純狐が親バカになる話   作:迦羅

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九話

 この日、伯封は生まれて初めて幻想郷に存在する人間の住む場所、人里へと足を運んでいた。

 初めての場所に一人だからか若干緊張している彼の手には、外の世界の金額で言うところの千円程度の銭が固く握られている。

 基本的に地獄の者が迂闊に下界へ降りてはならないと言われているが、明確な規則としてそれが存在している訳では無く、是非曲直庁の最高位である十王も特に禁じてはいない。

 例えば彼の上司である映姫は年に何回か見回りや説教も兼ねて下界へと足を運ぶし、小町に至っては月に何回もサボりを目的に人間の里や妖怪の経営している屋台へと向かう。

 だが伯封はその厳重に守っている者が殆どいない最早規則ですらない何かをきちんと守り、今まで下界へ足を運ぶことは仕事の用がある時以外は無かった。

 それを続けて数百年。自分の担当している世界なのにも関わらず下界を一切知らないことを危惧した映姫が、気分転換も兼ねて見聞を広めて来なさいと言い伯封を送り出して今に至る。因みに手に握られた小銭は映姫からのお小遣いだ。

 

「ここが人里…人間ばかりかと思ったらこうして軽く見まわすだけで妖怪や妖精の姿がありますね。里の人間が気づいているのかいないのか…いずれにせよ危機感が薄いと思いますが…」

 

 入ったばかりなのにすぐ里の存続が不安に思えて来た。先程も里の入り口に特に門番らしき人間も見当たらなかったので些か嫌な予感もしていたが、こんな感じだから毎日地獄へとやって来る人間の数が減らないのではないだろうか。彼らを食べる妖怪には悪いが、仕事が増える為あまり人間には死んでほしくないというのが地獄界の総意だ。

 まぁ、妖怪の食料用の人間は八雲紫が定期的に外の世界から連れ込んでいると言っていたので案外この里の人間と妖怪の関係性は上手く行っているのかもしれないが。

 なんてことを考えながら活気のある里をぶらぶらと歩く。地獄でこれ程賑わっている場所と言えば畜生界くらいだが、あそこは活気があるが同時に闇も深いので触れづらいのだ。あまり進んでいこうとは思わない場所である。呼ばれたら行くけど。

 

「おや、あれは…団子屋ですか」

 

 伯封の視線の先にはどこかで見たことのある看板を掲げた団子屋があった。少し遠くにいるのにもかかわらず、ほのかに甘い香りが漂ってくる。

 あの店は確か、以前にも何回か映姫がお土産として買ってきてくれた記憶がある。見覚えがあるのもそのせいだろう。

 折角だしあの店によって映姫と小町にお団子を買ってあげよう。そう思いそちらへと足を進め始めた伯封であったが、ここで漸く店前で椅子に座りながら団子を食べる二人組に目が留まる。

 

「・・・あれ?」

 

 視界に入って来た光景を見て、伯封は一度自分の目を擦った。しかしそんなことをしても、目の前の光景が変わる事は無い。

 だが彼がそんな仕草をしてしまうのも理解出来る。何故なら今彼の視界の先には、二人並んで団子を食べる母親と地獄の女神の姿があるのだから。

 あまりにも衝撃的過ぎて暫くその場で固まってしまった伯封だが、そうしている間に向こうも彼の存在に気づいたらしい。まず最初にヘカーティアが彼の存在に気づき軽く手を振った後、隣にいる純狐の脇腹を肘でトントンと突く。

 純狐は彼女の手を鬱陶しそうに払いのけた後、漸く伯封の存在に気が付く。

 二人の視線がぶつかった直後。伯封がたった一度だけ瞬きをすると、次の瞬間には彼の視界から純狐が消え去り、同時に目に映っていた光景も全く違う物に変化した。

 

「・・・んん!?」

 

 突然すぎる状況の変化に伯封が困惑していると、自分の頭の上に手が置かれた感触がする。

 恐る恐ると言った様子で上を見ると、そこにはやはりと言うべきか純狐の顔があって、自分は今彼女の膝の上にいるのだということを理解した。

 

「これ、どういう状況ですか?」

 

「なに、難しく考える必要は無い。ただお前は母の膝の上にいるだけだ」

 

「う、うーん?」

 

 言いたい事は理解出来る。ただどういった過程を経てこの状況になったのかが知りたかったが…まぁいいか。どのみちこの結果になっていることに変わりは無いのだから。

 

