黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
アークライド解決事務所を埋め尽くしていた同行者たちの姿は、綺麗さっぱり消え去っていた。
「ふう、ようやくスッキリしたな」
いつもの風景が戻ってきて、ようやく人心地つける。ヴァンはどっかりと応接間のソファーに腰をうずめた。
「どうぞ、ヴァン様」
「おう、悪いな」
リゼットが紅茶とクッキーをテーブルに差し出してくれる。完璧なタイミングだ。さっそくそのクッキーを一つ頬張り、適度な温かさの紅茶を口に含む。至高のひと時だった。
そういえばこの夢想の世界において、食事の意義はどうなっているのだろう? まあ、なんだっていいが。食わなくていいならそれでいいし、今みたいに趣向品を味わって満足できるなら、それもまたよし。
「お前らも座れよ。少し休もうぜ」
「では失礼します」
アニエスはヴァンの横に腰を下ろした。
「他の皆さんは大丈夫でしょうか? 急に追い出す形になっちゃいましたが」
「たくましいヤツらだし、どうとでもするだろ」
言いつつ、ヴァンは二枚目のクッキーに手を伸ばす。
彼らも理解はしてくれていた。
現時点での問題は、同行者が増え過ぎたために、拠点としているアークライド事務所では抱えきれないことだった。
だが新たな待機拠点を探すにしても、これからの行動指針に沿うものでなくてはならない。
それらの重要点をまとめると、こうなる。
★ヴァンがいないと《幻夢の手記》の新項目は開示されないので、アークライド事務所における定期的な情報共有が必要であること。
★今後も出現するであろうメインエリアを探索するにあたっては、同行者を含めた全員で動くこともある。つまりすぐに合流ができること。
★囚われ続けるサラみたいな例もあるから、解放したエリアも頻繁に巡回をした方が良いこと。
この三点を実施できることが必須条件だ。
そうなるとそれらの行動に支障を来たさない場所は、解放されたエリア自体である。
「複数の拠点に分かれるにあたって、もう一度転移のルールをおさらいしとくか。これは今後、特に重要になってくるだろうからな。じゃあ、フェリ。まずこのアークライド事務所から他のエリアまでの転移はどう行う?」
「えーと、この事務所エリアからかかっている《
さすがは幼くとも猟兵。要点を押さえている。
「ま、解放したエリアに飛ぶ場合は、いちいち橋を渡らずに通常転移でもいけるがな。なら転移先はエリアのどこになる。答えやがれ、アーロン」
「偉そうに言うんじゃねえよ。エリア毎の象徴的な場所だろ? 城エリアは三つの城のいずれか、MWLエリアはミシュラムの入場ゲート前。ただしヘイムダルエリアだけはちっと特殊で、地区ごとに転移先が分かれてるって話だったか」
何が偉そうに言うなだ。俺の枕の加齢臭うんぬんの発言は、あとで死ぬほど後悔させてやるからな。むしろ後悔させてから死なす。
そう、転移は好きな地点を細かく指定できるわけではない。アーロンの言う通り、象徴的な場所にのみワープができる。近隣の探索は、転移地点から範囲を広げて行く他ない。
「最後はリゼット。他のエリアからアークライド事務所エリアに戻ってくるには?」
「念じれば転移が発動します。どこからでも、どのタイミングでも、この事務所に来ることができます。大変便利ですね」
事務所エリアからは他エリアの象徴地点にのみ。事務所エリアへの帰還はどの地点からでも可能、ということになる。
ちなみに城エリアからMWLエリアへなど、エリア間の転移も可能だ。尚、その場合も象徴地点にしか行けない。
これは色々試してみた中で判明した法則だ。なぜか《幻夢の手記》には追加情報として載ってこないが。
「制限はあるが、この広い世界であっちこっちに行けるのは確かに便利だよな。どうしてうちの事務所が中心になってるのかは知らねえが」
「はっ、こうなりゃ車いらずだなァ?」
アーロンが小憎たらしくニヤついた。
「ふざけろ。探索で広範囲に動くとなったら足は必要だろうが。つーか、てめぇら! 俺の車は無事だったんだろうな!?」
「はいっ、瓦礫の中から発掘してきましたよ。リゼットさんに運転してもらいましたけど、ちゃんと走りましたっ」
フェリは実に晴れやかだった。
「いいか、フェリちゃんサン。車ってのは走れば無事認定されるわけじゃねえ。覚えておけよ」
