人形師の使い魔   作:アスラ

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双貌塔イゼルマ:12

 使い魔の視界を覗き、蒼崎橙子は黒猫に相対する少女を観察する。

 

「社交界でエルメロイの姫の従者を務めていた()だな。只者ではないと感じていたが、想像以上だ」

 

 トリムマウが抑えられた現場でも会ったが、その場でも橙子の印象は社交界時と変わらなかった。

 しかし、今使戦っている彼女はまるで別人かのような変貌を遂げている。

 周囲を伺うような卑屈な雰囲気は鳴りを潜め、凛とした顔で手に持つ鎌で黒猫の攻撃を弾き、隙を見て攻撃を加える。

 橙子の目から見ても、彼女は一流の戦闘者であることは明確であった。

 加えて、武器として振るっている鎌も興味深い。使い魔越しでは詳細は解らないが、相当な礼装だと判別できる。

 

「おっと」

 

 ブチン、と使い魔との共有が強制的に切断される。直前に見えたのは、木々を足場に跳躍し鎌を振るう少女。

 どうやらステルス化させて飛ばしていた使い魔が発見され排除されたようだ。

 

「前座がやられたのならば、真打の出番だな」

 

 橙子は鞄を持ち、歩を進める。向かう先は、木々を挟んだ()()()()にいるグレイとフラット。

 グレイが黒猫と戦闘している間に、橙子は二人のすぐそばまで迫っていたのだ。

 

「……ああ、その匣の中身は厄介だな」

 

 背後から現れた橙子に、二人は驚愕する。フラットはびくりと全身を震わせ、グレイはぎこちなく振り向く。

 だが、驚愕しているのは橙子も同様だった。

 何故ならば、直接視認したことによりグレイの持つ鎌──―否、匣が内包しているモノの性質を見抜いてしまったからだ。

 見た目こそ武器型の礼装であるが、その本質は莫大な神秘の塊を封印する匣。

 中身の正体は解らないが、自身が持つ鞄同様厄介なモノだと確信できた。

 

「……どうして、ですか?何故あなたがガリアスタの味方を……」

「お前のところの君主(ロード)から訊いているはずだろう?あの男は盤面を理解できないほど無能ではないはずだ」

 

 疑問を呈する少女に、人形師は毅然とした態度で答える。

 解っていることを訊くのは時間の無駄だとばっさり切り捨てるように。

 

「……師匠は、あなたが自分たちの妨害をするかもしれないと言ってました」

「なるほどね。敵ではなく妨害と……」

 

 君主(ロード)の名を冠するだけはある、と橙子は得心する。

 

「依頼されてね。お前らの敵に回ってほしいと」

「……スヴィンはどうしたんですか?」

「ん?……ああ、あの狼坊やのことか。あいつなら私の使い魔が相手している。ああ見えて敵対者には容赦ないから、運が良ければ生きてるだろうさ」

 

 淡々と答える橙子。

 対してグレイは震えていた。スヴィンの行く末を思ってか、はたまた超然とした冠位魔術師に恐れを抱いてか。

 その両方かもしれないが、グレイはひとつ深呼吸する。そして、死神の鎌(グリムリーパー)をしっかりと握りしめる。

 

「ああ、そいつは面白いな。直接見てはっきり解ったが、千年以上の神秘に属する物だな。もしかすると人の手になるものでさえないな?現代の魔術師では鎧袖一触だろうよ」

 

 神秘はより強大な神秘に屈する。

 もちろん、相性や術者の力量差などに左右されるものだが、基本的にこの原則は絶対だ。

 そして、神秘の強大さは古さに直結することが多い。

 橙子の言う通り、死神の鎌(グリムリーパー)──―アッドの核となる宝具が千年以上の歴史を持つ以上、魔術戦ではグレイに傷一つ付けることすら叶わないだろう。

 

「……だったら、引いてくれませんか?」

「すまないが、依頼されている身だからな。はいそうですかとは行かないんだ」

 

 交渉決裂。

 橙子の指が動き、グレイは戦闘態勢に入る。

 

「まずは小手調べだ」

 

 先手は蒼崎橙子。虚空に刻んだルーンが、氷の茨となり敵対者を拘束せんと疾走する。

 対してグレイは、後方に跳躍すると共に鎌を振るい魔術を叩き潰した。

 先述した通り、神秘はより強い神秘に屈する。通常ならよけるなり防御術式なりで防ぐ場面でも、彼女たちならば単純な魔力放出だけで事足りる。

 自らが放った魔術を、鎌の一振りで消滅させられる。

 そんな非常識に遭遇しても、橙子の指は止まらない。

 炎、突風、衝撃波……多種多様な攻撃が次々と放たれ、氷の茨と同様に叩き潰される。

 

「ふむ、大したものじゃないか。単純なゴリ押しながら最善の手でもある。しかも空気中に霧散した魔力を吸収して己の物として変換するとは……これでは千日手にもなりはしない」

 

