れを持っていかれてしまうだろう。

 私は背筋を伸ばすと、百戦錬磨のロードとの勝負(会話)に挑むのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 社交界も終わり、多くの客が帰路に着いた頃。

 湖水地方特有の寒暖差により発生した濃霧が双貌塔を囲む中、陽の塔に向けて歩みを進める二つの影があった。

 蒼崎橙子とアルスだ。

 二人はイゼルマ当主であるバイロン卿との話を終え、用意された客室へと戻る途中であった。

 

「…………?」

 

 地面の違和感に気づき、ぴたりと歩みを止める。

 違和感の元を見やると、場に似つかない砂がさらさらと蠢いていた。まるで何かを探すかのように、意思をもって行動する生物のようだ。

 

「オレの馬鹿弟子たちがこんなところにいたか」

 

 そして、ひとりの老女が夜霧を割って登場する。

 ロード・バリュエレータだ。

 

「……師匠」

「……イノライ先生」

 

 急な恩師の登場に、二人は同時に会釈する。

 それから、一番弟子が師匠の耳に付いている物に気づく。

 

「師匠、もしやそれは……」

「おお、さすが一番弟子。そうさ、iPodだ」

「変わらずロックで?」

「おうともさ」

 

 陽気にリズムを刻む姿に、別れた頃と変わらず壮健であることを確信する。

 

「先生、もしかして待ち構えていました?」

「ああ、社交界では逃げられたからな」

「偶然でしょう」

 

 追及をさらりと躱す橙子に、イノライは小さく笑みを作るのみ。

 お互い真意を把握しているが、わざわざ暴き出す野暮はしなかった。

 

「──―しかし、噂が本当だったとはな」

「噂とは?」

「とぼけるんじゃないよ。パスを繋げているだろう?しかも契約まで上乗せしていると来た」

「さすが、先生」

 

 凡百の魔術師では見抜けない繋がりを、老女は一瞬で見抜いた。

 自分たちが時計塔を離れている間に創造科(バリュエ)君主(ロード)にまで出世したと聞いたが、権力闘争にかまけて魔術の鍛錬を怠っていた訳ではないことに、赤蒼の主従は内心嬉しく思う。

 もちろん、それを表にはおくびにも出さないが。

 

「内容まではさすがに見通せないが、噂と統合すれば結論はひとつさね。……まさか、可愛い可愛い一番弟子を掻っ攫われるとは思わなんだ」

「返しませんよ?」

 

 ぎゅっとアルスの腕を抱き寄せる橙子を見て、イノライは目を丸くする。

 

「おやおやおや。わざわざ理由付けしないと何もできなかった小娘が、しばらく見ないうちに随分と甘え上手になったじゃないか」

「そりゃもう、年季が違いますから」

 

 抜かせ、とイノライはケラケラ笑う。

 

「それより、お前に渡す物があるんだ」

 

 老女は懐からある物を取り出す。

 手に納まるほどの直方体で、太極図と共に『煙龍』という名が描かれている。

 二人が見間違うはずもない。今はもう手に入らないはずの、蒼崎橙子愛用の煙草だ。

 

「よくこんな物お持ちでしたね、先生」

「お前が研究室に忘れた物をわざわざ湿気除けの魔術で保存しておいたんだ。師の親心を理解しておくんだな」

「努力します」

 

 手を伸ばし受け取ろうとするが、サッと直前で引っ込められてしまう。

 

「返してやってもいいが、一本よこせ」

「……まぁ、先生ならいいでしょう」

 

 箱を受け取り、三本取り出し先生と使い魔に渡す。

 イノライは受け取った煙草を咥えた。教え子が味を頑なに教えなかったのだ、さぞや美味いのだろうなと期待していると、スッと点火されたジッポと風除けの手が差し出される。

 アルスだ。彼は主の煙草に点火した後、師匠の煙草にも火を授けようとしている。

 気が利くじゃないか、とありがたく頂く。そして煙草を深く吸い込むと──―あまりの不味さに、フレーメン反応を起こした猫の如く顔を引き攣らせた。

 

「おいおいクソ不味いじゃないか。拷問か何かか?」

「以前からそう言ってたでしょう?」

「ハッ、謙遜か好物隠しかと思うだろ普通」

 

 文句を言いながらも、老女は再度煙草を咥える。チラリと一番弟子に目を向けると、彼はごく普通に吸っていた。

 彼が喫煙者であった記憶はないが、出奔後に吸うようになったのだろうか?そうだとすれば馬鹿弟子の影響だろうが、嗜好まで似なくてよかろうに。

 一番弟子の意外な変化に驚きながら、イノライは弟子たちとしばし煙を堪能した。

 

