社交界の翌日。
早朝にも関わらず月の塔・黄金姫の部屋に双貌塔に滞在していた魔術師が全員集められていた。
通常ならイゼルマの結晶とも言える黄金姫の部屋に部外者を立ち入れるなぞ言語道断だが、その道理を蹴飛ばすほどの事件が発生したからだ。
その内容は──―黄金姫が惨殺され、ベッドにバラバラ死体として撒き散らされたというものだ。
「なんて……ことだ……」
入室したバイロン卿の一言がその場の者の気持ちを代弁していた。
部屋に集まった全員が、程度の差はあれ言葉を失っていた。
「いやはや、凄まじいことになってるな」
そんな中、場の雰囲気にそぐわない声色に全員が気を取られた。
声が聞こえた方向に振り向くと、そこには眼鏡を外した蒼崎橙子と彼女に付き従うアルスの姿があった。
「容疑者という立場で殺人事件に遭遇するとは予想外だ。どちらかといえば私は被害者向きだろうに」
社交界で見せていた穏やかな雰囲気から一転、冷酷な魔術師としての顔を覗かせている人形師はツカツカと事件現場に歩み寄る。
「どちらかといえば狂言回しじゃないか?」
「……まぁ、自覚はあるさ」
使い魔の軽口に答えながら、人形師はバラバラ死体を観察し、次いで周囲を見やる。
そしてクツクツと愉快そうに笑うと、使い魔の指摘通りの役をこなし始めた。
「さすがにやり過ぎで笑ってしまうな。証拠隠滅が目的と仮定しても、これほどまでに魔術師が揃った環境でやる意味はないだろう」
「……何をですか?」
疑問を呈するフードの少女に、人形師は口を回す。
「いいかい?道中あらかじめ聞いてきたけど、君らがここに押し入った時には鍵がかかっていたのだろう?私たちもここに少しの間厄介になっていたから知ってるがね、黄金姫と白銀姫の部屋には
朗々と澱みなく発せられる言葉はまさに狂言回しに相応しく、この場全員が耳を傾けていた。
そんな聴衆に事実を叩きつけるが如く、蒼崎橙子は魔術師ならではの盲点を暴き出した。
「それならば……この惨劇は『密室殺人』ということにならないか?」
誰もが思考の外側にあった事実に息を呑む。
「まぁ、私たち魔術師にそんな設定をわざわざ用意する必要性はあまりないがね。少なくともこの場にいる魔術師なら誰もがそれぞれに見合った方法で実行して見せるだろう」
そう、彼女の言う通り魔術師にとって密室とはさほど問題になるようなシチュエーションではない。呪術にしろ錬金術にしろ、方法は無数にあるが故に意味をなさないのだ。
「例えば……君の魔術礼装『
だからこそ。
殺人事件において第一発見者が一番疑わしいという
「……どうしてですか?」
「バイロン卿」
ライネスの質問に答えるべく、橙子はバイロン卿の名を呼ぶ。
イゼルマの当主は用件を察したようで、パンパンと手を叩き二人のメイドを呼び出した。
褐色の双子メイド──―カリーナとレジーナだ。
「カリーナさん……だったね。黄金姫が昨夜エルメロイの姫と交わした会話内容を教えてくれるかな」
「わ、私は、ディアドラ様が用件を話していた時には席を外しておりましたから……」
「それは知っている。だが君には彼女がどんな用件でエルメロイの姫と接触したか、ある程度は予想がついてるんじゃないか?」
「…………」
黄金姫の名誉の為か、はたまた冷酷に自身を追いつめる人形師に恐れをなしたのか。
カリーナは俯き口を閉ざした。
だがそんなことが到底許されるはずもなく、当主であるバイロン卿に促され、彼女は重い口を開いた。
「ディアドラ様は……エルメロイ派への亡命を希望してらっしゃいました」
「なっ……!」
ライネスの呻き声を皮切りに、ざわめきが部屋を満たす。
それも無理からぬことだ。
「ふむ……これはさすがに見過ごしがたいな。どういうことか説明してもらおうかエルメロイの姫」
そして、場は整ったと言わんばかりにバイロン卿がライネスを追いつめる。
彼も蒼崎橙子同様、あらかじめ情報を入手していたのだろう。芝居がかった様子できっちり詰ませようとする姿がそれを証明している。
「確かに……ディアドラ様からそういった相談を受けておりました。しかし、誓ってディアドラ様を手にかけておりません」
冷や汗をかきながらライネスは弁明するが、色黒の筋肉質な男──―ミックが疑いの言葉をかける。
「だが、亡命の条件が折り合わなくなって争いになった、ということもあるだろう」
ギリィ、とライネスの奥歯が噛みしめられる。そもそもこの場にバルトメロイ派は自分たちしかいない。数少ない同類も今頃自宅で朝を迎えていることだろう。
まさに四面楚歌。下手な行動を起こせばたちまち殺されエルメロイ派に残った数少ないうま味を死ぬまで搾り取られてしまう。
ライネスは実力行使を提案するグレイを制止しながら、覚悟を決める。
この事件、エルメロイの名誉にかけて私たちが解決してみせる!と。
◇
結論から言うと、ライネスが犯人として取り押さえられる事態は回避された。追いつめられた彼女が犯人捜しを名乗り出たからだ。
