純狐が親バカになる話 作:迦羅
「庭渡さーん。久侘歌さーん。異界への門番を務める庭渡久侘歌さーん」
場所は変わって妖怪の山。午前中に母親とイチャコラしたおかげで見事に仕事へのやる気を回復した伯封は、映姫からの命令で妖怪の山を訪れていた。といっても今回は華扇に用は無い。同じ閻魔の下で働く同僚に協力を呼び掛けに来たのだ。
「そんなにいろんな呼び方しなくてもわかりますよ。お久しぶりです、伯封様」
数回程家の扉をノックし声をかけると扉が開き、一人の少女が姿を現す。
彼女は庭渡久侘歌。ニワタリ神と呼ばれる神の一柱であり、映姫から地獄に限らず様々な場所の門番を任されている人物だ。閻魔の下で働く者であり伯封と同じように鬼達よりも位が高い為、行動を共にすることもたまにある。
「久侘歌さん、何度も言ってますけど様付けはいりませんよ。それを言うなら寧ろ元人間である私の方が、神である貴女に様付けをする必要があるでしょうし」
「いえいえ、同僚なんですからもっとフランクに行きましょうよ。それに貴方は閻魔様の側近なんですから私のも命令を下せるでしょう?私は立場を重んじる出来る神ですから!」
「でも前回お会いした時にさん付けで構わないという結論に至ったじゃ無いですか。それにこのやり取り五回目くらいですよ」
「あれ、そうでしたっけ?ならそれで構いませんよ」
結論的に先程までの会話が全くの無駄になった。彼女はニワトリの神であるが故か、自他ともに認める鳥頭らしい。しかし時たまに凄まじい記憶力を発揮するので、本当に鳥頭なのか伯封の中では疑問になっていた。
「それで、本日は何の御用で?取り敢えずお茶でも出しますから上がってください」
「いえ、本日は急用ですから。貴女にもすぐに動いて貰わねばなりません」
「という事は…お仕事ですか」
「はい、映姫様直々の命令です。これから地獄の入り口で門番を務め、やって来る人間の力を試して欲しいとのことです」
「成程。しかし自ら地獄にやって来るという奇行を犯す人間…博麗の巫女くらいですが、ひょっとして異変ですか?」
「流石長年地獄で働いているだけあって察しが良い。つまりそういうことです」
伯封か彼女に異変の概要をかいつまんで話す。畜生界に人間の味方をする神が現れ、畜生界のパワーバランスが大きく傾いた事。それを危惧した三大組織が、地上へと侵攻を始めた事。
「事情は理解しました。でも話を聞いていた限り、それって伯封さんが閻魔様から借りた力を使えば抑える事が出来ましたよね?どうして彼女達を止めなかったんですか?」
「実は…私も映姫様も畜生界の鬼傑組の組長に借りを作ってしまいまして…」
「本当に何をやっているんですか…」
彼女からの視線が痛い。伯封は思わず顔を逸らそうとするが、神の両手で頭をガッチリ掴まれ無理矢理目線を合わせられる。
「・・・すみません」
「今度甘味処で何か奢ってくださいね」
「え、でも映姫様も同じ――」
「奢ってくださいね…ね?」
「――はい」
彼には最早首を縦に振る以外の選択肢が無かった。彼の返答を聞いてご機嫌な様子で地獄の方へと向かって行く久侘歌を見て、また一つこの世の理不尽を学んだと思いながら、彼女の後を追いかける伯封であった。
「ここが霊長園ですか…実際に来たのは初めてですが、なんか思ってたのと違いますね…」
あの後久侘歌はきちんと地獄への入り口に立ち、自分の仕事を全うし始めた。彼女曰く映姫から試練に不合格の場合は容赦なく追い返して構わないと言われたらしい。確かに彼女の試練に合格できない程度では、畜生界の組長達と戦う事は出来ないだろう。
ここでふと伯封は、今回の異変の原因となった者がどんな人物なのかを知りたくなった。と言ってもそれは八千慧の事では無く、畜生界に召喚された人間の味方らしい神のことである。
思い立ったが吉日。すぐさま伯封は映姫に許可を得て、畜生界へと潜入していた。まぁ、潜入とは言ったが彼は立場的には結構偉いので、堂々と畜生界へと入っただけなのだが。気性の荒い動物霊達によって支配されている畜生界ですら、彼に手を出せる者はいない。後ろに控えている者が怖いからだ。
「あら、貴方は人間霊――では無いわね。かといって動物霊でも、生身の人間でも無い。一体何者かしら?」
侵入に成功し目当ての人物を探していると、後ろから女性の声が聞こえてくる。伯封は特に驚くことも無く、声のした方へと振り向く。
「貴女は…この霊長園を支配している神、埴安神袿姫ですか?」
「ご名答。私がここを支配する造形神、埴安神袿姫その神だ」
どうやら自分の予測は当たっていたらしい。成程、こうして間近で見ると確かに神の威厳を備えている。救いを求めた人間が彼女に縋り付くのも分かる気がする。自分には映姫という上司がいるのでそんなことはしないが。
「初めまして、私は伯封と申します。種族的には…元人間と言った所でしょうか。一度正式にご挨拶をしておこうかと思いましてね」