「? わかりました」
「すげえわかってなさそう……」
あどけない顔をした破壊の権化め。悪魔の化身とも言えるかもしれん。散々俺の車を雑に扱いやがって。現実世界ではやってくれるなよ、マジで。
アークライド事務所エリアは一階の《モンマルト》から屋上に至るまでの建物一棟が再現されている。カルバード組の部屋はあるし、空きも数室あるから問題ない。
「……それで、私はどこに泊まればいいのかしら」
ここまで黙っていたエレイン・オークレールがようやく口を開く。胸前で腕を組んで、憮然とした態度だ。
「つーかお前も遊撃士チームとして、一緒に別の拠点に移れば良かったんじゃ……」
「そのつもりだったわよ。そのつもりだったのよ。でもジンさんが私はここに滞在しろって言うから……」
「意図があってか?」
「知らない。私は何も知らない」
「しゃーねえな。空き部屋はまだあるし、エレイン一人くらいなら別に――」
「待てよ、オッサン。いや所長殿よ」
アーロンが神妙な面持ちで話を割ってきた。
「空き室を使うのはお勧めできねえ。俺やエセメイドが合流した時点で、その空き室には勝手に家具が現れて、現実世界と同じ内装に変わってたろ?」
「つまりこれから合流する誰かがいた場合、その空き室はそいつの部屋になるってことか?」
「ああ。そのたびに部屋替えすんのは手間だろうが。だからいい方法がある」
「ほう?」
「ヴァン。あんたの私室を使わせるんだよ」
エレインが狼狽した。
「な、何を言うの? 私がヴァンの部屋に? どうして――」
「どうしてそうなるんですかっ!」
アニエスがさらに割り込んでくる。
「だいたい私の部屋もないじゃないですか! だったら私がヴァンさんの部屋をお借りした方がいいでしょう!?」
「え、アニエスさん? あなたはこの事務所のメンバーなのだから、どこかの空き部屋を使うのがいいのでは」
「で、でもアーロンさんが言っていたみたいに、また誰かが増えるかもしれませんし……」
「不確定な予測で選択肢を狭めるのはどうかと……」
丁度よい着地点がわからず、答えの出せない不毛な議論がぎくしゃくと続く中、ヴァンが言った。
「いや、俺の部屋を明け渡すなんて一言も言ってねえが……」
『はっ!』
アニエスとエレインが同時に固まる。
どうもアーロンがわざと仕向けたようで、彼は口の端をにまにまと緩めていた。
「煮え切らねえな。なんなら三人で寝りゃいいじゃねえか。加齢臭も多少は緩和されるんじゃね?」
「アーロンくぅん。ちょっと後で俺の部屋に来ようか」
「あん? まさか俺と寝てえパターンか」
「んなわけねーだろ!」
《★――第11話 ニンシキレンサ――★》
リィンが夢の主格者として構築したヘイムダルエリア。
帝都の名が付けられているとはいえ、実際は様々な都市が融合した広大な区域だ。クロスベル、リベールの街並みなんかも随所に垣間見える。今のところ、解放されたエリアの中では、もっとも広いフィールド面積を誇っている。
とはいえ、妙だとは思った。
俺はリベールを訪れたことがない。なぜ自分が創造したエリアに、自分の知らない町が組み込まれているのか。
それはそれとして――
「久しぶりだ。なんだろう。ものすごく落ち着くな……」
感慨深げにリィンが首を巡らす。
そこはトールズ士官学院に通っていた頃のⅦ組の下宿――第三学生寮だった。エントランス、リビング、調理場、シャワールーム、二階と三階に並ぶ各自の部屋。全て当時のままだ。
本来、第三学生寮は近郊都市トリスタに存在する。が、現在この寮はオスト地区に出現していた。ちょうど倒壊したレーグニッツ邸の近くだ。
認識の世界であれば、なんでもありなのだろう。理屈は深く考えまい。いずれにせよ、俺たちの宿としてこれ以上の場所はない。
顔をそろえているのはリィン、ラウラ、フィー、ミリアム、クロウ、エリゼ、デュバリィの七名。主には特科Ⅶ組に縁のある者たちである。デュバリィについては、特に行く場所も決まっていなかった彼女を、ラウラが寮に誘ったのだ。
ちなみにミリアムはアガートラムに抱えられて、一足先に上空の巡回をしてくれている。
「そういえばセドリック殿下とアルフィン殿下は?」
「人数配分の関係で、姫様たちは城エリアに滞在されると。セドリックさんはこちらに来たがっていましたが」
