純狐が親バカになる話   作:迦羅

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七話

「なんかすみません…こんなにももてなして貰っちゃって」

 

 手渡された湯呑みに入った緑茶を一口飲み小さく息を吐いてから、伯封は感謝の言葉を述べる。

 初めての休暇を取った日から一週間程経った今日、今まで通り仕事に明け暮れていた彼の姿は現世にあった。

 しかし今日は遊びに来ている訳では無い。彼はれっきとした仕事で、態々訪れる事の少ない現世にまで足を運んだのだ。

 その用事の一つが、今目の前にいる彼女である。

 

「それで…華扇さん、そろそろ気持ちは変わってくれましたか?」

 

 期待半分不安半分といった表情で、伯封は目の前に座る人物――茨木華扇の顔を見る。

 それに対して華扇は呆れた様に溜め息を吐いた後、首を横に数回振る。

 

「えぇ…やっぱり駄目なんですかぁ?」

 

 彼女の仕草に伯封は心から残念だと言わんばかりに表情を歪め、正座を前に倒し畳に顔をつける。

 

「もう十分生きたでしょう?いい加減亡くなられては貰えませんか?」

 

「死んでほしいと言われて、首を縦に振る人がいると思う?」

 

 今のやり取りからわかるように、彼らの関係は少々特殊だ。

 伯封は仕事の一つとして不定期に現世へと降り立つ。その仕事が、こうして人に死んでくれと頼むというどう考えても頭のおかしい仕事である。

 

「全く…映姫様も何故私にこんな仕事を…」

 

「それだけ信頼されているということじゃない。ほら、折角だしこの間紫から貰ったお饅頭も食べなさい」

 

「信頼…それは嬉しいですけどぉ…あ、ありがとうございます」

 

 華扇を含み、幻想郷には何人か仙人などの本来の寿命を無視して生き永らえている者が存在する。そのような者達は地獄にとっては生命の規則に反する存在であり決して放置は出来ない。なので定期的に死神がその者の下を訪れ、死合いをするというのが掟である。

 しかし幻想郷に存在する仙人などは皆強者ばかりな為、生半可な実力の死神では相手にすらされない。かといって閻魔である映姫が直々に赴くのも、業務に支障が出る可能性がある。

 そこで映姫はあることを思いついた。

 

『戦闘力で勝てないのなら、情で相手を落せばいいのでは?』

 

 思いついたと言うより最早これしか無かったというのが正しいかもしれない。そして仙人たちですら落とせる程の可愛さや優しさを持った人物は誰かと考えた時に真っ先に頭ん位思い浮かんだのが伯封であり、彼以外に適任がいなかった。それだけである。

 そして同時に伯封の仕事も増えた…それだけである。

 

「まぁ、映姫の決断としては正しいと思うわよ。貴方がここに来るようになるまでに何度か死神が来たけどあんまり手ごたえのある人は来なかったもの。やるだけ無駄だったわ。だったらまだ、貴方の方が希望があるもの。もしかしたら青娥あたりなら聞いてくれるかもしれないわよ?」

 

「青娥さんですかぁ…あの人の下にはまた後日行きますけど、会いに行くたびに私をキョンシーにしようとして来るんですよ」

 

「あら、よかったじゃない。愛されている証拠よ?」

 

 そんな歪んだ愛いらない。毎回芳香の遊び相手になることで勘弁して貰っているが、いつか本当にキョンシーにされそうでちょっと怖い。

 

「むぅ…今日も駄目でしたか。映姫様に申し訳無いです」

 

「いえ、多分映姫自身も駄目もとで言ってると思うわよ?それと話は変わるけど、本当に今日はそれだけの用で来たの?いつもと違って家に入れてくれなんて言うから何かと思えば」

 

「あぁ、そうでした。実は仕事とは別件でもう一つお聞きしたい事があるんです」

 

 そう言って伯封は再度姿勢を正し、華扇の顔を真っ直ぐと見る。雰囲気としては、むしろここからが本番だと言いたい様であった。

 

「実は…最近休暇を取り初めまして」

 

「・・・取り初めたとは?それは今まで取っていなかったと言うそのままの意味で捉えていいのかしら?」

 

「はい。そう捉えて貰って構いません」

 

「貴方…実は罪人だったりしない?」

 

「何でですか!?」

 

「いや…普通に考えて数百年近く休みなしで働くなんて刑罰の一つと考えられても不思議じゃ無いわよ。よく今までその仕事やめなかったわね」

 

「人から頼られるというのは嬉しいですから」

 

「(いい子!)」

 

 華扇は今すぐにでもこの子を撫でまわしたいという衝動に駆られた。あの映姫がここに寄越すのも納得出来るし、彼女のお気に入りなのも納得出来る。

 家の霊夢にこの子の毛先程でも善意があればなぁ…なんてことを考えながら、伯封の次の言葉を待つ。

 

「今はそれに関してはいいんです。肝心のお聞きしたい事というのがですね…二人で出掛けるのにおすすめの場所ってあります?」

 

「参考までに聞いておきたいのだけれど、誰と出掛けるのかしら?やっぱり映姫?」

 

