純狐が親バカになる話 作:迦羅
「えっと…これ、どういう状況ですか?」
今現在の自分が置かれている状況に、伯封は困惑を隠す事が出来ない。しかし彼がそう思ってしまうのも無理は無いだろう。団子を買って来たら母親に腕を掴まれ、あれよあれよという間に行った事の無い場所に辿り着いていたのだから。
彼が今いるのは人里を出て迷いの竹林と言われる場所を超えた先にある診療所、永遠亭と呼ばれる建物だ。そしてその永遠亭の最奥の部屋に、長い黒髪を持った初対面の女性と共に彼はいた。
「あの…輝夜さん、お母さんは何処ですか?」
「今頃永琳とお話でもしているんじゃないかしら。まぁ、貴方がここに連れてこられたってことは、彼女達三人だけで話したいということよ。ここで大人しく私の遊び相手になって頂戴」
そう言って輝夜と呼ばれた少女は、サイコロを振って自分の駒を進める。
彼女――蓬莱山輝夜とは、まだ知り合ってから一時間も経っていないだろう。ヘカーティアと母親、そして謎のウサギ耳の少女と共に永遠亭へと入り、暫くここで遊んでいろと部屋に放り出された末に会ったのが彼女だ。
初対面の人相手には昔から人見知りを発動してしまう伯封であったが、彼女の方から積極的に話しかけに来てくれた上に自分も彼女の相手になる以外他にやる事が無かったので、あまり警戒をせずにすんだ。
「お母さんと輝夜さんの言った永琳さん?は知り合いなんですか?」
「うーん…顔見知りという意味では知り合いね。別にそこまで親密な仲という訳では無いけれど」
実際ヘカーティアはともかく純狐が永遠亭に訪れるのは今までにも何度かあった。純狐は何故か鈴仙を気に入ったらしく、彼女に会う為に永遠亭に来るために永琳とも多少話をする程度には親密だ。
しかし今回に至っては色々と違う。最近来ないと思っていればいきなり地獄の女神と共に訪れ、更には今目の前にいる伯封と呼ばれる少年を連れて来る始末。彼と純狐達は一体どんな関わりがあるのだろうか。
それに彼からは月人が嫌がる生と死の気配――穢れが普通の人間からよりも多く感じられる。そこが一番謎だった。
「ねぇ、一つ聞きたい事があるのだけど」
「はい、何でしょうか」
「貴方から普通の人間よりも多くの穢れを感じるんだけど、そういう仕事に就いていたりするの?」
「えっと…穢れ、というのはなんですか?私はそんなに汚くは無いと思うのですが」
「あ、ごめんなさい。そう言う意味じゃ無いのよ。穢れっていうのは、なんて言ったらいいのかしら…人間や生き物の生と死の気配って言うのかしら?貴方はそれが普通の人よりも大分濃いのよ」
「あぁ、そういうことですか。それでしたら私は地獄で閻魔様の側近として働いていますから、それ故ではないでしょうか」
「・・・んん?」
輝夜は一瞬自分の耳を疑った。というか今もまだ彼が何を言ったのか理解出来ていない。
閻魔の側近?こんな子供が?・・・マジ?
「・・・マジ?」
「マジです」
「で、でも貴方は何処からどう見ても子供じゃない」
「こう見えて歳は四桁超えてます」
「でも貴方妖怪っぽく無いし…何処からどう見ても人間じゃない」
「もう既に故人です」
「・・・成程」
それならば納得が行く。確かにこの幻想郷において見た目で年齢を判断すると言うのは失策だったかもしれない。輝夜は僅かに反省した。
「それにしても貴方が閻魔様の側近ねぇ…ってことは、相当優秀なの?」
「自分で言うのも何ですが、優秀であると自負していますよ。そうじゃないとこの仕事やってられません」
「で、その優秀な地獄の役人様がどうして彼女達と一緒にいるのかしら?地獄の女神に連れられてやってきたの?」
「いえ、ヘカーティア様では無く、純狐という人が私のお母さんだからです」
「・・・世界って狭いのね」
「はい?」
思わずそんな意味の分からない感想が輝夜の口から洩れる。てっきり地獄繋がりでヘカーティアの付き添いで来たのかと思えばまさかまさかの事実だ。ここ最近聞いた話の中で一番衝撃的だったかもしれない。
となれば、純狐がここに伯封を押し込んだのも理解出来る。自分が過去に復讐のために行った月の都への侵略というのを息子に聞かせたくは無いだろう。加えて閻魔の側近ということは彼は恐らく善人よりの筈だ。自分が原因で母がそのようなことをしたと知れば、責任を感じてしまう可能性が高い。
そういうことならばその思惑に乗ってやろう。我儘な姫である輝夜も流石に事情を理解しているのにも関わらず人を困らせる程性格は悪く無い。
「事情は理解したわ。話が終わったら向こうから迎えに来てくれるでしょうし、双六の続きでもしながらゆっくり待ちましょう」