エリゼが言った。
彼らも間違いなくⅦ組であるが、考えてみればアルノール家がそろっているのである。家族で住まいを共にするのは自然なことだった。
フィーが言う。
「ねえ、リィン。私、部屋の片づけはあとでやるから。ちょっとエリア転移を試していいかな」
「構わないが、どこに行くんだ?」
「アークライド事務所のフェリのところ。あとでいっしょにミシュラムを回ろうって約束してて。あ、もちろん巡回の意味で」
表情にはあまり出ないが、妹分ができて可愛くて仕方ないらしい。Ⅶ組の中ではフィーはミリアムとセットで妹分扱いされてきただけに、頼れるお姉さんになれて嬉しいのだろう。
「ああ、しっかり面倒を見てやってくれ。けど遅くならないように帰ってくるんだぞ」
「リィンって教官になってから、年々お父さん感が増してるよね。じゃ行ってくる。転移とか委員長っぽいけど」
行くべき場所をイメージしたフィーは、一瞬でその場から消えた。光も陣もなく、エマの転移術とは質が違うようだ。
「ところで時間の概念だったり、食事摂取の必要性だったり、その辺はどうなんですの?」
壁際にもたれるデュバリィが言う。
確かにここに来て相当な時間が経った――気がするが、朝夕の移り変わりはないし、食事も睡眠も取っていない。夢の世界で、さらに寝るというのも不思議な感覚ではあるが。
「ふむ、食事か。心配せずとも私が作ろう」
『んなっ!?』
と青ざめたのはリィン、クロウ、デュバリィだ。この場にいる人間で、ラウラの料理が壊滅的なことを知らないのはエリゼだけである。
「お、落ち着きなさい! そもそも食事摂取の話をしただけで、まだ必要性がわからないでしょう!?」
「そ、そうだぜ! 早まるんじゃねえ! 夢の中で死んだらマジで死ぬらしいしな!」
「ラウラ、こっちだ。焦らずに厨房から距離を取るんだ。視線はこちらに向けたままで……そう、いいぞ。ゆっくりと食材から遠ざかってくれ」
爆発物処理班か、人質を取った凶悪犯の説得のような緊迫した空気だった。
「なんだ、そなた達。良いか? しばらく食べてないと思えば腹は減り、そろそろ寝ないとしんどいと思えば眠気が生じる。ここは認識の世界であろう?」
おそらく的を射ていた。その認識を持った途端、急に強烈な空腹感と睡眠欲に襲われた。
多分、そこに気づかなければずっと疲労は起きなかったはずなのに、『そういえばヘイムダル、城、ミシュラムと休息なしで動き回ったな』と思わされたが最後、“これくらいは疲れているだろう”と想像したのと同等の疲労が体に押し寄せてきた。
「ぐっ、リィン。ラウラを黙らせろ……こいつは世界のバランスを狂わせる天然お嬢様だ……」
クロウが膝をつく。
「わ、わたくし、やっぱり拠点を変えますわ。失礼!」
デュバリィがしゅんっと転移で消えた。いや、逃げた。
ラウラ本人だけは、どういう事態か今一つ理解していない。
「とりあえず、みんな。いったん部屋で休もう……。きっと部屋の割り振りもそのままだろう」
リィンの号令で銘々、上階への階段を登る。
さらにここで問題が起きた。
「寝る、寝てやる……なんか三日くらい徹夜してる気がしてきたぜ」
「私も頭がくらくらします……」
部屋のドアを開けようとしたエリゼとクロウは、同じドアノブに手をかけていた。
「おいおいエリゼ。部屋を間違えてんぞ?」
「クロウさんこそ。私の部屋はここですよ」
しばし沈黙。
『あ』
そして同時に気づいた。
●
「あの……私もこちらでいいのでしょうか?」
「もちろんですわ、クローゼさん」
遠慮がちなクローゼに、アルフィンはぴたりと寄り添った。
「だいたい、三つのお城が融合しているんですもの。クローゼさんだけグランセル城だなんて寂しいでしょう?」
「それはそうですが……ご家族のお住まいに私もお邪魔してしまう形ですので」
「いいんです! たくさんおしゃべりしましょうね」
強く言い切るアルフィン。
バルフレイム宮、広間の一つ。城エリアを拠点に構えたのは、皇族王族チームだ。要するにアルノール家とクローゼである。
オリヴァルトはシェラザードを私室に休ませに行っていた。部屋や設備の配置も今のところは現実世界と同じだが、ヘイムダルエリアの例もあるから全て同一とは限らない。
「自分の家ですけど、なんだかドキドキしちゃいますね。クローゼさんも一緒に探検です」