「あ、ヘカーティア様お久しぶりです。何故人間の里にいらっしゃるのですか?」

 

「えっとね、今日はクラウンピースのところに行こうと思ってね。あの子最近見かけないでしょ?実はあの子、最近幻想郷の神社に居候しててね、定期的に様子を見に私も下界に降りているの。今はその帰り」

 

「あの子、最近地獄の何処に行っても会わないと思ってたら…地上で暮らしていたんですね。ヘカーティア様もよく許可を出されましたね」

 

「いつまでも保護者が束縛していちゃ駄目でしょ?地上にだってあの子が成長できる何かがあるのかもしれないし。そういう伯封ちゃんはなんで地上に?」

 

「実は――」

 

 

 

 少年説明中…

 

 

 

「成程ねぇ。流石映姫、正しい判断をするわ。子供を育てるのに見聞を広めさせることはすごく重要だもの」

 

「・・・ヘカーティア、いくら友人であるお前でも許す事が出来ない間違いというものはある。伯封は閻魔の子ではない。私の子供だ」

 

「なら少しくらいは映姫を見習いなさい。束縛してばかりじゃいつか面倒くさいと思われるわよ」

 

「そんな訳無いだろう。なぁ伯封、お前は私を面倒くさい女だと思うか?」

 

「いいえ。そんな筈無いじゃないですか」

 

「・・・ふっ」

 

「いや、こっち向いてドヤ顔されても困るんだけど」

 

 純狐のほれ見た事かと言っている様なドヤ顔に、ヘカーティアは思わずイラッ☆としてしまう。

 加えて伯封に面倒くさいと思うかと尋ねるのではなく面倒くさい女かと尋ねる辺りに徐々に自分のことを異性として見させようとしている感があってムカつく。

 なんか無性に純狐のことを一発殴りたくなったヘカーティアであったが、流石にここで喧嘩をしてはかの半獣に人里を出禁にされかねないし、なんなら人里を消し飛ばしてしまうかもしれないと考え気持ちを静めた。

 ヘカーティアは我慢の出来る女神なのだ。偉い。

 

「やっぱり伯封はいい子だな。母として誇らしい」

 

「えへへ…」

 

「ほら、折角来たんだ。このお団子でも食べなさい」

 

「え…お金を持ってるので買ってきますよ。タダで食べてしまうのも悪いですし」

 

「何を言っているんだ。お前は私の息子なんだから遠慮する必要は無い。ほら、あーん」

 

 皿に一つだけ残っていた三色団子を一つ手に取り、伯封の口元へと持っていく。

 隣にいるヘカーティアに見られている事を恥ずかしく思いながらも、伯封はおずおずと口を開ける。

 

「あ、あーん…美味しい」

 

「そうか、それならよかった。伯封、団子が無くなってしまったから私達はこれから別の場所に行こうと思うが、お前はどうする?」

 

「なら僕もついていきます。別に特別ここのお団子屋さん行きたかったという訳では無いですし。あ、でも映姫様達にお土産を買っていきたいので少し待っていてください」

 

 そう言うと伯封は純狐の膝の上から飛び降り、店の中へと入って行った。恐らくは土産用の団子を買いに行ったのだろう。生前にお遣いすらさせることが出来なかった純狐としては、息子の些細な成長を見られて嬉しい。

 

「さて、伯封にはああいったが…ヘカーティア、何処か行きたいところはあるか?」

 

「ん?私は特に無いわよ。適当に里をブラついて、気になった所に立ち寄ればいいんじゃないかしら?」

 

「それもそうだな。伯封と一緒に里を回るのもいい――ん?」

 

 次の行き先をヘカーティアと共に考えていた純狐であったが、ここで彼女達の目の前を、見たことのある人物が通り過ぎようとする。

 

「あ…」

 

 どうやら向こうも自分達の存在に気が付いたらしい。驚いた様な顔をした直後、面倒ごとになる前に逃げようとしているのか僅かに歩く速度が速くなる。

 頭部に大きな二つのウサギ耳を携え、外の世界ではブレザーと呼ばれている服を着た少女。忘れる筈が無い。何故なら彼女とは、一度異変で敵対した仲なのだから。

 

「ヘカーティア」

 

「えぇ、面白そうね」

 

 彼女達の次の目的地が決まった。

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