純狐が親バカになる話 作:迦羅
「小町さーん。何処にいますかー?」
いくら仕事の多い地獄界でも、休憩というものは存在する。
現在の時刻は昼の十二時を少し回った頃、所謂お昼休憩の時間だ。そんな時間に伯封の姿は映姫の隣では無く、三途の川にあった。
三途の川とは何なのかを知らない者はいないだろう。あの世とこの世の境目であり、死者が通る道だ。よく渡る際には六文銭が必要などと言われているが、渡されてもあの世での使い道が無い為に正直処分に困るというのが死神の意見だ。
まぁ、たまにその渡し賃を使って地上で酒を飲む死神がいることもあるが。それこそが今伯封が探している人物、小野塚小町である。
「ん…誰かと思えば伯封じゃないか。珍しいね。アンタがこっちに来るなんて」
「えぇ、久しぶりに昼休憩の時間に仕事が無かったので、一緒にお昼でもどうかと」
「それは嬉しいけど…四季様と食べなくてもいいのかい?」
「映姫様は所用で地上の方に降りているので一緒に食べられないんですよ。ほら、お弁当も買ってきましたよ」
「気がく利くねぇ…まぁ欲を言えば、お前の手作り弁当が食べたかったぞお姉さんは」
最近は手料理出来る奴がモテるみたいだし。そう言って小町は手渡された弁当を開け、中に入っていたおにぎりを一つ手に取って口に入れる。
「手料理ですか。生きていたころはお母さんの手伝いを良くしていましたねぇ…懐かしい」
「へぇ、ってことは料理自体は出来るってことかい」
「えぇ、でも生前と違って今の私に料理を作ることの出来る時間の余裕なんてありませんよ…」
「そうかい、だったら仕方ないね。ところで、お前さんの弁当はどうしたんだい?」
「・・・あ」
小町の問いかけに、伯封は返答することなく固まる。しかし小町からすれば、この硬直と沈黙が回答と言っていいだろう。なんとこの側近、自分の弁当を買うのを忘れたらしい。
数秒後、固まっていた伯封の顔が段々と動き出し、目にはじわじわと涙が溜まっていく。
「小町さぁん…」
「あーもう、男がすぐに泣くんじゃないよ。ほら、私の弁当半分やるから」
そう言って包みに入っていたもう一つのおにぎりを伯封に手渡す。
「ひぐっ…ありがどうございまずぅ…」
「ったく、閻魔の側近がそんなに泣き虫だったら駄目だろう。アンタはただでさえ子供の見た目なんだから、死者に舐められちまうぞ?」
「そういえば…何回か凄く怖い死者に絡まれたことがあります。すぐに映姫様呼びましたけど」
意識せずともその状況が頭に思い浮かぶ。確かに地獄には恐ろしい鬼や閻魔がいる場所と考えている地上の人間からすれば、見るからに子供の伯封という存在は拍子抜けであるだろう。まぁ、その伯封を泣かせた者達の末路も想像に難くないが。
そんなことを考えながらボーっとしていると、隣に座る伯封の肩がビクリと大きく震える。
「ん、どうしたんだい?」
「これ…中身梅干しでずぅ…!」
もの凄く表情を歪めながら伯封は小町に訴える。目尻には先程引っ込んだばかりの涙が再び現れていた。
どうやら彼は見た目通り子供舌らしい。
「アンタ、今日はツイてないねぇ…ほら、ここにペッしな。アタイが代わりに食べてやるから」
「うぅ…でも、作ってくれた人に申し訳無いんで…食べますぅ」
そう言うと伯封はまだ半分以上残っていたおにぎりを一気に口に含む。どうやら一気に呑み込んで少しでもダメージを減らそうとしているらしい。
喉に詰まらせないか少し心配だったが無事に食べ終えた様だ。当の本人は酸っぱさで無事では無い様だが。
「ほら、口直しにこれでも食べな」
「ありがとうございます…あ、タコさんウインナー…」
小町から貰ったウインナーを梅干しの味を消す様にゆっくりと咀嚼し嚥下する。本当なら水なりお茶なり口内を洗い流せるものがよかったのだが、見事に買い忘れてしまった。一応三途の川が目の前で流れているが、飲んだらお腹を壊しそうだ。
