純狐が親バカになる話   作:迦羅

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五話

「ありがとうございます。小町、貴女はもう仕事に戻って構いませんよ」

 

「ちぇ、わかってますよ。まぁ今日は忙しいでしょうから、今日くらいは真面目に働きますよ」

 

 映姫の言葉に小町は文句を言いつつ、能力で地獄へと帰って行った。

 いつも真面目に働いてくれるといいんですが…なんて言っている彼女の隣には、最早お馴染みの光景である伯封の姿があった。その手には数枚の書類があり、パラパラとめくって目を通しては額に皺を寄せて睨めっこしている。

 

「こら、伯封。今日は私も貴方も非番なんです。今日くらい書類から目を離してはいかがですか?」

 

「あっ…すみません。どうにも休暇というものに慣れていなくて。それと映姫様、先日地獄へ送られた罪人の書類ですが、ここに間違いがあります。刑の重さには影響がありませんが、念の為ヘカーティア様にお伝えした方が宜しいかと。これから行く場所にはあの方もいらっしゃるでしょうし」

 

「本当ですね…全く、こんな初歩的なミスをするなんて、最近はどうにも地獄界はたるんでいる…後日注意しておくとしましょう」

 

 つい先程伯封を注意したのにもかかわらず自分も書類に目を向けてしまう始末。しかしそれを指摘する者は残念ながらこの場にはいない。

 今日、映姫と伯封の二人は初めての休暇というものを取っていた。伯封がそろそろ純狐に会いたいのではと思っていた映姫がこの際折角なので休暇を取ってはどうかと昨日彼に提案したのがきっかけである。

 そして昨日休暇届を出し、残っている仕事を終わらせてから休む事にしようと考えていた二人であったがついいつもの癖で日を跨いでも仕事をし続け、休暇を取ったんだからさっさと休んでくれと部下の鬼達に半ば追い出される形で仕事場を後にし、今に至る。

 因みに今の幻想郷の地獄では毎日のように増え続ける莫大な仕事のうちの実に七割強を映姫と伯封の二人でこなしている。そんな地獄にとっての主戦力である二人が抜けて大丈夫なのかと本人たちは心配していたが、どうやら暇をしていた畜生界の吉弔八千慧が代理をしてくれるらしい。伯封もこの時だけは、畜生界にまで恩を売っておいて良かったと思った。

 

「それにしてもお母さんに会いたいとは言いましたが、まさか地獄に行く事になるとは思っていませんでした。お母さんは地獄に住んでいるんですか?」

 

「いえ、彼女は普段は仙界という別空間に住んでいる様ですよ。しかし我々から彼女への連絡手段がない以上、彼女のご友人であるヘカーティア様のお力が無ければ会う事が出来ませんので」

 

「成程…」

 

 映姫の言葉に相槌を打ちつつも、伯封はぐるりと周りを見渡す。

 流石地獄というだけあって、周囲の光景はそれに相応しい。あちこちから炎が燃え盛り、名物である血の池から泡が吹き出し、時折人間の悲鳴らしき声が聞こえてくる。

 伯封も初めのうちはそれはもうビビりまくり、映姫の服の裾をしっかり掴んで彼女の下から離れないようにしながら恐る恐ると言った様子で歩いていたのだが、いつしかこの光景にもなれてしまった。

 

「あら、いらっしゃい二人共。今日はどんな用かしら?」

 

 下に見える地獄をぼんやりと眺め、時折こちらに気づいた鬼達に軽く手を振っていると、自分の頭よりも上から声がかかる。見上げてみると地獄の支配者である女神、ヘカーティア・ラピスラズリがこちらへと降りて来ていた。

 

「お久しぶりです、ヘカーティア様。今日はクラウンピースはいないんですか?」

 

「えぇ、地上の方に遊びに行っちゃってるわ。なぁに伯封ちゃん、ひょっとしてあの子と遊ぶ約束でもしていたの?」

 

「いえ、そういう訳では無いですが…いつも隣におられるので珍しいなぁと」

 