 戦闘中でありながら、橙子は興味深そうにグレイを観察する。その様は攻略法を思案する戦闘者というよりも、実験対象を観察する研究者のようだ。

 

「──―おっと、邪魔はしないでくれたまえよ」

 

 不意に橙子の左手からゴルフボールほどの大きさの石が文字通り射出される。いつの間にか握られていた石を、彼女は器用に後方へ指弾として発射したのだ。

 行き先は、橙子の後方でこそこそ動いていたフラット。

 彼の額へと吸い込まれるように石は飛翔し──―フラットは無防備に喰らってしまい、目を回し気絶してしまった。

 

「おいおい、アルスならともかく私の指弾を避けられないのか。軽い牽制のつもりだったのだが……おい、こいつはどれだけ偏った能力をしてるんだ?」

 

 思わずルーンを刻む指を止め、橙子は唖然と気絶したフラットを眺める。

 ──―その隙を逃すほど、グレイは愚かではなかった。

 アッドが吸収し、全身に漲らせた魔力でもって強化をブーストしながら、グレイは橙子へと突撃する。

 正直、彼女に同意して頷きたくはあった。毎回護身術の授業で赤点を連発しているフラットはⅡ世の悩みのタネのひとつであるし、これを機に改善してほしいと願っている。

 だが、フラットという手札を失った現状、自身が取れる選択肢は大幅に狭まった。橙子の手札が底知れない上に、こちらの奥の手はひとつかふたつきり。それも現状ではろくに出せない代物だ。

 これ以上の時間稼ぎを望めない以上、彼女に勝っていると断言できる身体能力で早期決着を望むしかない!

 

「ハァッ!」

 

 掛け声と共に、死神の鎌(グリムリーパー)を振り下ろす。未だに余所見している蒼崎橙子の首へ、手加減無しの一撃が吸い込まれるように肉薄する。順当に行けば、そのまま彼女の首は胴体と泣き別れすることになるだろう。

 

 しかし。

 グレイに齎された結果は、物体を切り裂く感触ではなく、腹部への強い衝撃であった。

 

(な、なんてこと……ッ!?)

 

 吹き飛ばされ、宙を舞うグレイの脳内が驚愕で埋め尽くされる。着地動作すら出来ず、地面に身体を叩きつけられる。

 それほどまでに、蒼崎橙子が行った迎撃は驚嘆するものだった。

 なんと彼女は──―鎌を僅かなスウェーで回避し、右足でカウンターの蹴りを放ったのだ。

 

「人形師が格闘できないとでも思ったのか?私の使い魔はアルスなんだぞ。格闘術のひとつやふたつ、嗜みとして習得しているに決まっておろう」

 

 嗜みにしては強烈な蹴りだったな、とグレイは腹部を押さえながら立ち上がる。

 幸いにも全身に循環させておいた魔力のお陰でダメージはそれほどでもなかった。

 しかし、グレイの心にはそれ以上の精神的負担が圧し掛かる。

 橙子が実現させた一連の動きは、決して素人のものではなかった。明らかに鍛錬し身に染み込ませたもの。

 これでは身体能力によるゴリ押しは不可能だ。身体能力は遥かに凌駕しているとはいえ、早期決着は望めない。

 ……それでも、グレイは諦めなかった。

 奥の手がなんだ格闘術がなんだ!拙のやることは変わらない!

 蒼崎橙子を、ここで倒すんだ!!

 

「未だ闘志は衰えず、か。素晴らしいな、抱きしめてやりたいよ。……だが、付き合ってやるほど私も暇じゃないんだ」

 

 しかし。

 グレイの闘志は一瞬で鎮火してしまう。

 

「アルスから連絡があってね。こちらに向かって来ているようだ。主として、小娘に手間取っている姿は見せたくないものでな」

 

 原因は、いつの間にか橙子の前に置かれていた鞄だ。

 鞄というにはいささか大きすぎる代物で、僅かながら開いている。その隙間から見えるのは……闇。

 強化された目ですら見通せない漆黒の闇が、鞄の中を埋め尽くしている。

 そして、闇の中には──―グレイの心胆を底の底から寒からしめる、光る二つの目。

 ああ、今ようやく解った。彼女の持つ鞄が不自然なほど大きい理由を。

 あれは自身が持つアッドと同じく、強大なナニカを封じるモノ。

 人の手には負えぬマモノを封じ込める匣。

 

「蒼崎橙子、あなたは……」

 

 掠れるように喉元から出た疑問は、冠位魔術師に届くことなく宙に消える。

 そして、鞄の隙間から黒い触手が殺到し、抵抗する間もなくグレイは呑みこまれていった。

 

 

 

 ◇

 

 

「橙子」

 

 鞄を手に取る冠位魔術師の背後から、男の声で呼びかけられる。

 振り向けば、そこには蒼い偉丈夫──―蒼崎橙子の使い魔、アルスが立っていた。

 

「そっちも終わっているようだな。……鞄を使ったのか」

 

