純狐が親バカになる話   作:迦羅

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十七話

「・・・ん、私としたことが…」

 

 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。純狐は寝起き故に重い頭をなんとか動かして周囲を見回す。

 未だに宴会は続いている様だが、意識のあった頃と比べて明らかに活気が少ない。殆どの者が酔いつぶれており、残っているのはそれなりに酒に強い者が語り合いながらチビチビと飲んでいるのが遠めに見えた。どうやら映姫も小町と共に未だ飲み続けている様だ。

 因みに彼女が先程まで争っていた組長たちは皆酔いつぶれてしまい、仲がいいのか悪いのかそれぞれを蹴りながら眠っている。

 

「伯封…」

 

 しかし彼女が視界に映したいのはそんな光景ではない。先程まで自分の胸に収まっていた可愛い息子がいつの間にかいなくなっているのだ。気だるさを感じつつも立ち上がり、部屋の中にいないことを確認すると縁側に出る。

 今の季節は春、既に幻想郷において最も寒い時期を過ぎはしたがそれでもやはり夜は冷える。冷たい風が純狐の頬を撫でることで、段々と酔いも気だるさも無くなり意識が覚醒していった。

 

「伯封、こんな所にいては風邪をひいてしまうぞ」

 

 少し周囲を見回すと、簡単に彼は見つかった。純狐は声をかけながら伯封の隣に座り、自分の着ていた上着を彼にかける。彼女と伯封の身長差はかなりある為に服にスッポリ埋まってしまっているが、そこがまた可愛らしい。

 突然かけられた服の感触に伯封は一瞬肩を震わせたが、隣を見て母親がしたことだとわかると安心したのか、目を細めてかけられた上着を手で引き寄せる。

 

「私はお酒が飲めないのでどうにもあの宴会の雰囲気が性に合わないみたいでして…少し熱気で頭が痛くなったので少し外に出ていたんです」

 

「雰囲気酔いという奴か。未だに酒が飲めないとはお前はやはり可愛らしいな。ほら、こっちに来なさい」

 

 そう言って純狐は伯封の体を自分の方へ抱き寄せ、彼の額に自分の額をコツンと合わせる。万が一病かもしれないと思ってのことだが、どうやら熱があるという訳では無い様だ。

 そこから暫く二人は無言の時間を過ごした。まるで再会した時の様だと純狐は思ったが、あの頃とは違い気まずさは微塵も感じない。ただ大事に彼の手を握っていた。

 

「・・・なぁ、伯封」

 

「なんですか?」

 

「私と一緒に、仙界で暮らさないか?」

 

 純狐のあまりに唐突なその言葉を理解するのに、伯封は数秒の時を要した。それ程までに予想外であり、驚いた様子で母の顔を見上げる。純狐はそんな彼の反応を予想していたのか、すぐに目線が交わった。

 

「あの閻魔には悪いが、私はお前と共に生きたい。私は元々お前を殺したゴミとその親族への復讐を果たすために生きて来た。だがお前にそれを止められてから、どうにも一人で考える時間が増えてしまってな。この歳で言うのも情けないが…要は寂しいんだ。数千年ぶりに、私はお前の温もりを感じてしまった。いつもお前が帰ると自分の隣を見て冷たさを感じてしまう…本当に情けない話だがな」

 

 そう言って純狐は伯封にもたれかかり、彼の小さな体を抱き締める。普段よりも少しだけ弱々しいその抱擁に伯封も動揺を覚えるが、安心させるように彼女の頭を撫でる。と言っても身長差で頭の大分前の部分を触る事しか出来ていなかったが。

 

「・・・相変わらず優しいな、お前は。昔は私が撫でていないと眠れなかったのに、今やこうして私を撫でているとは」

 

「ごめんなさい。お母さんの頼みでも、それを叶えることは出来ません。私はあの方に多大なるご恩があります。映姫様がいなければ現世に留まる事も、こうしてお母さんと再会することも出来なかったでしょう。その恩を返す事が出来たとは思っていないので…親不孝な息子で、すみません」

 

「そんなことは言わないでくれ。お前は私の自慢の息子だ」

 