「ただ昼飯を食うだけでこんなに大騒ぎになるなんて、お前さん毎日こんなだと疲れないかい?」
「私だって好きでこうなっていはいませんよ。それに毎日じゃ無いです」
「それならいいけどさ。仕事だけじゃなく休日や休憩時間もこんな感じだったなら、私はお前さんに心から同情していたよ。ほら、あーん」
「あー…ん。ムグムグ…」
弁当箱に入っていた全てのウインナーを食べ切ることで伯封の口の中から梅干しの味は漸く消え去った。
そこから二人は特に何事も無く、時折会話を交えながら弁当を食べる。因みに先程まで伯封が騒いでいたせいで昼食の時間はとうに過ぎ去っていて小町は何となくそれを察しているのだが、それを伯封に教える事はない。
これはいつも忙しそうな弟分を思っての行動である。決して自分がサボりたいからなどといった邪な考えを持ち合わせてはいない。
「ごちそうさまでした。では昼食も終えたので、私はそろそろ仕事に戻らせていただきます」
「まぁ待ちな。折角の休憩時間だ。もっとゆっくりしていきな」
「え、でも仕事が…」
「映姫様がいれば何とかなるから大丈夫だよ。むしろお前さんはもっと休んでもいいくらいだ。ほら、悩みとかあったらアタイが聞いてやるからさ」
「悩みですか。そんなもの私にはな――」
無い。そう言いかけた伯封の口が止まり、僅かに表情が歪む。
これに関しては提案した側である小町ですら意外だった。伯封はどれだけ過密なスケジュールで、どれだけ過酷な仕事を任されても文句ひとつ言わずに取り組む優秀な側近として地獄界には広まっている。
そんな温厚な彼の表情を僅かにであるが歪めてしまう出来事。一体何があったのだろうと気になってしまうのも不思議では無いだろう。
「実は一つだけ…悩みというかなんというか…あるんですけど」
「ほう?なんだい、言ってみな」
むしろここで濁される方が気になってまともに昼寝が出来なくなる。
「前々から思っていたんですけど…私子ども扱いされすぎじゃないですか?」
「なんだ、そんなことかい」
正直拍子抜けだ。一体どんなことで悩んでいるのかと思えば。その程度の事を悩みというなんて、全世界の悩みを抱いている人に謝ってほしい。
「言ってみなと言われたから打ち明けたのにそんなことは酷く無いですか!?」
「そんなのいつもの事じゃないか。何をいまさら」
「確かに何時ものことですけど…でも私って死んでから地獄で千年以上過ごしているんですよ。それにそこそこ偉い立場なんですよ!?なのにも関わらず部下の方には呼び捨て、君付けちゃん付けで呼ばれて、しまいには新人の死神さんから飴を貰う始末。ここに来る道中にも貰いましたよ!」
そう言ってポケットから飴玉を一つ取り出し見せつけて来る。袋には子供が好きそうな熊の絵柄がついていて、平仮名でぶどう味と書いている。しかし袋だけということはしっかり食べているでは無いか。
もしここに映姫がいたのなら、お昼の前に甘い物を食べては駄目でしょうと言っていただろうなぁと小町は妄想を膨らませた。
「ならお前さんは飴玉を貰って嬉しく無いのかい?ちゃっかり食べてるみたいだけど」
「・・・嬉しいですけど」
「ならいいじゃないか」
小町の言葉に先程の威勢は何処へやら。すっかり気持ちが揺れ『ならいいのかな…』なんて言っている。こういうチョロさも子ども扱いされる理由の一端を担っているのだろう。
「子ども扱いされるってことはそれだけ愛されてるという事さ。今のうちに貰えるだけ貰っておきな」
「うーん…わかりました。小町さんがそういうのならそうします。それでは今度こそ私はこれで」
小町から空になった弁当の箱を受け取り一度頭を下げてから、伯封は地獄の方へと戻っていく。小町もこれ以上サボっていては怒られると考え、少しの間は真面目に仕事をしようと思いのんびりと立ち上がるのであった。
因みに地獄に戻った伯封は映姫に怒られた。そして泣いた。