純狐が親バカになる話   作:迦羅

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四話

 早朝四時。地獄界の朝は早い。

 

「ふぁあ…」

 

 伯封は是非曲直庁に存在する映姫と彼専用の仮眠室の二段ベッドの上で目を覚ます。まだ眠たい目を擦りながら下の段を見ると、そこには己の上司である四季映姫の姿があった。

 閻魔という地位に就いている彼女だが、こうして見るとまだ年端も行かない子供のようにしか見えない。尤も、それは自分も同じなのだろうが。

 基本的に映姫と伯封の二人に休みというものは存在しない。何故なら幻想郷という場所は楽園とは言われてはいるが人間を食う妖怪が数多く住んでいる。死んだ魂を捌くのが映姫の仕事で、それを補佐するのが彼の仕事だ。加えて二人の仕事はそれだけでは無く、書類の整理や転生を待つ魂の管理なども含まれるため、全てをこなしているうちに次の日の出社時間になっているといった感じである。

 いくら最高位の閻魔とその側近といえど、普通はそんなブラック過ぎるスケジュールになどならない。他の世界の閻魔たちは大抵部下にも自分の仕事を分配することが多い。しかし彼ら彼女らは鬼達にもそれぞれの家庭や生活があるのに、仕事漬けにしてしまうのはあまりにも申し訳ないという理由で二人で仕事を行っているのだ。

 故にたった二時間程度の仮眠であるが、こうして眠る事が出来たのは実に久しぶりだ。昨日はどうやら奇跡的に、現世で死者が一人もいなかったらしい。

 睡眠も食も必要としない伯封であるがこれでもかつては人間だった身だ。出来れば規則正しい生活を送りたいとは思っている。思ってはいるのだ。

 なんてことを考えながら、伯封は二段ベッドの梯子を恐る恐るといった様子で降りる。高い方が良いからという単純な理由で上を選んだものの、こうして下を見ながら降りるのは中々に怖い。

 無事に降りる事が出来たことにホッと安堵の息を漏らしながらも、伯封は下段のベッドに入り、眠る映姫の体を軽く揺する。

 

「映姫様、映姫様。起きてください。そろそろ仕事のお時間ですよ」

 

「ん…んぅ…伯封、今何時ですか…?」

 

「午前四時です」

 

「四時…およそ二時間の仮眠ですか…十分でしょう。んぐぐ…!」

 

 軽く伸びをする映姫に伯封は彼女の帽子を手渡す。

 

「伯封、今日の予定は?」

 

「はい。今の所、裁くべき魂は残っておりませんので、小町さんが仕事を始めるまでは過去の死者と転生者の書類整理になると思います。そこからはいつも通り死者が三途の川を渡って来ると思いますので、映姫様に判決を下していただくことになるかと」

 

「成程。昨夜に現世で何事も起きなかったお陰で、朝は大分余裕がありますね。どうです伯封、久しぶりに一緒に朝食でも…」

 

「すみませんが、私は先に書類整理を終わらせてきます。今日は他にもやらねばならないことがありますので」

 

「そ、そうですか…」

 

 伯封は少し申し訳無さそうにしつつも一礼をし、部屋の出口へと向かって行く。

 自分の誘いを断られた映姫も仕事ならば仕方がないと割り切り、彼と同じように仕事を再開しようと、彼の後ろを追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい伯封君」

 

「えぇ、お久しぶりです。妖夢さん」

 

 時刻は午前八時を過ぎた頃。山のように積まれてあった書類をたったの三時間足らずで片付けた伯封は、次の仕事の為に冥界へと足を運んでいた。

 子供は物覚えが早いとはよく言うが、伯封はその言葉をそっくりそのまま具現化した様な存在である。その仕事効率の良さは最早異常と言ってもいいもので、彼と映姫が丸一日働けば、それは他の数百人もの部下の一日の仕事量を上回るとすら言われている。

 まぁそれのせいで『幻想郷の映姫様は優秀な側近がいるんだし、少しくらい人員貰っても大丈夫だよね!』と別世界の閻魔に言われ続けた結果がこの有様なのだが。

 

「貴方がここに来るなんて珍しいですね。今日は何か御用でも?」

 

「えぇ、冥界で転生を待っていた魂の回収を。幽々子様からお話を聞いていませんか?」

 

「初耳です。全く幽々子様…そういう情報伝達はしっかりしていただかないと…取り敢えず、幽々子様の下まで案内しますから、ついて来てください」

 

「すみません…こういった現世との魂の循環については、冥界の管理を任されていらっしゃる幽々子様のご確認無しにという訳には…」

 

「伯封君のせいではありませんよ。こちらの主の伝達ミスが原因なのですから。貴方も忙しいでしょうに。同じ従者として聞きますが、きちんと休息は取れているのですか?」

 

「えぇ、そこはご心配なく。今日は二時間も休むことが出来ましたから」

 

「・・・は?二時間?」

 

「えぇ、二時間です」

 

 刹那、一瞬の沈黙。

 

「じ、地獄社会は一体どうなっているんですか!?子供をほぼ丸一日働かせているなんて!」

 

「い、いいんですよ私が好きでやっているんですから!それと私はもう子供じゃありません!」

 

「そういう問題じゃ無いでしょう…全く閻魔様は何をしておられるのですか。常識人だと思っていましたのに…」

 