 紛れも無い本心を口にし、仕方ないなと苦笑を見せた純狐であったが、内心では悔しさでいっぱいだった。閻魔に息子を取られたと散々心の中で泣きわめいたお陰で、再び彼に声をかけるのに十分以上の時を要した。その間もずっと彼を撫で続けていたが。

 

「・・・眠いのか?」

 

「少しだけ…」

 

「そうか。もう子供からすれば大分遅い時間だが…お前がまだその感覚を持っていたとは意外だな。構わんさ、ゆっくり眠ると良い」

 

 そう言って純狐は伯封を自分の膝の上に乗せ、胸に顔を埋めた彼の背中をさすってやる。息子を奪い返す事が出来なかった愚痴は後でヘカーティアにたっぷり聞いて貰おう。ここにはいないヘカーティアの表情が歪んだ気がしたが、きっと気のせいだ。

 そうして、それから何分も伯封の背中を撫で続ける。こうして彼を抱き締めていると、胸の奥が暖かくなるような感覚を覚える。今更ながら自分が伯封のことが好きなんだと実感させられ、少し照れくさくなり彼にかけた自分の上着に顔を埋めた。

 

「なぁ伯封、私は――」

 

 そこまで言いかけて純狐の口は止まる。視線を下げると、既に伯封は夢の中の様だった。自分の胸にもたれかかり、スゥスゥと規則正しい呼吸をしている彼を見て思わずクスリと笑みが零れる。

 

「後ろの喧騒があるのに、眠るのが随分と早いんだな」

 

 まるで恥ずかしくなっていた自分が馬鹿らしいでは無いか。惚気る様な文句を言って軽く伯封の頬をつつく。そしてサラサラとした金髪の髪を撫でてやると、彼はくすぐったそうに身を捻った。

 

「愛しているぞ、伯封」

 

 そう言って彼を強く抱き締め、その唇にそっと口づけをする。初めて味わった子の唇はとても柔らかくて、ありきたりな甘い味がしたと感じるので精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~…つい飲みすぎちまった…」

 

 夜通し続いた宴会がお開きとなった当日、小町の姿は是非曲直庁の仮眠室にあった。痛む頭を起こして周りを見回すが、伯封、あるいは映姫の私物の様な物は見受けられない。どうやら普段全く使われていない二人専用では無い仮眠室の一室の様であった。

 しかし幾ら頭が痛かろうと仕事がある事に変わりはない。幸い時計を見るとまだ短針が七と八の間にあったので、遅刻という訳では無いらしい。後で三途の川に船を浮かせてゆっくり寝よう。そう考えた小町は頭を抑えながらも仮眠室を後にした。

 地獄の印象には似つかわしく無く綺麗にされた廊下を一人歩いていると、ふと一つの部屋から光りが漏れている事に気づいた。

 是非曲直庁は映姫と伯封の二人が殆どの仕事を請け負っているお陰で彼ら彼女らが揃って休まない限りは一見は外の世界で言う所のホワイト企業である。それ故に今この時間に出社をする者は殆ど存在しない。となると小町の頭の中では必然的に明かりが灯った部屋に誰がいるのかがわかった。

 こっそり扉の隙間から覗いてみると案の定というべきか、そこにはテキパキと効率よく――というか良すぎる動作で仕事をしている伯封と映姫の姿があった。自分達で完全に仕事をコントロール出来る為か、小町には寧ろ部下がいる時よりも遥かにその動作が素早く見えた。何時いかなる時でも人の為に働き続けるその姿に二人に一種の尊敬の念を抱く。

 小町はそのまま二人の観察を扉の隙間から続けてみる事にした。別に隠れていなければならない様なやましいことは何一つとして無いのだが、このまま二人っきりにさせておいたほうが面白いだろう。心の中で映姫を応援した。

 

「そう言えば、先日宴会の際に何やら純狐とお話をされていた様でしたが、何を話していたんですか?」

 

 一通り仕事に区切りがついた時、先に口を開いたのは映姫の方だった。何でも小町の記憶には無いのだが、先日伯封と母の純狐が長い間縁側で二人きりで話をしていたらしい。映姫としてはそこに特に他意は無く、ただその時彼女が見た光景は純狐が伯封にもたれかかっているように見えた。映姫の知る限り純狐が伯封を抱き締める事は多々あれどその時のように伯封に甘える仕草を見せたのは初めてだったので気になったのだ。

