アレルギー検査でスギ花粉の値が天元突破しているせいで、毎年この時期は辛すぎます。
私とグレイは双貌塔の周囲に生い茂る森を走っていた。
事件の手掛かりを求め、昨日の黄金姫の足取りをトリムマウと共に追いかけているのだ。
鬱蒼と生い茂る木々、名も知れぬ獣の糞尿が混じった腐葉土、原始を思い起こさせるむせ返るような自然の匂い。
人の手が入らず神秘を色濃く残した森に対し、普段通りの装いであるグレイはともかく、ドレス姿の自分は裾を折れ枝などにしょっちゅう引っ掛けてしまう。
だが、足を止めるわけにもいかない。八方塞がりな現状を打開する為にはなんとしても情報が必要だ。
元の
しかし。
健気な努力を嘲笑うが如く、深い霧が立ち込め、同時に展開された大規模な結界がトリムマウとの繋がりを断ち切った。
「ッ!これは……」
明らかな異変にグレイ共々立ち止まる。
湖水地方は元々霧が立ち込める特色を持った土地だ。ゆえに濃霧が発生するのはそれほどおかしくないが、結界まで展開されるとなると話は違ってくる。
これは人為的なものだ。
それも私たちに対する明確な敵意を持った──―。
「ライネスさんッ!」
ガキィ!と固い物がぶつかり合う音が響く。
振り向けば、
そして理解した。私はこの人影に襲われ、グレイによって庇われたのだ。
もしや真犯人が差し向けた刺客か?少なくとも本人ではないだろう……。襲撃者の正体を暴こうと目を凝らす。
幸い、霧が薄くなってきた。これならば全容もすぐに明らかになろうというもの……ッ!?
「こ、これは……ッ!?」
「
グレイはその姿に。私は意外な正体に。
慄く私たちに、手を刃に換装した
くそっ!何ということだ!グレイという心強い味方がいるとはいえ、トリムマウを失ったこの身は戦力外の足手纏いだ。
しかも相手は
しかし、それにしては真新しい印象を受けるが……。
敵に対する考察を重ねながら、グレイの邪魔にならぬよう後ろへ下がる。
同時に、グレイが鎌を振り上げ敵へと吶喊を仕掛けた。
一合、二合と鎌と刃がぶつかり合う。敵を切り殺さんと、弧を描く鎌と直線を記す刃が火花を散らす。
グレイは培った戦闘技術と強化の魔術にて。
それぞれの全力をもって、己の目的を遂行せんと武器を振るう。
「ぐぅッ!」
「グレイ!」
しかし、疲労かはたまた実力差か。
均衡を保っていた戦況も、徐々に
目に見えて
不味い、と打開策を思案し始める。元々グレイは対霊に特化した墓守だ。いかに高い戦闘技術を有していても、真の実力を十全に発揮できている訳ではない。
今は辛うじて薄皮一枚の差で攻撃をいなせているが、このままではそう遠くないうちに目に見えるダメージを負うことになる。
ならば、今私にできることは……彼女に新たな一手を打たせることだ!
◆
狭霧からの襲撃者による鋭い刃をいなし、躱し、受け止める。
己の命を刈り取らんと迫る攻撃を必死に迎撃する。
それが今の自分に許された行動であった。
(このままでは、不味い……ッ!)
今まで培った己の戦闘哲学が、一刻も早い状況打破を求める。
一旦距離を取ろうか……いやそれはダメだ。下手に間合いを開ければライネスさんに向かうかもしれない。
では周囲に漂う魔力を吸収して強化の度合いを上げる……それもダメだ。凶刃を振るってくる
一体どうすれば……打開策を求め、必死に頭を回転させる。
と、その隙を狙われたのか、
「オイオイオイオイオイ!まじーぞこれはぁ!!」
けたたましく叫ぶアッドの声がどこか他人事のように聞こえる。
振り降ろされる凶刃が眼前に迫ってくる。もう数瞬すれば、間違いなく自分を切り裂くことだろう。
しかし、天は自分を見放さなかった。
横合いから魔力の塊が
「グレイ、今だ!」
次いで、ライネスの声が聞こえる。魔力の塊は、おそらく彼女の横やりなのだろう。
いや、今は考えている暇はない!
「アッド!」
「おうともさ!」
アッドに搭載された魔力蒐集機構が作動し、周囲を漂う魔力を己がものに変換する。
相手が霊ならばこれだけで勝負がつくのだが、魔力が定着している
だが、無力化できずともこれで十分。
身体強化をより増幅させ、倒すべき敵へと鎌を振るう!
ガキィ!という音と共に
反撃させる暇を与えず、お返しとばかりに鎌を振るう。
先ほどとは立場が逆転し、今度は
いける!と確信し力を込める。このままいけば遠からず致命的な一打を与えられるだろう。
しかし、事態は急変する
防戦一方だった
それは一手たりともミスが許されない戦闘では大きなミスであり致命的な隙であったが……。
(不味いッ!!)
己の直感が最大級の警報を鳴り響かせる。素直に従い、のけぞるようにバク転で距離を取る。
瞬間。
それはあたかも以前見た映画に出てきたエイリアンのインナーマウス*1のようで、当たればただではすまないことは容易に想像できた。
まさかそんな隠し玉があったとは……。
異変にすぐ対応できるよう、一挙手一投足を見逃さないよう細心の注意を払う。
対して、
そしてピキピキと身を震わせ、
あまりの変化具合に呆気にとられるが、地を這うように突撃してくる
下方から、アッパーカットのように刃が突き上げられる。
寸でのところで躱すが、間髪入れず六本の刃がそれぞれ別方向から殺到する。
統率された動きでもって襲い掛かってくる。
三面六臂ならではの独自の戦闘法が、自分を徐々に追いつめていく。ただでさえ二本の刃で手こずったのに、六本に増えたなんて現実逃避したくなる。
なんとか弾き、躱し、いなしていくが、防御行動だけでこちらの手番が消費されてしまう。
……でも、手がない訳でもない。打ち合って解ったが、
それならば、やりようがある!