「映姫様は悪く無いですよ。強いて言えば地獄の圧倒的仕事量の多さが悪いです。人間の皆さんも、簡単に死なれて困るこっちの身にもなっていただきたいです。まぁ、齢十も行かずに死んだ私が言うのもなんですがね」

 

「あ、あはは…」

 

 触れずらい冗談を言うのは止めて欲しい。反応に困る。

 その後も適当に雑談――というか妖夢の幽々子に対する愚痴を聞いていると、いつの間にか冥界の屋敷、白玉楼へと到着していた。

 

「それでは伯封君はここで待っていてください。幽々子様を呼んできますので」

 

 これ以上話していたら文句が聞かれてしまうと思ったのか、妖夢は白玉楼に着くと途端に言葉を止め、幽々子を呼びに屋敷の中へと入って行ってしまう。

 待てと言われた以上下手に動くことも出来ない為大人しく待つことにした伯封であったが、ボーっとしていると彼の頬をツンツンと柔らかいものに叩かれた。

 

「ふふっ…くすぐったいですよ…やめて、ください…」

 

 伝わらないとわかっていても、そう言わざるを得ない。今彼の頬を突いているのは冥界をふわふわと漂っている半透明の何か。浄化を終え、転生を待つ魂だ。

 人間の輪廻転生のサイクルにおいて、一切の穢れを持たない数少ない状態である魂の思考は殆ど赤ん坊と同じような状態であり、言葉は通じず本能でのみ動いている様なものなのだ。

 そんな魂たちは彼の制止などお構いなしにふよふよと吸い寄せられるように集まっては、彼の周りを飛び続け時折ちょっかいをかけ続ける。第三者から見れば子供が戯れている様で非常に微笑ましい。戯れの相手が人間の魂であるということを除けば。

 

「久しぶりね、伯封君。貴方は相変わらず、魂によく好かれるわ」

 

 その光景を見てニコニコと笑みを浮かべながらやってきたのは、この屋敷の主であり映姫から冥界の管理を任されている西行寺幽々子であった。後ろには先程彼女を呼びに行った妖夢を連れている。

 彼女が一度払いのける様に手を動かすと、伯封の周りに寄りつこうとしていた魂は一斉に散らばり、三人の事を少し遠くから見ているような状態となった。

 

「ありがとうございます幽々子様。この仕事をしている以上、懐かれている方が魂の管理は楽なんですけどね…それはともかく、現世の魂の配備に空きが生まれましたので、二十人程の魂を一度地獄へと回収させていただきます」

 

 これも伯封の仕事の一つだ。この冥界に存在する魂を定期的に回収し、是非曲直庁に存在する転生の間で地上の生物へと転生させる。その為に今日は、この冥界へと足を運んだのだ。

 

「えぇ、承知しているわ。それにしても貴方の仕事も大変ねぇ…妖夢から聞いたけど全然休めていないそうじゃない。今日くらいは、お家でゆっくり眠るのもいいんじゃないかしら?」

 

「家…嫌ですよ。汚いですもん」

 

「そ、そんなに散らかっているの?」

 

 なんというか、意外だった。伯封がテキパキと効率よく仕事をこなすのは幽々子も知っている。そんな彼の家が実は散らかっているとは。

 

「いえ、もう何十年も帰っていないので、埃をかぶっているでしょうから」

 

「・・・やっぱりだめね。暫くここで休みなさい」

 

 そう言うが否や、幽々子は彼の腕を引っ張り、強制的に屋敷へと上げる。

 

「だ、駄目ですよ!私がいなかったら地獄が大変な事に…」

 

「元々は貴方がいない中でやっていたんだから大丈夫よ。あの閻魔様がいればギリギリどうにかなると思うわ。だから今は仕事なんて考えずに、ゆっくり休みなさい」

 

 畳の上に正座をし、その膝の上に彼を寝かせながら、幽々子は言葉を続ける。

 

「そもそも貴方は元とはいえ人間。しかも子供なんだから、幾ら自分の意志でやっていようと本当はそんなに働いてはいけないの。映姫もだけど、貴方達は他人に頼ることをしなさすぎる。少しは自分達の部下を信じ――「あの、幽々子様…」――何よ、妖夢」

 

「もう…伯封君寝ちゃってますよ」

 

 そう言われて下に視線を向けると、自分の膝の上で気持ちよさそうに眠る伯封の姿があった。睡眠が必要のない体となっても、生前から染みついた習慣というのは中々抜けないらしい。彼は生きていた頃は、同じように純狐に膝枕されながら昼寝をしていたのだから。

 

「・・・起こすのも可哀想だし、心ゆくまで眠らせてあげましょう」

 

「そうですね」

 

 眠る伯封の頭を母親の様に撫でながら、幽々子は優しく微笑むのであった。

 結局伯封が起きたのは凡そ五時間後のことで、自分が眠っていた事を自覚すると幽々子に多少の文句を垂れつつも大慌てで魂を回収し地獄へと戻って行った。

 因みに伯封がいない間の地獄は本当にヤバかったらしく、戻るや否や映姫に『もう絶対に、私から離れないでくださいね!』と告白紛いなことを言われたのだが伯封はその言葉の意味がよくわからないまま主からの命令と解釈し頷いた。

 冷静になってからその時の言葉を思い出し、一人勝手に悶える閻魔の姿があったとか。

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