純狐が親バカになる話 作:迦羅
「貴方にとってはこの職について以降初めての月への訪問になりますが…色々と濃い一日になりましたね」
月を後にし三途の川へと歩いている途中、映姫は先程までの純狐とのやり取りを思い出しながら伯封の方へ視線を向ける。
「そうですね。私もまさか、お母さんと再び会うことが出来るとは思っていませんでした。その…映姫様、先程はああいう風に仰っていましたが、実際のところはどうなんでしょうか」
「どう…とは?」
「仕事でならともかく、本来何の用事も無しにあの世とこの世を行き来するというのは簡単にしていいことではありません。映姫様の側近である私が、その規則に違反するのは…」
自分で言っておいて段々と顔を下へと向ける伯封に、映姫は苦笑を浮かべる。そんなに不安ならば言わなければいいのに。この子は何処までも素直で純粋だ。だからこそ側近に選んだのだが。
「確かに、本来ならば死者が不用意に下界に降りるのは褒められたことではありません。しかし貴方には働かせ過ぎた分のご褒美も必要でしょうし、そもそもそれは明確な掟として定められているものではありません。それに小町や白玉楼の従者も下界に降りている以上今更でしょう。」
「つ、つまり…」
「業務に支障が出ない程度ならば、行っても構いませんよ」
「やった…!」
本当に嬉しそうに胸の前で小さく両手でガッツポーズをする伯封に映姫が癒されていると、伯封が何かを思い出したかのように一度表情を固め、再び映姫の方に視線を向ける。
「でしたら…映姫様も一緒に休日を過ごしませんか?」
「え…私、ですか?」
「はい、私よりも映姫様の方が日々の激務に追われているでしょうし、偶にはお休みになられてはいかがかと」
「その気持ちは嬉しいですが…私は閻魔という立場ですから、裁かねばならない死者が毎日のように送られてくるので休む暇はありません。貴方もそれはわかっているでしょう?」
「でも、この前是非曲直庁の鬼さんも言っていましたよ。映姫様は閻魔の中でも働き過ぎだと。映姫様は真面目ですから責任感を感じるのもわかりますが、週に一度とは言わずとも、月に一回くらいは他の閻魔の方に仕事を引き受けて貰ってはどうですか?映姫様が倒れてしまったらと思うと、僕はとても心配で…」
伯封は時折、口調や一人称が子供の頃に戻る事がある。感情がひどく揺さぶられたり不安定になった際に起こる現象であり、極稀に発生する激レアイベントである。
「うぅっ…」
そしてその表情は――今の彼の悲しそうな顔は、閻魔にすら罪悪感を抱かせてしまう程の威力を持つ。現に映姫は特に何も悪い事をしている訳でも無いのに、彼の哀しそうな表情に胸が痛くなっている真っ最中である。
「わ、わかりました。流石にそこまで言われては…最低月に一度は、貴方とお休みをいただくことにします」
「はい、それでいいんです。休みの日は二人で現世に行ってゆっくり過ごしましょう?」
「えぇ、そうしましょう――うん?」
自身の側近の泣き顔という最強兵器を前に、彼の提案を受け入れた映姫であったが、ここではたとある事に気づく。
休日に?二人で?何処かに出掛ける?
あれ、これって外の世界で言う所のデートって奴では?
「(なっ…!ななななぁ…!?)」
次の瞬間彼女に襲い掛かったのは顔が熱くなるほどの羞恥、しかしそれは一瞬で過ぎ去り、彼女の表情は真っ赤から一転真っ青になり、温度差で風邪をひきそうな表情の変化となった。
「(い、いきなりデート!?た、確かに伯封とゆっくり一日を過ごすという機会は無かったですし、楽しそう――じゃなくて!これ、あの仙霊に知られたらとんでもなく不味いことなのでは!?)」
『私はお前を伯封の目の前で殺していたかもしれない』純狐の先程の言葉が彼女の脳裏をよぎる。自分とて地獄の最高裁判長。あの妖怪の賢者とも引けを取らない実力であると自負しているが、長年人間を見て来た彼女は知っている。母は強しという言葉はマジであるということを。
これが純狐にバレたら下手をすれば殺されかねない。かといってここで伯封の誘いを断れば彼は傷つき涙を浮かべ、自分達の関係に亀裂が入るどころか最悪の場合それが純狐の耳に入り殺されかねない。つまり状況的にどちらを選んでも映姫は死にかけていた。
「あ、映姫様、三途の川が見えて来ましたよ」
そんな映姫の心境も知らずに、伯封は無邪気に彼女の手を取って三途の川へと駆け足で向かって行く。
いつもならばその行動を微笑ましく思い彼を宥めながらも手を引かれていくのだが、今はそんなことを考える心の余裕は無かった。
「ん…ふぁあ、伯封に四季様、お帰りなさい。小野塚小町、今日も真面目に船頭やってましたよぉ…くぁ」
「ただいまです小町さん。今日もお仕事お疲れ様です!」
「(そ、そんなキラキラした目で言われると良心が痛い…)あ、あぁ、それより伯封、随分とご機嫌じゃ無いか。何かいいことでもあったのかい?」
「えぇ、まぁ少し」
「そいつはよかった。お前さんは地獄界の数少ない癒しだからね。お前さんの笑顔を見るとこっちも仕事が捗るよ」
「でしたら普段よりもより一層仕事に励む事ですね。小町」
「うっ…はい。わかりました四季様…」
漸く心の整理がついた映姫は小町に一度くぎを刺した後、彼女の船と能力を使い伯封と共に地獄へと戻って行った。
因みに後日、映姫が初めて休暇を申請した日は是非曲直庁は荒れに荒れ、『四季様が休暇を取られた!?天変地異の前触れか!?』だの『あの堅物の四季様に休暇を取らせるなんて…あの側近優秀過ぎだろ!流石四季様の彼氏!』だの散々言われていたとかなんとか。