しかし、現場状況からも政治的な判断からも、彼女が最有力候補であることには変わらない。
捜査する彼女たちの監視役が必要となり、それに名乗り上げたのは遅れてやってきたロード・バリュエレータことイノライ・バリュエレータ・アトロホルムだった。権威的にも彼女が最も相応しく、現場にはライネス、グレイ、イノライの三人が残された。
ちなみにイノライが名乗り上げる前に蒼崎橙子が手を上げたが、バイロン卿から容疑者のひとりだという理由で却下された。
橙子も
「エステラ、この
そして、ここは白銀姫の部屋。
エステラとレジーナに、バイロン卿が以前蒼崎橙子に依頼しアルスが製作した
犯人が黄金姫を害した以上、白銀姫であるエステラも狙われるかもしれない。
幸い、操作方法は社交界前に学び身に着けてある。有事には自ら操作し撃退もしくは時間稼ぎしろということだろう。
用件は済ませたとバイロン卿が部屋から出ていく。
パタンと扉が閉められ数秒。確実にバイロン卿が離れたことを確認したエステラとレジーナは目を見合わせ、行動を開始する。
用意したトランクケースに必要最低限の着替えや価値がありそれほど嵩張らない物など、事前に相談し決めておいた物を詰め込む。
端的に言えば、それは夜逃げの準備だった。
作業を続けていると、コンコンコンコン、と扉がノックされた。
二人はピタリと動きを止め、覚悟を決めた表情で扉前に立つ。
そして、レジーナが扉の向こう側の人間に向け合言葉を投げかけた。
「『帰るべき場所は?』」
「『伽藍の堂』」
レジーナはホッとした顔でエステラを見やる。
彼女はコクリと頷くと、
開かれた扉の先──―そこには蒼髪の偉丈夫、蒼崎橙子の使い魔であるアルスが立っていた。
彼は白銀姫の部屋に入室すると、夜逃げ準備をほぼほぼ完了させた様子を確認し、満足げに頷いた。
「どうやら、準備は出来ているようだな」
「はい。後はカリーナと合流し機を見て逃亡するだけです」
さらっとレジーナが部外者であるアルスに極秘情報を漏らす。
いや、漏らすという表現は正しくない。
何故ならば……。
「改めてお礼申し上げます。アルス様のご協力なければ、私たちは無謀な賭けに出ざるを得ませんでした」
レジーナが協力を求めた相手こそ、アルスだったからだ。
深夜の密会に参加したのも、隠し部屋に安置された黄金姫の遺体を運び出したのも、全て彼だったのだ。
「気にすることはない。依頼に見合った報酬は既に受け取ったしな」
「それでもです。安全が保障された拠点があるだけでどれほど救われたか」
「私からもお礼申し上げます。ありがとうございます」
エステラとレジーナが頭を下げる。
それも無理からぬことだ。アルスが逃亡計画に加入する前は、宛もなく時計塔とイゼルマ家から逃げのびる為に放浪することを真剣に検討していたくらいだ。無謀と断じてもいい。
「お礼は無事逃げおおせた時に言ってくれればいい。それより、以前に説明した礼装が完成したから今のうちに渡しておく」
アルスが懐から三人分のペンダントを取り出し、レジーナに手渡す。
「それを首にかければ周囲から認識されなくなる。俺はギリギリまで橙子の傍にいる予定だから合流地点まではそれを活用してくれ。ああ、注意しておくが実体と気配を誤魔化すだけだからあんまり音を立てたりするとバレてしまうから気を付けてくれ」
「かしこまりました。後でカリーナ姉さんにも渡し──―うぅッ!?」
「レジーナ!」
頭を押さえがくりと崩れ落ちるようにレジーナが膝をつき、慌てた様子でエステラが駆け寄る。
「ハァ……ハァ……嘘……そんな……ッ!」
「落ち着くんだレジーナ。一体何があった」
アルスが労わるようにレジーナの肩を抱き背中を擦る。
だがレジーナの様子はいっこうに回復せず、むしろ顔色はどんどん悪くなる。
「あぁ……そんな、マイオが……」
「マイオ?薬師の彼のことか。彼が何だ?」
震える唇から紡がれる言葉を聞き取り、アルスが質問するがレジーナは震えるのみ。
だが、深呼吸を繰り返すことによって幾分か落ち着きを取り戻したのか。レジーナは未だ震えが治まらない身体をなんとか律しながら、二人に衝撃の事実を伝える。
「あ……あぁ……エステラ様……アルス様……。姉さんが……カリーナ姉さんが、
ガラガラと。
逃亡計画が崩れ落ちる音が三人の耳にハッキリと聞こえた。
(ネタバレ全開で)笑っちゃうんすよね。
もし双貌塔イゼルマを未読の方がいらっしゃるのであれば、今すぐ読もう!
小説が苦手でもコミカライズ版があるから安心だ!
作者は事件簿コミカライズ版の橙子さんも大好きだ!武内さんverの次に好きだ!!
感想、評価、推薦、お待ちしております<m(__)m>
執筆への燃料となり作者が喜びます。
双貌塔イゼルマが終わりましたら閑話を挟んでいく予定ですが、その後に突入する原作をアンケートで決めたいと思います。
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