ファイファイモデの順番で打ったのに最高でも37度ってどういうこっちゃ……。
「……
言葉を合図に、全ての魔術師が制止する。
いや、魔術師だけではない。
動物が、昆虫が、微生物が、空気が、植物が、土が……。
ありとあらゆる存在が、究極の■に打ちのめされる。
神の前では、ただひれ伏すことしかできないように。偉大な王に、自然と仕えたくなるように。
言葉がなくとも、圧倒的な存在は、ただそこにいるだけで全てに影響を与える。
ましてや、進化の到達点と言える■の完成形ともなれば、その影響力は計り知れない。
昨日の社交界の一場面を焼き直すが如く、全ての意識は引き千切られ……。
死亡したはずの黄金姫が、惨劇を止めるべく顕現した。
◇
「……アッド、が……」
「……こちらも引っ込まされたか」
グレイが呆然と匣に戻ったアッドを見つめ、橙子とアルスは落ち着きを取り戻した鞄を眺める。
直前まで生死を掛けた大技を放とうとしたにも拘らず、三人は毒気が抜かれた様に戦意を喪失していた。
「なんだ今のは……」
それはアトラムとその部下たちも同様だった。起動していた術式もイゼルマ領を覆わせていた雷雲も、全てが綺麗さっぱり消失していた。
絶対なる■の前では、完成度に劣る不完全な魔術は無に等しく。
魔術によって改変された事象が、文字通り元通りとなったのだ。
「……なるほど」
黄金姫……否、
「
投影魔術。
それは儀式などでどうしても用意できなかった祭具や触媒を、魔力を素に鏡像という形で作り出す術式。
大量の魔力を消費する上、数分もすれば世界の修正力により魔力に戻ってしまうという欠点を抱えている為、あまりメジャーとは言えない術式だ。
そんなマイナー術式を、何故アルスは白銀姫を見て呟いたのか。
その答えを、白銀姫の背後から現れたロード・エルメロイⅡ世が解説した。
「ご明察です。白銀姫の
「ふん、術式の構築が君で、儀式のお膳立てをメルアステア派のふたりにやってもらったのでは、威張るに威張れないがね」
腹立たしい、とライネスは酷使した魔眼を押さえながら口をとがらせる。その背後には、憔悴した様子のイスローとマイオがいた。どちらも『
通常ならば不可能な芸当だった。
しかし、双子であり生まれる前から同じ術式を受けていた白銀姫、魔眼を用いた術式の精密操作に長けたライネス、黄金姫の身体の内外を長い間装飾してきたイスローとマイオ。
この四人の存在が、不可能を可能なものとして実現させたのだ。
「それがどうかしたのかね。束の間あっと驚かせた程度で僕らを止められるとでも?」
Ⅱ世に対し不敵な笑みを浮かべ、アトラムが大仰に腕を広げる。
「強がりはやめておけ」
だが、それを諫める声が意外な人物から発せられた。
先ほどまでエルメロイ派と敵対していたアルスだ。
「魔術とは現実改変できるという強固な自己暗示と相応の集中力によって成り立つものだ。瞼を閉じれば黄金姫の顔がちらついてしまう現状では、俺でも
図星を突かれたのか、アトラムの顔が歪む。
そんな中、フラフラとグレイが憔悴しきった顔で師匠の下へと向かった。
「……師、匠……」
「本当にすまない。時間稼ぎを頼んだが、相当な無理をさせてしまったようだ。私も覚悟してきた、君の行動に答えよう。……ミス蒼崎」
Ⅱ世は優しく抱き止めると、視線を橙子に向ける。
「ふむ、確かに毒気を抜かれたが、どうするつもりかね」
「毒気を抜かれたのであれば交渉の余地があるでしょう。……それに、今ので解ったのでは?」
「ふむ……」
橙子は顎に指をあて、思考に耽る。
「……もしかして、
「あなたの想像通りかと。同時にこれは私の憶測ですが、あなたが依頼主に提示された報酬は……」
「ああ、君の言う通りならば意味を喪失するな。……いや、この場合私が早合点しただけか。何しろ嘘をついている訳ではないからな」
やれやれ騙された。と彼女は苦笑するが、表情は爽やかであり怒りは感じられない。
「アトラム・ガリアスタで間違いないかな」
Ⅱ世が、褐色の襲撃者に視線を向ける。
「なにかな?」
「私の弟子を返していただけないだろうか」
「は?何様のつもりだい?こいつらは僕を殺そうとしたのだよ。いくら時計塔の
殺気交りの苛立ちを見せ、アトラムが吐き捨てる。
だがⅡ世は動じることなく言葉を続けた。
「あなたが求めている物の在り処を、私は知っている」
「……べつに隠している訳ではないからね。ましてや君なら知っているだろう?」
「先月、あなたがイゼルマとオークションにて争いあったのは、とある英霊の聖遺物だ」
聖遺物。歴史に名を残し、人々の進行でもって英霊の座に押し上げられた英雄にゆかりのあるなにか。
聖杯戦争においてサーヴァントを呼び出す儀式、英霊召喚に用いられる触媒。