はしゃいでいるアルフィンを、セドリックがたしなめた。
「まったくアルフィンは。遊びじゃないんだよ。ちゃんと巡回して、異常があったらアークライド事務所に報告に行くってことわかってる?」
「はい出た、小姑セドリックのお説教。クローゼさんは気にしないで下さい、セドリックったらエリゼと一緒の待機場所じゃないから、むくれてるだけなんです」
「だ、誰が小姑だ! エリゼさんは関係ないだろ! 第三学生寮だけ人が増え過ぎてもバランス悪いし、僕が城エリアに来るのは仕方ないじゃないか」
「仕方ない? 仕方ないって言った? やっぱり寮の方が良かったのね? あとでエリゼに連絡してあげなくちゃ。セドリックが会いたいって言ってるって」
「アルフィンーっ!」
姉弟ケンカはいつもの事。クローゼも微笑ましげに笑うだけだった。
「っだはぁ! 危ないところでしたわ!」
そこにデュバリィがいきなり現れる。アルフィンは諍いを中断して、
「あら、デュバリィさん? 転移でお越しになったのですか?」
「アルフィン殿下にセドリック殿下、それにクローディア殿下も……ああ、バルフレイム宮に来てしまいましたのね。急なことで漠然とした転移先のイメージしか練れなかったので」
「こちらを拠点になさるので? 空きは多くありますから、どうぞお好きな貴賓室を」
「いいえ。わたくしはローエングリン城の方に行きますわ。《ロア=ヘルヘイム》での同行は成り行きですし、別にあなた方とも慣れ合う気はありませんので」
皇族相手でもスタンスは変わらないデュバリィだった。そしてアルフィンはそういう性格の方が好きだった。
「まあ……ですがローエングリン城は、ところどころ崩落してますし、導力灯もありませんし、すきま風は吹きますし、朽ちた甲冑は今にも動き出しそうですし、それでもというのなら止めは致しませんが……」
「……そんなの別に……」
「実体のある敵であれば、デュバリィさんが勝てない相手はそうはいないでしょう。でも霊的なアレだったどうします。曲がり角からいきなりアレしてきたら……」
「……どうしてもと仰るのでしたら、わたくし、こちらに滞在しても構いませんが」
「どうしても」
デュバリィの表情がぱっと明るくなる。
「し、仕方ありませんわね! どうぞお構いなく!」
●
《ロア=ヘルヘイム》に呼ばれる直前の事はおぼろげにしか思い出せない。ヴァンの仲間たちと、その同行者認定されるカルバード組以外は、そういう仕組みになっているらしい。
こちらに来てからの記憶も曖昧な部分はあるが、とはいえ時間の経過と共に思い出してきたこともある。そう、俺はなぜかミシュラムにいたんだ。
ホラーコースターが調子が悪いからとかで、“誰か”に頼まれて、アトラクションの中で作業をしていた。
そこでエリゼお嬢さんにマシンガンで滅多撃ちにされたような気がする。お嬢さんはそんなことしないし、きっと思い違いだろうが。
「よっ!」
そのエリゼがトヴァルの前にいた。
「久しぶりだな、エリゼお嬢さん。元気だったか?」
「はい」
「ちょっと身長伸びたんじゃないか?」
「いいえ」
「今はヘイムダルで一人暮らしだっけか? ちゃんとご飯食べてるか?」
「はい」
AIとの問答のごとく、エリゼはイエスとノーだけの反応である。
やれやれ、思春期ってのは難しいぜ。しばらく会わない親戚のお兄ちゃんと顔を合わせて、何か話したいけど何を話したらいいのかわからない的な感じになっているんだろう。
お嬢さんとの付き合いも長いからな。そういうのが手に取るようにわかっちまう。だがそこは歴戦のA級遊撃士。年頃の娘を喜ばせる話題を繰り出すなど造作もないことだ。
「知ってるかい、《ル・サージュ》の新作バッグが出るんだと。カラーもスカイブルーで、エリゼお嬢さんによく似合うんじゃないか?」
「わかりました」
いや、わかりましたて。もうちょっとこう、なんかあるだろう。
「移動式屋台ってのが流行っててな。そこのクレープが絶品なんだ。今度、市内巡回のついでに買ってきてやるぜ」
「トヴァルさんはお顔と名前の知られた遊撃士でしょう。巡回中の関係ない購買は風評被害の元です。もう少しA級としての自覚をなさった方が良いかと思います」
「はい、ごめんなさい……」
照れもここまで来ると、コミュニケーションが難しい。ないとは思うが……俺、嫌われてはないよな……?