「ハァッ!」
渾身の力を込め、
でも、それが狙い。
攻撃の速度が増せば増すほど、刃にかかる衝撃は大きくなる。
ならば合わせて渾身の一撃でカウンターすれば、武器破壊を狙えるはず!
(取った!)
強化によって増幅した動体視力が、しっかりと鎌と刃の軌跡が重なることを確認する。
狙い通り行けば、
しかし。
ぶつかる直前となって、刃は予想外の動きを見せた。
その結果どうなるか。
「ぐぅぅ!」
手に力を込め、手放すことだけはなんとか阻止するも、鎌に込められた運動エネルギーは完全に殺せない。
大型犬に引っ張られる子どものように、鎌につられて木に激突してしまう。
とっさに受け身を取ったが、ダメージは免れない。運悪く頭を打ったようで、視界がぐにゃぐにゃ歪んでしまう。
……ああ、
……早く、早く体勢を立て直さないと。幸い
ここで私が倒れたら、誰がライネスさんを守るというのだ!
カッと目を見開き、舌を噛むことで朦朧とした意識に活を入れる。
そして握った
明後日の方向に顔を向ける
「え……?」
先ほどまで
これは一体どういうことか……。この敵は、真犯人が差し向けた刺客ではないのか?
疑問が脳内を支配する。もし相手が喋られるなら、迷わず自分は質問していたことだろう。
あまりの急展開に思わずライネスさん共々呆けていると、
そして枝から枝へと飛び移り、霧の中へと消えていった。
「グレイ!」
ライネスさんが駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「はい、拙は大丈夫です。それより、早く追わないと……!」
「ッ!そうだったな」
ライネスさんは立ち上がると、懐からアメジスト付きの鎖を取り出し詠唱を一言。
「──―
すると、ピクリと鎖がある一方向に反応を示した。どうやらそれはダウジングのような働きをするようだ。
そしてライネスさんは手応えを感じたのか、さらに詠唱を重ねる。
「
すると前方の霧が大きく揺れ、一気に視界が開けた。
魔術に鈍い自分でも解る。拙たちを閉じ込めていた結界の効力が大幅に弱まり、突破可能になったのだ。
「急ぐぞグレイ!」
駆け出すライネスさんに続き、自分も走り出す。
一体トリムマウさんはどこまで行ってしまったのか……。それほど遠くに行ってなければいいけど。
先行き見えない不安に駆られるが、強化された視覚が泉のほとりに佇む銀色の人型を捉える。
間違いない、あれはトリムマウさんだ!
不幸中の幸いだろうか。見失ったにも関わらず、彼女とそれほど距離は離れていなかったようだ。
安心から息を吐き、ライネスさんに朗報を伝えようと口を開いて……ある違和感に気づく。
違和感の元は彼女の右手の色だ。
銀色のはずのその手は、アカイロに染まっていた。
アカイロ……赤色。つまり血の色。
先ほどの戦闘の熱が治まっていないのか、嫌な予感に苛まれる。
いいや、そんなはずはない。きっと移動中に果実か何かで着色されてしまったのだろう。
脳内で必死に言い訳を繰り返すうちに、ついに全容を掴める位置まで辿り着く。
辿り着いてしまう。
「……そん……な……」
そして、現実という名の真実に打ちのめされる。
右手を血に染めたトリムマウさんの足元には、黄金姫と白銀姫お付きのメイドの片割れが死体となって浮かんでいた。
◆
「……どうやら間に合ったようだな」
白銀姫の部屋にて、瞳を閉じたままアルスはエステラへと声をかける。
「では、マイオは……」
「無事逃走成功だ。ちゃちな偽装工作を始めたことには驚いたが、どうやら上手く嵌まったようだ」
「よかった……」
エステラはホッと一息吐く。
しかし、安心するのはまだ早いと言わんばかりにアルスが疑問を投げかける。
「だが、これからどうするつもりだ?共に逃げるはずだったカリーナは死んだ。そして君たちは殺人犯であるマイオを
「……解っています。でも、カリーナは今際の際に確かにレジーナへと伝えたんです。『マイオを助けて』と」
「……そうか。まあ、止めはしないさ。だが、俺にできるのは見て見ぬフリをするだけだ。庇い立ては契約に含まれていないからな」
「構いません。
エステラの声に呼応するかのように、ガタンと天窓に何かが飛び付く。
それは
戦闘によって幾分か汚れた身体を関節外しなどで変形させ、狭い天窓から入室し二人の傍へと着地する。
「カリーナさんには何度か世話になったからな。そのお礼だよこれは」
アルスは目を開けると
「──―おっと、橙子からお呼びがかかった。すまないな、俺はもう行く」
では。とアルスが退室する。
部屋に残るのは、エステラと
「私も、覚悟を決めなくてはいけませんね……」
「その時は、お願いいたしますね」
誓いにも似たお願いに、
次回、ようやくⅡ世を出せます。
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執筆への燃料となり作者が喜びます。
双貌塔イゼルマが終わりましたら閑話を挟んでいく予定ですが、その後に突入する原作をアンケートで決めたいと思います。
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アルスが膨大な借金を背負う魔眼蒐集列車
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フェイカーが原作以上に苦労する冠位決議