「ご挨拶?ということは形式が必要とされる立ち位置という事ね…畜生界の三大組織の何処かの人かしら?」
「いえ、こう見えて閻魔の側近をしておりまして。少なくとも貴女と敵対するつもりはありませんよ」
「ふぅん…でも、ここに来るまでに埴輪兵団…私の部下が待ち構えていた筈だけど。まさか貴方…」
「いえ、彼女達は敵対するつもりはありませんと言ったら快く通してくれましたよ」
「何やってるのよあの子たちは…普通敵対しますって堂々と言ってくる敵がいる筈無いじゃない…」
そう言って額に手を当てて溜め息を吐く神こと袿姫。どうやら彼女も彼女なりに苦労しているらしい。
「まぁそれは良いとして、私は貴女と少しだけ話をしに来ただけですからすぐに帰りますよ。お茶を淹れて差し上げましょうか?」
「ここは私の空間だもの、私がやるわよ。というか貴方、ここは私の部屋なんだけど、どうやって入ったの?」
「ここも畜生界と名乗っているとはいえ地獄の一部に変わりありません。私は映姫――閻魔様から力の一部を貸し与えられていますので、地獄なら何処でも自由に移動できます」
「そう…その閻魔様に伝えておいて頂戴。勝手に貴女の支配する場所を弄繰り回して申し訳ないと」
「閻魔様は畜生界の管理は動物霊に任せておられるので必要ありません…が、お伝えしておきましょう」
ここまで会話して伯封から見た袿姫の印象は、極めて普通の常識を持った神といった感じであった。確かに肌で感じられるほど凄まじい力を持ったのは確かだが、どうにも八千慧の言っていた邪神という印象は抱かなかった。
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。そう考えながら、伯封は出された椅子に座り、出されたお茶を飲む。どうやら見た目に似合わず緑茶が好きらしい。
「それで、話とは一体何なのかしら。ここに閻魔様本人がいないことから見るに、そこまで重要って訳でも無さそうだけど」
「えぇ、私が個人的に聞きたい事があって貴女の下を訪れただけです。私は畜生界の三大組織それぞれの長と交流がありましてね。彼女達が言っていた話が真実なのかを知りたかったんです」
「ふぅん…私はあの動物霊集団達に興味は無いんだけど。今の所貴方自身には少し興味があるから伺う事にするわ」
「単刀直入に聞きますが…貴女は動物霊を滅ぼすおつもりですか?」
「・・・彼女達はそう言ったの?」
「えぇ、彼女等は貴女の事を邪神と呼んで心底嫌っている様でしたよ」
伯封の言葉を聞いても彼女は全く意に介していないのか、面白そうに笑うだけだ。どうやら本当に八千慧達の評価には興味が無いらしい。
「貴方の質問に答えるのなら、そのつもりは無いわ。寧ろ私はあの動物霊達が人間を対等に見る事が出来るのなら共存するつもりだもの。貴方も元人間なら、彼ら彼女らが可哀想だとは思わない?」
「確かに虐げられている所だけを見れば同情に値しますが…ここにいる者は皆生前に同じように誰かを虐げて来た者達ですので。ある意味当然の報いではあります」
「貴方は裁く側の人だからそう思うのも仕方ないか…でも地獄にだって、罪人だって救う神が居てもいいでしょう?とにかくさっきも言った様に、動物霊も畜生界も滅ぼすつもりは無いわ」
「やはり片方だけの意見を聞くものではありませんね。彼女達は気性が荒いですから。貴女が降臨する以前も組織同士で支配権を争っていましたし」
「やはり愚かね動物霊は…まぁ私といういなかった存在がこの世界のパワーバランスを崩してしまったのは認めるけれど。というか貴方はその気性の荒い動物霊の組織全部と交流していて、今まで手を出されたりしなかったの?」
「彼女達三人とは三大組織が出来る前――畜生界の支配が閻魔様にあった頃から交流がありますし、あの組織達は殆ど霊によって構成されていますから。先程も言いましたが私は閻魔様からあの方の持つ権能の一部を与えられていますので、その気になれば全ての霊を裁くことが出来ます故」
「あぁ…そういうこと。でも、閻魔から力を与えられているってことは相当信頼されているんでしょう?それ程優秀なら是非私の部下に欲しいわ」
「彼女達からも良く言われます。ですが私は今の上司に満足しておりますので、申し訳ありません」
軽く頭を下げた後伯封は出された緑茶を一気に飲み干し、椅子から立ち上がる。
「それでは私は聞きたい事も聞けましたのでそろそろお暇させていただきます。貴女もこれから忙しいでしょうし」
「どういうことかしら?」
「いえ、畜生界の動物霊達が貴女という存在に危機感を覚え一斉に地上へと侵攻し始めましてね。そろそろ現世にいる巫女が元凶を倒しに来るはずです」
それでは。伯封はそう言って深く一礼をした後、まるで瞬間移動をしたかのように姿を消す。
「・・・そういう大事な話は、もっと早くに言ってほしかったわ」
袿姫は小さく溜め息を吐いた後彼と同じように湯呑みに残った緑茶を一気に飲み干し、部下の埴輪達に指示を出そうと椅子から立ち上がるのであった。