 

「・・・お母さんに、自分の下に戻らないかと言われまして」

 

 その予想外過ぎる言葉に、小町は思わず声を漏らしてしまった。慌てて口を抑える彼女であったが、どうやら二人に見つかった様子は無い。映姫が小町の出した声よりも大きな音を立てて書類を床に落としたらしく、驚いた伯封が大慌てでそれを回収していた。

 そして全てを拾い終えた後伯封も仕事が一段落ついたのか、映姫の座っていた椅子の隣に同じように椅子を置き、彼女の方へ向き直る。

 

「・・・ゴホン。そ、それで、伯封はその言葉に何と?」

 

 一度咳払いをして本人としては建て直したつもりなのだろうが、残念な事に全く状態は変わっていない。伯封の入れてくれた緑茶の入った湯呑みを持つ手が思いっきり揺れているのが良い証拠だ。

 

「お母さんには申し訳無いですが、お断りさせていただきました」

 

 その言葉に小町は安心しつつも僅かに驚いていた。映姫の方を見ると彼女も同じ様に安心していた様だが、それ以外にも何か別の感情を抱いていそうな顔をしていた。恐らくは伯封が母親の下に帰らないことを安堵した自分に嫌気がしたのだろう。相変わらず真面目な上司なことだ。

 

「私はまだ映姫様に拾っていただいた恩を返す事が出来ていませんから。中途半端な状態でお母さんの下に帰るのもなんだか情けなくて…」

 

「・・・見返りなど、私は求めていませんよ。貴方は本来極楽行きの筈でしたのに、それを止めたのは私ですから」

 

 自分の理由を否定する映姫に伯封は嫌な顔一つせず、寧ろ恥ずかしそうに頬を赤らめ視線を逸らす。

 

「それに…ぼ、僕がまだ映姫様と一緒にいたかったから…」

 

 その答えは、映姫がこの議題において最も望む返答であった。しかも伯封の感情が激しく揺れ動いた際に現れる素の口調というおまけ付きだ。先程までの恩を返したいという言ってしまえばありがちな回答を聞いていた時の彼女とは比べ物にならない程気分が高揚しているのが見てわかる。口元なんてニヤけない様努力するのに精一杯な様だった。伯封、恥ずかしいのはわかるが下を向いていないで前を向け。

 

「そ、そうですか…そこまで言うのなら私からはもう何も言いません。改めて言うのも変ですが、これからも引き続きよろしくお願いしますね」

 

「えぇ、よろしくお願いします。映姫様」

 

・・・ありがとう、伯封。大好きですよ

 

 映姫にとっては独り言として呟いた言葉なのであったが、どうやら伯封にはバッチリ聞こえていたらしい。少しの間呆けていたが、やがてニコリと笑みを浮かべ一言。

 

「ありがとうございます。私も、大好きですよ」

 

 その言葉は彼の紛れも無い本心であろう。しかしその言葉が映姫の期待していた類の好意からの言葉であるかと言えば、首を振らざるを得なかった。

 やはりお前は一度母親の下へ戻れ。そして母から好意とは何なのかを指導して貰って来い。小町はジト目をしながらそう思わずにはいられなかった。

 部屋の外で一連の騒動を見守っていた小町と部屋で彼の様子を間近で見ていた映姫は殆ど同時に溜め息を吐く。この部下に自分の気持ちが伝わるのは何時になるのだろう。自分の上司とその側近が結ばれるのは何時になるのだろう。遥か遠い日への疑問を、二人はぼんやりと頭に思い浮かべるのであった。




いきなりですが、この作品はここで完結です。
中途半端だと思われた方、申し訳ありません。自分としてはこの終わらせ方で満足していますし、後悔もしておりません。ここまで多くの方に読んでもらえるとは思ってもいませんでした。
番外編についても悩みましたが、この作品に関しては恐らく出すことはありません。この後の伯封君達の関係は皆様のお好きな様にご想像ください。
短い間でしたがご愛読ありがとうございました。最後になりますが、評価や感想を頂けるととても嬉しいです。
では、また次の作品でお会いしましょう。
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