純狐が親バカになる話 作:迦羅
「すまないな、伯封。突然抱き締めてしまって」
「いえ、私も久しぶりにお母さんに会えて嬉しかったですし…」
長い間伯封の小さな体を抱き締めていた純狐は五分程が経って漸く体を離し、少し照れくさそうに服の裾で涙の痕を拭っていた。それを見ながら伯封は、ただぎこちなく笑みを浮かべているだけだった。
「「・・・」」
暫くの間、二人の間を静寂が支配する。気まずい。長い間再会を夢見ていた純狐であったが、いざその時が訪れると何を話していいかわからない。なんせまだ頭の整理すらまともに出来ていないのだから。
「・・・口調、変わったんだな。昔の喋り方も、可愛くて良かったんだが」
「流石にあの世で何百年と過ごしていましたから。あの時と同じ子供のままというのは、少し恥ずかしくて」
「そうだ。伯封、何故お前がここにいる?お前はもう…死んだ身では無いか」
思い出したくないし思い出させたくないとも思っているのか、純狐は一瞬言葉を詰まらせたが、表情を歪めながらもその言葉を口にする。
「・・・えぇ、確かに私はあの時、殺されました。何故ここにいるのかと聞かれると…なんと説明したらいいのやら…うーん」
うんうんと唸りながら可愛らしく脳内を整理する伯封に純狐が若干の萌えを抱いていると、不意に足音が聞こえ、伯封の後ろに見たことのある姿が現れる。
「探しましたよ。全く…貴方らしくも無い。いきなり私の側を離れられては困ります」
「あ…申し訳ありません。映姫様」
そこにいたのは地獄の最高裁判長、閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥであった。予期しなかった人物の登場に、流石の純狐も驚きを隠す事が出来ない。
「貴女は…純狐?仙霊を自称する貴女が何故伯封と一緒に?」
「それは此方の台詞だ。何故閻魔であるお前がこの子と共にいる?」
「・・・質問に質問で返すのはあまり褒められた事では無いのですが…まぁいいでしょう。その質問に答えるのであれば、自分の側近と共にいるのは、何もおかしな話では無いでしょう?」
「側近…だと?」
「えぇ、少々ヘカーティア様に用がありましてね。ついて来てもらったんです。さぁ、私は貴女の質問に答えました。次は貴女が、私の質問に答える番ですよ」
「私は、この子の母親だ」
「・・・は?」
迅速な判断が求められる地獄の最高裁判長ですら、今の彼女の言葉は頭の処理に時間がかかったらしい。暫くの間固まった後、視線を伯封の方へと向ける。
彼の申し訳無さそうに笑みを浮かべるその様子で、彼女の言葉が真実だと理解した様だ。
「・・・想定外の返答です」
「私も想定外だ。まさか閻魔ともあろう者が、私の息子を何百年も働かせ続けていたとは」
「む、無賃ではありませんよ。しっかりと褒美も与えていますし…人聞きの悪いことを言わないでください」
無賃であろうとなかろうとそんなことはどうでもいい。親の知らぬところで息子を働かせていたこと自体が問題なのだ。お母さんそんなの聞いていない。
何か弁明はあるかという意味も込めて、伯封の方へと視線を向ける。
「えっと、あの世に行って映姫様に裁かれるのを待っていたのですが…何やら部下の鬼の方が困っていた様でして、事情をお聞きして書類整理を手伝っていたのですが…丁度その時映姫様がいらっしゃって。極楽へ行くことが出来ますが、もしよろしければ私の側で働かないか…と」
「そうか…まぁ、お前が決めたことならばとやかく言うつもりはない。ちゃんと休暇は貰っているんだろうな?」
「あー…えっと…」
「おい、ブラック閻魔」
あからさまに視線を逸らし言葉を濁らせる伯封に純狐の視線が凄まじい速度で映姫の方へと向く。それとほぼ同時に映姫は顔を背ける。
「だ、だって地獄は忙しいですし…伯封は優秀な部下ですから、いなくなられては業務に支障が…」
「遺言はそれか?数秒後、お前は裁く側から裁かれる側になることだろう」