「ところでエリゼお嬢さんはどうしてここに? 第三学生寮が拠点になるんじゃなかったか?」
「そ、それは……」
二人が鉢合わせたのは、バルフレイム宮の城門前だ。
「私とクロウさんの部屋、いっしょなんです。いえ、正しく言えばクロウさんが使っていた部屋を、入学と同時に私が引き継いだ形になりますが」
「ふむ」
「それで部屋の中を確認したところ、私とクロウさんのそれぞれの内装が混在していまして。どっちがその部屋を使うかと言う話になったのですが」
「ほう」
「壁にクロウさんが昔に貼っていたという、ひ、ひ、卑猥なポスターが再現されていまして」
「ちなみにどんな?」
「それを私の口から言わせようとするなんて、あなたという人は……」
「あっ、うそ、冗談! 前言撤回! 今日はいい天気だなー!」
いや、確かあれだろ。グラビアポスターだろ。水着姿ぐらいの。
そんなもん卑猥どころか健全だよ、健全。しかしそれを言えばエリゼお嬢さんの目が殺人鬼のそれと化すから、何も言わないという英断をした俺は正しい。
そんな経緯で、彼女はこのバルフレイム宮を次の拠点候補として訪ねてきたらしかった。
「逆にお聞きしますが、トヴァルさんはなぜここに?」
「俺も拠点探しさ。遊撃士チーム――と言っても、エレインとフィーは違う拠点だから、俺とジンさんとアガットの三人組で。オリヴァルト殿下に頼んで、空き室貸してもらおうと思ってな」
「え? でも今から私もここに滞在するんですよ」
「部屋は余りまくってるだろ。ダメなのか?」
「ダメです」
「えぇ……」
そもそも決定権がなんでお嬢さんにあるんだよ。一応は別の拠点も探しにジンさんとアガットが動いてくれているが、ここが第一候補だったのに。
「そこをなんとか。俺とエリゼお嬢さんの仲じゃねえか。な?」
「どんな仲ですか。訴えますよ」
「法的措置を取られる間柄になっていたとは、さすがのお兄さんも驚きだぜ……」
「あれを」
エリゼが指さした先、城門を出てすぐの広場に一台の導力トラックが停めてあった。
おそらく物資搬入用だろう。ああいうのも再現されているのか。
「トヴァルさんはあれでいいと思います。荷台にも乗れますし、移動も楽ですし。良かったですね」
「ははは、面白い冗談だな。うん、ね……もう一回聞くけど、ここを拠点にしたらダメ?」
「はい」
●
「いやー、さすがはティオすけ。主格者様々だぜ! まさかミシュラムに俺らの事務所を作れるなんてな!」
ご機嫌に両足を広げ、ランディはソファーにどんと座っていた。
MWLエリアの正面ゲートを入ってすぐ、特務支援課の事務所兼アパートが出現していた。本来はクロスベルの中央区にある建物だが、ティオの主格者としての認識が働いた結果なのだろう。
「私、常々思っていたんです。特務支援課がミシュラムにあればいいなと。暇なときはいつでもみっしぃに会えるので」
リビングの角に設置されたコンピュータ端末をいじりながら、ティオは上機嫌に言う。導力ネットはつながっていないようだった。
上階を確認していたワジが階段から降りてくる。
「みんなの部屋もちゃんとあるね。物品もそのままだ。僕はロイドの部屋を使わせてもらおうかな」
「待て待て、ロイドが《ロア=ヘルヘイム》に呼ばれてたらどうすんだ。合流したらその部屋はロイドが使うだろ?」
「いっしょに使えばいいじゃないか。僕は細身だし、一つのベッドで足りると思うけど」
「同じベッドで寝るつもりかよ。ちっとは自重しやがれ」
「ランディがそれを言うのかい? そうそう、ベッドからはちゃんとロイドの匂いがしたよ」
「すでにお試ししてんじゃねえ! つーか、そうだ、ティオすけ」
「なんです?」
端末のスイッチを切って、ティオが振り向く。
「なあ、もう一回カジノ作ってくれよ。このエリアの創造権限みたいなの持ってんだろ。頼むぜ」
「無理です。そもそもカジノエリアを作ったのは別の人で、そこを私が取り込む形でミシュラムエリアを作ったって見解じゃないですか。カジノは私には想像できません。想像できなければ創造もできません」
