純狐が親バカになる話   作:迦羅

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六話

「お母さん…くすぐったい…」

 

「あぁ、すまない。なにぶん久しぶり故、まだ慣れていなくてな」

 

 映姫が煩悩を払いのけながら仕事に打ち込んでいる頃、ヘカーティアが開けた穴の向こうの世界、仙界に存在する純狐の家では、まったりとした甘い空間が出来上がっていた。

 どうやらヘカーティアが開けた穴は仙界というより正確には純狐の家に直接繋がっていたらしく、穴から出ると、目の前には母親である純狐が立っていた。

 突然家に穴が開き何事かと訝しんでいた純狐であったがまさかの愛息子の登場に一瞬固まるも、すぐに平静を取り戻し、何故ここに来たのかを聞くことにした。

 伯封の説明を聞いて事情を理解した彼女は映姫の気遣いに心の中で満足そうに頷きつつも、伯封との貴重な時間を楽しむことにした。

 そして現在、伯封は鏡台の前の椅子に座る純狐の膝に座らされ、昔と同じように髪を梳かれていた。

 彼の髪は昔から純狐の趣味で伸ばしており、女性ほどという訳では無いが、肩に届く程度の長さになっている。純狐はいつもその髪を梳くのが楽しみの一つだったのだ。

 本人はもう自分は大人だと言っていたが、こうして膝に座らせるとなんだかんだ言って甘えて来る。しかし羞恥心もある故か、少し控えめに自分の体を押し付けて来るのがまた愛らしい。嫦娥よ。見てるか!?私の息子はこんなにも愛らしい!

 

「地獄は忙しいと聞いたから心配だったが、ちゃんと手入れをしている様で安心した。髪の触り心地も悪く無い。偉いぞ」

 

「規律を重んじる閻魔様の隣にいる者がだらしない恰好をしていては示しがつきませんから、眠れなくてもお風呂は毎日入る様にしているんです。それにお風呂から上がった後に同じように映姫様が髪を梳いてくれますし」

 

 伯封がそう言った瞬間、別空間にいる映姫が一瞬震える程の殺気が降り注いだ。慌てて彼女が後ろに振り向いて周囲を見回しても誰もいないしいる筈も無い。

 何故ならその殺気の根源は、今ここにいるからである。

 

「お母さん?どうかしたんですか…?」

 

「・・・すまんな伯封。手前にある引き出しを開けてくれるか。櫛が折れてしまった」

 

「折れた!?」

 

 自分の発言で上司が被害を受けたなんてことを知る由も無い伯封は突然の母親の言葉に動揺を隠す事が出来ない。

 一応言われた通りに引き出しを開けて中に入っている櫛を一本渡したが、

 

「櫛が折れるなんて…何時の間に私の髪はそんなに固く…」

 

 なんて言っている。

 

「ま、まぁそれに関してはいいです。こうして久しぶりに会う事が出来たんですし、私はお母さんの話が聞きたいです」

 

「私の?そう言われてもな…お前の期待する様な面白い話は出来ないぞ?」

 

「そうは言っても私が亡くなってから千年近く経っている訳ですから、時間は沢山あったでしょう?その間お母さんは何をしていたんですか?」

 

「・・・言わなきゃ駄目か?」

 

「え…それはどういう…」

 

「・・・お前が死んでから、ずっと嫦娥を――夫であったあいつの肉親を殺す為だけに生きて来た」

 

 純狐のカミングアウトに先程まで笑みを浮かべていた伯封の表情が固まる。それを見た純狐は一度はぁ…と大きく溜め息を吐いた後、櫛を置いて手で彼の髪を梳きながら話し始める。

 

「あの時は――いや、お前と再び会うまで私はずっと復讐だけを考えて生きていた。お前が殺されて、その殺した相手である夫を殺しても尚、私の怒りは収まる事が無かったんだ。そうして怒りや憎悪だけが純化され、今の私を作っている」

 

「お母さん…」

 

「今の私とお前は真逆だ。お前は罪人を裁く聖人、そして私は罪人。本来ならば、交わってはならない存在なのかもしれないな…」

 

「・・・私にはそんなことわかりません。私は、映姫様じゃありません。ただの閻魔の側近ですから」

 