「映姫様とも一緒に行きたいですけど…想定しているのは私のお母さんと出掛ける場合です」

 

「お母さん…貴方、お母さんいたのね。でもねぇ…幻想郷で安全な場所っていったら人里くらいしか無いわよ?一応博麗神社も安全だけどあそこは道中が妖怪だらけだし、観光向きでも無いからねぇ…」

 

「成程人里ですか…でも、お母さんは結構強いらしいので、多少危険でも大丈夫だと思いますよ」

 

「そうなの?ひょっとして貴方のお母さんって、結構幻想郷で有名だったりする?」

 

「どうなんでしょう…あの、華扇さん。ずっと言うべきか迷っていたんですが…後ろに紫さんいますよ」

 

 伯封は遠慮がちに華扇の後ろを指さす。彼の言葉通りその指の先には、音を出さないようにしながら饅頭を食べる妖怪の賢者、八雲紫の姿があった。

 

「んぐっ!?ちょっと酷いわよ伯封君!こういうのは空気を読んでバラさないのが普通でしょ!?」

 

「・・・紫、人の家に勝手に入って食べ物を漁るなんて中々いい趣味してるじゃない。一体いつから幻想郷の賢者様はそんなに浅ましくなったのかしら?」

 

「浅ましッ…!別にいいじゃない私があげたお饅頭なんだから!急に食べたくなったの!」

 

 目の前でギャーギャーと言い争いを始める二人を見ながら、伯封は相談まだ終わってないんだけどなぁ…とか思いながらお茶を啜る。

 あの二人の喧嘩を止めようとは思わない。仲裁に入っても止められる気はしないし、こっちまで被害を被るのは御免だからだ。こういうときは待つのが一番だって映姫様も言ってた。上司の言葉を守る部下の鑑である

 そんな上司の言葉を信じて待ち続けて十五分後、漸く二人の言い争いが鎮静し、話題に戻る事が出来た。しれっと会話に紫も混ざって来たが。

 

「それで結局聞けていないのだけど…伯封君のお母さんは一体誰なの?」

 

「貴女も会話に混ざって来るのね。勝手に人の家に入っておいて」

 

「いいじゃない別に。私だって気になるもの」

 

「えっと、ご存じかどうかわからないんですが…純狐って言うんですけど…」

 

「「・・・ん!?」」

 

 伯封の言葉の意味を理解するのに、二人は数秒の時を要した。

 

「あの、伯封君。ちょっと質問なのだけれど…その、貴方のお母さんの名前は純粋な狐って書いて純狐かしら?」

 

「はい、そうですけど…もしかして、お母さんのことをご存じなんですか?」

 

 知っているも何も、一度立場的には幻想郷の勢力として敵対した仲だ。

 一応もうあの異変は終わっているが、あの閻魔の側近がまさかの人物であることに驚きを隠せない。世界は狭いとはよく言ったものだが、狭すぎやしないだろうか。

 

「(どうしましょう華扇。私、立場的にもの凄く返答に困るんだけど)」

 

「(どうするもなにも、あんまり多くを語らない方が良いと思うわよ。見なさいよあの子の顔、完全に期待に満ち溢れた様な顔をしているわよ)」

 

 恐らくここで貴方のお母さんのせいで幻想郷に一時期月の軍が幻想郷に攻め入ろうとしていましたなんて言ったら、伯封は泣く可能性がある。というか泣く。

 そうなると何処から嗅ぎつけたのか、そもそも仕事はどうしたのか不明だが映姫が飛んできて非常に面倒くさい事になる。ここまではお決まりだが、今回の事が明らかになった今、最悪純狐が飛んできてもっと面倒くさいことになる。

 それは絶対に避けなければならない。当たり障りのない返答をしよう。ここに両賢者の意見は一致した。

 

「え、えぇ、確かに知ってはいるわ。まぁ、あくまで顔見知り程度だけれど。確かに彼女の実力ならある程度危険な地帯に行っても大丈夫だろうけど、その辺りには低級妖怪や戦闘を好む妖怪が多いから、二人でゆっくりしたいのならあまりおすすめはしないわ」

 

「そうね。人里だと美味しい甘味処があるし。地獄はそう言ったものは無いでしょ?貴方のお母さんもきっと喜んでくれるわよ」

 

「確かにそうですね…仙界にはお店なんて無さそうでしたし…教えてくださりありがとうございます!では、私はまだ仕事が残っているので、そろそろお暇させていただきます」

 

 そう言って伯封は一度深くお辞儀をした後、部屋の襖を開けて縁側から空へと飛び立って行った。

 

「・・・よくやったわ紫」

 

「華扇、貴女もね。お饅頭、もう一個食べてもいいかしら」

 

「駄目よ」

 

 最後の華扇の発言に文句を言いながらも、紫はスキマを通って帰って行った。本当に何をしに来たのだろうかあの賢者は。

 一仕事終えた後の様な程よい疲労と緊張の余韻を感じながら、華扇は初めて自分の湯呑みに口を付ける。お茶は大分冷めきっていたが、今の彼女にとっては勝利の美酒に等しかった。

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