数か月後に行われる第五次聖杯戦争の参加者に内定しているアトラム・ガリアスタが喉から手が出るほど欲している物。
「だから……どうしたというのかね?」
「私の推測通りならバイロン卿を脅しても無駄だよ。彼も現在の聖遺物の在り処は知らないはずだ」
「ッ!? 何だと!」
アトラムがバッとバイロン卿に振り向く。
しかし、木にもたれかかっていたバイロン卿は胸先で両掌を天に向け、無言を貫くのみ。
否定も肯定もしなかった。
「私ならその在り処を教えられる」
「ははあ、だから弟子には手を出さず君の推理を有難く拝聴せよとでも?だが今の僕の戦力なら一方的に君たちを殺せる。身体に無理矢理聞き出してもいいんだぞ?」
「それだけの価値は約束しよう。それに、私の推測が外れていたのならば、相応の品を君に渡すことを確約する」
「は?何を言ってるんだい
「師匠!」
アトラムが唖然とする。グレイが悲痛な叫びを上げる。
「……ライネス、いいな?」
「好きにしたまえ。あれはエルメロイではなく君個人の物だからね」
そして、ライネスが溜息を吐き……。
「エルメロイの
Ⅱ世は宣言した。
「私の持つ聖遺物を、今の約束に賭けよう」
◆
「私の持つ聖遺物を、今の約束に賭けよう」
私の眼前で、ロード・エルメロイⅡ世が魔法を行使する。
もちろん、魔術世界における意味ではない。魔術などという現実改変手段ではなく、不可能を可能にするという意味でだ。
全く、中々楽しませてくれるじゃないか。
彼との繋がりは以前からあった。と言っても先代のロード・エルメロイであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトに製作した義手の代金を支払ってもらったという、とてもか細い繋がりだ。
当時彼にはあまり興味がそそられず、さっさと代金を振り込んでもらいはいさよならと記憶の彼方に吹き飛ばしたが……今思えば、少し軽率だったな。
まさかこんなにも『面白い』男だとは思ってもみなかった。
魔術師としては三流もいいところ。魔術の研鑽に一生を捧げても、才能ある若者がぴょんと軽く飛び越えてしまえるような凡才。
しかし、研究者としては一流だ。加えて、他人の魔術を見極める才に関しては超一流と言っても過言ではない。
それに、その才を活かし教職に就いている点も興味深い。
エルメロイ教室の話は数年前から耳にしていた。なんでも失墜したアーチボルト家が所有していた教室を借金してまで買い取り存続させたばかりか、とても革新的で面白い授業をしているとか。
聞けば教室に所属していなくとも聴講生として潜り込めるらしい。ならば一度聴講するのも一興かと思ったが、当時は腕の磨き直しに忙しく、後に後にと後回しし、結局一度も行かずイゼルマへと向かうことになった。
狼坊主や天才くん、加えて
よし決めた。この件が片付いたら、アルスと共にエルメロイ教室に潜り込んでやろう。
普段通り授業を終え、一息ついているⅡ世に聴講生として声を掛けたらどんな反応を見せてくれるか、今から楽しみで仕方ない。
……おっと、思考に耽っている間に交渉が終わったらしい。
どうやらロード・エルメロイⅡ世は自身が所有する聖遺物を対価にアトラム・ガリアスタの蛮行を食い止めることに成功したようだ。
Ⅱ世はアトラムから視線を切りバイロン卿に近づくと、二、三言葉を交わす。そして、私たちに向け連絡事項を伝えた。なんでも諸々の準備が必要らしく、二時間後に月の塔ロビーに集合してほしいと。
妥当な時間だろう、と納得する。
投影とはいえ黄金姫の
二時間という時間は、アトラムにとっても必要なものなのだ。証拠に、ろくな反対もせず彼はⅡ世の提案を了承した。
私たちも部屋に戻るとしよう。靴に付着した泥を落としたいし、雨に濡れたコートも乾かさねばならない。日々のメンテナンスが、長持ちの秘訣だ。
……さて、小説や漫画、映画、ドラマではさんざん目にしたシチュエーションだが、探偵による推理ショーに私が立ち会うことになるとはな。人生長く生きてみるものだ。
推理ショーの展開によっては糾弾される立場になるかもしれないが、それもまた一興。
楽しみにしているぞ、ロード・エルメロイⅡ世。
君がどのような結末を齎すのか、特等席で観劇させてもらうよ。
次回から起承転結の『結』に入ります。
感想、評価、推薦、お待ちしております<m(__)m>
執筆への燃料となり作者が喜びます。
投稿するのはかなり先になりますが、FGO編で橙子とアルスが出演する特異点の時系列を決めたいと思います。結果によって、シナリオ構想が変化する予定です。
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