 映姫とヘカーティアが仕事について話している際にいつもお守りをさせられる地獄の妖精を頭に思い浮かべながら、伯封はヘカーティアと会話する。

 だがまぁそれは本題では無い。話が逸れては困ると感じた映姫は一度咳ばらいをし、彼らの会話を中断させる。

 

「ヘカーティア様、先に結論だけをお話しします。貴方のご友人である純狐殿にお会いしたいのです」

 

「私ではなく純狐に?それはまたどうしてかしら?」

 

「実は――」

 

 

 

 少女説明中…

 

 

 

「・・・うーん、ちょっとストップ。今私の脳が突拍子も無さ過ぎる情報の処理に追われているところだから」

 

「あはは…どうもすみません」

 

 凡そ五分後、映姫の事情説明を聞いたヘカーティアは、自分の友人と部下の側近の思わぬ関係性を耳にして若干目を回していた。

 伯封と純狐が親子だった。普通に言われたらまず信じないだろうが、閻魔である映姫がその言葉を口にしたという事実が、その台詞が現実だという事を表していた。

 実際今でも若干信じ切れていない節もあるが、友人の悲願が達成されたのだ。悪い気分はしない。

 

「それにしても、伯封ちゃんが純狐の息子ねぇ…純狐が私によく話していた特徴と全然当てはまらないわ。だって彼女の話だとすごくお母さん子で、よく自分に甘えていたって「わーわー!」」

 

 過去を思い出しながら話すヘカーティアの言葉を伯封は大声を出すことでかき消す。小さい頃の話を掘り返され、さらにそれを上司に聞かれるなどどんな公開処刑だ。

 

「ふふっ、伯封は今も昔も愛らしいんですね。恥ずかしがることはありません。貴方くらいの年齢なら母親に甘えていても、何ら不思議ではありませんよ」

 

「うぅ…恥ずかしい…」

 

 地面に座っていじける伯封の背中をさすりながら、映姫は優しい笑みを浮かべて話しかける。しかしその優しさが、かえって伯封にさらなる追い打ちをかけた。

 

「まぁ、事情は理解したわ。そういうことなら協力してあげる」

 

 そう言うとヘカーティアは指をパチンと鳴らす。すると三人の間に入る様に空間が歪み、ポッカリと人一人が入ることが出来るくらいの穴が開く。

 

「ここを通れば純狐の住む仙界に行けるわよ」

 

「ありがとうございます!映姫様、行きましょう」

 

「いえ、私は先程の書類の訂正についてヘカーティア様に報告をしなければなりませんので。折角ですし、親子水入らずの時間を楽しんできてください」

 

 そう言って映姫は伯封に軽く微笑む。どうせ自分が行っても純狐に何故お前がいるんだと文句を言われるのが目に見えている。

 

「映姫様…ありがとうございます」

 

 伯封は映姫に頭を下げ、恐る恐ると言った様子でその穴に入って行った。

 

「帰る時に困るでしょうし、この穴はこのままにしておきましょうか。それよりも映姫ちゃん、あの子を一人で行かせて良かったの?」

 

「…?それはどういう意味でしょうか」

 

「だってあの子、今向こうで純狐と二人っきりよ。男女が一つ屋根の下。何も起きない筈も無く――純狐にパックリいかれちゃうかもしれないわよん?」

 

「なっ…!ふ、不純です!そもそもあの二人は親子では無いですか!」

 

「いいやわからないわよ?純狐だもの。久しぶりに愛する子供と一緒に過ごせて気分がハイになってヤッちゃうかもしれないわ。まぁ、映姫ちゃんがそれでいいなら、お仕事の話をしましょうか」

 

「(落ち着け…落ち着きなさい四季映姫。伯封と純狐はそんな仲じゃない。伯封もそんなことになったら抵抗する筈…でもあの宇宙怪獣に勝てる訳…むぐぐ!)…まずは仕事を優先します」

 

「でも、貴女、今日は非番なんでしょ?」

 

「・・・ぐぐぐっ!」

 

 悪魔の様に耳元で甘い言葉を囁いて来るヘカーティアであったが、映姫は何とかその誘惑を撥ね退ける。

 

「(即効で終わらせて向こうに行きましょう)」

 

 ・・・どうやら完全には撥ね退ける事が出来なかったらしい。

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