「んなこと言うなって。せめてスロットだけでもいいから、な?」
「せめての基準がわかりませんが。大体、テーマパークであるミシュラムにカジノは不似合いです。私にその認識があるから、倒壊したカジノフロアも元には修復されないんでしょう」
ワジが挙手する。
「ああ、ティオちゃん。僕からもいいかな。バーカウンターを生み出して欲しいんだけど。おしゃれなデザインがいいね」
「おいおい、バーカウンターは良くてカジノはダメとか。不平等じゃねえか。そこんとこどうなんだよ、ティオすけ」
「作るとも作れるとも言ってません。お二人とも、私のこと便利屋か何かに思ってません? はあ……ロイドさん、早く合流して欲しいです」
●
トールズ第Ⅱ分校の学生寮がどこかに出現していればいいのに。
そうアルティナは思った。
しかし探し回った限りでは見つからず、やむなく見つけた拠点がここ――アルト通りにあるクレイグ邸である。
「申し訳ありませんが、使わせてもらいましょう」
「俺らもシュバルツァーんとこの寮とか城でいいじゃねえかよ。クレイグって……音楽家のパイセンの家だよな、ここ」
不満気にアッシュは言うが、アルティナはかぶりを振った。
「これからも人数が増えていくでしょうから、エリア巡回の効率化を図る意味でも、ばらけた方がいいんです。アッシュさんならわかってますよね?」
「ま、ずっとこの家を使うってわけじゃねえしな。いい場所がありゃ動けばいいだけの話か。とりあえずパイセンの秘蔵お宝本でも探すとすっかね」
「アッシュさんじゃあるまいし、エリオットさんは持ってませんよ、そんなの」
「わかってねえな。ああいういかにも無害ですって顔してる人間に限って、えぐい欲情を抱えてるもんだ。その界隈じゃエリオット・クレイグが猛将ってのは有名な話だ。俺も猛将パイセンって呼んでる」
「……猛将パイセン」
じっとアルティナはアッシュを凝視する。
その視線に気づいたアッシュは、嘲笑を浮かべた。
「はっ、色気づいた心配すんのは十年早えぜ、チビ兎。てめぇにゃ1リジュたりとも興味がねえ」
「どうでしょう、ユウナさんは言ってました。『男はみんなアグナガルンよ!』と」
「狼の比喩にしちゃ強すぎねえか」
アルティナは床にマジックで線を引いた。
「この線からこっちは私の陣地です。アッシュさんと言えども、入ったら血の報いを受けることになるでしょう。常時《クラウ=ソラス》は迎撃態勢です」
「上等だよ。だったらこっち側は俺のエリアだからな。領土侵犯すんじゃねえぞ」
家主の許可なく分断されるクレイグ家。ちなみにアルティナが使ったのは油性マジックだ。
「不可侵条約締結ですね。言っておきますが、キッチンは私の側にあるんです。お腹が減っても貸してあげませんよ?」
「どうあっても俺からマウントを取りてえらしいな。クク……一つ忘れてんじゃねえか? しっかりと周りを見てみろや」
「何を――え? ま、まさか。あれは……!?」
アルティナの目が絶望に染まる。
「そう、トイレはこっち側だぜ。てめえが陣取り合戦を始めた時点で、勝敗は決してたんだよなぁ!」
「あ、ああああ……」
「遅きに失したってやつだ。だがトイレくらいの使用許可は出してやってもいい。ただしその度に頭を下げてもらうがな」
「そ、それでも分校の初代生徒会長ですか」
「俺をその役職に仕立て上げたのはてめぇらだろーが」
「ですが問題ありません。夢の世界であれば、トイレになんて行かなくたって――」
「お前、《ロア=ヘルヘイム》に来てから水飲んだか?」
アッシュは急にそんなことを言う。
「……飲みましたが?」
「それから結構経ってるよな。普通ならトイレに行ってる頃だよな」
「はっ! や、やめて下さい!」
「“水を飲んだから、トイレに行きたくなる”……その認識、持っちまったな?」
「ひ、卑劣っ」
内股でかたかた小刻みに震えだすアルティナ。瞳にはじんわり涙が浮かんでいる。
無意味な戦いが始まっていた。
「さっそくやばそうか? トイレならすぐそこにあるぜ。俺の陣地だがな。ほら、どうすんだ?」
