純狐が親バカになる話   作:迦羅

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十一話

「伯封さん!新たな死者が三途の川を越えやって来ました!」

 

「門の前で待機させておいてください。五分以内にそちらに向かい次第、映姫様の下まで連れて行きます」

 

「伯封様!オオカミ霊がニ十匹程畜生界から脱走しました!」

 

「直ちに畜生界へ向かい早鬼さんを呼んできてください。もしおられなかった場合は取り敢えず放置で構いません。後で私自ら捕獲に行きます」

 

「伯封君、一昨日転生した凡そ二百人の前科資料持ってきたよー」

 

「何処か適当に置いてください。後で処理します。それと君付けぇ!仕事中ですよ!?」

 

(((仕事中じゃ無ければいいんだ…)))

 

 伯封が初めて地上で一日を過ごした日から一週間程が経った今日。彼は何時ものように仕事に追われていた。

 次々と鬼や亡霊によって運ばれてくる仕事や難題を慣れた動作で次々と捌いて行く。仕事を運んでくる彼らはいつもその仕事ぶりに頭を下げ、その速度で行っても全く減っている様に見えない程に山積みされた書類を見て戦慄する。

 見た目的には齢二桁も行かない少年である伯封が書類に囲まれペンを走らせ判子を押している様子は違法労働の気配が凄まじいが、地獄ではこれが正常である。

 

「最近休日というものを貰ったせいか、たまにこの仕事が辛くなります…」

 

 淡々と書類に判を押しながら、伯封は独り言を呟く。因みにそのことを映姫に一度話したのだが、

 

『それは感覚が正常に戻り始めているのかもしれませんね。それ以上まともになってしまえばこの仕事がさらに辛くなるので、暫くは地上に赴くのを控えた方がいいかもしれません』

 

 と言われた。流石にこれ以上苦痛に感じるのは勘弁したいので、あれ以降は地上に足を運んでいない。

 必要のなくなった用紙をごみ箱に捨て、整理した書類の角を揃え机の端に置く。そして一度伸びをした後、伯封は裁かれる魂を映姫の下へ案内しようと椅子から立ち上がる。

 すると丁度その時、部屋の入口から部下である鬼が現れる。

 

「伯封様、吉弔様が畜生界からお越しです」

 

「八千慧さんが…?すみませんが映姫様はこれから死者を裁かねばなりませんので、また別の日にお越しくださるよう言ってください」

 

「いえ、それが…四季様では無く伯封様に用があるみたいで…」

 

「私に?」

 

 吉弔八千慧というのは地獄の一つ、畜生界に存在する組織、鬼傑組の組長を務める妖怪である。頭脳明晰である彼女とは仕事で協力することも少なくはなく、お互いに友人程度の存在であることは確かだ。

 しかし彼女が畜生界に伯封を呼びつけるのではなく自らこちらに足を運ぶというのは仕事で用がある時のみで、その場合は自分では無く映姫に用事がある場合が殆どだ。なので態々地獄を訪れた彼女が伯封を呼ぶというのはこれが初めてなのである。

 

「・・・一先ず第一応接室へと案内してください。死者の案内が終わり次第、そちらへと向かいます」

 

 伝令に来た鬼にそれだけ伝え、伯封は地獄の入口へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいですね。貴女が映姫様では無く私の方に用があるなんて」

 

 来客用のカップにコーヒーを注ぎながら、伯封は後ろに座る人物に言葉を投げかける。その言葉には彼女――八千慧は何も答えない。自分が椅子に座ってから話し始めるつもりのようだ。

 彼女の目の前にカップを置いた後、伯封は自分の使用するカップにもコーヒーを注ぐ。八千慧はいつもブラックコーヒーを飲むので砂糖を付けずに出したが、自分はそんな苦いものは飲めないので砂糖もミルクもマシマシである。いつもそれを飲んでいると、映姫にコーヒーでは無くミルクなのではと言われるが、コーヒーにどれだけミルクを入れてもそれはコーヒーなのだ。異論は認めない。

 そんな自称コーヒーを手に、伯封は八千慧の前に座る。先程まで何を考えていたのかずっと目を閉じていた彼女はゆっくりと目を開け、カップに一度口を付けてから漸く口を開く。

 

「これから私が成そうとしていることには、貴女の力が必要不可欠ですので」

 