「──―少し、気になることがあってな」

 

 沈黙を破り、イノライが話を切り出す。

 

「何故お前たちがここにいるんだ?」

「まぁ、いろいろありまして」

「隠すなよ。こそこそ動き回ってることは知ってるんだぞ」

「お耳が良いようで」

「そりゃ君主(ロード)なんてものをやってりゃな」

 

 意図的に隠蔽していた訳ではなかったが、厄介事に巻き込まれる危険性を低くするため、依頼主とは隠蔽術式を施した使い魔のみでやり取りしていた。

 それでも赤蒼の主従の動きを察知していたあたり、さすがはロードと言ったところか。

 

「それにあの仕上がりはちょっと異常だ。この辺り(湖水地方)は一種の穴場でもあるからな。ひょっとすればひょっとするぞ?」

「……ええ、まかり間違えば至るかもしれませんね」

 

 何に、とは誰も言わなかった。口にせずとも、魔術師という視点を持つ彼女たちには解っていたからだ。

 そこは全ての現象の原点。全魔術師が目指す到達点。

 かつて蒼崎橙子も目指していた場所であり、それはイノライも承知していたが──―彼女の言葉に含まれるニュアンスに引っ掛かりを覚えた。

 

「なんだ、まるで興味なさげとでも言わんばかりじゃないか」

「ええ。実際どうでもいいですし」

「……ほう」

「私の興味は、既に対象を変えましたから」

 

 言って、橙子はアルスに視線を向ける。彼は、それを受け微笑むのみだ。

 

「……驚いた。方針の相違で当主と袂を分かったやつのセリフとは思えないな」

「人は変わるということですよ」

 

 そうかい、とイノライは苦笑するとアルスから差し出された携帯灰皿に煙草を押し当て踵を返す。今日はここまでというところだろう。

 

「あぁ、最後にもうひとつだけ」

 

 老女は振り向くと、笑みを浮かべながら橙子にお願いした。

 

「やっぱり、オレの一番弟子を返してくれないか?」

創造科(バリュエ)の首がすげ変わってもよいのでしたら、ご自由に」

 

 にっこりと。

 意味を知る者が見れば戦慄する笑顔と共に橙子は吐き捨てた。

 イノライはちぇ、ちぇ。と口を尖らせると、夜霧に消えていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「──―なにしろ、三大貴族のひとつにあたるくらいだ」

 

 一通りグレイに美と三大貴族について講義し終えると、彼女は頭を押さえていた。

 無理もない。彼女は時計塔に入ってまだ日が浅いし、魔術師として幼い頃から教育を受けていた訳ではないのだ。

 これは詰め込み過ぎたかなと微笑んでいると、彼女の懐から喧しい声が聞こえてきた。

 

「つうか、ずっと籠ってたせいで、黄金姫とやらを見損ねたぜ!」

 

 グレイの懐から出現した鳥籠の匣──―アッドが喚いた。どうやら私たちが黄金姫・白銀姫について語っていたせいで話に割り込みたくなったようだ。

 

「あの姉ちゃんたち怖いしさ!ちゃんと引っ込んでたのに見つけられそうになったのは初めてだぜ!」

「……蒼崎橙子にアルス・キュノアスのことか」

 

「そうそうそいつら!」とアッドが慄く。

 おそらく魔術的ではなく純粋に技術で隠蔽していたからこそ見つからなかったのだろうが……それでもあの『コレクター殺し』から隠れおおせたのは僥倖だ。

 

「『コレクター殺し』……さっきも言ってましたけど、それってあのアルスって人のことなんですよね?」

「ああ、彼のことで間違いないよ。……そうか、グレイは知らないんだな」

 

 コテンと可愛らしく首を傾げるグレイへと向き直る。

 そして、私は時計塔の歴史に名を刻む魔術師について解説を始めた。

 

「彼の名はアルス・キュノアス。ロード・バリュエレータの一番弟子にして()()()()『コレクター』の()()()()を成し遂げた色位(ブランド)さ」

 




次回、アルスの過去の一端が明かされます。

感想、評価、推薦、お待ちしております<m(__)m>
執筆への燃料となり作者が喜びます。

双貌塔イゼルマが終わりましたら閑話を挟んでいく予定ですが、その後に突入する原作をアンケートで決めたいと思います。

  • アルスが膨大な借金を背負う魔眼蒐集列車
  • フェイカーが原作以上に苦労する冠位決議
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。