「うううっ……うーっ」
●
「で、私たちはどうするの?」
「どうしましょうか……」
「このままでは住所不定無職ですわね」
スカーレット、クレア、シャロンのお姉さんチームである。
足の向くままにやってきたのはMWLエリアだ。特務支援課の事務所を横目に、三人はミシュラムの奥へと歩を進める。
「クロスベル警察の皆さんがこのエリアにいるなら、私たちは別の場所の方がいいのでは?」とクレア。
「三人ばらけてそれぞれのお世話係につくのはいかがでしょう。わたくしはリィン様たち、クレア様はエリゼ様たち、スカーレット様は――まあ、どこかに」とシャロン。
「ちょっと私の扱い。言っておくけど、私はメイド服は着ないわよ」とスカーレット。
現状、解放エリアは三つ。
あといくつのエリアが存在しているのか。そういえばそれをヴァンは《幻夢の手記》に確かめたりはしたのだろうか。
《幻夢の手記》の情報開示条件は、“自動解放”、“見解への正否”、“疑問への回答”、この三つのいずれかが適用されるという。
次に会ったら、試してもらおうか。
そんなことをスカーレットが思っていると、不意に歌声が聞こえてきた。
歌声のする方向に向かうと、屋外ステージを見つけた。
みっしぃショーなんかに使う子供向けの舞台だが、そこにどう考えても不釣り合いな美しい青色のドレスがひるがえる。
ヴィータ・クロチルダが透き通る声を響かせていた。ドレスには“霧”がまとわりついている。
彼女もMWLエリアにいたのだ。解放されたエリアなのに、しっかり囚われたままだ。それはそうだ。我の塊のような人間なのだから。
『あー……』
三人は声をそろえて、うめいた。
大人のレディーだから、口には出さない。しかし心の中では一様に“面倒くさい人を見つけてしまった”と思っていたりする。
お姉さんたちは互いに目配せした。
大人のレディーだから、アイコンタクトだけで意思疎通ができたりする。
“え、どうするのあれ”、“見て見ぬふりはできないかと”、“とりあえず近づきます?”
一応警戒しながら、ヴィータに接近する。
彼女は歌うのをやめてステージから降りると、スカーレットたちの横をすり抜けて観客席の一つに座った。
「私たちを認識していないってことね。叶えたい望みがあるんでしょうけど、わかるかしら……」
スカーレットはヴィータの前に立つ。
ヴィータは深い嘆息を吐いて、「全然ダメね……。満たされない。物足りない」とつぶやいた。
『あー……』
お姉さん組はまたそろって感嘆する。
使徒やら魔女やら裏の肩書はあれど、社会的な立場はあくまでもトップのオペラ歌手。プロ意識の高さはあって当たり前。一流に聞こえる歌でも、彼女にとっては満足いかない出来なのだろう。
「え、じゃあなに? ヴィータが納得いく歌を歌えるまで、霧は晴れないの?」
「私たちにできること、ないですよね……プロに指導できるはずもありませんし」
「そもそも、わたくし達が認識されていません。困りましたわ」
アプローチのかけようもなく立ち尽くしていると、ヴィータがまたつぶやいた。心からの想いを、喉を絞るようにして。
「はぁ……エマをいじめたいわ」
『あー……』
――つづく――
――another scene――
「ゆっくりな? ゆっくりな? ――ゆっくりって言ってんだろーがああー!」
急浮上するアガートラムの右腕に、ヴァンは抱えられている。高度300アージュぐらいまで上昇したところで滞空し、反対の左腕に乗るミリアムはからからと笑った。
「ごめんねー、そんなにスピードは出してないつもりなんだけど」
「戦術殻にも法定速度を適用した方がいい気がすんな。それじゃあオライオン、ぐるっと一周回ってくれ」
「はーい、ガーちゃん、回って」
「おああああ! 縦じゃねえ、横だ、横! 周囲を見回したいって意味に決まってんだろ!」
縦ロールをかましたアガートラムに、ヴァンは死に物狂いでしがみつく。腕部が太い上に丸みを帯びているから、つかまるだけでも一苦労なのだ。