 薄く笑みを浮かべて自分を真っ直ぐに見つめる彼女に、伯封は僅かに眉を顰める。

 彼のその反応も予想の範疇であったらしい。先程伯封が使ったスプーンを手に取り真っ黒なコーヒーの水面をくるくると掻き回しながら、八千慧はさらに言葉を続ける。

 

「私はこれから異変を起こし、地上へと侵攻しようかと考えています」

 

 異変。地上の事に疎い伯封もその言葉の意味は理解している。妖怪達が人間にとって脅威となる出来事を引き起こし、それを博麗の巫女という幻想郷の守護者が解決する。そうして人間の妖怪に対する恐れや、幻想郷のパワーバランスをコントロールするというかの妖怪の賢者、八雲紫が提案したシステムだ。

 しかし知ってはいるが、ハッキリ言ってこのシステムが地獄界に及ぼす影響は大してない。何故ならそれはあくまでも地上で引き起こされる出来事だからだ。故に幽世であるこの場所への影響は今まで殆ど無かった。

 だからこそ今回の八千慧の提案は、伯封にとって全くの予想外であった。

 

「ですので貴方には、私が異変を引き起こす手伝いをして貰いたいのです」

 

「・・・は?」

 

 呆ける伯封を無視し、八千慧は一人説明を続ける。

 彼女の説明はこうだ。最近畜生界は人間霊によって召喚された邪神、埴安神袿姫によって支配されつつあり、それに対処するために幻想郷へと攻め込むつもりらしい。

 しかしその策を実行する際に最も大きな障害となるのが、幽世と現世を隔てる三途の川である。あの川が健在である限り、地獄に住む霊はどう頑張っても地上へと向かう事が出来ない。三途の川はまるで意思があるかのように、霊が下界へ降り立つのを荒波で防ぐからだ。

 

「そこで貴方の力が必要なのです。この幻想郷の地獄において閻魔の次に高い権力を持った、貴方の力が」

 

 伯封は映姫の側近として相当な信頼を寄せられており、本来閻魔にしか許されていない権能のいくつかを貸し与えられている。その一つが三途の川の支配権だ。

 本来死神というのは魂の刈り取りや地獄界の雑務をする者のことであり、地獄までの水先案内人を務める死神は小町以外に存在しない。何故なら幻想郷に限らず外の世界の人間も含めて、三途の川を船で渡ることの出来る人間は極僅かであるからだ。

 死神の運行する船に乗る事が出来るのは、生きていた間に一度も罪を犯していない者のみだ。それ以外は例え六文銭を持っていようとも自分の足で三途の川を渡らねばならない。

 そして三途の川というのは、渡る者の罪深さに応じて姿を変える。罪が軽い者が歩く際には浅くなり波も殆ど起きないが、生前での罪が重くなるにつれて水深が深くなり、波も激しさを増す。

 その三途の川のコントロールを映姫から任されているのが、他でもない彼なのだ。

 

「成程、貴女の言い分は理解しました。しかし、私がそれを容認するとお思いですか?それが鬼傑組組長としての要求でも、一人の友人としてもお願いでも、私は首を縦に振るつもりはありませんよ」

 

「惜しいですが違います。今回のは要求でもお願いでもありません。ただ私は先日までの借りを返してもらうだけですよ。貴方達が休暇を取っていた際に仕事を引き受けたのは誰だか、知っていますよね?」

 

 この発言に伯封は再び唖然とする。まさか『お前からの恩を恩で返してやったんだからお前も恩で返せ』と言われるとは思っていなかった。動物業界での常識は彼には計りかねる。

 

「・・・まぁ、貴女が何の打算も無しに善意だけで仕事を引き受けたとは思っていませんでしたよ」

 

 最後の抵抗とばかりに彼女にも聞こえるよう大きく溜め息を吐いてから、伯封はカップに入ったコーヒー(ミルク)を一気に飲み干す。

 

「私の地獄での立場も考えて欲しいんですけどねぇ…解雇されたらどうしてくれるんですか」

 

「絶対に有り得ませんよ。貴方の様な有望過ぎる人材を手放すなど、今の地獄では考えられません。私はそれをわかって提案していますし、貴方もわかって言っているのでしょう?」

 

「いやらしい人ですよ。本当に」

 

 そう言って伯封か苦笑を浮かべ、片手を八千慧の前に差し出す。

 

「もし私が解雇されたら、責任取ってくださいね」

 

「いいでしょう。その際は畜生界へ貴方を招待し、責任もって私が世話をして差し上げます」

 

 差し出された彼の手を八千慧は余裕そうな笑みを浮かべながら、己の手で握るのであった。

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