 でも、伯封はそこで一度言葉を切り、自分の髪を梳いているのとは反対側の母の手を強く握る。

 

「私はお母さんと一緒にいたい…!また離れるなんてやだ…だからお母さんには、もうこれ以上罪を重ねないで欲しい…」

 

 純狐に向き合う様に座る体勢を変え、伯封は上目遣いで必死に訴えかける。

 

「復讐なんてしなくていいから…もう僕はいいから…お母さんは、僕だけを見て!!」

 

「ッ!」

 

 もしも今この場に第三者がいたのなら、彼女の胸に伯封の言葉が思いっきり刺さっているのを目撃しただろう。

 それ程までに今の伯封の言葉は純狐の心に突き刺さった。この子はどうして、そんな告白の様な言葉を恥ずかしげもなく言えるのだろう。どうして、自分が欲しい言葉を言ってくれるのだろう。

 

「(いや、幾ら初心で純粋で可愛くて優しい神すらも超える尊い存在である伯封であっても、こんなことを言うのは恥ずかしいだろう。にも関わらずその言葉を口にしたということは…これは本当に告白という奴なのでは!?)」

 

 そういうことか。そういうことなのか!?

 別に伯封はそんなこと一言も言っていないのに勝手にそんな妄想を脳内で繰り広げる純狐。彼女は先程までのシリアスな雰囲気は何処へやら。零れそうな笑みを抑えるので精一杯だった。

 

「(全く…伯封も鈍い子だ。私がお前の告白を断る筈が無いだろうに。まぁ、多少驚きはしたがな?告白なんて回りくどいことせずにいきなり襲ってきてもよかったというのに。私の息子に襲われて嫌な女などいない。Q.E.D)」

 

 しかしどうやら自分の息子は襲う側よりも襲われる側の方が好きらしい。確かに伯封は人に危害を加えたり迷惑になるかもしれない様なことは絶対にしない。故に例え両想いだとしても襲うことに気が引けたのだろう。可愛い。

 

「(仕方ないな。子を導くのも母親の務め。ここは私がお前に大人の階段を上らせてやるとしよう)」

 

 純狐は脳内で組み立てられた勝手な妄想を実行すべく、何も言わずに伯封の方に手を置いた。因みにここまで僅か五秒。純狐がこれまで生きていて一番脳をフルに活用した濃密な時間だったかもしれない。

 

「お母さん…?」

 

 自分が話した後から何も言わない母親を不安げに見つめる伯封。純狐はそんな彼の可愛らしい顔を一瞥した後彼の口元に狙いを定め、ゆっくりと顔を近づけていく。

 彼女にとっては永遠にも思える時間。二人の唇が重なる――その刹那。

 

「伯封!」

 

 伯封がここに来る際に通った地獄と仙界を繋ぐ穴から息を切らした映姫と、そんな彼女を面白そうに見やるヘカーティアが現れる。それによって伯封の顔の向きは純狐では無く、映姫達の方へと変化した。

 

「あ、映姫様。お仕事は無事に終わったんですか?」

 

「ゼェ…ゼェ…えぇ、特に何事も無く終わりました。貴方は、先程まで純狐と何をしていたんですか?」

 

「お母さんが久しぶりに私の髪を梳いてくれたんです。ほら、映姫様もよくしてくださるじゃないですか」

 

 嬉しそうに語る伯封の顔を見て、映姫はホッと胸を撫で下ろす。どうやら彼の貞操は守られたらしい。

 何故だろう。伯封が食べられていなかったことを知ったことによる安心感のせいか、先程感じたのと全く同じ殺気が彼のすぐ近くから放たれているのにも関わらず全く恐怖を感じない。

 

「伯封もまだここにいたいでしょうから、私も少しだけお邪魔する事にしましょう」

 

 そう言って映姫はウッキウキな様子で伯封を抱えた純狐の隣に座り、髪が乱れない程度に伯封の頭を撫でる。母に抱っこされ映姫に頭を撫でて貰えるというこの状況に、伯封自身はとても満足そうであった。

 

「(映姫ちゃんも伯封ちゃんも、少しは私の立場も考えて頂戴…)」

 

 『何故閻魔を止めなかったんだ』という友人からの痛すぎる視線をビシバシと感じながら、地獄の女神は珍しく溜め息を吐いた。

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