純狐が親バカになる話 作:迦羅
相変わらずの拙い文章ですが、どうか温かい目で見てやってください。
その日、私こと純狐は何時ものようにそこに佇んでいた。
地上の人間共には一切の生命が存在しないと言われている場所である月。そこにたった一人で、私は立っていた。
静かの海の表側。科学という我々の存在そのものと正反対に位置する力でここまで辿り着いたその執念には感服するが、まるで我が物顔でここにその残骸を置くのはいただけない。貴様らは自らが住む星だけでなく、私の領土をも汚すつもりか。
とまぁここまで長々と苦言を呈したわけだが、正直私にとってはそんなことはどうでもいいし、眼中にすらない。私はただ何時ものように視線の先にあるものを見る――睨むだけだ。
月の都。月の裏側に存在する遥か昔に地上を離れた人間が住まう場所。そして、私の最愛の息子を殺した
正直に言えば、私はあの都を滅ぼしたくて仕方がない。正確に言えば憎き嫦娥を討ち滅ぼしたいという思いなのだが、その件の女を匿っている時点であの都も同罪だろう。
しかし地上の者と協定を結んでしまった以上、その様な事をすることは出来ない。これはあくまで私と嫦娥の戦い。関係の無い者に迷惑をかけるのは不本意なのだ。
「伯封…」
今は亡き子、己の父親に殺された哀れな愛し子の名を私は小さく呟く。その呼びかけに答えてくれる者はこの場にはおらず、ただ闇の中へと溶けて行ってしまうだけだ。
今の私の姿をあの子が見たら何と言うのだろうか。あの子の亡骸を抱え、悲しみに暮れながら復讐を誓ったあの日、あれから幾千年も経った今でもそれを果たすことが出来ていない。
落胆するのだろうか、失望するのだろうか。いや、きっとあの子は私の行いを止めるだろう。あの子は今の私には似合わない程、優しい子なのだから。
こんな事をあの子は望んでいない。そんな事くらい私にだってわかっている。しかしそれでも尚、私は自分の怒りを抑えることが出来なかった。それ程までに私はお前を愛していたのだということは、あの子にはわかっていてほしい。
「叶うのならもう一度、お前に会いたい…」
あの日から何度、同じことを思ったのだろう。何度、同じ言葉を口にしたのだろう。
ほら、まただ。ここに来てあの子の事を考えると、いつも知らず知らずのうちに涙を流している。それが叶わない夢であると知っているから。
そんなことはとっくにわかっている。しかしそれでもなお、もしもという幻想を抱いてしまう私は愚かなのだろうか。
頬を伝う涙をぬぐい、私は何時ものようにあの煌びやかな都から目を逸らす。まるで現実から逃げる様に。
帰ろう。そう思って踵を返そうとするが、後ろを振り向いた直後にポス、と何かに当たったような感触がした。大きさ的には友人の部下である妖精、クラウンピースと同程度であろう。
何かと思い視線を下に向け、その直後に私は驚きのあまり目を見開いてしまう。何故ならそこにいたのは――
「あ…」
その幼子は暫くの間状況が理解出来ず呆然としていたが、やがて恐る恐ると言った様子で顔を上げる。
私と同じ金色の髪、私と同じく古めかしい、しかし対照的に質素なデザインの着物。そして私と同じ色をした瞳。
「久しぶりです…おかあ…さん」
その姿を見間違う筈が無い。その声を聞き間違える筈が無い。そこにいたのはもう二度と会えないと思っていた私の最愛の息子、伯封であった。
「・・・おま…え…は…」
その存在を最初に見た時、私の頭に真っ先に思い浮かんだ感情は、恐怖であった。
もう二度と会えないと思っていたから。伯封は死に、自分は醜くも生き永らえているのだから。
愚かな神よ、もうこれ以上私にありもしない希望を与えないでくれ。幻想を見せないでくれ。それが儚く散った時、私は耐えられる気がしなかったから。また息子を失ってしまえば、きっと私は壊れてしまうだろうから。
しかしそれでもその希望を信じてしまうのは、かつて人であったが故の性か。私は恐る恐ると言った様子で、目の前の小さな存在に手を伸ばす。
怖い。今まで、これ程の恐怖を抱いた事があっただろうか。もしこの手が何にも触れずにすり抜けてしまったら、その結果が、どうしようもなく怖いのだ。
最悪な事ばかりが頭に浮かんで思わず手が震えるが、そんな内心とは対照的に、私の手は迷うことなく前へと伸びていく。そして数秒が立って漸く、私の手が伯封の頬に触れた。
「・・・あ」
触れた。触れることが出来た。それはつまり、伯封が今この場に存在しているということを意味していて――同時にこれが夢では無い事を表していた。
私の心を支配していた恐怖は段々と安堵へ、そして喜びへと変わっていき、気が付けば私は伯封を抱き締めていた。
「あぁ…あぁ…!伯封…伯封…!」
力が強いかもしれないと子を気遣う余裕など今の私には無かった。震える腕で力いっぱい彼を抱き締め、その存在を確かめるかのように何度も何度も、私はその名前を、最愛の息子の名前を呼び続ける。
目からは先程と同じ様に、しかしそれ以上に止めどなく涙が溢れてきたが、それは私があの日以降一度も流したことの無かった、うれし涙というものであった。
一話目はまともです。
二話目から少しだけ純狐さんがおかしくなります。