「・・・そうですね」
輝夜が突然会話への興味を無くしたのか話題を切り替えたことに一瞬疑問を抱いた伯封であったが、特に追求はせず彼女の言う通りにサイコロを振るのであった。
「・・・さて、ここに来た理由を説明して貰いましょうか」
輝夜達がいる部屋とはまた別の永遠亭の一室、今そこには純狐とヘカーティア、そして机を挟んで永琳が座っていた。
因みに二人に捕まりここまでの道案内を強制的に任された鈴仙は今この場にはいない。永琳からの指示でお茶の用意はしたが、その後すぐに別の部屋へと逃げて行ってしまった。非常に賢明な判断である。
「安心しろ。そこまで重要な事では無い。いや、正確に言えば私からすれば途轍もなく重要な事だが、お前達はそこまで重要とは感じないだろうな。あの子の偉大さがわからないなんて、月の頭脳と呼ばれたお前も随分と衰えたものよ。それともなんだ?お前はあの子を馬鹿にするのか?あ?」
「まだ何も言ってないわよ。それに、貴女達二人が同時に押し掛けてくる事態よ?軽い内容な訳無いじゃない」
「あ、言っておくけど今回の純狐の話に私は関係無いわ。いえ、あの子と関係が全く無いと言ったら嘘になるけれど、偶然居合わせて面白そうだからついて行った程度に思ってくれればいいわよん」
「そんな軽い感覚で家に来ないで欲しいのだけれど…まぁいいわ。それで、今までの会話からすると貴女達が連れて来た子が重要みたいだけど、彼とはどういう関係なのかしら?」
「私の息子だ」
「・・・あのね純狐。私が言える立場じゃないのかもしれないけど、貴女の息子はもう亡くなっているの。辛いと思うし無責任だと思うかもしれないけど、貴女はそれを乗り越えないといけないの。ましてや他人の子供を攫ってくるなんて…」
「いや、あの子は私の息子だ。生き返ってはいないが私の息子だ」
「わかったわ。そこまで言うなら教えてあげる。死んだ人間が閻魔の許可を得て再び地上に降りる事が如何に難しいのかを」
「お前もわからない奴だな!私の息子と言ったら私の息子なんだ!何ならあの子は今、閻魔の側近として働いているんだぞ!自慢の息子だ!」
「・・・ヘカーティア」
「えぇ、本当よ。あの子は映姫ちゃんの側近。私も結構付き合いが長いわ」
「そういえば、ヘカーティア、お前は長い間伯封とある程度の関わりがあったのに何故私にあの子の存在を教えなかった?」
「教えられる訳無いでしょ。私がその事を知ったのは貴女より後よ?」
「そんなものは知らん。察しろ」
「無茶言わないで欲しいわ」
二人の会話のテンポが段々と早くなっていき自分が放置されそうであること、そして話が脱線しかけていることに気づいた永琳は会話を戻すべく一つ咳ばらいをし、会話の主導権を取り返すことに成功した。
「言い争いは後にして頂戴。それで、貴女とあの子の関係性は信じがたいけど理解したとするわ。でもまだ何故ここに来たのかを聞かされていないわよ」
「何、お前には昔色々と迷惑をかけたから報告をした方がいいと思ってな。後は折角だから私の伯封を見せてやろうという私の善意だ」
「別に見せる必要は無いわよ。私自身彼に興味はあまり無いし」
「何だと?お前は私の伯封に魅力がないと言いたいのか?あぁ?」
「貴女からすれば大事な息子かもしれなけど私からすればついさっき知ったばかりの他人なのよ」
自分の知っている彼女とは大分違う態度に、永琳は思わず頭を抑える。まさか彼女がここまで子煩悩だとは思わなかった。
「報告に関しては色々と思う事があるけれど、私はもう月から離れた身だもの。あなたにはおめでとうとだけ言っておくわ」
「・・・そうか。すまないな」
「それに、そういう話は私じゃ無くて依姫や豊姫にするべきだと思うわよ。今でもまだ月の都にとって貴女という存在は脅威なのだから」
「それは無理だ。あいつらは未だに嫦娥を囲っているからな。私は奴が死なない限り、あいつらと友好的に接するつもりはない」
「そう…なら、私は口を噤んでおくわ。用件はそれだけ?それなら日も大分傾いてきたから、出来れば帰って欲しいのだけれど」
「あぁ、邪魔したな。あの子もそろそろ閻魔の下へ返さねばならないだろうし、私は伯封を回収して帰る事にする」
そう言って純狐は席から立ち上がり部屋を後にする。恐らくは伯封を探しに行ったのだろう。
永琳は純狐が出て行った襖を一瞥した後、まだ目の前にいる女神へと視線を戻す。
「それで、貴女はどうして彼女と一緒に部屋を出ないのかしら」
「帰っても暇だからもう少しここにいようかと思って」
「帰りなさい」
そんな永琳の命令をヘカーティアは思いっきり無視し、一時間程永遠亭に居座り続けた。