その瞬間純狐から溢れるただならぬオーラと言葉の意味を理解したのか、伯封が慌てた様子で映姫と母親の間に割り込む。
「で、でもちゃんとご褒美はいただいていますよ!仕事を終わらせたら頭を撫でてくれますし。疲れている時はギュってしてくれますし…」
「ほう?」
頭を撫でる?ギュってしてくれる?我が息子は随分と閻魔様と親密な関係であるらしい。息子が若いうちに元夫に殺され十分に甘えさせることが出来なかった(と思っている)純狐にとって、それは許しがたいことであった。
純狐は伯封の隣をするりと通り抜け、映姫の耳元に顔を近づける。
「閻魔…お前は、伯封のこれか?」
突然の伯封のカミングアウトに顔を赤くしていた映姫の視界の映ったのは、真っ直ぐに立てられた純狐の小指であった。
「ち、違いますよ…!確かにあの子は素直で可愛いですけど…弟みたいなものです…!」
伯封に聞こえないように声を抑えつつも必死に首を振って否定する映姫であったが、弟の様なものと認識している時点で彼への好感度はとても高いと言うのがわかる。本来ならばここは自分の部下と答えるのが正解だろう。
「そうかそうか。それは良かった。もしここで頷かれた時は、私はお前を伯封の目の前で殺していたかもしれない」
あっはっはと笑う純狐であったが、映姫は全く笑えない。そしてその直後の彼女の台詞で、彼女はさらに凍り付くこととなる。
「なんせ伯封は、私と結婚するんだからな」
「・・・は?」
自分の知る彼女らしからぬその発言に映姫は完全には言葉の意味を理解出来ず思わず彼女の顔を見上げるが、それを言った本人の表情は至って真面目であった。
「あの子がもう少し幼い頃に『大きくなったらお母さんと結婚する!』と言ってくれたんだ。当時はそれとなく濁したが、夫を騙っていたゴミがこの世から消えた今なら、あの子の願いを叶えることが出来る」
「えぇっと…それは何と言うか…告白とは少し違うような…」
『お母さんと結婚する!』という言葉を子供の頃に言った人間は少なくないだろう。
しかしそれは小さい頃の過ちというか何と言うか――ともかく本意では無いのだが、どうやらこの母親はそれを知らないらしい。
「違うだと?結婚という言葉には唯一つの意味しかなかろう。それともなんだ、お前は伯封が冗談やその場限りの嘘で告白をする様な奴だと思っているのか?あぁ?」
そう言って自分を睨んでくる純狐を見て、映姫は確信した。あ、こいつはもう手遅れだ、と。モンペだ。ここにモンペがいる。
「お母さん、映姫様、何の話をしているのですか?」
仲間外れにされたのが悲しいのか少しいじけた様な声で訪ねて来る伯封に、純狐は振り向いて笑みを浮かべる。
「何でもない。私が見ていなかった間、お前が何をしていたのかを聞いていただけだ。そうだよな、閻魔?」
「え、えぇ、そうですよ。それでは伯封、私達はそろそろ戻りましょう。用事も済みましたし」
「あ、はい、わかりました。えっと…」
もう母と会う事は出来ない。そう思ったのか、伯封は若干泣きそうな表情で純狐の方を見る。今にも泣きそうな表情な上に上目遣いで見つめられ、純狐は激しく萌えた。
「・・・ふふっ、そんなに悲しそうな顔をするんじゃない。また私に会いに来ればいい。お前は今まで一日たりとも休んでいないのだから、休暇はありあまっているだろうしな。なぁ閻魔?」
「・・・そうですね。少々貴方を働かせ過ぎました。今度からはしっかり休暇を与えるつもりです。貴方が休む日は、その分小町にしっかり働いて貰いますよ」
今この場にいない小町の犠牲が確定した瞬間であった。
「い、いいんですか!じゃあ…!」
「あぁ、また何時でも来なさい。伯封」
「・・・うん!」
最後に母に思い切り抱き着いた後、伯封は何度も彼女に手を振りながら映姫に連れられて帰って行った。
「・・・うちの息子が可愛すぎてヤバい」
久しぶりに息子の可愛さに触れて見事に語彙力が死んだ純狐は満足そうに仙界へと帰って行った。遊びに来たヘカーティアには気持ち悪いとドン引きされていたが。