 言って、アルスは鞄と棒立ちになっているグレイを交互に見やる。

 そう、実を言うとグレイは鞄の魔物に捕食された訳ではない。

 橙子がやったことはとてもシンプルだ。

 グレイの高すぎる霊的感受性に付け込み、鞄の魔物を少し()()()()だけだ。

 

「ああ、この()の霊感をジャックした。世の中見えない方が幸せな場合もあるということさ。ところで、アトラムたちはどうした?」

 

 橙子が質問すると、答えるかのように木々の間から男が吹き飛ばされてくる。

 ゴロゴロと転がり、ブリティッシュスタイルのスーツを泥で汚しているのはバイロン卿だった。続いて、アトラム・ガリアスタがやってくる。

 どうやら勝負は決まったようだ。如何に優秀な魔術師であろうとも、時計塔で権謀術数に明け暮れたバイロン卿では百戦錬磨のアトラムに敵う道理はなかった。

 

「おやおや、ミス・アオザキにミスター・キュノアス」

「アトラムか。そちらも終わったようだな」

「ふふん、まあ決着は着いたと言っていいかと」

 

 髪を掻きあげ、バイロン卿を見下ろす。彼の背後からは部下も現れ、逆転の芽は摘まされたと言っても過言ではないだろう。

 ちなみにスヴィンはというと、気絶したままアトラムの部下の一人に首根っこを掴まれて引きずられている。

 アルスが彼を倒したのち、止めを刺さずにさっさと主の下に向かった為宙ぶらりんになったところを、アトラムの部下によって拘束されてしまったのだ。

 

「いい加減観念したらどうですバイロン卿?」

「……何を、観念しろと」

 

 見下すアトラムに、バイロン卿は鋭い眼光で答える。

 しかし、それも無駄な虚栄だと見抜かれてしまう。

 

「ふぅ、無駄に強情なところは時計塔のお歴々と同じかな。全く、脳に黴でも生えているんじゃないか?……それより、ミス・アオザキ。さすがは冠位(グランド)と言ったところか。麗しい少女にも容赦ないとは。廃人か何かにしたのかい?」

「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。少し黙ってもらえるよう()()()しただけさ」

「お願い、ね。僕には別の意味に聞こえるが……やめておこう、藪を突いて蛇を出したくはないからな」

 

 おお怖い、と嘯きながらアトラムはバイロン卿へと歩を進める。どうやら本格的な()()()をするようだ。

 

 ──―その時だった。

 ごっそりと、大気中の大源(マナ)が喰われたのは。

 

Gray(暗くて)……Rave(浮かれて)……Grave(望んで)……Deprave(堕落させて)……」

 

 橙子が、アルスが、バイロン卿が、アトラムが、その部下たちが。

 この場の全員が、原因であるひとりの少女に刮目する。

 

Grave(刻んで)……me(私に)……」

 

 グレイの唇が歌を口ずさみ、歌詞に呼応するかのように魔力を掌のナニカに喰わせる。

 

「そうか、それがお前の隠していた秘密か。……だが、それは上手くない手だ。こいつが興味を示しかねん」

 

 震える鞄を押さえながら、橙子は苦笑する。

 彼女自身ですら制御不可能だと告白するかのように、震えは徐々に大きくなり……今度こそ、鞄の口が少しずつ開かれる。

 

Grave(墓を掘ろう)……for you(あなたに)……」

 

 そして、最期の歌詞が謳われる。

 莫大な魔力が渦を巻き、とある英霊の宝具が形作られる。

 

 アトラムが焦った顔で、原始電池に魔力を流す。部下たちも呼応するかのように術式を構築するが、はっきり言って焼石に水だろう。

 神秘は、より強大な神秘に屈するのだ。

 

「……仕方ない。使いたくはなかったが、奥の手だ」

 

 やれやれと言った顔で、橙子は鞄にルーンを刻む。途端、鞄の口はルーンの縄によって閉じられた。強制的に蓋をしたのだ。

 だが、そう長くは封じれない。一分もしないうちに破られてしまうだろう。

 しかし、その一分こそ蒼崎橙子が求めた値千金の時間。

 

「合わせるんだ。途中退場なぞ御免被るからな」

 

 彼女は懐から()()()()()を取り出し、腕に装着する。

 そして、ルーンの円環を出現させ構えを取る。

 

()()

 

 グレイの唇が、最期の台詞を紡ごうとする。

 それに合わせるよう、橙子とアルスは魔力を循環させ──―。

 

()──―」

 

 互いに奥の手を繰り出そうとした刹那。

 全くの別方向から、力ある言葉が紡がれる。

 

「……その人を見よ(Ecce homo)

 

 その場にいた全員が、()()を見た

 




三回目のワクチン接種してきたので、副反応で投稿が今まで以上に遅れる可能性があります。ご了承ください。

感想、評価、推薦、お待ちしております<m(__)m>
執筆への燃料となり作者が喜びます。

投稿するのはかなり先になりますが、FGO編で橙子とアルスが出演する特異点の時系列を決めたいと思います。結果によって、シナリオ構想が変化する予定です。

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