「あはは、またまたごめんね。あとボクのことはミリアムって呼んでよ。アーちゃんもオライオンだから、ややこしいと思うし」
「アーちゃん? ああ、アルティナ・オライオンか。お前さんたちは姉妹か? あまり似てねえが」
「うん、姉妹だよ。ボクの方がお姉ちゃん。似てないのは仕方ないよ。血が繋がってるとか、そういうのじゃないからねー」
「そうか、色々あるんだな」
「ヴァンの想像してる“色々”とは違うかもだけど、“色々”はあるよ。あったよ、かな?」
「詮索する気はねえ。強く生きるんだぜ。困ったことがあったら、カルバードのイーディス8区、《アークライド解決事務所》を訪ねて来いよ」
「何か勘違いしてるっぽい?」
自分を上空まで運んで欲しいと頼んだのはヴァン自身だ。ここまで天真爛漫に空中浮遊ツアーをさせられるとは思っていなかったが。
「改めてミリアム。ゆっくり回ってくれるか? 横にな!」
強く念押し。アガートラムはその場で静かな横回転を始めた。
アーロンやアニエスはグランセル城のテラスから景色を眺めたらしいが、ここはそのさらに上。もっと視野角が取れる。ヴァンは視界を広く見渡した。
聞いていた通りだ。
霧がはびこって全容はつかめないが、輪郭を見るにとてつもなく広大な円形の台地であることがわかる。
そして開放して霧が晴れたヘイムダルエリア。そこと隣接する城エリア。今回新たに解放したMWLエリアが眼下に広がっている。
「わーっ、すごい眺めだね」
「霧、三分の一くらいは晴れてるか……? 先は長そうだな」
だが今回確認したかったのは、《ロア=ヘルヘイム》の全景ではない。
ここまでに解放したエリアは三つ。解放しても囚われたままだったエリゼ、スカーレット、クレア、ミリアムも個別に夢から覚ました。
問題は霧が晴れる瞬間。霧は吸い込まれるようにして虚空へと消えていくが、その方向が全て同じなのだ。散った霧は一体どこへ行く?
回転するアガートラムが、やがてその方角を向いた。
「なっ、なんだありゃあ……!」
おそらく円形の台地の中心部。凄まじく濃い霧が渦を巻きながら空へと昇っている。霧の竜巻? 違う、違うぞ。霧の渦の中に何かが見える。
目を凝らす。しかし霧はその手前、手前へと押し拡がり、真実を覆い隠すようにして視界を白く濁らせた。
エリアを開放して霧を晴らしていかなければ、あの場所にはたどり着けない。そういうことか。
《幻夢の手記》が光った。
㉔【現在、《ロア=ヘルヘイム》には、七つのエリアが存在している】
「七つ……。解放したのが三つだから、残りは四つか」
「ヴァン、あれ見て! 事務所の方だよ!」
《ロア=ヘルヘイム》の円の外。離れ小島となっているアークライド事務所エリアに光の粒が煌めいている。深い藍色の輝き。来た。四つ目の《
「ようやく次が折り返し地点ってことだな。行くぜ、新エリア!」
● ● ●
第11話をお付き合い頂きありがとうございます。
現在の各チームの待機場所はこんな感じです。
★アークライド事務所エリア:ヴァン、アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、エレイン
★ヘイムダルエリア(第三学生寮):リィン、クロウ、フィー、ラウラ、ミリアム
★ヘイムダルエリア(クレイグ邸):アルティナ、アッシュ
★ミシュラムエリア(支援課事務所):ランディ、ティオ、ワジ
★城エリア(バルフレイム宮):オリヴァルト、シェラザード、アルフィン、セドリック、エリゼ、デュバリィ、クローゼ
★導力トラックの荷台:ジン、アガット、トヴァル
★住所不定:クレア、シャロン、スカーレット
場所は今後も入れ替わったり、移動し合ったりします。
さて新エリア攻略に入る前に、次回はサイドシナリオ《幻夢の破鏡》がサブメニューに追加されます。主にはカルバード組以外の視点で進み、《ロア=ヘルヘイム》の裏側だったり、同時刻の別の場所で起きていたことがわかるショートストーリー詰め合わせとなっています。
引き続きお楽しみ頂ければ幸いです!